第23話 古代の終焉、中世の始まり

 ルートヴィッヒ二世が帰国してからおよそ半年。

 エルキュールは三十七回目の春を迎えた。

 

 気付けばもう三十七歳。

 ……と言っても長耳族エルフの寿命はおよそ二百年なので、人生の四分の一も過ぎていない。

 

 精神性の方は相応に成熟しつつあるが。

 

 カロリナはエルキュールと同年代なので、彼女も三十七歳。

 シェヘラザードも同い年なので、三十七歳。

 ルナリエは二人よりも一歳、年上なので三十八歳。


 ニアは三十一歳。

 アリシアは二十九歳。

 ソニアは二十四歳。


 となる。


 ニアの方は三十歳を超えてから比較的落ち着いてきた……というほどでもないのだが、三十を超えてしまったという事実は重く受け止めているようだった。


 ソニアはエルキュールの愛妻の中でもっとも若いという事実を鼻にかけている様子で、自分と五歳しか違わないアリシアをよく煽っている。

 将来的に自分も同じ年齢になるということをすっかり忘れているのか、それとも例えそうなったとしても自分が一番若い立場でいられると信じているのか。


 ソニアの少し抜けた性格を考えると、前者であろう。


 もっとも長耳族エルフであるカロリナ、シェヘラザード、ルナリエ、アリシアは言うまでもなく、ニアは寿命が不明(ただし長命であることは確か)な魔族であり、ソニアは高位獣人族ワービースト

 故にその肉体年齢は二十代半ばを迎えてから、それほど変化していない。


 ところでエルキュールの子供たちであるが、カロリナの子であるコンスタンティナは七歳を迎え、そして無事に生まれたルナリエの子であるユピテルは三歳となった。


 ルナリエは男児を産むことができて、満足気な様子でいる。


 そういう状況下、今日、エルキュールは新たな妻を迎えることとなった。


「どうでしょうか? エルキュール様」

「よく似合っているよ、セシリア」


 白い清楚なウェディングドレスを身に纏ったセシリアに対し、エルキュールはそう褒めた。

 真っ白な肌に、細長い手足、煌めく銀髪、そして丸みを帯びた美しいラインがドレスによって強調されており、その姿は非常に美しかった。


(しかしセシリアはもう三十一歳か。ふむ……まあ、継承魔法によって加齢の方は長耳族エルフと同程度になっているようだから、見た目は二十代半ばから変わっていないが)


 他の女性たちと比較しても遅い結婚になってしまった。

 もっとも、エルキュール自身は随分と前からセシリアに対して求愛を続けており、それを断り続けていたので悪いのはセシリアの方だが。


「エルキュール様」

「どうした?」

「……何か、失礼なことを考えていませんか?」


 にっこりと、笑みを浮かべながら――しかし目だけは笑わずに――セシリアは言った。

 女性に対して年齢のことは、触れるだけではなく、考えることも良くないようだ。


「君の美しさに目を奪われてしまってね。……今晩のことを、考えていたよ」

「きゅ、急に何を言いだすのですか……ふ、不埒ですよ。不埒!」


 エルキュールがそう言うとセシリアは顔を真っ赤にさせた。

 肌を朱色に染め、恥ずかしそうに、そして上目遣いでエルキュールを見上げる。


「その、初夜は……ロマンティックな感じで、お願いします」

「……初夜?」

「結婚して初めて迎える夜です。間違ってますか?」


 セシリアに睨まれたエルキュールはこくこくと頷く。

 何一つ、間違えていない。

 処女ではないが、初夜なのは確かだ。


 ところでセシリアは処女ではないにも関わらず、ベールを被るつもりでいるようだ。

 もっとも、そのあたりはカロリナもシェヘラザードも通った道である。


 すでにエルキュールのモノが何度も通過しているため、欠片も膜は残っていないが、それを証明する手立てはない。

 観測するまでセシリアは非処女ではないのだ。


 つまりシュレディンガーの処女である。


「皇帝陛下、姫巫女聖下。……そろそろ、お時間です」


 エルキュールとセシリアにそう告げたのはニアだ。

 軍人として列席するつもりの彼女は、凛々しい軍服姿だった。


 ニアは一度セシリアの胸部へと視線を向け、忌々しそうに眉を顰めた。

 一方でセシリアは満面の笑みを浮かべた。


「……セシリア。私の方が先輩だから。そのあたり、覚えておいてね」

「ええ、よく覚えておきます。先輩」


 普段のニアであればセシリアに対し、さらに嫌味の一つ二つ三つを言うところだが、さすがに今日は祝いの席ということもあり、すぐに引いた。


「では、行こうか。セシリア」

「はい!」





 結婚式の会場は、レムリア帝国の旧首都。 

 永遠の都と言われる、レムリア市である。


 およそ一年の間、レムリア、フラーリング、そしてメシア教会の手によって街はある程度復興を遂げており、結婚式を挙げるには十分な設備が整っていた。


 この場所が選ばれたのは、当然姫巫女としてのセシリアの立場を配慮してのことであった。

 故にエルキュールが譲歩したような形になる。


 もっとも、レムリア市で結婚式を挙げることはエルキュールにとっても大きなメリットがある。


 それはこの結婚式の列席者の面子を見れば明らかだろう。

 まず当然のことながら、レムリア帝国の重臣たち。 

 そしてレムリア帝国の属国の女王――ルナリエ、アリシア、ソニア――という顔ぶれが続く。


 そこに加えてレムリア帝国の同盟国である、トレトゥム王国の王子。

 さらに南方のメシア教国である、ヌバ王国やバルバル族シュイエン氏族の外交官。


 フラーリング王国(帝国)の国王と王太子、有力諸侯。

 近年、レムリア・フラーリングの両国の圧力によって西方派から正統派への改宗を強いられたエデルナ王国の国王。

 

 それからメシア教正統派に属する、大司教(教皇派の管区長)と大主教(姫巫女派の管区長)たち。

 そして巨大な修道会の会長たち。


 各々の勢力はそれぞれ腹に一物を抱えてこそいたが……

 その殆どが西方世界の有力者であり、また全員がメシア教正統派を信仰する信徒であることは間違いなかった。


「……両者、主に永遠の契りを誓いますか?」


 進行を任されているレムリア総主教座の大主教クロノスがエルキュールとセシリアに尋ねる。

 二人は揃って頷く、「誓う」と答えた。


 指輪の交換を行い……

 両者、誓いのキスを交わした。


 この時。

 この瞬間。


 西方世界の最高権威と最高権力が強力に結びつき、そして有力者たちはそれを承認した。

 この儀式により、レムリア帝国はその背後の憂いを断つことに成功したのである。


 西方メシア教世界の大同団結。

 セシリアとの結婚を通じて、エルキュールは世界の異教・異端……つまりファールス王国に対して強力なメッセージを送ったのだ。




 もっとも……多くの歴史家はエルキュールが意図していたこととは、異なる点に注目した。

 重要なことは三つ。


 この場に集まった者たちの尽くが西方世界の有力者であること。

 そしてその全員がメシア教正統派を信仰していること。

 最後にその有力者たちが、大きく三派閥――レムリア、フラーリング、メシア教会――に分けられるというところ。



 今までメシア教は大きく四派閥に分かれていた。

 正統派、東方派、西方派、アレクティア派。

 そしてつい最近までは正統派は教皇派と姫巫女派で分裂していた。

 またエデルナ王国、チェルダ王国などの複数の諸王国が一定の影響力を有していた。


 しかし今、この場には正統派のメシア教徒しか存在しない。

 そして多くの諸勢力が、レムリア、もしくはフラーリングの勢力へと統合された。


 つまり……

 一般民衆の間ではともかくとして、少なくとも西方世界を動かす指導者たちは、メシア教正統派によって統一されたのだ。

 これが意味するところは、西方世界に於けるメシア教正統派の覇権が確立したということである。

 もはや他の宗派には盛り返すような手段は残されていなかった。


 そしてこれから百年、二百年、五百年、千年という長い時の中で、メシア教正統派は上から下へとゆっくりと浸透。

 その他の異端・異教勢力を塗りつぶすように拡大。

 西方世界をメシア教正統派一色に塗り上げることになる。


 そしてそのメシア教正統派によって塗りつぶされた世界は、地理的には北方大陸東部から南方大陸北部、そして北方大陸の最西端に位置するトレトゥム王国までを政治的な勢力圏とする『レムリア帝国』、そして北方大陸の南端から内陸部、そして北方、さらにそこから海を隔てたアルビオン王国やスカーディナウィア半島までを勢力圏とする『フラーリング王国』の両者によって分割された。


 そしてその上から跨るように、メシア教会という勢力がその二つの世界を統合することとなった。




 故に後世の歴史家たちはこの結婚式を、こう意味づけた。

 

『メシア教正統派の勝利』


 そして……


『西方世界の拡大と新秩序の確立』


 最後に……


『古代の終焉、中世の始まり』


 と。

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