第14話 和平交渉 Ⅲ
セシリアが作り出した和平条約の草案は、簡潔に示すと以下の通りである。
賠償金に関する条約
・双方、賠償金はなし
エデルナ王国に関する条約
・レムリア、フラーリングの両国はエデルナ王国より兵を退く
・両国は今後、十年間エデルナ王国内で軍隊を組織しない
・レムリアはエデルナ王国の(フラーリングの視点に於ける)現国王の統治権を認める
・レムリアはエデルナ王国に於けるフラーリング王国の恒久的権益、特にエデルナ港の使用権を認める
・フラーリングはエデルナ王国に於けるレムリアの歴史的な指導権を認め、今後もその権利が恒久的に継続することを確認する
アドルリア共和国に関する条約
・フラーリングはレムリアのアドルリア共和国併合を認める
・レムリアはフラーリングのアドルリア共和国に於ける恒久的権益、特にアドルリア港の使用権を認める
フラーリング、レムリアの国家間に関する条約
・双方、十年間不可侵とする
・レムリアはフラーリングに対して敵対的な第三勢力(ドゥイチュ王国)と同盟を結ばない
・フラーリングはレムリアに対して敵対的な第三勢力(ファールス王国)と同盟を結ばない
レムリア皇帝位とその皇帝に関する条約
・両国はレムリア帝国の第二十代目皇帝エルキュール一世が東西レムリアを統一する唯一の皇帝であることを確認する
・両国はレムリア皇帝が治める国こそが唯一のレムリア帝国であり、二つとして存在しないことを歴史的・恒久的に確認する
・上記はレムリア皇帝が同時期に複数人存在する可能性を(つまり分割統治を)否定するものではない
・レムリア皇帝の選出方法はレムリア法の先例に従うものとする
・フラーリングはルートヴィッヒ一世が、過去に西レムリア皇帝として即位した事実が存在していないことを確認する
フラーリング国王位とその王国に関する条約
・レムリアは条約が結ばれたこの時点を持って、フラーリング王国の国王位はレムリア皇帝位と国際的に同格であり、レムリア皇帝の干渉を一切受けないことを確認する
・フラーリング国王の選出方法はフラーリング王国の慣習法に従うものとする
・レムリアは条約が結ばれたこの時点を持って、現フラーリング王国の版図( ガルリア、西ドゥイチュ、アルビオン、スカーディナウィア)がレムリア皇帝の統治権より外れ、そしてレムリア帝国の主権の範囲外となったことを確認する
・レムリアはフラーリング王国の国王によるフラーリング王国の統治権を認める
・現時点においてフラーリング王国に於いて効力を発揮されているレムリア法は、フラーリング王国によって破棄されない限り、実効力を持つ
・上記に関して、ただし今後レムリア帝国で発行されたレムリア法がフラーリング王国でその実行力を持つことはない
メシア教会とレムリア総主教座及びレムリア市の帰属に関して
・両国は正統派メシア教の教義こそが、唯一にして絶対のメシア教の教義であることを確認する
・正統派メシア教の指導者は従来の先例通り姫巫女であり、その地位は神聖にして不可侵であることをメシア法の示す通りである
・先代の姫巫女はミレニア・ペテロであり、今代の姫巫女はセシリア・ペテロである
・ルートヴィッヒ一世、エルキュール一世、セシリア・ペテロ(以下三者)はセシリア・ペテロこそが唯一にして絶対の姫巫女であることを確認する
・三者は聖職叙任権を持つのが姫巫女のみであることを確認する。ただしその選出方法は両国の法律にて規定される
・レムリア総主教座は姫巫女及び姫巫女が任命したレムリア総主教が統治する
・レムリア市の帰属は、依然としてレムリア帝国のものである
・レムリア市の市内の統治権は姫巫女が持つ。ただしレムリア法の立法権やレムリア皇帝の行政権はこれを優越する
・レムリア市とその周辺の財政権は姫巫女が持つ
・三者は過去に「教皇」という地位がメシア教会に存在しなかった事実を確認する
・その他に関しては、いわゆる「大シスマ」の発生以前の秩序に戻す
・現時点をもって、いわゆる「大シスマ」の終結を三者の名にて宣言する
以上の条約はルートヴィッヒ一世、エルキュール一世、セシリア・ペテロの三名の承認を持って実行される。
簡単にまとめれば、
エデルナ王国に関しては「現在の事実上のエデルナ王国の国王の即位を除けば、エデルナ王国で発生したクーデター以前の状態に戻す」。
アドルリア共和国に関しては「アドルリア共和国はレムリア帝国に征服されるが、フラーリング王国は以前と同様に港を使用できる」。
両国の外交関係においては「それぞれの敵と深い関係を結ばない」。
そしてフラーリングは「ルートヴィッヒ一世のレムリア皇帝位の即位を無かったことに」して、レムリアは「フラーリング王国の完全なる独立」を認める。
最後にメシア教の分裂は、教皇派が姫巫女派に吸収されることで終結する。
となる。
これはレムリア、フラーリングにとっては痛み分けという形だ。
双方不満はあるだろうが……しかし無難な内容である。
少なくともレムリア帝国の外務大臣トドリス・トドリアヌスやフラーリング王国の外交を取り仕切っているナモは「妥当なところだ」と判断した。
しかし……それぞれの主君は、全く違う感想を抱いているようだった。
「「このような内容は認められない」」
(……揃って言わなくても良いのに)
仲は悪そうなのに気だけは合っているエルキュールとルートヴィッヒ一世の二人に、セシリアは内心で苦笑した。
まずエルキュールが先に口を開いた。
「エデルナ王国に関しては、我が国が承認する国王こそが唯一であり、そしてフラーリング王国の視点に於ける国王とやらは、ただの僭主だ。その統治は認められない!」
一方でルートヴィッヒ一世も同様に主張する。
「余はエデルナ王国を救いに来たのだ。にも拘わらず、エデルナ王国がレムリアの属国へ戻るようなことがあれば、余の面目が丸潰れだ!」
早速、真っ向から主張がぶつかる。
少なくとも、どちらかが折れることはないだろう。
セシリアは双方の主張を分析する。
まずは不機嫌そうなエルキュールの表情を確認する。
(エルキュール様は……おそらくそのままの意味でしょうね。エルキュール様にとって、レムリア帝国にとってエデルナ王国はどうしても欲しい領土ではないはず。つまり外交的な面子の問題として、僭主の統治を認められないということですね)
それからルートヴィッヒ一世の表情を確認する。
(ルートヴィッヒ一世はおそらく建前。彼が欲しいのは……きっと、エデルナ港。これをレムリア帝国の影響下に置きたくないというのが本音。だから……実際はエデルナ王国のことなんて、どうでも良いはず)
双方の主張を噛み砕き、セシリアは代替案を出す。
「では……逆にしましょうか。現国王は責任を取らせて廃位。そしてレムリア帝国に亡命していた王族を新たな国王としましょう。代わりにエデルナ王国の指導権はフラーリング王国へ移ります」
「「……」」
エルキュールとルートヴィッヒ一世は顎に手を当てて、考え込み始めた。
まずエルキュールにとっては「取り合えずエデルナ王国の僭主は打倒した」ということで面子は立つ。
そしてルートヴィッヒ一世にとっては、エデルナ港が安全に使用できるようになる。
「……ふむ、それならば余は特に問題はないな」
あっさりとルートヴィッヒ一世は認めた。
が、エルキュールは不満があるようだった。
「エデルナ王国の指導権は認められない」
「では、南半分ならばどうですか?」
「……半分、か。まあ、良いだろう」
エルキュールが認めたところを見て、セシリアはルートヴィッヒ一世に目配せする。
ルートヴィッヒ一世もこれに関しては文句はないようだった。
元々、エデルナ港にしか興味はないのだろう。
「しかし、それならば余も一つ、譲歩してもらわねばならないな」
「北半分を譲歩してやったのは、私なのだがな」
「ま、まあまあ……ルートヴィッヒ陛下は何をお望みですか?」
エルキュールを宥めながら、セシリアはルートヴィッヒ一世に尋ねた。
「余はアドルリア共和国を救いに来た。それをあっさりとレムリアにくれてやるのでは、面目が丸つぶれよ」
「アドルリア共和国の存在は我が国の海上安全保障に関わる。捨ておくわけにはいかない」
やはりエルキュールとルートヴィッヒ一世の意見は対立した。
セシリアは少し考えてから、新たに提案する。
「では……アドルリア共和国はレムリア帝国に征服はされるが、その自治に関しては依然として保たれるというのは、どうですか?」
「「……」」
再びエルキュールとルートヴィッヒ一世はしばらく悩む様子を見せた。
そして首を縦に振った。
「良いだろう」
「認めよう。」
ルートヴィッヒ一世としてはエデルナ港が安全に使えることが確定した以上、アドルリア共和国は完全に面子の問題だ。
そしてレムリア帝国にしてみれば……小さな都市国家に多少の自治を認めてやる程度ならば、問題ないのだろう。
「では、条約を修正しますね」
セシリアはそう言うと、聖職者に口述筆記をさせ、エルキュールとルートヴィッヒ一世の二人に文章として見せた。
まず
・レムリアはエデルナ王国の(フラーリングの視点に於ける)現国王の統治権を認める
・フラーリングはエデルナ王国に於けるレムリアの歴史的な指導権を認め、今後もその権利が恒久的に継続することを確認する
この二つの条約が廃止された。
そして新たに
・レムリアはエデルナ王国の(フラーリングの視点に於ける)現国王の今までの統治を正当なものとして認める
・(フラーリングの視点に於ける)現国王はその悪政の責任で廃位される
・新たな国王はレムリア帝国に亡命中の王族から選出される
・エデルナ王国の北半分はフラーリング王国が、南半分はレムリア帝国が指導権を有する
の四条約が追加された。
さらに
・レムリアは今後五十年間におけるアドルリア共和国の自治を認め、その国体を保証する
という条文が追加される。
(……何とか、利益のすり合わせができましたね)
セシリアはホッと息をつく。
もっとも、ここまではそこまで難しいことではない、
本番はここからだ。
「レムリア皇帝は地上の全てを支配する王の中の王であり、地上における神の代理人だ。同格など、認められない」
「一度、レムリア皇帝として即位したものを取り消させるのであれば、相応のものを用意してもらおうか」
果たしてこの話し合いはまとまるのだろうか?
セシリアは先行きが不安になった。
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