第11話 レゼェラの二帝会戦 Ⅵ

 馬を走らせ続け、ようやくニアが戦場に到着したそのころには、すでに戦は佳境に入っていた。

 

「隊長、どうしますか?」

「皇帝陛下のもとへ、行きましょう!」

「このままでは中央が突破されます!」

「……」


 部下たちの進言を聞きつつ、戦場を俯瞰しながらニアは思考する。

 確かに今すぐにでも突破されそうな味方の中央へ、加勢しに行った方が良い。


 何しろ、そこにはレムリア軍の本陣があるのだ。

 ここを破られればレムリア軍の敗退は確実だ。


 それどころか、皇帝であるエルキュールの命も危ない。


 しかし……ここから味方中央へ向かうには遠い。

 

 それよりも……


「いえ、我々は敵の中央へ突撃します」

「え?」

「し、しかし皇帝陛下が……」


 困惑の声を上げる部下に対し、ニアは首を左右に振った。


「我々が敵の中央へ攻撃を仕掛ければ、敵は軍を退かざるを得ません。それに……上手く行けば、ルートヴィッヒ一世を捕らえられます」


 それはつまり、レムリア軍の勝利を意味している。

 

「陛下のご指示を仰ぐことは叶いませんが、きっと陛下もそうせよとおっしゃるはずです。行くぞ!!」


 話は終わりだと言わんばかりにニアはそう叫ぶと、馬を駆けだした。

 部下たちも覚悟を決め、ニアの後へ続いた。






「陛下! 敵軍、およそ三〇〇〇から四〇〇〇が北東から出現! 真っ直ぐ、本陣へ向かってきております!」

「何!? 予測ではあと半日ほど掛かるはずだが……」


 ニア率いる遊撃部隊がダリオスの指揮下から離れ、こちらへと向かっているという情報はルートヴィッヒ一世も掴んでいた。

 が、しかしその到着は想定よりもずっと早かった。


(不味いな。もう予備部隊はこちらにないぞ。敵の騎兵がおよそ四〇〇〇であると仮定すると……味方の援軍が来るまでの時間を稼ぐだけであっても、最低二〇〇〇は必要だ。だが、今、それを本陣から切り崩して守り切れるかどうか……)


 とはいえ、そうこうしているうちにもニア率いる遊撃部隊は近づいてきている。

 ルートヴィッヒ一世は決断した。


「近衛歩兵二〇〇〇を迎撃に向かわせる。……その分、エデルナ兵には奮闘してもらわねばならないな」


 苦々しい表情でルートヴィッヒ一世は決断した。 

 この決断は……


 戦の勝敗を大きく左右することになる。





「何? ニア将軍が? ……やるじゃないか。あの魔族」


 ニアがフラーリング軍の中央本陣へ突撃したことを知ったソニアはニヤリと笑みを浮かべる。

 エルキュール至上主義者のソニアだが、その瞳は、軍才は決して色恋で曇ってはいない。


 味方の救援よりも先に敵を切り崩す。

 そちらの方が味方の助けにもなる、というニアの判断はソニアにとっても最善に思えた。


「よし! 一気に敵の本陣を突き崩す! 最後の力を振り絞れ!!」


 ソニアはチェルダ兵を鼓舞した。




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 ニア率いる三六〇〇の遊撃部隊と、二〇〇〇の国王近衛歩兵が衝突する。

 そして二〇〇〇の兵が抜けた隙を突くように、ソニアは総攻撃を開始した。


 一方、これに慌てたチュルパンは六〇〇〇の兵を主君の救援のために向かわせる。

 結果としてレムリア軍中央を襲っていたフラーリング軍の圧力は弱まり、再びレムリア軍は勢いを盛り返した。


 形成は一気に……レムリア優位へと傾き始める。


 

 後は……

 ニアの剣がルートヴィッヒ一世の喉元に迫るのが先か、チュルパンが差し向けた援軍が間に合うのが先か。







 そして……



「フラーリング王国、国王ルートヴィッヒ一世ですね? その身柄、拘束させてもらいます。死にたくなければ、大人しくするように!」


 ついにニアを中核とする少数の部隊が、ルートヴィッヒ一世の本陣までたどり着いた。

 ニアを含め、遊撃部隊の面々は傷だらけで、鎧には矢が突き刺さっている。


「……悪いが、そう容易く負けてやるつもりはない」


 ルートヴィッヒ一世はそう言うや否や、光り輝く剣を引き抜いた。


「ならば、死ね!!」


 見ただけで、あらゆる魔術を模倣できる。

 その魔族としての特性を使い、ニアはあらゆる魔術を全身に、そして馬にかけ、突撃した。


 フラーリング騎士たちを薙ぎ倒しながら、一目散にルートヴィッヒ一世へと迫る。


「まさか、余自ら、剣を抜いて戦うことになるとはな」


 ルートヴィッヒ一世は懐から、虹色に光り輝く剣を引き抜いた。


「獣化をしないとは、随分と余裕だな!!」


 獣化をしていない獣人族ワービーストであれば、一刀のもと斬り伏せることができるだけの一撃をニアは放つ。


 ニアの剣と、ルートヴィッヒ一世の剣が衝突する。

 甲高い金属音。


 真っ二つに……ニアの剣が折れた。


「な……」

「我が聖剣、ジョワユーズはあらゆる魔法を無力化する。余の獣化をも、無力化してしまうのだ」


 驚くニアに対し、ルートヴィッヒ一世は剣を振り下ろす。

 折れた剣でどうにか身を守るが……

 

 あっさりと、馬から落とされてしまう。


「か、体に……力が……」

「ローランのデュランダル、ブラダマンテの破魔の指輪、そして余のジョワユーズはあらゆる魔術・魔法を無力化し……そして、言い伝えによると魔族を弱らせるというが、まさか本当だったとはな」


 ルートヴィッヒ一世はニアを捕らえるように命じた。

 そしてほぼ同時にチュルパンが送ってきた援軍六〇〇〇が到着した。


 ルートヴィッヒ一世の素早い判断により、見事時間稼ぎに成功したのだ。


 これによりニア率いる遊撃部隊たちは討ち取られるか、または捕虜として捕らえられてしまう。


「よし、これで中央は保たれた。あとは再度、敵の右翼を……」


 敵将の一人を捕らえ、上機嫌な様子でルートヴィッヒ一世は言った。

 が、しかしすぐに表情を曇らせる。


「陛下! 我が軍右翼が一部、突破されました! 敵将アリシア率いるレムリア軍の騎兵部隊が迫っています!」


「……」


 それを聞いたルートヴィッヒ一世の判断は、やはり素早かった。


「全軍、撤退!!」


 斯くしてレゼェレの二帝会戦は終結した。






レゼェレの二帝会戦


交戦勢力

レムリア・ブルガロン・チェルダ連合軍VSフラーリング・エデルナ連合軍


主な指揮官

レムリア・ブルガロン・チェルダ連合軍


エルキュール一世(レムリア帝国皇帝)

アリシア・ユリアノス(ブルガロン王国女王)

ソニア・ユリアノス(チェルダ王国女王)

カロリナ・ユリアノス

ガルフィス・ガレアノス

エドモンド・エルドモート

オスカル・アルモン

ステファン・シェイコスキー

ジェベ

ニア・ディーアヴォロス=ルカリオス



フラーリング・エデルナ連合軍

ルートヴィッヒ一世

ブラダマンテ

マラジジ

ローラン

アストルフォ

チュルパン



兵力

レムリア・ブルガロン・チェルダ連合軍 九六四〇〇(+三六〇〇)=一〇〇〇〇〇

フラーリング・エデルナ連合軍 一〇〇〇〇〇


結果

レムリア・ブルガロン・チェルダ連合軍

死傷者 一三〇〇〇

捕虜  九〇〇〇

残存  七八〇〇〇


※ニア・ディーアヴォロス=ルカリオスが捕虜として捕らえられる


フラーリング・エデルナ連合軍

死傷者 一三〇〇〇

捕虜 七〇〇〇

残存 八〇〇〇〇


※ブラダマンテが捕虜として捕らえられる



勝敗……引き分け(双方、大勝利と喧伝)


影響

決着付かず

双方、多大な損害を受ける

エデルナ戦争の泥沼化

膠着状態に陥る

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