第10話 レゼェラの二帝会戦Ⅴ
先に事が動いたのはアリシア率いるレムリア軍左翼である。
ブルガロン騎兵に加え、エルキュールが送り込んだ四八〇〇の重・中装騎兵が援軍として戦場に加わったのだ。
「敵将、アストルフォ! 覚悟しろ!!」
「ぐっ……このままでは、本当に不味いね。下がるしかないか……」
双方、馬に乗り換えた二人は互いに距離を取りながら指揮を執っていた。
アリシアの弓はアストルフォにとっては致命傷となり得る。
アストルフォの槍、『アミー』もアリシアにとっては脅威だが……しかし触れなければどうと言うことはない。
アリシアはじりじりと、アストルフォを追い込んでいく。
フラーリング軍の右翼は崩壊しつつあった。
が、しかし。
そう容易くは崩壊しない。
アストルフォを追い散らしたアリシアを待っていたのは、フラーリング軍中央右翼歩兵たちである。
「ぐぬぬ……斜線陣形か」
「易々とここは通しはせんよ。……アストルフォ殿に伝令を。今のうちに、陣形を整えるようにと」
レムリア軍左翼、フラーリング軍右翼の戦いは一時膠着状態に陥った。
一方そのころ、チュルパンは国王近衛騎兵部隊一〇〇〇と、そして国王従士歩兵部隊一二〇〇〇の再編成を終えていた。
「狙いは一つ。レムリア軍の中央と、中央右翼との間に空いた間隙だ!!」
ブラダマンテが大きく中央右翼を押し込んだことで、レムリア軍には中央と中央右翼との間に致命的な間隙が生じていたのだ。
そこを見逃さず、チュルパンは突撃を開始する。
これを迎え撃つのは……
「全軍、後退しながら射撃! 時間を稼げ!!」
ジェベである。
毒を塗った矢を騎射しながら、ゆっくりと後退し、チュルパン率いるフラーリング軍の援軍到着を遅らせようとする。
が、しかしジェベがチュルパンと戦っている隙に、ブラダマンテが動く。
「今こそ、好機!! レムリア軍を突破するのです!!」
増々、勢いを強めていくフラーリング軍の中央左翼。
エドモンドは主君のもとには行かせまいと、立ちふさがる。
「敵将、エドモンド・エルドモートですね? いざ、尋常に勝負!」
ブラダマンテは剣を振り上げ、エドモンドに襲い掛かる。
エドモンドはこれを迎え撃つが……
その一撃を受け止め、表情を歪める。
(何という腕力……さすが、高位
元々、エドモンドは接近戦は苦手なのだ。
とはいえ、まともに相手をしてやる必要はない。
「申し訳ないが、正々堂々と戦う気はない。ここを抜かせるわけにはいかないのでね。アンドロマリウス!!」
エドモンドは契約している悪魔、アンドロマリウスを呼び出す。
この悪魔は敵の所持品を奪うという能力を持つ。
これにより敵の、つまりブラダマンテとその周囲の兵士たちの武器防具を奪い、混乱させることができる……
はずだった。
「な、なに!? 魔法が発動しないだと?」
「どのような術を使ったかは知りませんが……私の前で、悪魔の術は効果を為しません」
驚くエドモンドの剣を弾き飛ばし、ブラダマンテは不敵に笑った。
彼女の右手の人差し指には、光り輝く指輪が嵌め込まれている。
「破魔の指輪ですわ。ローランのデュランダルと同じ、悪魔の魔法を無力化できます。お覚悟を」
「っく……」
分が悪いと考えたエドモンドは咄嗟に背を向けて逃げ出した。
自分が討ち取られれば、レムリア軍中央右翼が崩壊する恐れがあるからだ。
しかし討ち取られずとも、逃走すれば味方の士気は下がり、敵の士気は上がる。
レムリア軍中央右翼は崩壊を始めた。
ブラダマンテとその護衛たちは先んじてこれを突破し、レムリア軍の中央後方へ迫る。
ほぼ同時にチュルパン率いるフラーリング軍の新手も、ジェベの遅滞戦術を突破し、レムリア軍の中央へと迫りつつあった。
ブラダマンテ、チュルパンの二人は勝利を確信する。
だが……
二人が見たのはレムリア軍中央の背後や側面ではなく、正面だった。
「ジェベ、エドモンド。良く時間を稼いでくれた。……二人には伝令を。後方に下がり、一時部隊を整えるように。しばらくはこちらで受け持つ」
既にエルキュールは自らが率いる中央を四十五度傾け、ブラダマンテとチュルパンを受け止める準備ができていたのだ。
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双方の陣形は当初のものとは大きく変わり、斜めに四十五度傾いたものと変わっていた。
一方、そのころレムリア軍中央とフラーリング軍中央は激しく衝突していた。
「押し切れ、押し切れ!! 我らの力を、奴らに見せつけてやるのだ!!」
剣を振り上げ、ソニアはチェルダ兵たちを鼓舞する。
エデルナ兵が敗走し、そして自軍左翼へ援軍として兵を引き抜いてしまったフラーリング軍の中央には、もはやまともに戦える兵は国王近衛・従士歩兵六〇〇〇のみ。
これを打ち砕けば、大将であるルートヴィッヒ一世はもうすぐだ。
しかし、だ。
「よく奮闘した、エデルナの兵たちよ! あとは我らに任せるのだ!」
精鋭である国王近衛歩兵五〇〇〇を中核とする、およそ六〇〇〇の歩兵たちが、ルートヴィッヒ一世に率いられ、ソニアたちの前へと立ち塞がる。
今まで戦に参戦していなかった彼らの体力は十分。
一方、連戦に次ぐ連戦でチェルダ兵たちは疲労していた。
結果、数の差を一時押し返し、戦況を沈着状態にまで持ち込む。
「ぐぬぬ……怯むな! 怯むな!! 殺せ、殺せ!!」
ソニアは剣を振り上げ、血で体を真っ赤に染め上げながら怒鳴る。
その表情は必死そのもの。
このままでは自軍の中央が、エルキュールが突破されることを半ば、分かっていたのだ。
一方でルートヴィッヒ一世の表情には余裕があった。
「敵は焦っているぞ! 持ちこたえよ!!」
中央が突破されるのは時間の問題。
だが……それよりも先にレムリア軍中央をブラダマンテとチュルパンの二人が突破すると、信じていた。
加えて……
「フラーリング軍が……持ちこたえているぞ!」
「元よりこの戦、我らの戦いだ!」
「加勢しろ!」
一時は崩れかけていたエデルナ兵たちが戦線に復帰する。
これはルートヴィッヒ一世にとっては、思わぬ誤算だった。
(使い潰すつもりだったが……意外に頑張るではないか。精々、余のために死んでくれ)
ニヤリとほくそ笑む。
さて、意外に奮闘するフラーリング軍中央とは相対的にレムリア軍中央は危機に陥っていた。
一時はエルキュールが立て直した戦線であるが……
ブラダマンテ、チュルパンの軍勢の勢いが再び、盛り返してきたのだ。
そしてついに、ブラダマンテが少数の騎士を連れて……
中央本陣へ、エルキュールのもとへ辿り着いた。
「あなたが、レムリア帝国、皇帝エルキュール一世陛下ですね? お覚悟を!!」
「まさか、ここまで来るとはな」
真っ直ぐ、剣を振り上げて迫ってくるブラダマンテ。
エルキュールの護衛の兵士たちはこれを防ごうと立ちふさがるが……次々と斬り伏せられていく。
「いざ、尋常に勝負!」
「尋常に勝負したら負ける気がするんでな。小細工を使わせてもらおう。アスモデウス!!」
エルキュールは己の悪魔を呼び出す。
そしてブラダマンテに強力な官能の呪いをかけるように指示した。
だが、その瞬間ブラダマンテの指輪が光り輝く。
「私には悪魔の呪いなど、効きませんわ!」
[ご、ご主人様! あ、あの指輪、私たちの力を無力化する力があります! 魔法が弾かれました!!]
レプリカとはいえ、一時的に悪魔の魔法を退ける力を持つ。
破魔の指輪を使われれば、如何にアスモデウスとはいえ、そう易々と呪いをかけられない。
「な、何だと!? ふ、ふざけるな!!」
「お覚悟を!」
ブラダマンテの剣戟を、エルキュールは受け止める。
両手に痺れるほどの衝撃が走る。
「悪魔を封じられれば、
「封じられれば、な?」
ニヤリとエルキュールは笑みを浮かべた。
ぞくりと、ブラダマンテの背筋に冷たい物が走る。
「シトリー! こいつの秘密を暴け! 指輪の守りを破壊しろ!」
【お任せください、ご主人様! こういうのは私の得意分野だよ!】
他者の秘密を暴くことに特化した精霊、シトリーがブラダマンテの指輪に直接、呪いをかける。
これにより、指輪の加護が一時的に弱まる。
それを感じたのか、ブラダマンテの表情が歪む。
「しかし、完全には打ち破れませんわ! この程度、どうということは……」
「普通の悪魔ならば、な。だが、アスモデウスならば別だ。やれ!」
【あは! デュランダルならともかく、指輪ならば、私の力が比較的、通りやすいですからね! お任せを、ご主人様!】
アスモデウスはかつて、魔導王の指輪の支配を打ち破ったという実績がある。
つまり……指輪という媒体に対しては、抵抗力を持っているのだ。
万全な破魔の指輪ならばアスモデウスの呪いを破ったかもしれないが……
シトリーによって、弱められた今ならば、突破できる。
「っぐ! こ、この……」
ブラダマンテの全身の力が一時的に抜ける。
エルキュールはその隙に、剣を振るった。
高い金属音と共に、ブラダマンテの剣が弾き飛ばされる。
同時にブラダマンテの全身から力が抜ける。
「おっと……危ない」
エルキュールは馬から崩れ落ちそうになるブラダマンテを受け止めた。
「卑怯な手を使ったが……まあ、君もソニアに対して似たようなことをした。お互い様ということで、許してくれたまえよ」
エルキュールはそう言って、脱力するブラダマンテにウィンクをした。
ブラダマンテは僅かに頬を赤らめたが……
すぐに騎士としての表情に戻る。
「私を倒すとは、さすがです。ですが……今更、止まりませんわ。私たちの勝利は、目前です!」
「はは! ……さて、どうするかな」
ブラダマンテの言葉は決して、悔し紛れの嘘でも、挑発でもない。
事実、士気旺盛なフラーリング軍はもはやブラダマンテが討ち取られようとも勢いを殺すことなく、レムリア軍中央を押し込みつつあった。
加えて……
「ブラダマンテ指揮下の兵たちは、私に続け! レムリア軍を打ち破り、彼女を救い出すのだ!」
チュルパンが健在である以上、フラーリング軍は崩れない。
本格的にエルキュールの表情に焦りの色が見えてくる。
だが、しかし……
突如、そんなフラーリング軍の動きが変わった。
「な、なに? そ、それは不味い……っく、あと少しだというのに!」
急にチュルパン率いるフラーリング軍の動きが鈍った。
挙句、攻勢に出していた一部の兵を引き抜き、後方へ送り始めたのだ。
「な、何が起きて……どうして!? ま、まさか、陛下の身に、何か……」
あともう少しで勝てるというのに攻勢を緩めたチュルパンの動きに、エルキュールの腕の中でブラダマンテが表情を青くする。
それに対し、エルキュールは内心で胸を撫で下ろしながら、笑みを浮かべていった。
「我が親愛なる家臣が、間に合ったようだ。まだ、勝敗は分からないぞ?」
ニア率いる遊撃部隊が戦場に到着した。
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