第6話 レゼェラの二帝会戦


 先んじて軍を集結させたのはレムリア軍だった。

 エルキュールはダリオス指揮下の軍勢を除く兵力を、港町エデルナに集結させた。


  歩兵三個軍団 

  弓兵六個大隊

  チェルダ王国歩兵軍一個軍団

  重装騎兵クリバナリウス一個軍団

  中装騎兵カタフラクト一個軍団

  ブルガロン騎兵一個軍団

  赤狼隊三個大隊

  遊撃隊三個大隊


 総勢、九八四〇〇だ。

 もっともチェルダ歩兵は先の戦いに於いて二〇〇〇ほど減っているため、実態としては九六四〇〇ほどである。


 フラーリング王国よりも先に兵力を結集させることに成功したエルキュールは、再度軍を分割し、分進合撃をしながらある都市を目指した。

 そこは……ブラダマンテが籠城をしている自由都市、ボロニアである。


 ブラダマンテ率いるフラーリング王国軍の総兵力は傭兵を含めれば凡そ二〇〇〇〇。

 よって兵力差は四倍。


 十分に落とせる兵力差ではあるが……


「ううむ……落ちんな」


 エルキュールは眉を顰めていた。

 正確には、落とそうと思えば落とせるが……大きな犠牲が必要となるだろう。

 ルートヴィッヒ一世との決戦前にそれは望ましくない。


「敵将はそこそこ優秀なようだな。……フラーリング騎士は籠城戦が得意とは聞いていたが、実に面倒だな」


 東方と比べ、西方では小規模な攻城戦・籠城戦が多い。

 華々しい騎士の決闘が吟遊詩人の間で語られるためにフラーリング騎士は野戦が得意かのように錯覚しがちではあるが……


 実際は泥臭い籠城戦をもっとも得意とする。


 彼らの戦争は基本的に城に篭り、敵に出血を強いて、外交交渉によって退けるというもの。

 そして……そういう世界で頂点を極めたのが、ルートヴィッヒ一世である。


(ダリオスと合流すれば落とせるだろうが……そうなるとアドルリア共和国の攻囲を解かねばならん。あの目障りな海猿共は、この戦争で必ず排除する……しなければならん)


 となれば、エルキュールの選択肢は一つだった。


「全軍、退却だ。決戦に備える」


 斯くしてブラダマンテは数週間の籠城戦に勝利したのだ。

 そして……エルキュールが引いた翌日、フラーリング王国軍が山脈を越え、エデルナ王国の地を踏んだ。


 それからさらに数日後。

 フラーリング王国軍はボロニア市に入城した。





「陛下、お待ちしておりました」


 ブラダマンテは跪き、己の主君を出迎えた。

 ルートヴィッヒ一世は上機嫌な様子で大きく頷く。


「ブラダマンテよ、この私が着くまでに、よくぞ耐え抜いた。さすがは我が騎士だ」

「勿体ないお言葉です」


 それからルートヴィッヒ一世は用意された玉座に座った。


「集え、我が騎士たちよ」

「「は!」」


 そう呼びかけると、ブラダマンテを始めとする七勇士たちがルートヴィッヒ一世の前に跪いた。


 『節制』のブラダマンテ。

 『愛』のアストルフォ。

 『正義』のローラン。

 『信仰』のチュルパン。

 『希望』のマラジジ。

 

 五人が揃ったところでルートヴィッヒ一世は口を開いた。


「ブラダマンテからの事前の報告によると、レムリア帝国軍は南東二十キロ、街道沿いのレゼェラ村に駐屯しているようだが……ブラダマンテよ。特に新しい情報はないか?」


「はい、陛下。今のところ、目立った動きはありません」


「ふむ。つまり……ここで私と決戦をせよと、誘っているわけか」


 レゼェラ村の後背地にはエデルナ王国の首都、エデルナ市が存在する。

 レムリア帝国はこのエデルナ市より、兵糧などの補給を受けている。


 十万近い軍勢を長期間、この場所に駐留させ続けることができるのは海上輸送と陸上交通網を組み合わせているからである。


 エデルナ市は軍事戦略的には無論、政治的にも重要な場所。

 ルートヴィッヒ一世が奪い返さなければならない場所の一つである。


 その進路上にレムリア軍が存在するとなれば、衝突は避けられない。


「敵は約十万未満。こちらはブラダマンテの軍を含め、十万。数の上ではこちらが有利。一方で……時間の経過は敵にとって優位に働く」


 十万という大軍を集めてみせたルートヴィッヒ一世であるが……

 実際のところ、経済力や人口という側面で見ればフラーリング王国の国力はレムリア帝国の三分の一以下である。

 封建制度という政治体制の特性上、この大軍を長期間維持し続けるのは難しい。

 戦争が長期化すれば諸侯や騎士たちは自国へ帰りたがるからだ。


 一方でレムリア帝国の場合、一年でも二年でも戦い続けられる。

 その気になればチェルダ王国やブルガロン王国から更なる軍勢を呼び寄せることもできるだろう。


 また兵站の問題もある。

 ルートヴィッヒ一世率いるフラーリング王国に食糧や飼葉を供給しているのはパスタ平原北部の諸侯や自由都市だが、彼らの経済力もそう長くは持たない。

 そもそもパスタ平原北部の食料生産だけでは、十万の軍勢を長期間養い続けるのは無理がある。


 一方でレムリア帝国は属州から食糧を供給し続けている。

 その供給限界は事実上の無限と言っても過言ではないだろう。

 少なくともフラーリング王国と比べれば、だが。

 

 ルートヴィッヒ一世には勝負を急がなければならない理由がある。


 レムリア帝国軍がやる気というならば、勝負に乗らない手はない。


「行くぞ!!」

「「「は!」」」


 フラーリング王国軍は動き出した。





 

 一方、レゼェラ村に於いてフラーリング王国軍が動き出したという情報を耳に入れたエルキュールは不敵に笑った。


「やはり、乗ってきたか」


 ルートヴィッヒ一世が勝負に乗ってくることは分かっていた。

 数の上で優り、加えて兵站の問題があるルートヴィッヒ一世が勝負に乗って来ないはずがないからだ。


 ……ところで、なぜエルキュールの側は野戦を望むのか?

 レムリアにどのような利益があるのか?

 籠城戦という選択肢はないのか?


 まず第一にルートヴィッヒ一世を完膚なきまでに叩き潰してしまいたいという理由がある。

 レムリア帝国がフラーリング王国よりもはるかに上である。

 そう世界に知らしめるには決定的な勝利が必要だ。

 折角、フラーリング王国がのこのこと出てきてくれたのだ。

 この機会を逃すわけにはいかない。


 加えて言えば、レムリア軍とて悠長に時を過ごしていられるというわけではない。


 もし仮にルートヴィッヒ一世がエデルナ市の解放よりも先に、アドルリア共和国の救援を優先すれば、エルキュールはそれを妨害するために動かなければならなくなる。


 戦争の主導権がルートヴィッヒ一世に奪われてしまうのだ。


 そして最後の理由は……


「総兵力では劣りますが、騎兵の数と質ならば、我々が有利ですね」


 自信に溢れた表情でアリシアは言った。

 レムリアは北方大陸ではおそらく最強に近いブルガロン騎兵を有している。

 

 またレムリアの騎兵総数が三七二〇〇なのに対し、フラーリング王国は二五〇〇〇ほど。

 野戦に於いては騎兵の数が勝利の鍵を握る。

 つまりレムリアの方が実は有利なのだ。


 さらに……


「敵の質はバラバラで、統制もさほど取れているとは言えません。十万の軍勢となれば、必ずボロが出るはずです」


 ソニアが断言するように言った。

 実際に戦ったソニアからの情報により、フラーリング王国軍の兵士の質はピンからキリまであることが分かっている。


 優秀な騎士もいれば、やる気のない傭兵や、やや強引に徴兵されたような農民兵まで存在するのがフラーリング王国軍。

 つまり“寄せ集め”だ。


 勿論、それを優秀な七勇士たちがまとめ上げているわけだが……限界はある。


 一方でレムリア軍の質は均一で、弱点はないと言えるだろう。

 チェルダ王国軍、ブルガロン王国軍という外国軍の存在は弱点と言えるかもしれないが……幸いにもエルキュールと、それぞれの指揮官であるソニア、アリシア間では連携が取れている。

 

「さあ、諸君。どちらが真のメシア教の守護者であるか、蛮族共に分からせてやるぞ!」

「「「は!!」」」





 一方、アドルリア共和国はダリオスとニア率いるレムリア軍により厳重な包囲が敷かれていた。

 二人のもとにも、レムリア軍、フラーリング軍双方の動きに関する情報が齎されていた。


「ニア将軍」

「どうしましたか? ダリオス将軍」


 呼び出されたニアは怪訝そうな表情を浮かべる。

 ダリオスは一枚の羊皮紙をニアに手渡した。


「これは……陛下からの指令書!」

「余裕があるならば、あなたの遊撃隊もこちらへ合流するように、とのことだ」

「なるほど」


 ニヤリと、ニアは笑みを浮かべた。

 余裕があるのか……と聞かれると、余裕はある。


 というのも、すでに二重の壕によってアドルリア市を完全に包囲下に置いた後だからだ。

 今ならば騎兵部隊がなくとも、包囲を続けられる。


「行ってまいります、将軍」

「ご武運を」


 斯くしてニア率いる遊撃部隊もまた、動き始めた。





 世に名高い、レゼェラの二帝会戦が行われようとしていた。

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