第4話 節制

 ソニアとジェベの作戦会議より、二日後。


 ブラダマンテ率いるフラーリング軍と、ソニア率いるレムリア軍が平野で対峙した。

 フラーリング軍はおよそ一八〇〇〇、一方でレムリア軍は一九二〇〇である。


 レムリア軍の兵力の内訳は以前と変わらない。

 一方、フラーリング軍は都市の防衛のために五〇〇〇の歩兵を残し、そして八〇〇〇の傭兵やエデルナ騎士を加えている。


 内訳的にはフラーリング歩兵が五〇〇〇、フラーリング騎士が五〇〇〇、そして五〇〇〇が歩兵傭兵で、三〇〇〇がエデルナ騎士である。


 ブラダマンテは中央左翼に傭兵歩兵五〇〇〇を、その中央右翼にフラーリング歩兵五〇〇〇を配置した。

 そして左翼にエデルナ騎士三〇〇〇を、右翼に自身が直接指揮するフラーリング騎士五〇〇〇を配置する。


 これに対しソニアはチェルダ王国軍一二〇〇〇を中央に。 

 左翼に自身が指揮する赤狼隊三六〇〇。

 右翼にジェベが指揮する遊撃隊三六〇〇をそれぞれ配置した。



「「神は我らと共にあり」」

「「神は我らと共にあり」」

「「神は我らと共にあり」」



 双方、共に自らの信じる父なる神、そして救世主メシアへと祈りを捧げる。

 そして……


「「全軍、進撃開始!!」


 ソニアとブラダマンテの号令で、戦闘が始まった。




 まず最初に動き始めたのは双方の中央歩兵である。

 フラーリング軍中央歩兵一〇〇〇〇と、チェルダ王国軍歩兵一二〇〇〇が衝突する。


 戦況は……チェルダ王国軍の方が優勢だった。

 数の上で二〇〇〇ほど上回っていることもあるが……フラーリング王国軍の左翼を構成しているのは士気と練度で劣る傭兵。

 精強なチェルダ王国の歩兵と比べれば、どうしても押されてしまう。

 一方でフラーリング歩兵に関してはチェルダ歩兵と同等以上に戦えていた。

 

 結果、歩兵同士のぶつかり合いは、フラーリング軍から見ると大きく左翼が押し込まれる形となった。


 歩兵同士が衝突するのとほぼ同時に、両翼の騎兵が衝突した。

 ジェベ率いるレムリア軍右翼三六〇〇の遊撃部隊と、フラーリング軍左翼三〇〇〇のエデルナ騎士。

 ソニア率いるレムリア軍左翼三六〇〇の赤狼隊と、フラーリング軍右翼五〇〇〇のフラーリング騎士。

 双方で激戦が繰り広げられていた。




「騎士らしく、正々堂々と一騎討ちと行きましょう。ソニア姫!」

「何が騎士だ! この山賊風情が!!」


 激しく剣と剣をぶつけあう二人。

 どちらも高位獣人族ということもあり、その一撃はとてつもなく重い。


「山賊? ……心外ですわ」

「ふん、何が心外だ! お前たちの悪評は、チェルダ王国にも届いているぞ!」


 ソニアはブラダマンテに対して怒鳴り散らす。

 フラーリング王国の騎士たちが非常に粗雑で乱暴で野蛮な盗賊もどきであることは、西方世界では非常に有名な話であった。


 もっとも……


「海賊風情に言われたくはないという意味ですわ」


 チェルダ王国の騎士たちもまた同様に粗雑な連中であることは有名な話である。

 ソニアの額に青筋が浮かぶ。


「どうやら、早死にしたいようだな!」

「陸の上なら……海賊よりも、山賊に分がありますわよ」


 激戦が繰り広げられる。 

 数の上ではフラーリング騎士が優っているが、ソニア率いる赤狼隊の練度はその数的な不利を覆し、奮戦していた。


 一方……フラーリング軍左翼とレムリア軍右翼では、ジェベの活躍と数的な有利も手伝い、レムリア軍が優勢となっていた。


 結果、両翼ではフラーリング軍から見て、左側が大きく押し込まれる形となった。




 そして戦闘が開始して一時間。

 ついにフラーリング軍左翼を構成していたエデルナ騎士たちが敗走。

 彼らを戦場から排除したジェベは、フラーリング軍中央左翼を構成する傭兵部隊へと襲い掛かった。

 すでにチェルダ歩兵によって大きく押されていたフラーリング軍中央左翼はこの一撃で混乱に陥り、敗走を開始した。


「あらあら……これは潮時ですわね」

「待て!!!」


 あっさりと撤退を決め、逃走を始めるブラダマンテ。

 一方、ソニアはそれを果敢に追い始める。


 ソニアの後を追う形になり、レムリア連合軍もまた激しい追撃を開始する。

 次々と逃げ遅れた傭兵部隊を殺していくチェルダ歩兵。


「隊長! 俺たちも早く追撃をしましょう!! このままでは戦功が取られちまいますよ!」


 中々追撃に移ろうとしないジェベを部下たちが急かす。

 一方、ジェベは追撃に加わる様子を見せず、静かに答えた。


「俺たちは様子を見るぞ」

「隊長?」

「念のために、体力を温存しておけ」






 一方、ソニアとブラダマンテは時折剣を交わしながら、追いかけっこを続けていた。

 傭兵部隊はともかくとして、フラーリング軍本体及びエデルナ騎士に対して、レムリア軍は効果的な追撃を加えることができていなかった。


 というのも、ブラダマンテが率いる精鋭部隊が殿となっていたからである。

 

 ソニアはこれを突き崩そうとしているのだが……

 上手く行かず、結果として追撃は長期間に及んでいた。


「ふふ……そろそろですわね」

「ようやく、観念したか!」


 再び馬の足を止め、ソニアに向かい合うブラダマンテ。

 ソニアはニヤリと笑みを浮かべ、剣をブラダマンテへと向ける。

 ブラダマンテを殺せば、もしくは捕えれば、きっと愛しのあの人は自分を褒めてくれるに違いないと確信していた。


「観念? はて……何のことやら」

「お前の命のことだ!」

「ふふ……生憎、死ぬつもりは毛頭ありません。全軍、反転!!」


 再び、二人は剣を交えた。

 フラーリング騎士と赤狼隊が激しくぶつかる。

 

 しかし……今までと違う点が一つだけあった。


 フラーリング騎士だけでなく、フラーリング歩兵を含めたフラーリング軍一〇〇〇〇が一斉に方向転換し、襲い掛かってきたのだ。

 退却の最中に陣形を整えていたのだ。


 それに対しチェルダ歩兵は激しい追撃により陣形は乱れ、そして疲弊していた。


 そして……そんなチェルダ歩兵の背後から、いつの間にか現れた一〇〇〇ほどのフラーリング歩兵たちが襲い掛かった。


「い、いつの間に……」


 敵の伏兵の存在に気付いたソニアの表情に焦りの色が見え始めた。


「小隊ごとに分散させて、辺りの岩場に隠しておきましたわ。普段のチェルダ歩兵ならば一〇〇〇程度に背後を取られた程度で遅れは取らないかもしれませんが……うふふ、状況が状況ですものね?」


 精強なチェルダ歩兵ならば一〇〇〇程度の伏兵で混乱するようなことはない。

 例え混乱したとしても、十分に弾き返せるだろう。

 逆に一〇〇〇を超える伏兵が隠れていれば、さすがに気付く。


 故に伏兵程度の小細工でチェルダ歩兵は負けることはない。

 が、疲弊し、陣形が崩れ、そして前後左右から一〇〇〇〇のフラーリング軍の攻勢を受けているこの状態では話は別だ。


「あはは、意外に素直なんですね。ソニア姫」

「……騎士らしく、正々堂々と戦うんじゃなかったのか?」


 ソニアが尋ねると……ブラダマンテはニヤリと意地悪い笑みを浮かべた。


「おや、知らないのですか? 私たちフラーリング騎士が正々堂々と一騎打ちをする相手には、異教徒や異端者は含まれないのですよ?」


「やはり山賊だな、貴様らは」


「海賊に言われたくはありませんわ。さあ……これでお終いですわ!」


 勝利を確信し、勝ち誇った表情を浮かべるブラダマンテ。

 だがソニアは……小さく笑った。


「言っておくが、私だってこういう最悪の事態は、当然想定していたぞ? ……全軍、反転!! 退却だ!!」


 ソニアの号令で一斉に反転し、退却を始めるチェルダ歩兵。

 ブラダマンテはやれやれという様子で肩を竦めた。


「囲まれる前ならばともかくとして……すでに後ろで蓋をした今、あなた方に退路はありませんわよ?」

「ブラダマンテ様! 敵将ジェベ率いる騎兵部隊により、後方に回り込ませていた歩兵部隊が挟撃され、敵に突破されました!」


「……なるほど。道理で姿が見えないと思ったら」


 ブラダマンテはため息をついた。


「此度は引き分けのようですわね。仕方がありません。我々も引き返しましょうか」


 が、しかしその表情には余裕の色があった。


「こちらが失ったのは傭兵と、そしてエデルナ騎士が少々。一方、あちらは精強なチェルダ歩兵をこちらと同数程度失った。数の上では同じでも、実質的な戦力差は縮まりましたし……何よりレムリア軍が尻尾を撒いて逃げたのは事実。十分、勝利として喧伝できますわ」


 得られる物は得た。

 これ以上の勝利は“節制”に反する。


 そう判断したブラダマンテは都市へと戻り、その“勝利”を宣伝するのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る