第八章

第1話 開戦

 チェルダ王国を同君連合として飲み込んでから、約三年が経過した。

 この三年間でレムリア帝国はチェルダ王国を完全に消化しきる…… 

 とまでは行かないまでも、身動きを取ることはできるようになっていた。


 そういうわけで、エルキュールが次なる標的として定めたのが……


「アドルリア共和国。こいつをそろそろ、アルブム海から追い出してしまおうじゃないか」


 重臣たちを前にエルキュールはそう宣言した。

 

 アドルリア共和国。

 ノヴァ・レムリア市が存在するキリス半島とレムリア市エデルナ半島との間に存在する、アドルリア海の制海権を抑えていた・・商業大国である。


 小さな都市国家ではあるものの、その領土は干潟に囲まれている。

 それ故に防衛には極めて特化している。

 そしてエデルナ王国やフラーリング王国の庇護を受け、貿易事業を展開していた。


 レムリア帝国とは時には協力し、時には商業上対立をしてきた。


 が、エルキュールが即位し、レムリア帝国の国力が回復傾向になった今では、その商業交易の支配者としての地位を、完全にレムリアに奪われ、没落しつつあった。


 しかし現在でも海賊(つまり私掠船)の本拠地として、レムリア帝国からすると厄介な国である。


 また現在では事実上、フラーリング王国の属国となっている。

 そして香辛料などの高級品をフラーリング王国が輸入するための迂回路となっており、現在でもそれなりの国力を持っている。


 もっとも、今のレムリア帝国と比べると吹けば飛ぶような塵に等しいのだが。


「さて、我が国の軍事力だが……」


 歩兵五個軍団、弓兵一個軍団、重装騎兵クリバナリウス一個軍団、中装騎兵カタフラクト一個軍団、軽騎兵一個軍団、そして三個大隊の遊撃隊が二つ。

 そしてソニアの赤狼隊も三個大隊が存在する。

 加えてブルガロン人及びチェルダ王国から、それぞれ最低でも一個軍団以上の軍勢を召喚することが可能である。



 そしてこれはあくまで、陸上戦力。

 海上戦力に関してはチェルダ王国の海軍をも吸収し、さらに新造したガレー船を含む五百隻の大艦隊を有している。


「アドルリア共和国を相手にする分ならば何の問題もないが、しかし問題はフラーリング王国だ」


 アドルリア共和国はフラーリング王国の庇護下にある。

 よって、レムリア帝国がアドルリア共和国を攻撃すればフラーリング王国が出てくる可能性が高い。


「正確には、フラーリング帝国・・と呼んでやった方が良いか? 実に不遜な連中だ」


 エルキュールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 フラーリング王国の国王、ルートヴィッヒ一世が西レムリア帝国の皇帝として即位したという情報がエルキュールの耳に届いたのは、最近のことであった。


 そもそも西レムリア帝国が滅んだ時点でその帝冠は東レムリア帝国の皇帝に返還されており、この時点で東西レムリア帝国は統合されている。


 よって、法律上はエルキュールが東西のレムリア皇帝位を兼ねているのだ。


 そのためルートヴィッヒ一世が西レムリア皇帝として即位する法的な根拠は一切ないわけだが……そもそも教皇などとという意味不明な地位を用意する男である。


 理屈は通用しないと考えた方が良い。


 勿論、レムリア帝国はその皇帝位を一切認めていない。

 よって、そのことに関しても白黒はっきりつけるつもりだ。


 つまり、アドルリア共和国の討伐は単なる餌に過ぎない。

 本命はのこのこと出てきたフラーリング王国を叩き潰すことにある。


「アントーニオ。アドルリア共和国にいる我が国の要人に関しては、避難は済んでいるな?」

「抜かりなく」


 アドルリア共和国出身の商人、アントーニオはニヤリと笑って頷いた。

 一斉にレムリア帝国に関係する商人たちがいなくなったことでアドルリア共和国の評議会は間違いなく、戦争を予期しているが……


 それは想定の範囲内だ。


「よろしい。クリストス、お前は全艦隊を率いてアドルリア共和国、及びフラーリング王国・エデルナ王国の船舶を軒並み鹵獲、もしくは轟沈させろ。ついでに両国への、我が国からの禁輸処置も行う」


 これはレムリア帝国の経済にも大きな影響を及ぼす諸刃の剣……

 ではあるが、実際のところレムリア帝国の経済を支えているのは西方貿易ではなく東方貿易である。

 そのため短期間であればそれほど大きな問題にはならない。


「ダリオス。お前には……そうだな。歩兵一個軍団、弓兵四個大隊、あとはニアの遊撃隊三個大隊を付ける。合計、二〇四〇〇を与える。この兵力でアドルリア共和国を封鎖し、兵糧攻めにしろ」


「はい、陛下」


 攻めろと言わないのは、アドルリア共和国の本土が難攻不落であることをエルキュールが知っているからだ。

 しかしアドルリア共和国は穀物の自給すらもできない、商業に完全依存した国家。


 陸海の物流を封鎖すれば干上がるのは時間の問題だ。


(……むむ、ダリオス将軍と一緒かぁ。まあ、陛下の命令なら、仕方がないけれど)


 愛しのエルキュールと一緒になれないことにニアは不満を抱いたが……

 しかしエルキュールの命令ならば致し方がないと、頷いた。


「俺は歩兵一個軍団と弓兵三個大隊を率いて、海岸沿いに北部からエデルナ王国へ侵入する。アリシアはブルガロン騎兵一個軍団を、ソニアは赤狼隊三個大隊とチェルダ王国歩兵軍一個軍団を、そしてジェベは遊撃隊三個大隊をそれぞれ率いて、俺についてい来い」


「「「はい!」」」


 三人は揃って返事をした。

 尚、アリシアとソニアを自分の率いる軍に入れたのは、二人を制御できるのはおそらく自分だけだろうとエルキュールが考えていたからである。


 実際、二人とも能力とプライドが高いので、ダリオスやガルフィスの命令は間違いなく、まともに聞かないだろう。


「道中はダリオスと共に行く」


 エルキュールがそう言うと、ニアの表情が少し緩んだ。

 少しでもエルキュールと共にいたいようだ。


「ガルフィス、お前には重装騎兵クリバナリウス一個軍団の指揮を任せる。それを本隊として、カロリナは中装騎兵カタフラクトを一個軍団、ステファンとオスカルは歩兵一個軍団、エドモンドは歩兵一個軍団と弓兵三個大隊を率いて、ガルフィスの指揮下へと入れ。お前たちは南から、エデルナ半島を侵入しろ」


「「「「「はい!」」」」」


 家臣たちが頷いたのを確認し、エルキュールはさらに命令を続ける。


「軽騎兵一個軍団に関しては、三等分にし、それぞれ偵察部隊として配属させよう。軽騎兵を含め、一四二八〇〇の兵力でもってエデルナ王国へと侵攻する」


 それからエルキュールは指を三本、立てた。


「目標は三つ。一つはアドルリア共和国を滅ぼすこと。もう一つはレムリア市を我らの手中に取り戻すこと。そして……最後にエデルナ王国とアドルリア共和国を救援にやってきたフラーリング王国を叩き潰すことだ。以上! 各自、準備を開始しろ。神は我らと共にあり!」


「「「は! 神は我らと共にあり!」」」





 さて、それからしばらくのことだった。

 ルゥティーシィの宮殿にいたルートヴィッヒ一世のもとに、急報が届いた。


「陛下、レムリア帝国に動きがあります。総勢、約十五万の大軍勢がエデルナ半島へ向かっているとのことです」


 そう告げたのはナモである。

 レムリア帝国に存在する伝手を使い、いち早くその動きを察知したのだ。


 ルートヴィッヒ一世はすぐに七勇士を招集した。


「いや、しかし……ふむ、冬での軍事行動か」


 季節は十月。

 もうすぐ寒さが厳しくなってくる季節だ。


 エルキュールの狙いは明白である。


「冬となれば、大軍勢を率いて大山脈を超えるのは厳しいですな。海上はレムリア帝国に抑えられております。我が国が軍を動かせないうちに、エデルナ王国とアドルリア共和国を滅ぼそうということでしょうな」


 七勇士の一人、『希望』のマラジジが言った。

 人族と獣人族ワービーストのハーフである彼は、優れた将軍であるのと同時に魔術師でもある。

 マラジジの推測は極めて的を射たものであったが……


「冬であるため、大山脈を超えるのが難しい……くくく、そうだな。が、しかし歴史上、越えた例はあるだろう」


 ルートヴィッヒ一世は自信にあふれた表情で言ってのけた。

 これには七勇士たちも驚きの表情を浮かべるが……


 確かに、このお方ならばできるに違いないと納得した。


「ということは、油断しているレムリア帝国軍を奇襲するというわけだね!」


 楽しそうに言ったのは、七勇士の一人『愛』のアストルフォである。

 が、しかしルートヴィッヒ一世は首を左右に振った。


「いや、違うな。あのレムリア皇帝が、というより、かの名将に苦しめられたレムリア帝国の人間が、それを想定しないはずがない。故に、奴は俺が大山脈を超えてくる前提で動いているはず」


 そういうルートヴィッヒ一世の声には、ある種のエルキュール一世への信頼があった。

 その程度は必ず、想定に入れているはずである、と。


「が、しかし! この誘い、乗らずして騎士とは言えん!! 十五万に対抗するには、最低でも十万はいるだろう。各自、諸侯たちを糾合して最低でも十万の兵力を集めてくるのだ!」


 それから七勇士の最後の一人に視線を向けた。


「レムリア皇帝は兵力を三つに分けることで機動性と戦略の柔軟性を実現しているが、しかしこれは戦力の分散の愚を犯しているとも言える。ブラダマンテよ! 我が精鋭、一五〇〇〇の兵を与える」

 

「はい、陛下」


 金髪の少女がニヤリと笑みを浮かべた。

 彼女こそ、七勇士最後の一人、『節制』のブラダマンテである。


「先遣隊として、大山脈を超えよ! そしてパスタ平原に侵入したレムリア軍を足止めするのだ」

「承知いたしました。……ところで、陛下」


 少女は己の主君に尋ねる。


「別に倒してしまっても、構いませんよね?」

「はははは! よく言った!!」

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