幕間
ルートヴィッヒ一世
レムリア帝国がチェルダ王国を同君連合という形で飲み込んでから、三年が経過した。
レムリア帝国より西。
フラーリング王国、ルゥティーシィでは着々と首都の造営が行われていた。
「いやはや、レムリア帝国の首都、ノヴァ・レムリアに優るとも劣らない……とまではさすがに言えないが、中々良い都が作れそうだな」
建設中の宮殿のバルコニーから、葡萄酒を片手に、一人の男が上機嫌な様子で言った。
黄金に輝く髪に、頭から猫耳を生やした男。
フラーリング王国、国王ルートヴィッヒ一世である。
「現状、移住を終えたのは何人だ? ナモ」
「商人、職人、貴族の家族を合わせて、十万人ほど……目標の半数の移住を終わらせました」
そう答えたのは人族で言うところの、四十代から五十代程度の長耳族の男性だ。
故に実年齢は百五十程度だろう。
ルートヴィッヒ一世の七騎士の一人、『知恵』のナモである。
「素晴らしい……お前の伝手を使い、レムリアから職人や商人を呼び寄せることができたのが、上手くいったな。当初は微々たるものではあったが、今ではこのように巨大な都へと結実した」
レムリア帝国の人材は極めて豊富である。
手工業に従事する職人や、それを販売する商人は勿論、建築家や弁護士などの知識人階級まで含めて、多種多様な人材を抱えている。
飽和してしまうほどに。
レムリア帝国の身分制度は流動性が高い。
これはつまり激しい出世競争や経済的な争いが日夜繰り広げられていることを意味する。
故にどうしても蹴落とされる人間が出てくる。
そして……優秀な者だけが常に勝利し、無能な者が敗者になる……
とは、限らない。
勝負というのは案外運の要素が絡むこともある。
また、時には卑劣な手段で敵を追い落とす者もいるだろう。
優秀であるにもかかわらず、レムリア帝国から居場所をなくしてしまったもの、もしくは現在の地位に不満を持つものは大勢いる。
彼らの多くは、諸外国へ移住して活路を見出す。
エルキュールはこのような人材流出を止めようとしたが――国外への奴隷の輸出禁止はその一つである――人の流れを完全に止めることは、如何にエルキュールといえども不可能である。
こうして国外へと活路を見出し、レムリア帝国から流出した人材をルートヴィッヒ一世は搔き集めた。
幸いにもルートヴィッヒ一世の支配するガルリア地方には、元レムリア帝国の貴族が大勢いた。
勿論、それはエデルナ王国やトゥレトゥム王国でも同様なのだが……
ガルリア地方の元レムリア帝国貴族たちは、独立的な傾向が極めて高かった。
国に頼ることはできなかった。
そして……その事実は彼らにとってレムリア帝国への不信と、そして自らの実力に対する自信へと結びついた。
そんな元レムリア貴族の筆頭がナモである。
ナモは聖七十六家の傍流に位置する、
そんなナモを筆頭とする元レムリア貴族たちを懐柔し、その人脈を利用して、ルートヴィッヒ一世は他国よりもより効率的に人材を手元へと搔き集めることに成功したのだ。
その長年の努力が実を結んだ、というわけである。
「レムリアといえば……ドゥイチェ王国の成立は、してやられたな」
「……申し訳ありませぬ、陛下」
外交を一任されているナモは、ルートヴィッヒ一世に深々と頭を下げた。
が、ルートヴィッヒ一世は軽く手を振った。
「頭を上げろ。お前の責任ではない。お前はよくやってくれていた。お前以外の者であれば、もっとひどい結果になっていただろう」
ドゥイチェ王国。
ルートヴィッヒ一世が
今までは未開のドゥイチェ地方の諸部族よりも、経済力・技術力で上回っていたフラーリング王国が戦いを有利に進めていたのだが……
ドゥイチェ王国が成立して以降、容易く勝てなくなってきている。
というのも、ドゥイチェ王国の諸部族の兵士たちが急に優れた武具を身に纏い始めたからだ。
数は多くないもののフラーリング王国の技術力を上回るような武具の存在も確認されている。
……もはや隠すつもりすらないのだろう。
武具にはレムリア帝国の職人が施した刻印が、確認されていた。
つまりエルキュール一世が格安で、もしくは無償で、ドゥイチェ王国へと大量の武具を融通しているのだ。
ドゥイチェ王国の国王は
「陛下、ご報告がございます」
「……チュルパンか」
現れたのは司教服を身に纏った、長耳族の男性だ。
彼はナモとは異なり、
『信仰』のチュルパン。
フラーリング王国における教会関係の問題を一手に引き受けている。
「その前に、良いニュースか悪いニュースか、教えてくれ」
「……悪いニュースでございます。陛下」
「ふむ、よし言え」
少し覚悟を決めてからルートヴィッヒ一世は言った。
チュルパンは頷いてから、答えた。
「兼ねてより進めているドゥイチェ地方における布教ですが、難航しております。教皇派が設立した司教区の多くは事実上機能せず、
「……原因は分かっているか?」
「
勿論、
が、しかし
元々は教皇派の方が良くも悪くも緩かったのだが……
今では
教皇派の場合は現地の宣教師の独断であるのに対し、
近年、どこぞの誰かの影響を受けて腹黒くなった
そのためドゥイチェ王国では神の子の図像と並んで、自分たちの先祖の神々も並べて拝んでいる
彼らの多くはまともにメシア教の教えを理解はしていないだろう。
が、しかしメシア教徒であるかと聞かれたら、メシア教徒だと答える。
勿論、先祖の神々を信仰しているかと聞かれたら、そうだとも答えるだろう。
彼らにとって、メシア教の唯一神は数ある神々の一つでしかない。
拝めば天国に連れてってくれるというお手軽さがあるなら、いっちょ拝んでおくか……程度の認識なのだ。
そのため、数だけはとにかく増えている。
「あの
「……偶像崇拝と認めるわけにはいかないと言い張っておりまして」
「全く……元々、認めようが認めなかろうが、あの屑の死後の行先は変わらんと思うがな」
まあ、俺は天国に決まっているけどな。
などと、ルートヴィッヒ一世は笑った。
「国王陛下、否、皇帝陛下。ご機嫌、麗しゅう」
と、そこへもう一人の人物が現れた。
髭を生やした、中年程度の見た目に見える
非常に胡散臭い笑みを浮かべている。
イラストレーターに「最後の決戦で裏切って味方を罠に嵌める卑劣漢を描いてください」と依頼すれば、十人中八人はこのような容姿の人間を描くのではないだろうか?
というほどに、邪悪な笑みを浮かべている男が、ルートヴィッヒ一世の前に進み出てきた。
「おお、ガヌロン。皇帝とは、気が早いではないか。それとも……準備が終わったのか?」
「はい、陛下。正義は我らにあります故、皆、納得してくださりましたぞ」
『正義』とは尤も縁遠い男。
七騎士の一人、『正義』のガヌロンはニヤリと笑った。
「後はグレゴリウスめを
「その件は私の管轄だ」
ガヌロンとチュルパンは睨み合った。
一方、ルートヴィッヒ一世は上機嫌だ。
「くくく……これで俺も、西のレムリア皇帝というわけか。これでレムリア帝国からの干渉は、完全に排除できるようになるだろう」
『知恵』のナモ。
『勇気』のローラン。
『正義』のガヌロン。
『愛』のアストルフォ。
『信仰』のチュルパン。
これに『節制』と『希望』を冠する騎士を二名加えた計七名こそが、過去千年以上に渡って歴史に名を刻む、七騎士、または七勇士。
そしてそれを束ねるは、三英雄が一人、獅子王ルートヴィッヒ一世。
エルキュール一世と、その配下十六柱臣との衝突は……
近い。
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