第24話 属国化

 アリシア、ソニアとの結婚式はつつがなく行われた。

 もし二人の結婚式と、今までの結婚式との違いを挙げるとするならば、ノヴァ・レムリアで行われなかった点であろう。


 アリシアとの結婚式は旧ブルガロン王国、ブルガロン属州で執り行われた。


 結婚式に招かれたのは、その殆どがレムリア帝国の貴族と旧ブルガロン王国の有力者たちであった。

 結婚式は二日に別れて、初日はセシリアが執り行うメシア・レムリア風の結婚式が、二日目はブルガロン風の結婚式が、それぞれ挙げられることとなった。


 ソニアとの結婚式も、同様である。

 ソニアとの結婚式はチェルダ王国の首都ヘラクレア市――旧チェルダ市――で行われた。


 やはり招かれたのはレムリア帝国とチェルダ王国双方の貴族たちであり、そして初日はメシア・レムリア風の、二日目には古獣人族ワービーストの伝統に則った結婚式が挙げられた。


 

 双方の結婚式がレムリア帝国とブルガロン王国、そしてチェルダ王国の同君連合の成立を内外に――特に内側へ――アピールすることが目的なのは、明らかであった。


 またノヴァ・レムリア市ではなく、それぞれ旧ブルガロン王国領とチェルダ王国で行われ、そして両国の伝統的な手法に則って結婚式が行われたことは、双方の文化・伝統を尊重するというエルキュールからのメッセージでもあった。

 ……勿論、形式上の話だが。





「えへへへ……結婚式、素敵だったなぁ……」


 うっとりとした表情で絵を眺める少女。

 栗色の尻尾が左右に振れている。

 先月、結婚式を挙げたばかりのソニアだ。


 彼女が見ているのはエルキュールとソニアが二人、並んでいる絵画だ。

 エルキュールは軍服を、ソニアは純白のウェディングドレスを着ている。

 ティトゥスが二人のために――主にソニアのために――描いた写実画だ。


「見惚れるのは構わないが、今は仕事の話をしようか、ソニア」

「はい、陛下!」


 ソニアはいそいそと絵画をもとの場所に戻すと、エルキュールに向かい合うように座った。

 二人の前にはチェルダ王国の地図や、様々な税率、産業等の資料が積まれている。


 チェルダ王国の支配はかなり安定してきた。

 残党兵はあらかた狩りつくされ、経済も安定し、飢餓問題も解決した。


 と、なれば恒久的な安定のために内政に、今までの戦乱で傷ついたチェルダ王国の国力を安定させるのが次にやるべきことだろう。

 ……ついでにレムリア帝国に対する経済的な依存度を上げることができれば、尚良い。


「まあ、しかし……ブルガロン王国と比べれば、元々肥沃な土地だからな。特に手をつける必要もない、か」


 一般的に砂漠が広がっていると思われている南大陸だが、その沿岸部は極めて肥沃だ。


 レムリア帝国に編入されたテリポルタニア州、そしてチェルダ王国の首都があるイフリキア地方、ソニアの実家、ゲイセリア家の支持基盤であるマウグリニア地方は、元々はレムリア帝国の穀倉地帯だったのだ。


 早い話、元の鞘に戻っただけの話だ。


(とはいえ、小麦の生産量は将来的には絞っても良いかもしれないな)


 現在のレムリア帝国にはハヤスタン王国、そしてタウリカ属州という新たな穀倉地帯がある。

 特にタウリカ属州には黒土地帯チェルノーゼムが広がっている。

 開拓が進めば、この地方からは上質な小麦が生産されるようになるだろう。


 帝国全体で小麦の過剰供給が起こり、共倒れになる……

 という結末はあまりにも間抜けだ。


 ついでに言えば、できるだけ属国は分業・・状態にさせた方が依存度は高くなる。

 ハヤスタン王国が小麦や葡萄の生産に特化しているように、チェルダ王国も特定の産業に特化させた方が都合が良い。


 レムリア帝国、特にノヴァ・レムリア市を中核化し、属州を半周辺、属国を周辺化するのがエルキュールにとっては尤も望ましい形だ。


「今後、飢饉が起きないよう、乾燥に強い作物を……そうだな、葡萄やオレンジ、オリーブ、トマト、馬鈴薯の作付けを増やした方が良いかもな」


「それは良い考えです!」


 にっこり、と微笑むソニア。

 本当にそう思っているのか、それともエルキュールの意図を分かった上で言っているのか。


(まあ、こいつは馬鹿じゃないから、後者だろうな)


 エルキュールの腹黒い算段を知った上で、「良い考え」と言っているのだから恐ろしい。

 

「後は綿花や羊毛の生産だ。今、ノヴァ・レムリア市では繊維産業が発展してきている。原料の需要は高いぞ」


 原料を生産する側と、原料を輸入して加工する側では、後者の方が利益が大きい。

 当然、そのことを知った上でエルキュールは言っている。


「羊毛……と言えば牧畜ですが、陛下。駱駝を導入したいのですが、如何ですか?」

「駱駝か……まあ、良いだろう。交易にも使うしな」


 一応、ソニアにも多少は国を思う気持ちが残ってはいるらしい。

 とても建設的な意見を出してきた。


 駱駝の生産拡大はエルキュールとしては望むところだ。

 南方との交易で駱駝の需要は増すだろうし、そうでなくとも戦争での輜重部隊に使える。


(そう言えば……駱駝騎兵という兵科もあるが、どうだろうか? ハビラ半島の遊牧民は駱駝に跨って騎射をすると聞くが)


 ハビラ半島はミスル属州の東側にある巨大な半島だ。

 その殆どは砂漠に覆われている。


 ……が、しかし絹の道の迂回路としても機能し、また香辛料を得るための季節風交易では、必ずこのハビラ半島を通過する。


 つまり経済的に非常に重要な場所なのだ。


(まあ、今はどうでも良いことだ)


 エルキュールは思考からハビラ半島を一度排除する。


「後は植林が必要だな」

「植林……ですか?」

「資料を見ればわかる。……お前たちは船を作りすぎたな。材木の価格が年々、高騰している。つまり森林が減少しているということだ。砂漠化が進行すれば、せっかくの肥沃な土地が台無しになってしまう」


 木の伐採を規制した方が良いかもしれない。

 などと、エルキュールは言う。


 ちなみに木の伐採規制の背後には、チェルダ王国の造船能力を落とし、牙を削いでおこうという意図が隠れている。


「それと、ここからが重要な話だが」


 今までの話は前座である。

 そもそも産業奨励にはあまり効果がない。

 多くの農民は国の言うことなど、ろくに聞かないものだ。


 勿論、葡萄やオリーブ、トマト、オレンジ、綿花、駱駝などの生産は農民に大きな利益をもたらす。

 だから積極的にこういった作物の作付けを増やして行くだろう。

 

 だからこそ、産業奨励には意味がない。

 奨励をしようとも、しなくとも、利益が出るならば彼らは勝手にそういう方向に動くからである。


 植林事業は少し事情が異なるが。


「一先ず、五年間は税金を下げようか」

「よろしいのですか?」

「まあ、戦乱で疲弊しているからな」


 勿論、民を思ってのことではなく人気取りのためだ。

 尤も、そもそも戦乱で疲弊させたのはエルキュール本人なので、完全なるマッチポンプだ。


「もう一つ、これは重要なことだが……バルバル族との交易を、バルバル族が比較的、有利になるようにするぞ」


「……それはどうしてですか?」


 ソニアは眉を潜めた。

 レムリア帝国を除けばチェルダ王国にとっての不俱戴天の敵はバルバル族だ。

 だからソニアはバルバル族を嫌っている。

 そのバルバル族に利するような政策には、心情的にはあまり賛同できないのだろう。

 

「連中が略奪に走るのは、経済的な困窮が原因だ。そして経済的な困窮は、チェルダ王国の商人が足元を見て、安く買い叩こうとするからだ」


 軍事的に侵略したり、無理矢理搾取するよりは、多少は甘い飴を与え、経済的に依存させた方が後々有利に働く。


 それはエルキュールがブルガロン王国との長い戦争で学んだことだ。


 飴&鞭、というよりは飴&飴政策。

 ただしその飴には富という名の毒が入っているが。


 それをエルキュールが語ると、なるほどとソニアは頷いた。


「確かにそれはおっしゃる通りです。……ところで、陛下。そうなると我々、チェルダ王国軍の仕事が減りますが、どうしますか?」


「そうだな……」


 チェルダ王国軍の扱いはエルキュールにとっても、面倒なものだ。

 できれば牙を抜いておきたいが、いざという時にバルバル族の侵入に対応できないようでも困る。


「まあ、軍の規模は縮小しても良いだろう。ただし……俺の戦争にも参加してもらうから、訓練は欠かさないように。それとできる限り、中央集権化を進めた方が良いな。封建諸侯を屯田兵と見做して地方軍を作り、それとは別に自由に動かせる中央軍を整備するのが望ましい」


 平時の軍事費はできるだけ減らしたいのが、エルキュールの本音だ。

 というのも、一連の戦争でレムリア帝国の財政も決して良いとは言えない状況だからだ。


(早いところ、チェルダ王国を消化したいものだが……まあ、三年は必要だろうな)


 エルキュールは内心でため息をつくのであった。

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