第17話 真意
「っふ……はぁ……、ん、っく……」
「ぁぁ……もう、ぃゃ……」
「お許し、くださぃ……へい、かぁ……」
「……皇帝陛下、これはどういうことでしょうか?」
やや困惑した様子で言ったのはアリシアだった。
彼女は普段、ブルガロン王国とレムリア帝国の間を行き来している。
チェルダ王国内で発生したクーデターの知らせが届いたのはたまたま、アリシアがブルガロン王国に赴いている時だった。
故に何が起きたのか、エルキュールから聞き出すために急いで戻ってきたのである。
そんなアリシアが見たのは、妙な光景だった。
三人の女たちが、四つん這いになり、エルキュールの足を舐めていた。
彼女たちの頬は赤く、肌は上気していて、目は潤んでいる。
舌を動かすたびに、何かに耐えるように静かに体を震わせている。
「ああ……チェルダ王国での政変は知っているな?」
「はい。そのことについてお話するために参上しました」
「なら、話は早い。こいつらが、まるで俺が黒幕かのように疑うのだ。失礼な話だろう?」
そういってエルキュールは女たち――カロリナ、シェヘラザード、ルナリエ――を見下ろして鼻で笑った。
「つまり疑った罰、ということですか?」
「そうだ。俺が満足するまで、足を舐めて貰っている」
「……その割には随分と、その、皆さんお辛そうですが」
彼女たちは舌を動かすたびに、甘い声を漏らしていた。
足を舐めるだけで、こうなるだろうか? とアリシアは頬を僅かに赤らめながら首を傾げる。
「精霊術を使っている」
「あー、なるほど」
アスモデウスとシトリーの能力を使えば、彼女たちの舌をやや
アリシア自身も何度かやられたこともあり、納得の色を見せた。
「それで、陛下。チェルダ王国の政変ですが、何が起こっているのですか?」
「なぜ俺がそれを知っていると思った? アリシア」
エルキュールは目を細めて尋ねた。
アリシアの表情が固まる。
「い、いや、それは……」
「俺も急な知らせで困惑しているのだが、どうしてお前は俺が事態を完全に把握していると思った?」
「それは、ですね……えっと……」
「下手な嘘を言うよりも、正直に答えた方が罪は軽くなるぞ」
エルキュールがそういうと、アリシアは観念したように答えた。
「……陛下が、何か謀りごとをしたと、思っておりました」
「よろしい。そこに座れ」
エルキュールはそういうと、自分の目の前を指さした。
アリシアは心臓を高鳴らせながら、エルキュールが座る膝の前に座った。
アリシアのすぐ側には懸命にエルキュールの両足を舐めている女性がいる。
そしてエルキュールの足は彼女たちの唾液で艶めかしく光っていた。
「何をしなければならないのか、言わなくとも分かるな?」
「は、はい……陛下」
アリシアは熱を帯び、空気の僅かな動きにさえも機敏に感じ取るように変化してしまった舌を、指紋でザラザラとしている足指へと伸ばした。
嬌声が一つ増えた。
それから一週間ほどが経過し、ようやくエルキュールのもとに情報が集まり始めた。
「つまりソニア・ゲイセリアがクーデターを引き起こし、国王を暗殺、チェルダ王国を掌握。そして俺に結婚を申し込み、同君連合を求めている……と、そういうことか」
「はい。どうやら我々の想定以上に、チェルダ王国内部で厭戦気分が広がっていたようです」
トドリスは頷いた。
一連の内戦と戦争により、チェルダ王国の支配階層である
彼らの不満を掬い上げる形でソニアがそれをまとめ、政権を引っ繰り返した。
ここまでは分かった。
しかし謎が一つ。
「なぜ、俺に結婚を申し込む?」
「……レムリア帝国との交易を再開したいのではありませんか?」
エルキュールの問いにトドリスは答えた。
現在のチェルダ王国の経済的な困窮は、穀倉地帯であるテリポルタニアを失ったことに起因する。
国境により、テリポルタニアとチェルダ王国の本土が経済的に分断されてしまったのだ。
これによる大きな経済的な混乱が発生している。
故に、レムリア帝国と合併すれば国境が消滅し、経済的にも再び連結できる……
と、考えられなくもない。
「いや、だからと言って俺と結婚する意味は薄いだろう。そもそも俺がチェルダ王国をレムリア帝国と平等に統治するとも限らない。それよりもまず、関税や交易に関する交渉を始める方が先だ」
交易を再開してください。
穀物を安く売ってください。
その代わりに陛下にチェルダ王国の行政権の一部をお与えします。
というのが、本来の順序だ。
しかしソニアがやっていることは
陛下にチェルダ王国の行政権をお与えします。
だけである。
これは外交とはとても言えない。
とはいえ、分からない、分からないと言っていても始まらない。
「それで陛下、どういたしますか?」
「一先ず、ソニア姫には帝都に来て、きちんと説明して貰わねばなるまい。使者を立てるぞ」
「承知いたしました」
それからすぐにソニアはノヴァ・レムリアを訪れた。
それはエルキュールからしてみても、あまりにも早い動きだった。
「お久しぶりです、皇帝陛下」
玉座に座るエルキュールに対し、ソニアは優雅に一礼した。
その表情は赤らんでいて、まるで熱病にでも懸ったようだった。
「お久しぶりだな、ソニア姫。……それで此度の件、ご説明を願いたい」
エルキュールが堅苦しい声で言うと、ソニアは首を傾げた。
「どういうことでしょうか?」
「あなたの真意をお尋ねしている。我が国との同君連合を望む理由だ」
するとソニアはきょとんとした表情で答える。
「不幸なことに、我が国の国王陛下が亡くなられてしまいました。だからです」
何を当たり前のことを聞くんだ。
と言うばかりにソニアは言った。
エルキュールは額に手を当てた。
ソニアの意図が全く、分からない。
「つまり、どういうことか。懇切丁寧に教えて頂こうか」
「はい、勿論です」
ソニアはどういうわけか、嬉しそうに説明を始めた。
「現状、最も我が国の父祖に近いのは我が父カーマインか、私です。しかし我が父は残念ながら、我が国の国民からの支持が芳しくありません。よって、私が玉座に着くことになりました。ですが、私は見ての通り未熟で、国を治める力はありません。ですから、是非とも皇帝陛下には私と
「……建前は結構だ。真意を聞かせてもらおう」
エルキュールは低い声で言った。
実際のところ、ソニアの提案はエルキュールにとっては何一つ不利益はない。
仮にチェルダ王国がレムリア帝国と同君連合を組めば……
アルブム海は事実上、レムリア帝国の内海となる。
それはアルブム海の経済圏の統合を意味し、その経済的な利益は計り知れない。
それを抜きにしてもチェルダ王国の、南大陸沿岸部の広大な穀倉地帯は旨味がある。
何よりチェルダ王国という軍事的脅威が消滅するのは、レムリア帝国の安全保障上、多大な利益がある。
チェルダ王国さえなくなれば、西方に於けるレムリア帝国にとっての脅威はエデルナ王国とその背後のフラーリング王国だけとなるからだ。
西方の脅威が和らげば和らぐほど、東方の脅威――つまりファールス王国――に集中できる。
勿論……チェルダ王国がその版図に加われば、それだけ守らなければならない領土も増加するのは事実だ。
南方の遊牧民バルバル族や、砂漠を超えた先の、金を産出するという大国も気になる。
が、それはチェルダ王国それ自体の脅威と比べれば大したものではない。
そもそもチェルダ王国はこれらの脅威を跳ね除け、そしてレムリア帝国にまでちょっかいを出す余裕があったのだから。
だが、しかしだ。
こんなに美味い話があるわけがない。
鴨がネギを背負ってきたからと言って、喜んで鴨鍋をやるほどエルキュールは馬鹿ではない。
鴨が持ってきたネギが、もしくは鴨そのものが毒かもしれない。
故にエルキュールは言う。
建前は良い。
真意を言え。
何を企んでいる?
と。
もっとも、「何を企んでいるのか?」と聞かれて素直に企みを言うはずがないことはエルキュールも分かっている。
故にエルキュールが彼女に伝えたいのは「俺はお前の姦計に騙されるほど愚かではないぞ」という牽制だ。
しかし、だ。
何故か、ソニアは顔を赤らめた。
そして妙にモジモジさせ、周囲を見渡す。
「そ、そんな……こんな、大勢人がいるところで……」
「……ふむ、人がいるところでは話せないこと、ということか」
エルキュールは人払いをさせた。
エルキュールの側で剣を下げていたカロリナやニアは渋ったが、彼女たちも強引に玉座の間から退出させる。
エルキュールとソニアだけになる。
エルキュールは小声で呼びかけた。
「アスモデウス、シトリー」
【はいはい、お呼びですか】
【久しぶりだからね! 対価はたっぷり、溜まっているよ!!】
いつでもソニアを止められるように、ひそかにアスモデウスとシトリーを呼び出す。
「さて、真意を聞かせて貰おうか」
エルキュールがそう言うと、ソニアは顔を真っ赤にし、モジモジとし……
そして上目遣いでエルキュールを見上げて言った。
「へ、陛下と……」
「ふむ」
「素敵な結婚式を挙げたいです!!」
「……………………………………!?!?!?!?!?!?」
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