第16話 政権掌握
カーマインとホアメルが我に返ったのは、参列者たちが悲鳴を上げた時だった。
混乱の渦の中、二人は揃って叫んだ。
「「カーマイン(ホアメル)、貴様、謀ったな!!」」
そして声が被ったことに二人は驚く。
カーマインは「ソニアがホアメルと結び、ヒルデリック二世の暗殺を計画した」と思い込んでおり、一方ホアメルも「カーマインが王位簒奪のためにソニアを刺客として使った」と思い込んでいた。
しかし相手の様子を見る限りでは、相手の謀り事ではないようだった。
「そ、ソニア!! お前、今、自分が何をしたの……」
「お命を無駄にしたくなければ、動かないでください。閣下」
ソニアに詰め寄ろうとしたカーマインの背中に剣を突き立てて脅したのは、ソニアの結婚を祝うために会場に席を与えられていた、赤狼隊の隊員の一人だった。
「こ、このようなことが、許されるとでも……」
ホアメルもまた、別の隊員に剣を突き付けられていた。
気付くと会場にいた二十人の赤狼隊は剣を抜き、参列者たちを牽制していた。
……いや、赤狼隊の隊員だけではない。
ほかにも幾人もの――少なくとも十人以上――の
会場はソニアとその一派が完全に乗っ取っていた。
「お父様、死にたくなければ、私の言うことを聞いてください」
「ば、馬鹿な……お前、一時的にここを占拠したところで、身の破滅は免れんぞ……」
青白い顔でカーマインは言った。
「王都には私が連れてきた、ゲイセリア家の兵士たちが大勢いる! すぐに騒ぎを聞きつけてくるぞ」
「ええ、知っていますよ。お父様、大袈裟にもたくさん……五百人以上連れてきていましたものね」
これは護衛のためであり……
またゲイセリア家の軍事力を他家に見せつけるためでもあった。
全員が完全武装した重装騎兵であり、精鋭だ。
「御領主様!!」
そうこうしているうちに、会場に武装した騎士が入ってきた。
その鎧にはゲイセリア家の家紋が描かれている。
彼はゲイセリア家譜代の家臣の家の出であり、優秀な騎士団長だ。
参列者たちの間で安堵が広がる……
が、しかしカーマインだけが違和感に気付いた。
何故か騎士たちの鎧に血がついている。
それだけではない。
どういうわけか、彼はソニアの一派たちを素通りし、真っ直ぐソニアとカーマインのもとにまで歩いてきた。
そして彼は……
ソニアに対して、片膝をついた。
「御領主様、城内の制圧、完了致しました。それとすでにゲイセリア家の兵が五〇〇〇、その他我らの同盟貴族家の兵が五〇〇〇、合わせて一〇〇〇〇が向かって来ております」
「よろしい」
ソニアは満面の笑みを浮かべた。
それからヒルデリック二世の首を投げ渡す。
「これは一先ず、片づけておいてください」
「承知いたしました」
彼は乱雑にヒルデリック二世の首を掴む。
そして今にも去っていこうとする。
その背中に、怒鳴りつけるようにカーマインは言った。
「貴様! 何のつもりだ!!」
「これは……
そう言うと彼は会場から出ていく。
それと同時にぞろぞろと、ゲイセリア家の家紋を鎧につけた騎士たちがやってきて、参列者たちを連行していく。
「元御領主様、従ってください」
「従えるか!! 貴様ら、裏切ったのか!!」
カーマインは自分を拘束して連れて行こうとする騎士たちを、強引に振りほどこうとする。
が、しかしソニアはそんな父に対して冷徹に言った。
「裏切ったのは、お父様です」
「な、何を言って……」
「我が家に仕える騎士たちにも、少なくない犠牲が生じている。にも関わらず、あなたは家臣たちに目を配らず、王都での政争に明け暮れた。……あなたがいない間に、領地を掌握するのは実に簡単でしたよ」
「なん、だと……」
ソニアの言が正しければ、とっくにゲイセリア家の領地も兵も、すべて奪われていたことになる。
「それだけではありません。少なくない数の貴族の方々が、私に賛同してくださっています。ね?」
ソニアが言うと、幾人かの参列者たちが頷いた。
彼らのうち半数はカーマインの派閥の者たち、そしてもう半分は……ホアメルの派閥の者たちだった。
カーマインだけでなく、ホアメルも自らの派閥をソニアに“喰われていた”のだ。
「すでに私の配下の兵士と同盟貴族たちが、この王都を制圧するために向かっています。言っておきますが、私の同志はここにいる者たちだけではありません。むしろ……結婚式に出席することができない者たちにこそ大勢いることを、心得るように」
こうしてあっさりと……
チェルダ王国はソニアの手に堕ちてしまったのだ。
さて、一〇〇〇〇の兵がチェルダ市を制圧した。
その後、ソニアはすぐさま戒厳令を敷いた。
あらゆる王都に繋がる道、関所は封鎖され、そして港も船の出入りが一時的に禁じられた。
ソニアの情報管理は完璧で、クーデターの詳細が王都の外に漏れ出ることもなかった。
当時、チェルダ市に忍び込んでいた密偵も、王都で発生した事件をエルキュールに伝えられなかったほどである。
そして貴族たちを大広間へと集めさせた。
ソニア派の中小貴族たちは帯剣したまま辺りを油断なく警戒し、そしてホアメルやカーマインを含める大貴族を中心とする非ソニア派は腕を縛られ、赤狼隊に剣を突き付けられた状態でやってきた。
チェルダ王国の主要貴族たちの大部分が、この場に集まっていた。
とっくにドレスから軍服に着替えたソニアは、貴族たちの前に立って言った。
「さて……皆さん、知っての通り、我らの国王、ヒルデリック二世陛下が不慮の事故で亡くなられてしまいました」
実に白々しい言葉だった。
が、しかしソニアを批判する者はいなかった。
すでに何人もソニアに逆らったことで、殺された者たちがいたからだ。
「さて……今、チェルダ王国の玉座は空席となっております。慣例ではヒルデリック二世ともっとも血縁的に近い者が王位を継ぐべきですが……陛下には息子も、兄弟もいません」
ソニアは悲しそうに言った。
「我が国を建国した、父祖の直系の血。ガイサリック家の血統は絶えてしまいました」
絶やした当人は、しかし笑みを浮かべる。
「ですが、ご安心を。直系は絶えましたが、父祖の血が消えてなくなったわけではありません。そしてもっとも王家に近い家となると……我がゲイセリア家ということになるでしょうか?」
もちろん、この状況下でカーマインが玉座につくことはあり得ない。
となれば、ただ一人。
玉座に着けるのは……ソニアということになる。
「しかし私には国王を務めあげる自信がありません。……ですので、ここは我ら
国王選挙。
つまり話し合いと投票により、自らの君主を決める制度だ。
奇妙な制度のように思えるかもしれないが、実はこのような国王選挙は歴史的に見ても決して珍しくない。
例えば今でこそ世襲王政である
他にも遊牧民のブルガロン王国も形式上は国王選挙である。
レムリア皇帝も元をただせば、共和制の選挙制度の元で生み出された。
「異義無し!」
「良い考えだ!」
「それならばきっと、みんなが納得する王が選ばれる!」
「ソニア様がその方と結婚されれば、我らの父祖の血も絶えない!」
そして誰かが言った。
「では、我らの王に相応しいお方とは、誰だろうか? ソニア様はどのようにお考えで?」
ソニアはわざとらしく……非常にわざとらしく、悩んでみせた。
もちろん、ソニア派の者たちはすでに結論を知っている。
結論を知らず、やきもきしているのはカーマインやホアメルたちだけだ。
「では……」
ソニアは散々にもったいぶった上で、言った。
「神に代わる地上の代理人、メシア教の守護者である、エルキュール一世陛下は如何でしょうか?血筋も、能力も、何の問題もないはずです」
ソニアの提案にカーマインとホアメルは絶句した。
他の非ソニア派の者たちも、まさかその名前が出てくるとは思っていなかったのか、あんぐりと口を開ける。
がしかし、ソニア派の者たちはすでにその名前が出てくることは聞かされていた。
故に台本通り口々に叫ぶ。
「素晴らしい!」
「かの皇帝ならば、きっと我が国を豊かにしてくださる!」
「チェルダ王国万歳!!」
「エルキュール国王陛下、万歳!!」
「ソニア女王陛下、万歳!!」
一斉に万歳唱和が始まる。
そして……
赤狼隊は非ソニア派の貴族たちに突き付けていた剣を、さらに近づけた。
「さ、賛成だ!」
「ば、万歳!!」
そして……
最後にカーマインとホアメルは俯き、ため息混じりに小さな声で言った。
「「……万歳」」
レムリア帝国に「同君連合」を求める使者が訪れたのは、それから一週間後のことであった。
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