第15話 素敵な結婚式

 かれこれ時が過ぎ、結婚式の日となった。

 チェルダ王国中から獣人族ワービーストの貴族たちが王宮へと集まる。


 カーマイン派の大貴族たちは心なしか嬉しそうで、一方ホアメル派の大貴族たちは悔しそうな表情を浮かべていた。

 一方で両派閥の中小貴族たちは、誰もが共通して浮かない顔を浮かべている。


 戦争で打撃を受けたのは決して農民たちだけではない。

 むしろ失った財産の“額”を考えれば、貴族たちの方が深刻だ。


 多くの貴族たちは戦争で兵を供給するために借金をしていた。

 にも拘わらず王政府は恩賞の土地どころか、身代金すらもまともに援助してくれなかった。

 ……勿論、テリポルタニア地方に領地を持っていた貴族たちの経済状況は、言うまでもない。


 大貴族たちは多少の出費に耐えることができるが、中小貴族はそうはいかない。

 多くの貴族たちは困窮しており、中には破産した者たちもいる。


 そんな時に結婚式だ。


 結婚式となれば相応の服を仕立てなければならないし、祝いの品の一つや二つを持っていかなければならない。 

 平時ならば問題なくとも、今の中小貴族たちの財布事情的には大問題だ。


 加えて中小貴族たちはカーマインと国王の思惑に気付いていた。

 

 戦争よりも自分たちの財布を助けてくれ。

 そう思っている貴族たちにとっては、この結婚式は面白くないどころか不愉快だ。


 もっとも……それを口に出す者はいない。

 しかし全く表に出さないということは人間である以上は不可能で、全体的に結婚式の雰囲気は悪かった。






 さて、主役は遅れてやってくるという言葉通り、ソニア、カーマインを含むゲイセリア家の者たちが王宮へとやってきたのは、結婚式の三日ほど前だった。


「……お久しぶりです、国王陛下」

「うむ、久しぶりだな。ソニア」


 あの日の会議以来、ヒルデリック二世とソニアが顔を合わせたのは今日が初めてだった。


「その節は、ご無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした」


 ソニアはそう言って頭を下げた。

 ヒルデリック二世は大きく首を振る。


「いや、もう余は気にしていない。……これから夫婦になるのだ。過去のことは水に流そうではないか」


 ヒルデリック二世はそう言いながらソニアの姿を眺めた。

 

 ソニアは普段、軍服を着込み、乗馬ズボンを履いている。

 そして髪は動きやすいように後ろで縛り、そして顔にも化粧などは施さない。


 花よりも戦。

 それがソニアという少女だった。


 しかし今日は美しいドレスを着ていて、髪も編み、そして髪飾りで着飾っていた。

 顔にはうっすらと化粧をしているように見える。

 もっとも腰には剣をさげていたが。


(……こうして見ると、見た目は美しいな)


 などと、ヒルデリック二世は考えていた。


 ……実はヒルデリック二世とソニアの結婚が早まったこと、そしてホアメルが斬り捨てられたことにはちょっとした裏事情がある。

 

 知っての通り、ヒルデリック二世にはカッサンドラという恋人がいた。

 ホアメルの娘で、ヒルデリック二世は彼女を寵愛していたのだ。


 しかしカッサンドラは人族だ。

 老いる速度も、高位獣人族ハイ・ワービーストと比べれば早い。


 とどのつまり、カッサンドラの美貌に陰りが出始めていたのだ。

 もちろん、ヒルデリック二世はカッサンドラのことが嫌いになったわけではないのだが……今ではかつてほどの情熱を失っていた。


 代わりにヒルデリック二世が興味を持ち始めたのが……ソニアである。

 

 元々二人の年齢は十以上離れていた。

 そんな中でヒルデリック二世がソニアにまともな恋愛感情、どころか性欲を抱くはずもなく、ヒルデリック二世はソニアのことなど眼中になかった。


 が、しかしカッサンドラが老いていくにつれて、逆にソニアは美しく成長していった。

 今では手足も伸び、胸も膨らみ、柔らかな栗色の髪と瞳が美しい、十七歳の美少女へと変貌を遂げていた。


 これが自分と関係ない女ならばともかくとして、婚約者なのだ。

 興味が湧かないはずもない。


 ……勿論性格的な相性は悪いのだが、抱く分は性格などどうだってよい。

 顔と体が良ければ、それで良いのだ。


「……そう言えば、ソニア」

「はい、陛下」

「結婚式に君の兵を……赤狼隊の者を招きたいと言っていたが、どういうことだ?」


 ヒルデリック二世は首を傾げて行った。

 赤狼隊は確かに獣人族ワービーストの武人で構成された部隊だが……しかし彼らの多くは下級貴族だ。

 少なくとも結婚式に呼ばれるような家のものではない。


「はい……私は今まで、彼らと苦楽を共にしてきました。しかし陛下と結婚する以上、そう気軽に戦場に出ることは叶わないでしょう。赤狼隊は解散です」


 ……どこかの国には皇后にも関わらず戦場を駆けまわっている女がいるか、それは例外である。

 普通は結婚したら戦場には出ない。


「ふむ、それがどうしたというのだ?」


「これが最後ですから、彼らに私の晴れ姿を見せてあげたいのです。もちろん、赤狼隊全員を招きたいなどとは言いませんし、良い席を用意しろとも言いません。隊長たちだけでも代表として、二十人ほど招きたいのです。……許可を頂けないでしょうか?」


「……」


 ヒルデリック二世は少し考え込んだ。

 家柄を考えると、彼らを結婚式に招くのは身分秩序的に宜しくない。

 だが花嫁であるソニアの願いだ。


(……臍を曲げられて、戦場にでも出られたら困るか)


 新婚早々花嫁が捕虜になるなど、大恥もいいところだ。

 ソニアには大人しくしてほしい。


「分かった、良いだろう」

「ありがとうございます!」


 ソニアは満面の笑みを浮かべた。

 それは花が咲くような笑顔で……不覚にもヒルデリック二世はドキッとしてしまった。



 

 



 レムリア帝国を始めとするメシア教国では結婚式は教会で執り行われる。

 パーティーはあくまで結婚を“祝う”ために行われるもので、結婚式そのものとは関係ない。

 が、しかしチェルダ王国では少し異なる。


 結婚式を主催するのが聖職者である点は同じだが、場所は教会ではなく、屋内の広いパーティー会場で行われる。


 パーティー=結婚式なのだ。


 元々、獣人族ワービーストたちの結婚式は一種の祭りでしかなかった。

 厳かな儀式をするわけではなく、新たな夫婦の誕生を祝ってバカ騒ぎをする……それが彼らにとっての結婚式だった。


 チェルダ王国はそのような獣人族ワービーストの風習を色濃く残している。

 国家方針として獣人族ワービースト至上主義を掲げ、メシア教の文化にはそれほど染まらなかったことが大きい。


 だが、しかし段取りそのものは他のメシア教国とそう変わるものではない。


 故に……

 ヒルデリック二世は新郎として、会場で他の参列者たちと共に新婦であるソニアを静かに待っていた。


 結婚式は“どんちゃん騒ぎをするもの”である獣人族ワービーストたちも、さすがに結婚の誓約が交わされるまでは静かにしている。


 ほんの少しだけヒルデリック二世が緊張しながら待っていると、進行役を務める聖職者により新婦の入場が伝えられる。


 大きな扉が開き、ソニアがカーマインに付き添われ、やってきた。


「ほぉ……」


 思わずヒルデリック二世は感心の声を上げてしまった。 

 その日のソニアは一段と美しかった。

 化粧をしっかりと施し、髪も編み、装飾品で着飾っている。


 そして着ているドレスは今流行の、真っ白い純白のウェディングドレスだ。

 ……これはレムリア帝国が発祥の流行なのだが、ファッションに国境はない。

 例え政治的な関係が悪化していても、ファッションだけは何故か受け入れられるものだ。


「よく似合っている」


 ヒルデリック二世が心からの言葉を告げると、ソニアははにかみ、小さく礼をした。


「お褒めの言葉、ありがとうございます」


 以前、シェヘラザードが着ていた美しい白いドレスを見たことがあるソニアとしては、一応「ああいうドレスを着てみたい」という望みは叶ったことになる。


 もっとも……やはり技術力と資金の問題もあり、シェヘラザードが着ていたものとは随分と見劣りした。

 ソニアの美しさに、ドレスが追いついていない。


 もっとも芸術や文化ではレムリア帝国に一歩も二歩も遅れているチェルダ王国の者たちは、それに気付くこともなかった。


 聖職者が聖書を朗読し……そしてそれが終わると、結婚誓約となる。


 まず先にヒルデリック二世が結婚の誓約を神に誓う。

 それが終わると聖職者はソニアに、誓約を促した。


 しかしソニアは笑みを浮かべたまま、一向に誓約を口にしない。


 しばらくの静寂、そして……参列者たちの囁き声。

 

「ソニア、体調が悪いのか?」


 ヒルデリック二世が心配そうに尋ねた。

 ソニアは首を大きく振った。


「いえ、大丈夫です。……すみません、少し緊張してしまいました」


 ソニアが照れ笑いを浮かべて言うと、ヒルデリック二世もカーマインも聖職者も、そして参列者たちも胸を撫で下ろす。

 ここで結婚式が台無しになれば、国政がどれほど混乱するか分からない。


 ソニアが誓約を口にしなかった、否、できなかった理由が新婦としては微笑ましく、可愛らしいもので、多くの者たちは安堵し、そして暖かい視線をソニアに送った。


「……では、お答えしますね?」

「ああ」


 ソニアは大きく深呼吸をして、そして口を開いた。


「これが私の答えです」







 その時、多くの参列者たちは目の前で何が起こっているのか分からなかった。

 あまりの出来事に、彼らは目を見開く、口を開けたまま、硬直した。


 が、しかし一番混乱しているのはヒルデリック二世の方だった。


「……え、な、なに、っぐ、これは……血?」


 ヒルデリック二世はなぜ自分の腹から血が出ているのか……

 ナイフが突き刺さっているのか……

 それをソニアが握りしめ、満面の笑みを浮かべているのか……


 何一つ、理解できていなかった。





「あなたの誉め言葉、反吐が出るほど気持ちが悪かったです」





 ソニアはそう言うと、ヒルデリック二世の腹からナイフを抜く。

 そしてもう一度、大きく振った。


 


 ヒルデリック二世の首が転がった。

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