第3話 アズダヴィア市攻囲戦
エルキュール砂漠越えから四十一日目。
第二次テリポル攻囲戦が始まったのと全く同じタイミングで、レムリア・チェルダ戦争の行方を左右するもう一つの戦いが始まろうとしていた。
エルキュールが率いてきた軍勢と合流を果たし、合計約七三二〇〇となったレムリア軍は、約五〇〇〇〇の軍勢が立てこもるアズダヴィア市の包囲を開始した。
「蟻の子一匹たりとも通せないように、徹底的に包囲するぞ」
実のところ、約七〇〇〇〇で五〇〇〇〇の敵軍を包囲するのは兵力差的には少し心許ない。
仮にこの兵力差で攻城戦を行うのであれば、包囲はせず、兵力を集中させて波状攻撃を行った方が効果的である。
しかし今回のエルキュールの目的は実は攻城ではない。
包囲、そのものである。
故に兵力差が小さいことはさほど問題ではなかった。
とはいえ、それでも七〇〇〇〇と五〇〇〇〇では万が一、突破される恐れがある。
故にエルキュールはアズダヴィア市を徹底的に包囲するために、大規模な土木工事を行った。
高さ四メートルほどの土塁を築き、アズダヴィア市を囲んだ。
この土塁はただ土を盛っただけではなく、木材と石材、さらにレムリアン・コンクリートで徹底的に強化され、そして逆茂木を植え付けた。
土塁の手前には四列の壕を掘り、壕の下には逆茂木を植え付け、そして逆茂木の手前には落とし穴を、落とし穴の手前には鉄製の杭を大量に打ち込んだ。
そしてさらに包囲を敵に破られぬように、防衛拠点と監視所をいくつも設置した。
この包囲の動きをイアソンは静観していたが……
焦れた
内側の包囲が完成すると、エルキュールはアズダヴィア市を解放しようとやってくるであろう敵の援軍を撃退するために、アズダヴィア市を包囲したものと全く同じものを作成した。
これらの土木工事が完成には、二十日を要した。
土木工事が完成すると、エルキュールは四十日分の食料を運び込み、包囲と籠城に備えた。
「どうにか、敵の援軍が来るまでに完成したな。まあできればもう少し、固めたかったんだが……」
「これ以上は過剰防備では?」
「まあ、それもそうだが」
ガルフィスの言葉にエルキュールは頷いた。
「さて……偵察部隊の報告によると、テリポルタニア守備軍はあと五日ほどでこのアズダヴィア市にやってくるそうだ。最低限の守りを残し、ほぼ全兵力である……二〇〇〇〇の軍勢でな」
それが意味することは二つ。
現在、アズダヴィア市を包囲しているレムリア軍が、アズダヴィア市側の五〇〇〇〇と援軍二〇〇〇〇の合計七〇〇〇〇によって挟み撃ちにされる可能性があるということ。
そして……
現在、テリポルタニア地方を守る軍勢がほぼ皆無であるということ。
「陛下の狙い通り、行きましたね」
「ああ。これでテリポルタニア地方は落ちたも同然だ」
本来、レムリア軍のテリポルタニア地方への侵入を防がなければならないアズダヴィア守備軍はアズダヴィア市の中に引きこもり、そして徹底的に包囲されている。
そして最後の防衛ラインであるはずのテリポルタニア守備軍は友軍を助けに、アズダヴィア市へと向かい……テリポルタニア地方を留守にしてしまっている。
「そういうわけで、だ。俺はブルガロン騎兵一個軍団と
もはやテリポルタニア地方を守る兵は一〇〇〇〇にも満たない。
しかもその一〇〇〇〇以下の兵が、広いテリポルタニア地方全土に散らばっているのだ。
そこへ万全の二四〇〇〇の騎兵を投入すれば……
多くの都市は戦わず、降伏することを選ぶだろう。
「ガルフィス、総指揮権は再びお前に戻すが……何をしなければいけないのか、分かっているな?」
「アズダヴィア守備軍とテリポルタニア守備軍の両方を釘付けにすること、ですね?」
「その通り。無理にアズダヴィア市を落とす必要はない。とにかく、連中が外に出れないようにしろ」
エルキュールがそう言うと、ガルフィスは頷いた。
そしてニヤリと笑みを浮かべて言った。
「でも……倒してしまっても、構わないのでしょう?」
「別に構わないけど、無理はするなよ?」
エルキュールは少し心配になった。
斯くしてエルキュールはブルガロン騎兵一個軍団と
「……敵の狙いは何だ?」
レムリア軍の騎兵軍団が攻囲から抜けて去っていくのを確認したイアソンは、首を傾げた。
敵が徹底的にこちらを包囲しているのは、アズダヴィア市を落とすためだろう。
そして防衛用の設備まで作っているのは、敵に背後を攻撃されないようにするためであり……つまり例え背後を攻撃されてもアズダヴィア市を落とすという固い決意の表れであるはずだ。
それなのに二〇〇〇〇を超える戦力を攻囲から外すなど考えられない。
と、そこでイアソンの脳裏にある最悪の事態が思い浮かぶ。
(まさか……テリポルタニア守備軍がこちらに援軍として向かっているんじゃないよな?)
しかしもしそうなら辻褄が合う。
つまり防衛用の設備を作っているのはテリポルタニア守備軍からの攻撃を防ぐため。
そして……二〇〇〇〇を超える兵力を攻囲から外したのは、チェルダ王国軍をアズダヴィア市に引き付けている間に手薄になったテリポルタニア地方を手中に収めるため。
「いや、そんなはずはない! 僕は確かに、援軍を寄越すことはなく、守備を固めていろと命令を出したんだ!」
イアソンは自分に言い聞かせるように言った。
さて時は遡ること二十日以上前。
エルキュールが砂漠越えを行ってから四十七日目。
テリポルタニア守備軍の司令官の下に、二つの早馬が届いた。
一つはレムリア軍がアズダヴィア市を包囲しようとしており、イアソンが危機に陥っているという情報。
そしてもう一つはイアソンからの指令、つまり持ち場を離れることなく、絶対にテリポルタニア地方を守り続けるように、という命令。
「……イアソン様からの命令だ。仕方がない」
テリポルタニア守備軍の司令官はイアソンの命令通り、テリポルタニア地方を守り続けた。
しかし……その後も多くの情報が司令官の下にやってきた。
それらの多くはアズダヴィア市の近くの都市や村からやってきた早馬であった。
そして内容は「レムリア軍がアズダヴィア市を徹底的に包囲しようとしている」というものであった。
司令官は悩みに悩んだ。
命令を守り続けるべきか、それとも援軍に向かうべきか。
可能ならばイアソンに指示を仰ぎたいが、イアソン率いるアズダヴィア守備軍は完全にレムリア軍の包囲下にあり、指示を仰ぐことはできない。
「そう言えば、こうして援軍を出すのを渋ったことが原因でテリポル市が落ちたのか」
最後に司令官の背中を押したのは過去の教訓だった。
同じ過ちを幾度も繰り返して、どうするか。
イアソンならばアズダヴィア市を守り続けられる?
そんな保証がどこにあるのか。
あのカーマイン将軍も敗北したのだ。
イアソン将軍が敗北してもおかしくはない。
アズダヴィア守備軍が敗北すれば、もはやテリポルタニア地方にレムリア軍が流れ込んでくるのは防げない。
「い、いやしかし……我々がテリポルタニア地方を留守にすれば、レムリア軍の一部が流れ込んでくる可能性もある……」
イアソンが絶対にテリポルタニア地方を離れるな、と命じたのはそれが理由だ。
手薄のテリポルタニア地方にレムリア軍が二〇〇〇〇程度流れ込むだけで、テリポルタニア地方は占領されてしまう。
そうなればチェルダ王国はお終いだ。
しかし……
「いや……だがアズダヴィア市が落ちるよりはマシではないか?」
イアソンはアズダヴィア市を守り切る前提でテリポルタニア地方を守るように言っている。
だがアズダヴィア市が落ちれば、もはやテリポルタニア守備軍が二〇〇〇〇程度、テリポルタニア地方に残っていようと、いなかろうと関係ない。
七〇〇〇〇を超えるレムリア軍が一挙にテリポルタニア地方に流れ込んでくるのだから。
そして……テリポルタニア地方を横断すれば、現在攻囲中のテリポル市がある。
七〇〇〇〇を超えるレムリア軍がテリポル市に迫れば、テリポル攻囲は諦めざるを得ない。
つまり……
それはテリポルタニア地方が完全にレムリア帝国の領土となることを意味している。
「まさか! いや、もしかすると……それがレムリア皇帝の目的なのではないか!?」
敢えて警戒させることで、援軍を出させない。
あり得る話だ。
司令官とてイアソンの知略を疑ってはいないが……
レムリア皇帝のそれはイアソンの上を行くことは、客観的に見ても間違いない。
イアソンがレムリア皇帝の掌の上で踊っている可能性がある。
「何ということだ! 時間を浪費してしまった……急がなければ!!」
こうしてテリポルタニア守備軍は最低限の守りだけを残し、ほぼ全軍に近い二〇〇〇〇を率いてアズダヴィア市へと赴いた。
途中でレムリア軍がテリポルタニア地方へ向かおうとしているという情報が司令官の下に届いたが……彼は戻らなかった。
もはや後戻りはできないと考えていたからである。
それにアズダヴィア市が落ちるよりは、一時的にテリポルタニア地方をレムリア帝国にくれてやる方がマシだとも、考えていた。
それにこれはチャンスでもある、と司令官は考えた。
というのもアズダヴィア市を現在攻囲しているレムリア軍は約五〇〇〇〇程度。
そしてアズダヴィア守備軍の数も五〇〇〇〇程度で……そして援軍である自分たちは二〇〇〇〇。
つまりレムリア軍五〇〇〇〇を、五〇〇〇〇と二〇〇〇〇の合計七〇〇〇〇で前後から挟み撃ちにできるのだ。
もしかするとレムリア軍を殲滅できるかもしれない、と司令官は考えたのである。
そうすれば一気に戦況はチェルダ王国へと傾く。
合計七〇〇〇〇の兵を率いて、後からテリポルタニア地方を占領した二〇〇〇〇を殲滅し、さらにテリポル攻囲に七〇〇〇〇を投入すれば、テリポル市も陥落する。
レムリア軍はチェルダ王国から撤退せざるを得ない。
そしてもしかすると……そのような最悪な事態を避けるために、敢えてレムリア皇帝はテリポルタニア地方へと軍を送ったのではないか?
とも司令官は考えた。
敵の援軍を足止めするために敢えて攻撃を仕掛ける……
というのは、この一か月以上に渡る戦争で、レムリア皇帝が幾度もやった手である。
同じ手に何度も引っ掛かるものか。
と、司令官は確かな自信を胸に抱き、アズダヴィア市へと向かった。
……まあ司令官の考えは決して間違ってなどいなかった。
確かにアズダヴィア市が落ちて、アズダヴィア守備軍が全滅するのは、手薄のテリポルタニア地方を奪われるよりも大きな損失である。
そして……確かにこのピンチはチャンスでもあり、上手くレムリア軍を挟み撃ちにして、殲滅できれば一気にチェルダ王国へ戦況が傾くのも事実だった。
ただし……
唯一、間違えていた点はレムリア皇帝もそれを心得ていること可能性を忘れていたことだ。
つまり挟み撃ちにされても問題がないような防備をレムリア皇帝が固めている可能性をすっかりと失念していたのである。
イアソンがのこのことやってきた、テリポルタニア守備軍を見て絶望したのは……
砂漠越えから六十六日目のことであった。
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