第2話 第二次テリポル市攻囲戦

 「何とか、指揮権は統一出来たな」


 カーマインは呟いた。

 当初、テリポルタニア地方から派遣された指揮官とカーマインは大いに揉めたが……どうにかカーマインが総指揮を執り、全ての指揮官がカーマインの命令を聞くことで一致した。


 最初の障壁は乗り越えることができた。


 「兵糧が持つのは……精々、一月か。多少犠牲が出ても、奪い返さなければな」


 カーマインたちテリポル解放軍の敗北は、テリポル市が完全にレムリア帝国の手に落ちたことを意味する。

 それはつまりテリポルタニア地方がレムリア帝国の領土となることと、同義である。


 テリポル市が落ちれば、テリポルタニア地方を守る兵士も、アズダヴィア市を守るイアソン率いる兵士たちも敵中に孤立し、レムリア帝国に下るしかなくなる。


 テリポルタニア地方はチェルダ王国にとって、重要な穀倉地帯。

 ここを失えば、チェルダ王国の国力は大きく低下する。


 何としてでも、勝利しなければならない。


 「西門、南門、東門、全ての門にそれぞれ五万ずつを配置。昼夜問わず、波状攻撃を三十日間続ける。……さすがのレムリア軍もこれには耐えられまい」


 レムリア軍はおそらく海上に逃げてしまうが……

 それでも問題ない。


 とにかく、この戦略的な要地であるテリポル市さえ取り戻せば、戦況も変わる。


 「全軍! 進撃開始!!」


 カーマインは号令を発した。

 銅鑼の音が鳴り、一斉にチェルダ王国軍の兵士たちがテリポル市へと攻撃を開始した。



 斯くして第二次テリポル攻囲戦が幕を開けた。

 砂漠越えから四十一日目のことであった。






 「おおお!! 凄い数……これが一五〇〇〇〇の軍勢ですか」

 

 ゆっくりと城壁へと近づいてくる敵軍を見て、ニアは感嘆の声を上げた。

 一五〇〇〇〇の兵力など、そうそう滅多に見れるものではない。


 「チェルダ王国って、やっぱり大国なんですね。さすが、今までずっとレムリア帝国の仇敵だっただけはあります」


 西方世界に於いて、レムリア帝国に次ぐ大国がチェルダ王国である。


 豊かな南大陸の北部を支配しているため、その農業生産力はとても高い。

 そして強力な海軍を有しており、海上交易も盛ん。

 さらに精強な獣人族ワービーストの軍隊を持つ。


 あくまで自国領内での防衛戦争であることを差し引いても、一五〇〇〇〇の兵力を集められる国が大国でないはずがない。


 「まあ、先帝陛下の時代にレムリア帝国も一〇〇〇〇〇規模の軍を動員したことは幾度かあるんですけどね」


 オスカルが呟いた。

 チェルダ王国が防衛戦争で一〇〇〇〇〇を超える軍を動員できる大国であるならば、レムリア帝国は侵略戦争で一〇〇〇〇〇を超える軍を動員できる超大国である。


 「ローサ島攻囲とかですか?」

 「はい、そうです。まあその時は私は生まれてませんでしたがね……」


 オスカルはしみじみと言った。

 他にもブルガロン王国、ファールス王国、そしてチェルダ王国との戦争で先帝のハドリアヌス帝は一〇〇〇〇〇を超える軍を動員し、ことごとく敗北していた。


 数が多ければいいという問題ではない。


 「もしかしたら……その大国、チェルダ王国の落日が決定的になるのが、今、この瞬間なのかもしれないな」


 ジェベは感慨深そうに呟いた。

 そして……オスカル、ニア、ジェベの三人は城壁の上から、その瞬間を、つまり大国チェルダ王国の落日が決定的になるその時を、心待ちにしていた。







 それはチェルダ王国軍の兵士たちにとっては、突然のことだった。


 レムリア軍の放つ矢の大雨を、盾を掲げながら潜り抜け、そして先鋒部隊が城壁に迫り、梯子を掛けて登ろうとした、その瞬間の出来事だった。


 凄まじい、轟音が響いた。


 その時だけはチェルダ王国の兵士たちは一斉に後ろを振り返った。

 兵士たちが見たのは、異様な光景だった。


 地面が割れ、そこから炎が噴き出しているのだ。

 まるで地割れが地獄にまで達し、地獄の炎が地上にまで溢れ出てしまっているかのようだった。


 円形のテリポル市を囲むように、城壁から一定の間隔で円を描くかのようにその地割れと炎は生じていた。

 またテリポル市の城壁から、放射状にその円へと地割れと炎が伸びていた。


 中心部から輪へとスポークが伸びる、車輪を想像すると分かりやすいかもしれない。


 あまりの出来事に兵士たちの足が止まった。

 そこへ……矢の大雨が降り注ぐ。


 チェルダ王国の兵士たちが大混乱に陥るのと同時に、西門、南門、東門の門が開いた。

 そしてそこからニア、ジェベ、オスカルの率いるレムリア軍が現れ……


 チェルダ王国軍に襲い掛かった。







 「驚いた……あれはどのような魔術なのかね?」


 突如発生した地割れと炎を見たマシニッサは、ステファンに尋ねた。

 ステファンは首を横に振る。


 「魔術なんて、大それたものじゃありませんよ、マシニッサ殿。あれは土木技術です」


 そう言ってステファンは種明かしを始めた。

 と言っても、実は大した仕掛けではない。


 やったことは以前、エルキュールがテリポル市を落とすのに行ったのと全く同じ、坑道作戦である。

 

 攻城側ではなく籠城側が。

 そして城壁ではなく敵兵士の足場を崩す、という点は異なるが。


 つまりテリポル市の城壁から放射状に、そしてさらに城壁を囲むように円状に穴を掘り、木製の土台で支えて、上から土を被せる。

 そしてチェルダ王国軍が攻めてきたら、その土台に火を放ち、地面を崩した。


 やったことはそれだけである。


 「なるほど……しかし相当な手間だったのでは?」

 「まあ一月の時間があったのでね」


 ステファンは笑みを浮かべた。

 さらに時間だけではなく、労働力にも余裕があった。


 レムリア帝国の歩兵部隊は全員、土木工事ができるように訓練されている。

 三個軍団、つまり約三六〇〇〇人の労働力がステファンの手元にあった。


 さらにステファンは捕虜や、テリポル市の市民たちを動員した。

 海上輸送で送られてくる、豊富なレムリア帝国の食料を条件に、一部を労働力として雇い入れたのだ。

 

 捕虜や市民たちはカーマインらに見捨てられた、と思っていたため、多くの者がその労働に志願した。


 「それに坑道を掘ったのはごく一部。大部分は直接、地上から掘った後に土台を埋め込んで、土を被せただけですので、そこまで労力は掛かってないですよ」

 

 「……それだけでも十分凄いと思うが」


 この技術力だけでも驚嘆に値する。

 マシニッサは改めて、レムリア帝国と敵対するべきではないと思い知った。


 「しかし炎は? 土台を燃やした、と言ってもあのように吹き上がるほどの大火は起こらないだろう」


 マシニッサは今でも収まりきっていない炎を指さした。

 炎はまるで、爆発するかのように地上から吹き上がったのだ。


 「ああ、あれは簡単です。坑道内部に蒸留酒と油でたっぷりと湿らせた藁を敷き詰め、そして油と、『聖なる炎』という特殊な液体が詰まった樽を大量に設置したんですよ」


 爆発するように炎が吹き上がったのは、気化したアルコールと油が点火したからであり……

 そして今でも炎が消えていないのは、藁と樽に詰まっていた油、さらに『聖なる炎』が炎上し続けているからである。


 「見た目のインパクトもありますが……ああやって燃えていると、渡れないでしょう? つまり炎によって敵が分断されたわけです。そこへこちらが攻撃を加えて、包囲、殲滅する……という作戦です」


 「なるほど……しかし、だ」


 マシニッサは戦場の一部を指差した。


 「炎を飛び越えている兵もいるようだが?」

 「……まあ元気な奴は少しはいるでしょう」


 ステファンは肩を顰めた。







 「しょせん、こけおどしに過ぎない! 一気に馬で飛び越せ!!」


 元気な奴、と称されたのは……

 ソニア率いる赤狼隊であった。


 一先ず最初の攻撃は歩兵に任せ、騎兵部隊である自分たちは後方に控えていよう……と考えたソニアは、友軍が城壁に迫るのを眺めていたのだが……レムリア軍の奇策により友軍が危機に陥ったと判断し、すぐさま馬を走らせてきたのだ。


 ソニアが目の前で溝を飛び越えてみせると、次から次へとソニア率いる赤狼隊が炎と溝を飛び越えていく。

 実は溝そのものは深さはそれなりにあるものの、幅があまりなかったのだ。


 深さと幅を両立するには、時間と労働力が少し足りなかったのである。


 「城門が開いている、今は好機だ!! 突撃!!!」


 次々と炎を飛び越えた赤狼隊はまっすぐ城門へと向かう。

 まさかの陥落の危機を迎える、テリポル市。


 しかし……


 「そうはさせません」

 

 ソニアたちの前に立ちはだかったのは、ニア率いる独立遊撃部隊、三個大隊、約三六〇〇〇。

 ソニアたちが炎を飛び越えてきたのを遠方から確認したニアは、急いで馬を走らせてきたのだ。


 「ふん、貴様が噂に聞く、魔族ナイトメアの女か。この汚らわしい、悪魔が!」

 「はぁー、真正面から罵倒されるのは久しぶりですね。ラウス一世にやられた時以来です」


 ニアの剣とソニアの剣が激しくぶつかり合う。

 それを合図に遊撃部隊と赤狼隊が激しい戦闘を開始した。


 「黙れ! 思えば、貴様のせいで先王陛下は恥を掻かされ、レムリアに捕まったのだ。全ては貴様が悪い!!」

 「恥を掻いたのはあっちの勝手ですし、そこからレムリアに捕まった、というのは飛躍のし過ぎではないですか?」

 「死ね、この薄汚い魔族ナイトメアが!! 貴様のような悪魔の生存を、神が許していることが不思議でならない!!」

 「さすがにそこまで罵倒されると……腹が立ちますね!!」


 ニアとソニアはお互いの相性が悪いことを、すぐさま感じ取った。

 そして互いに口撃を交えつつ、剣を振るう。


 「そもそも内乱を起こしたのはそちらの勝手でしょう?」

 「貴様らが陛下をたぶらかしたのだろうが!」

 「でも実の父親から王位を奪ったのは事実。あなた方の国王はとんだ親不孝者ですね!」

 「黙れ、黙れ! この淫売女! その部隊も、レムリア皇帝に股を開いた対価として貰ったのだろう? 貴様の君主は、とんだ女狂いの色狂いの変態だ! 人間のゴミだ!!」


 

 大好きなエルキュールを罵倒されたニアは、額に青筋を浮かべた。


 「はぁ? この二十も満たない小娘の分際で! 聞きましたよ、あなたの婚約者、愛人がいるらしいですね! あー、分かりました。嫉妬してるんですね? 私と陛下みたいに、愛し合う恋人同士に嫉妬してるんですね? 男に捨てられた女は可哀想ですねー、あ、そうだ、誰か男を紹介してあげましょうか?」


 「はぁあああ!?!?!?!? ふざけるのもいい加減にしろ! 誰が貴様らのような劣等種と!! そもそも私は陛下に捨てられてなど、いない! 愛人なんてのは……ふん、しょせん愛人に過ぎない!!!」


 あからさまに怒り始めたソニアを見て、ニアはニヤリと笑みを浮かべた。

 どうやら婚約者と上手く行ってないのは本当のようだ。


 「はいー、何で顔真っ赤にして怒ってるんですか? 図星でしたか? 醜いですねー、そんなんだから捨てられるんですよ。あー、やだやだ……あなたの国の国王もお可哀想ですね、あなたみたいにすぐに癇癪を起して、ブチ切れるようなヒステリー女が婚約者で。同情します」


 ソニアは怒りで顔を赤く染め上げた。

 そしてキリキリと歯を鳴らした。

 長く鋭い犬歯を覗かせ、獰猛に吠える。


 「黙れ!! この劣等種族が!!!」

 「やーい、顔真っ赤、顔真っ赤! 図星を突かれて、怒ってる!! うわぁー、怖い怖い。近づかないでください、狂犬病とノミがうつります。」


 二人の罵り合いは徐々に低レベルになっていくが……

 しかしそれに伴い、戦いは激しさを増していく。


 「捕まえて、飼ってやりますよ。この、雌犬!! うちの兵士たちに散々に輪姦させた後に、裸でノヴァ・レムリアを散歩させ、お座りとお手と伏せとちんちんを披露させてやりますよ。おっと、あなたは雌犬でしたね。ということはあなたの場合はク〇ト〇スですか? おら、今、この場で躾けてやろうか、この雌犬!」


 「ふざけるなよ、この劣等種が!! 良くも、この私を侮辱してくれたな!! 手足を削ぎ落してから、うちの隊員の肉〇器にしてやる、この淫売女!!!」


 互いに咆哮を上げながら、剣を振るい続ける二人の女将軍。

 二人の戦いは永久に続くと思われたが……


 ヒュン!


 一本の矢が飛んできた。

 慌ててソニアはその矢を弾き飛ばす。


 「大丈夫か? と、聞きたいところだが、大丈夫そうだな」


 矢を放ったのはジェベだった。

 三個軍団を率いて、ニアの加勢にやってきたのである。


 「っち……勝負はお預けだ、この淫売!」

 「それはこちらのセリフです、雌犬!」


 二人は互いに罵り合った。


 

 斯くして第二次テリポル市攻囲戦の初戦が終わった。

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