第28話 第一次テリポル攻囲戦

 テリポル市近海の海に、ステファン率いる上陸部隊が現れたのはエルキュールが砂漠越えをしてから、丁度十三日目。

 ジェベ率いる騎馬隊が、村を発ったのとほぼ同じタイミングであった。


 エルキュールはテリポルの戦いの翌日に、船便をマルヌ島へ向かわせ……

 その船便がマルヌ島に到着するのには三日掛かり、ステファンがその知らせを受けてからマルヌ島を発ってテリポル市近海まで向かうのには四日掛かった。


 レムリア海軍は船と船を鎖で繋ぎ、安定させ……それをテリポル市の湾港に覆いかぶさるように並べた。

 そしてずらりと揚陸用の船を並べる。


 対するチェルダ王国はすでに海戦は諦め……

 全ての船を沈めて、港を使用できなくした。


 さらに太い鎖で湾港を封鎖する。


 




 「皇帝陛下、狼煙が上がりました」

 「そのようだな」


 アリシアの指さす方を見て……

 エルキュールは不敵に笑った。


 テリポル市の西門には、すでに三三〇〇〇の兵力が布陣している。


 「狼煙が上がった、つまりステファンの奴はいつでも、攻撃を仕掛けることができる、ということ」


 エルキュールはニヤリと笑みを浮かべた。

 そして兵士に命じる。


 「狼煙を上げて、合図を送れ。……これより総攻撃を開始する」


 陸側から三三〇〇〇。

 海側から二〇〇〇〇。


 合計五三〇〇〇のレムリア軍が、一〇〇〇〇の兵が立てこもるテリポル市へ攻撃を開始した。




 レムリア軍の初日の攻撃は、主に投射兵器によるものであった。

 陸上ではレムリア帝国の技師によって作成された平衡錘投石機トレビュシェットが唸りを上げて、様々な物を都市へと飛ばす。


 それは単純に石だったり、油を染み込ませて火をつけた藁の塊だったり、人間や動物の死骸、そして糞尿が詰め込まれた壺などなど……

 様々である。


 またブルガロン騎兵や中装騎兵カタフラクト部隊が、城壁に限界まで近づいてから矢を放ち、即座に離脱するという戦術を採ることで、少しづつ敵兵力を削っていった。


 海上では主に船に取り付けられたバリスタから、太矢が放たれる。

 また時には太矢の先端に小さな瓶を取り付け、その中に『聖なる炎』(精製された石油に、松脂や硫黄、硝石を混ぜて作った兵器)を詰めて、港へと放つこともあった。


 

 「案外、敵の反撃は弱弱しいですね」


 その日の夜、アリシアはエルキュールに攻城戦の感想を言った。

 普通、攻城戦では敵方の矢が雨のように降り注いでくる。


 城壁の上からと、城壁の下からでは当然前者の方が長く飛ぶ。

 いかにレムリア帝国の複合弓の性能が良いとはいえ、高低差の不利はそうそう覆せない。


 しかしチェルダ王国側から降り注ぐ矢の数はあまり多くなかった。


 「おそらく、軽歩兵を失ったのが響いているんだろうな」


 チェルダ王国の弓兵は軽歩兵が担っている。

 しかし先の戦いでチェルダ王国は五分の一にまでその兵力を減らした。


 特に軽歩兵は精強なブルガロン騎兵、中装騎兵カタフラクトの両方を相手にさせられたため、大きく損傷してしまったようだ。


 「その代わり、投石攻撃が目立ちますね。市民たちが参加しているみたいです」


 シェヘラザードが言った。

 敵将のカーマインは弓兵の代わりに、体力のある市民を動員し、石や家財などを投げさせて、レムリア帝国に反撃を加えていた。


 戦闘訓練を受けていない市民でも、物を投げるくらいならできる。

 城壁から落とすだけでも、十分に人を殺せるだけの威力になるので、そう悪くはない策ではある。


 もっとも……いくら高低差があるとはいえ、素人が手で投げれる飛距離には限界がある。


 そのため市民たちに少なくない犠牲が生じていた。

 

 「皇帝陛下。今日のところは様子見、ということでしょうか? 明日から本格的な攻撃を?」


 アリシアが尋ねた。

 というのも、エルキュールは今日はあまり積極的な攻撃を行わなかったからだ。


 主に投射兵器による攻撃と、たまに思い出したかのように散発的に城壁へ攻撃を加える程度だ。


 なお、投射兵器による攻撃は今も続けられている。

 特に平衡錘投石機トレビュシェットに関しては、エルキュールは夜中ずっとフル稼働させるつもりであった。


 別に城壁にあたる必要はない。

 城壁の内側にある、家屋に命中して死者が出さえすればいい。


 それだけで敵に心理的なストレスを与えられる。


 「しばらくはこの調子で行くつもりだ。平衡錘投石機トレビュシェットが上手く、城壁にあたってくれれば儲けものなんだがな」


 エルキュールはステファンが来るまでの間に、近くの木を切り倒し、平衡錘投石機トレビュシェットを作成させた。

 その数、合計四機。


 このてこの原理を応用した兵器は大変強力であり……

 城壁を破壊するのに十分な威力がある。


 しかし問題は中々当たらない、ということである。

 

 当たるにしても、城壁の上部や中部で……少し城壁を崩す程度だ。

 城壁を崩壊させるには、城壁の下部を崩さなければならないのだが、そんなところには滅多に当たらない。


 (ニアを呼び戻すか?)


 ふと、エルキュールは思いついた。

 ニアの魔眼はベクトルを視ることができる。


 もしかしたら平衡錘投石機トレビュシェットを上手く操作することができるかもしれない。


 しかし冷静に考えてみると、ベクトルを視ることができるのと、平衡錘投石機トレビュシェットを上手く操れることは必ずしも一致しない。


 それに今更、呼び戻すことはできない。


 「まあ、安心しておけ。五日後には落ちる」

 「……それはどうしてですか?」


 シェヘラザードが尋ねた。

 アリシアも興味津々だ。


 エルキュールは肩をすくめた。


 「ステファンを待つ間に、坑道を掘っておいた。合計、五本だ。五日後にはこの坑道は城壁の下に達する。後は城壁を土台から崩すだけだ」


 坑道作戦、というのは城壁の下まで地面を掘り、城壁をその土台ごと破壊する戦術である。

 坑道を木材などで支えながら、城壁の下まで掘り進める。

 その後、タイミングを見計らってその木材に火を放つと、支えを失った坑道が崩れる。

 地面が沈み込むことによって、城壁も自らの重さで壊れる。


 この作戦は非常に効果的な上に、犠牲も最小限で済む。

 しかし高度な坑道の掘削技術が求められる。

 だがレムリア軍は常備軍であり……エルキュールは自軍の歩兵部隊に坑道を掘る技術を叩きこんでいたため、この坑道作戦を比較的簡単に採ることができる。


 坑道作戦に対抗するには、敵は対抗坑道を掘って、レムリア軍が掘った坑道を逆に崩さなければならないが……

 それは簡単なことではない。


 五本すべての坑道を破壊することは不可能だ。


 「まあ、破城槌での攻撃や、梯子を城壁に掛けてみたりもする予定だが……それらは全て陽動だ。本命は確実に勝てる、坑道だ」


 もうすでにレムリア軍の勝利は確定していた。






 それからレムリア軍は昼夜問わず攻城戦を仕掛け続け、チェルダ軍を疲弊させた。

 そしてその間に城壁の下へと坑道を掘り続ける。


 レムリア軍の坑道に気付いたチェルダ軍は、対抗坑道を作成することで五本の坑道のうち二本を破壊することに成功したが……

 

 その日の夕方までに、坑道のうち三本が城壁の真下に到達した。


 


 「さて、翌日の早朝、日が昇るのと同時に総攻撃を開始する。その前に降伏勧告でも出すか」


 日が落ちる直前、エルキュールは降伏を勧める書状を書き、テリポル市へと送った。

 その書状の内容は、「坑道がすでに城壁の真下に達している。もはや抵抗は無意味だ。明日、総攻撃を開始するので、それまでに城門を開けて降伏せよ。無辜の民を傷つけたくはないだろう?」というものであった。


 「よろしいのですか? 陛下。敵に、その……坑道の存在を教えても」


 アリシアが尋ねた。

 さすがに総攻撃のタイミングまでは教えなかったが……坑道で城壁を崩すつもりである、ということを敵に伝えるのは、あまりにも敵にとって大きすぎるヒントになるように思われた。


 「問題ない。考えてみろ、今からでは対抗坑道も掘れないだろ?」

 「……それもそうですね」


 アリシアは頷いた。


 「市街戦はできれば避けたいですね」

 「ああ。被害が増えるからな……」


 シェヘラザードの言葉に、エルキュールは同意をして頷いた。

 攻城戦は城壁を乗り越えたら、終わり……ということにはならない。


 そのあとの市街戦もまた、多大な犠牲を出す。

 地の利は敵にあるため、自軍に大きな被害が生じてしまう。


 それだけでなく一般市民にも多くの死者が出る。

 あまり多くの無辜の民が死ぬことになれば、今後の統治に影響を及ぼす可能性がある。


 「それに城壁の方も崩さず、残しておきたい」


 テリポル市を落とした後、すぐに戦争が終わるという見込みはない。

 敵が街を奪い返しに来る可能性が高い。


 故に街の防御設備は可能な限り、残しておくことが後々戦局を左右する。


 「さてさて……降伏してくれると、嬉しいんだがね」


 確かなのは翌朝には、双頭の鷲がテリポル市にはためくことになるということだった。





 その日の夜、カーマインとその部下たちは降伏するか否かを話し合っていた。


 降伏賛成派の主張は、これ以上戦っても勝ち目はない。

 城壁が崩されれば、五倍の兵力差で押し潰されてしまうだろう……というものであった。

 また会戦での敗北と、連日の防衛戦による疲労で、兵士たちの士気も大きく低下している。


 一方、降伏反対を唱える者たちも大勢いた。

 彼らの主張は、「坑道が城壁の真下に達している」というのはレムリア軍の嘘である、というものであった。

 つまり翌朝に城壁が崩されることはなく、この後も十分戦える。


 テリポル市はチェルダ王国第二の都市であり、そして国土防衛の要。

 ここを失うわけにはいかない。


 しかし「坑道が城壁の真下に達しているというのは敵の嘘である」という反対派の主張は、戦争中に坑道を掘る時に発生する「揺れ」を観測していた者たちによって、否定された。

 

 正確な位置までは分からないが、確かに複数本の坑道が伸びており……

 そしてそれはまだ破壊できていない。

 さらにそれは城壁の真下にまで達している可能性は十分にある、と彼らは主張した。


 「……降伏するしかあるまい。兵と民を犠牲にするわけにはいかない」


 カーマインは呟いた。

 しかし……部下の一人が首を横に振った。


 「いけません、閣下! 閣下が捕虜になるようなことがあれば……王宮はあの売国奴、ホアメルに乗っ取られます!」

 「それは……」


 カーマインが言い淀んだ。

 確かにカーマインがレムリアに捕らわれ、王宮を留守にすることになればホアメルの力が増すのは間違いない。


 娘のソニアが、カーマインの代理としてホアメルに対抗できるとは、とても思えない。


 「閣下……我々だけで脱出しませんか?」


 部下の一人が言った。

 カーマインは眉を顰める。


 「それはどういうことだ?」


 「今、ここにいる者たちは皆、閣下の派閥の要人ばかりです。閣下が捕らわれることも確かに問題ですが……他の者たちも捕らわれれば、我々にとって大きな損失となります。それに今のチェルダ王国には軍を率いることができる者が少ない」


 先の内戦で、武闘派と呼ばれる獣人族ワービーストの貴族の多くはラウス一世についた。

 結果、多くの有能な将軍たちが戦死、または処刑されてしまったのだ。


 それに加えてカーマインや、カーマインの派閥の貴族、部下たちまで捕らわれることになれば、チェルダ王国から軍を指揮できる将軍たちが軒並みいなくなってしまう。


 「しかし兵と民を置いて逃げるなど……」


 とカーマインは呟いた。

 しかし内心ではそろばんを叩く。


 (……テリポルタニア地方はあの売国奴、ホアメルの支持基盤。失ったところで私にとって、大きな損失はない)


 自分が必死になって、守る必要はあるのか?

 と思い至る。


 (そもそもこうなったのは、あの生兵法のバカ、イアソンとかいう若造のせいだ。全責任をイアソンに押し付けてしまえば、むしろホアメルへの攻撃材料になりえる)


 カーマインは笑みを浮かべた。


 (そもそも何故援軍がこちらに来ないのか。どうせ、あのホアメルが陛下によからぬことを吹き込み、援軍はいらないなどと言ったのだろう。つまり……悪いのは全てホアメルだ)


 そういうことにしてしまえばいい。

 

 確かに敗北に関してはカーマインは責められるかもしれないが……

 どのみち、ヒルデリック二世は軍をカーマインに預けるしかない。


 レムリア皇帝にある程度対抗できる人間はイアソンを除けばカーマインしかいない上に、そもそもチェルダ王国軍の少なくない兵はカーマインの領地から提供されている。


 「仕方がない……わずかな指揮官を残し、我々だけで街を脱しよう」


 カーマインはそう決断した。




 こうしてカーマインとその一派は、隠し通路から闇夜に紛れて、テリポル市を脱した。



 

 翌朝。

 テリポル市の城門が開かれ、レムリア軍五三〇〇〇がテリポル市へと入城した。





 それはエルキュールが砂漠越えを始めてから、十八日目のことであった。

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