第27話 神速の独立大隊

 チェルダ王国の王宮が、ジェベの接近によって大混乱しているころ……

 すでにジェベ率いるレムリア軍は、チェルダ市から百キロの地点にまで移動していた。


 「隊長、そろそろ寝るところを決めませんか? もう日も傾いてきましたし」

 「うーん、それもそうだな」


 隊員の意見に頷き、ジェベは宿泊できそうな場所を探す。

 しばらく馬に乗ったまま道を進んでいると、そこそこの規模の村を発見した。


 「あそこで良いか」


 ジェベ率いる三六〇〇騎の騎兵部隊はその村へと向かった。

 突如、現れ、徐々に近づいてくる騎兵の集団に……村の住民は大混乱に陥っているようだ。


 「総員、弓を構えろ。ただし、まだ撃つな」


 ジェベは部下にそう命じてから、ゆっくりと村の門へと近づく。

 すると一人の老人が村の中から出てきた。


 犬型の獣人族ワービーストのようだ。

 

 ジェベは覚えたての、片言の獣人族ワービースト語で言った。


 「我々、レムリア軍。泊まらせろ。または死ね」


 我々はレムリア軍である。

 この村に宿泊させろ、抵抗するならば殺す。


 と、ジェベは村長に伝えた。

 ジェベの意思はちゃんと村長に伝わったらしく、村長は顔を真っ青にさせた。

 

 「泊まらせろ。我々、大人しくなる」


 泊まらせてくれれば何もしない、とジェベは言った。

 村長はジェベの前に跪いて、ゆっくりと言った。


 「分かりました。レムリアの将軍様、どうぞこちらに」


 村長はそう言ってジェベたちを招き入れた。







 

 一度村の中に侵入してしまえば、こっちのものだ。

 ジェベはさらに追加で食料と馬の飼料となる大麦を要求した。


 ジェベ率いる騎馬隊は三六〇〇だが……

 一騎につき四頭の替え馬を引き連れているため、馬の数は合計一八〇〇〇頭となる。


 道に生えている雑草でもそれなりに賄えるが……

 可能ならばより良い飼料を食べさせたい。


 無論、村長たちはそんなにたくさんの大麦を供出したら自分たちは飢え死にしてしまうと主張したが……

 ジェベが「今死ぬ。お腹すいて死ぬ。どっち?」と尋ねたところ、しぶしぶという表情で大麦を差し出した。


 それから豚や牛を潰させて、新鮮な肉を用意させた。

 さらに良さそうな馬が十頭ほどあったため、それも武力で脅して奪う。


 隊員たちは酒も欲しがったが……

 しかし敵中で酔っ払うのは危険であるとジェベは判断したため、これは却下した。


 その代わり、ジェベは村長にこう要求した。


 「若い女。寄越せ」


 これにはさすがに抵抗を見せたが……

 ジェベが「なら、死ね」と言うと泣く泣くという顔で女を差し出した。






 「ふぅ……隊長はやらなくていいんですか?」

 「見ての通り、俺は忙しい」


 村の女との性交を楽しみ終えた隊員がジェベに尋ねるが……

 ジェベは特に興味もなさそうに答えた。


 実際、ジェベの言う「忙しい」は真実のようで……

 持ってきた地図や、行く先々で手に入れた地図を見比べ、さらに村で手に入れた情報をその地図に書き込みながら、次の進軍計画を練っていた。


 しかし隊員にはジェベが全く女に興味がないように映ったようだ。


 「隊長、皇帝陛下の愛人という噂はマジなんですか?」

 「そんなわけあるまい」

 「ですが、隊長可愛いじゃないですか」


 一人の隊員が指摘した。

 長耳族エルフは美しい容姿のものも多いが……ジェベは女顔ということもあり、独立遊撃隊の中では一人目立って、大変愛らしい容姿だった。


 暑苦しい男たちの中に混ざっていると、美少女にも見える。


 「確かに、隊長は本当に可愛いよな」

 「女の子だったら良かったのになぁ」

 「そうしたら毎日、乱交だな!」

 「バカ、陛下の女だぞ? 手を出したら殺されるだろ」

 「まあ、本当は陛下の男だけどな」


 しかし隊員のそんな揶揄いの言葉に、腹を立てたジェベは手を軽く振った。

 

 ヒュン!


 ナイフが隊員の頬を掠め、壁に突き刺さった。

 空気が凍り付く。


 ジェベはゆっくりと立ち上がった。


 「俺には妻がいる。それは俺が陛下の愛人である、という根も葉もない噂を否定する根拠にはならないのか?」


 ジェベはエルキュールから、お見合いを勧められており……

 数年前についに一人の混血長耳族ハーフ・エルフとめでたく結婚した。


 金髪の可愛らしいレムリア人の美少女で、ジェベ的には大変ご満悦である。


 「俺のことを笑ったやつ、外に出ろ。出なかったら、殺す」


 ジェベは低い声で言った。

 隊員たちは顔を真っ青にさせながら……うなだれ、建物の外に出た。


 そして十人のグループを作るように命じた。

 ジェベを揶揄った者と、そこに居合わせた隊員たちは合計三十人。


 つまり三つのグループができる。


 グループができた後、ジェベは低い声でその三つのグループに命じた。


 「これから十分の一刑を行う。準備をしておけ」


 ジェベはそう命じてから村にいたほかの兵士たちと、ついでに村の住民を呼び寄せた。


 「……何をなさるのですか」

 「祭りだ」


 ジェベは不安そうな表情の村長にそう言った。

 村長の目には奇妙な光景が写っていた。


 三人のレムリア軍の兵士が、木に縛り付けられている。

 手には的のようなものを持っており、それを頭の上で掲げていた。

 その表情が恐怖で引き攣っており、足がガクガクと震えていた。


 一方その兵士たちから百メートルほど離れたところには、二十七人の兵士たちが真っ青な顔で弓を構えている。


 「た、隊長! 申し訳ありませんでした!! ゆ、許してください!!」


 縛り付けられている者の一人が叫んだ。

 ジェベはその男を見て、頷いた。


 「反省しているか?」

 「は、反省しています」

 「そうか」


 ジェベはゆっくりとその男に近づき……

 剣を引き抜いて、その男の首を斬り落とした。


 集まった村人たちが悲鳴を上げる。


 一方、人の死にはなれているのか……レムリア兵たちは顔を青くさせながらも、息を呑むだけで悲鳴は上げなかった。


 ジェベはその後、縛られた男のグループの者、合計九人の男たちのもとへと向かった。

 男たちは顔が真っ青だ。


 「一人を選べ」

 「「「は、はい!!」」」


 ジェベがそう命じると、その九人の男たちはくじ引きで一人を選び……

 死体を撤去し終えた木に、縛り付けた。


 それを確認し終え、ジェベは二十九人の兵士に命じる。


 「一人、一矢。土台・・が掲げている的に必ず命中させろ。的にしっかり命中させられたら許してやる。的が外れて運悪く、土台・・が死んだら……残りの九人から一人を選んで土台・・にしろ」

 

 その日、ジェベによる刑罰によって……

 三人の兵士が死亡した。


 



 翌朝、薄暗いうちにジェベはその村を発つことにした。


 「世話になった」

 「い、いえ……そ、そのようなことはありません……」


 村長は真っ青な顔で言った。

 村長の気持ちとしては、早く出て行って欲しい、といったところだろう。


 強引な物資の徴発もそうだが、あんな残酷な刑罰を実施する将軍に長居されたくはない。


 「これ、やる」


 ジェベは村長に袋を手渡した。

 村長は震える手でその袋を受け取った。


 パンパンに詰まった袋の口からは、僅かにだが中身が見え隠れしていた。

 朝日を受けて、黄金に光り輝いているそれは……

 

 レムリア金貨であった。


 「これは?」

 「大麦。肉。女。代金」


 ジェベはそう言うと踵を返し、騎馬隊を率いてどこかへと消え去った。

 村長は金貨の袋を見て、呟く。


 「……こんなに貰えるなら、あと十日間くらいいてくれても良かったな」







 「隊長、この後はどうします? 首都に攻撃を?」

 「……それは危険だ。もう少し近づいてから、三日、可能ならば最長五日間粘る。それから帰還だ」


 行きに十日。

 暴れまわるのは五日。

 帰りに十日。


 これで三十日以内にはテリポル市に帰って来れる。


 「気を引き締めろ。……そろそろ本格的な敵の反撃が来る。もっとも、戦ってやるつもりはないけどな」


 ジェベの目的は敵の攪乱。

 精神的に敵を追い詰めることである。


 故に敵を直接叩く必要はなく、そもそも戦闘すら不要である。


 「我々を奴らが捕捉することは、不可能だ」


 一日に百キロの進軍をするジェベたちにチェルダ軍が追いつき、交戦することは不可能に近い。

 ジェベは自分の部隊の機動力には絶対の自信を持っていた。

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