第24話 テリポルの戦い 急
チェルダ王国の将軍が中央の兵力の大部分を両翼に移動させたのを確認したエルキュールはニヤリと笑みを浮かべた。
実のところ……エルキュールの目的は敵の両翼を撃破してからの、包囲殲滅ではない。
チェルダ王国とレムリア帝国は長年の敵国同士であり……
当然、チェルダ王国はエルキュールの戦術を研究し尽くしていると想定できる。
今や、エルキュールの名は名将として西方世界に轟いている。
都合よく、油断してくれると楽観的に考えることはできない。
そしてこの戦場では、レムリア軍は数では劣るが騎兵戦力では圧倒的に優っている。
つまりエルキュールが機動力を生かす戦術を、両翼包囲を試みようと考えるだろうということは誰でも簡単に思いつく、
加えて……レムリアとチェルダの戦いである。
チェルダ王国とは歴史も、構成されていた民族も全く違うが……
かつて南大陸にはチェルダ共和国という、海洋・商業国家が存在した。
そのチェルダ共和国の伝説的な名将は、幾度もレムリアの軍隊を包囲殲滅し……
そして最後には、この南大陸で、逆にレムリアにその戦術を模倣され、敗れ去った。
どうしても……この逸話は脳裏をよぎってしまう。
チェルダ王国の将軍が、包囲戦術を予想するのは自明である。
相手の戦術が分かっているならば、対応のしようがある。
何しろ、チェルダ軍は兵力で言えばレムリアよりも優っているのだ。
騎兵の量・質的な差異を歩兵で埋め合わせれば、レムリアの両翼包囲を防ぐことは決して難しいことではない。
敵将カーマインはそれほど名将として名高いわけではないが……
バルバル族を相手に幾度も戦った、歴戦の将軍であるとマシニッサからエルキュールは聞いていた。
素直に包囲されてくれるほど、生易しい相手ではないとエルキュールは考えた。
故にエルキュールは両翼の包囲、という王道的な戦術を放棄した。
そして……逆に敵の思考を利用することにした。
カーマインはエルキュールが両翼包囲をすると信じるはず。
だから敢えて、本当に両翼包囲を試みていると見せかけるように、戦力を次から次へと両翼へ注ぎ込み、カーマインの意識を両翼へと誘導した。
さらに敢えて中央の前進を遅らせ窪みを作り、そこに敵の兵力を集中させて包囲をしようとしている……と思わせるような陣形を組んだ。
完全に焦ったカーマインは、中央の予備兵力を全て両翼に注ぎ込んだ上で、さらに中央の兵力までも、両翼へと注ぎ込んだ。
結果……
チェルダ王国軍の兵力は大きく両翼に注ぎ込まれる形になり、中央の厚みが大きく減った。
これこそ、エルキュールが望んでいた状況である。
「シェヘラザード、これから敵を粉砕する。俺の護衛、頼むぞ?」
「はい! 陛下!!」
ようやく役に立てる。
シェヘラザードは嬉しそうに笑った。
そんなシェヘラザードの頭を撫でてから……
エルキュールは歩兵中央二個大隊の背後に隠し、さらにアスモデウスの魔法で隠蔽しておいた、
「さあ、諸君。ようやく我らの出番だ。……歩兵、後退!
エルキュールは歩兵部隊と
そして歩兵部隊に命じる。
「騎兵突撃後、君たちには敵の傷口を大きく広げてもらう。期待しているぞ」
そしてエルキュールはシェヘラザードと共に、
剣を振り上げて叫ぶ。
「さあ、行くぞ!! 神は我らとともにあり!」
「「神は我らとともにあり!!」」
レムリア軍による突撃が開始された。
カーマインが己の失策に気付いたのは……
レムリア軍中央に、
ゆっくりと……
それに伴い、カーマインの顔も青くなる。
「ま、まさか、敵の狙いは……」
カーマインは慌てて両翼から軽歩兵部隊を引き戻そうとする。
しかしもう時すでに遅し。
レムリア軍中央はすでに突撃の準備を整えていた。
唸りを挙げて、突撃を開始するレムリア軍。
「っく、ここは耐えきるしかないか!」
カーマインは馬に乗り、自ら前線に立って指揮を執る。
「中央歩兵部隊! 槍を構えよ! 敵の騎兵を撃退する!!」
チェルダ王国歩兵部隊は丸盾と槍を構え、レムリア軍の突撃に備える。
が、しかし
一斉に騎射を開始した。
「っく、軽歩兵を全て両翼に送ったのが不味かったか!」
軽歩兵がいれば、投石や投槍、弓矢で反撃をして敵の攻撃を和らげることができた。
しかし現在、中央にいるのは遠距離攻撃手段を持たない重装歩兵である。
盾を掲げて、敵の攻撃にひたすら耐えるしかない。
重装歩兵たちの盾に矢が突き刺さり、使い物にならなくなるころ……
そして……
ついに槍を構えて、突撃を開始する。
「迎え撃て!!」
その結果は……
元々チェルダ王国の重装歩兵は盾を持ち、遠距離攻撃には強い反面、重量の問題で槍を短くせざるを得ず、逆に騎兵突撃には弱いのだ。
チェルダ王国の重装歩兵は、騎兵を受け止めるには短すぎる槍を持つ槍兵に過ぎない。
速度+重量。
圧倒的な破壊力によって、
そしてそこへ遅れてやってきたレムリア軍歩兵二個大隊が突撃する。
ゆっくりと傷口を広げて行く。
「っく、仕方があるまい! 全軍、撤退だ!!」
カーマインは全軍に撤退命令を出した。
そしてカーマインの周囲を固めていた、百騎の精鋭部隊に声を掛ける。
「これより敵の進撃を少しでも食い止める。獣化ができるものは獣化せよ!」
カーマインはそう命じ、自ら剣を振り上げて突撃した。
「大勢は決したな。しかし……ふむ、撤退するタイミングが思ったより早いな」
臆病……ではない。
これは戦況をしっかりと把握できている証拠である。
敵将カーマインがそれなりに優秀な将軍である証だ。
(可能ならばこのまま突き抜けて、敵の右翼か左翼を包囲し、各個撃破したかったが……素直に追撃での戦果拡大を目指した方が無難か)
エルキュールは少しだけ方向修正を行う。
「シェヘラザード。そろそろ俺たちは後方に……」
エルキュールがそう言いかけた時だった。
唸りを挙げて、敵の一部が突撃してきた。
「不味い、高位
百騎のうち、一部は獣となり、人馬一体の攻撃を仕掛けてきている。
今更戦況をどうにかできるとは思えないが……
しかしエルキュールの首を斬るくらいはできそうだ。
「陛下、ここはお下がりください」
「……大丈夫か?」
「カロリナから、守れと言われているので」
シェヘラザードは笑みを浮かべた。
エルキュールはシェヘラザードを信じ、後方へ一時的に下がることにする。
「グガガガガガガ!!!!」
唸りをあげて、がむしゃらに突っ込んでくる獣を見て……
シェヘラザードは笑みを浮かべた。
「
シェヘラザードは剣を振るう。
シェヘラザードの振った大剣は、敵兵の鎧や武器を一時的に純金へと変質させ、脆くなったところをバターのように、その血肉や骨と一緒に切り裂く。
「知能が劣るのが弱点です」
一体を切り殺してから、シェヘラザードは叫んだ。
「怯むことなかれ! しょせん、敵はただの獣!! 落ち着いて対処すればどうということはありません。
シェヘラザードの鼓舞により、
「皇后殿下に続け!」
「
「我ら
次々と各個撃破されていく
「あなただけは獣化していませんね? 敵将とお見受けします」
「……噂に聞く、ファールスの姫君か。相手に不足はない!」
部隊指揮を執るために獣化をしていなかったカーマインは剣を構えた。
そしてシェヘラザードと切り結び……
「っぐ!」
シェヘラザードの剣がカーマインの体を切り裂く。
カーマインの脇腹から鮮血が溢れる、
「これで終わりです!」
シェヘラザードはカーマインの首筋へと剣を振り下す。
しかしその剣は途中で受け止められた。
「将軍! お逃げください!!」
「しかし……」
「あの奸臣ホアメルの好きにやらせて良いのですか!」
副官の言葉にカーマインはハッとした表情を浮かべた。
そして踵を返す。
「すまない」
「閣下! チェルダ王国をお頼みします。……選手交代だ、長耳野郎!」
副官は獣化をしてシェヘラザードに襲い掛かった。
テリポルの戦い
交戦勢力
レムリア帝国VSチェルダ王国
主な指揮官
レムリア帝国
エルキュール一世
シェヘラザード・ユリアノス
アリシア・クロム
チェルダ王国
カーマイン・リュープス・ゲイセリア
兵力
レムリア帝国 三三〇〇〇
チェルダ王国 五〇〇〇〇
結果
レムリア帝国
死者 三〇〇〇
残存 三〇〇〇〇
チェルダ王国
死者 一五〇〇〇
逃亡 一三〇〇〇
捕虜 一二〇〇〇
残存 一〇〇〇〇
レムリア帝国の勝利
影響
テリポル市の守備兵力の損傷により、テリポル市陥落の危機。
チェルダ市とテリポル市間の物流・情報が遮断される。
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