第22話 テリポルの戦い 序

 それは、チェルダ王国にとって悪夢であった。

 突如として、土埃を上げた人の集団が迫ってきたからである。


 これがいつもの、蛮族、バルバル族の襲撃であったならばチェルダ王国の国境警備隊も落ち着いて対応できただろう。

 しかし……


 その軍団は双頭の鷲を、レムリア帝国の軍旗を掲げていた。


 「な、何故レムリア軍が砂漠から!?」

 「ど、どうなっている?」

 「た、助けてくれ!!」


 逃げ惑う警備隊に対し、先鋒部隊を任されていたジェベは冷酷に、部下へと命じる。


 「射殺せよ!」

 「「「は!」」」


 訓練されたジェベの率いる独立遊撃隊は容赦なく、敵を射殺していく。

 そしてあっさりと敵の防衛線を突破する。


 「後方、皇帝陛下へと報告しろ。防衛線は突破した、このまま一気に突き進んで欲しいと」

 「はい!」


 ジェベは後方へ伝令を出しつつ……

 そのまま速度を変えず、一気に敵の都市へと迫る。


 「た、大変だ!! れ、レムリア帝国軍が攻めてきたぞ!!」

 「まさか! ここより先は大砂漠だぞ!? レムリア帝国軍が来るはずがない」

 「誤報だ、誤報だ!」 

 「い、いや、確かに双頭の鷲を見た!」

 「レムリア軍に化けた、バルバル族ではないか?」

 「何にしても敵ではないか!」

 「早く門を閉めろ!」

 「待て! まだ人が外にいる! 彼らを見捨てられない!!」

 「そんなことを言っている場合か!!」

 「急げ、急いでみんな都市の中へ避難しろ!!」

 「おい、貴様ら邪魔だ! 門が閉められん! 早くどけ!」

 「お願いです、まだ妻が来てないのです!!」

 「おい、そこの馬車、邪魔だ! 大きすぎるぞ!!」

 「急かすな!!……ああ!! 車輪が、車輪が壊れた!!」

 「ふざけるな、こんな時に! これでは門が閉められないではないか!!」

 「良いから馬車をどかせ!! 壊しても構わん!」

 「壊すな! 私の財産だぞ! おい、人の荷物を勝手に盗むな!!」

 「何でも良いから、早くしろ!!!」

 「お、おい! レムリア軍がもう迫って来ているぞ!!」

 「バカな! 警備隊からの早馬はまだ来ていない……まさか、あれは早馬か?」

 「あ、あいつら、警備隊の早馬のすぐ後ろにまで迫っているぞ!!」

 「早く、早く、門を閉めろ!!」





 「何だか、盛り上がっているなぁ」


 大混乱に陥り、城門の前でてんやわんやする人々を遥か遠方から見ながら、ジェベは呑気に言った。

 口調こそ、呑気であるが……しかし馬は全速力で動かしている。


 「隊長、早すぎませんか? ブルガロン人部隊と、中装騎兵カタフラクトがついてこれていませんが……」

 「いや、これで良い。これが陛下のご命令だ。これを望んでいるからこそ、陛下は俺を先鋒にした」


 ジェベ率いる独立遊撃隊はその全てが騎兵で構成されている。


 装備は完全なる軽装で、僅かに急所を守るのみ。

 馬もほぼ裸に近い。

 武器はサーベルと弓矢。

 

 それだけならばただの軽騎兵である。

 ジェベ率いる独立遊撃隊、最大の特徴は一騎につき、四頭の替え馬を従えていることである。

 そのため馬を幾度も乗り換えることで、最高速度を保ったまま移動できるのだ。

 

 「このまま、都市の中へと流れ込む。……障害物は排除しろ」

 「「「は!」」」


 騎兵たちは返事をし……

 そしてレムリア帝国製の複合弓を構えた。


 矢が雨のように降り注ぎ、城門の前にできていた人だかりを一掃する。

 ジェベはサーベルを抜き放ち、叫んだ。


 「突入後、城門の開閉装置を押さえ、その後、都市を占領する。総員、戦闘準備!!」

 「「「は!」」」




 

 その後、エルキュール率いるレムリア帝国軍は破竹の勢いでチェルダ王国の都市を落としつつ、その中枢部へと侵攻した。


 そして進撃を開始してから三日……

 テリポル市へとレムリア軍は迫っていた。

 

 「な、何ということだ……な、何が起こっている? ど、どこかの港が占領されたのか? レムリア軍はどこから現れた!」


 テリポル市を守る、テリポル守備軍の将軍、カーマインは頭を抱えた。

 突如出現したレムリア軍の快進撃により、チェルダ王国の防衛網及び情報網はズタズタにされていた。


 情報は完全に交錯しており、何が嘘で、何が真実なのか分からない。


 ある者は港が占領され、レムリア軍がそこから上陸したと主張し……

 またある者はイアソン将軍が敗北し、レムリア軍がここまで攻め上ってきたのだと主張する。

 そして別の者は敵はバルバル族であり、レムリア軍の旗を借りているだけだと言い……

 またある者はレムリア軍は大砂漠を越えてきたと口にする。


 虚実の入り混じった情報では、全く現状を把握できない。

 そもそも「レムリア軍は大砂漠を横断して奇襲攻撃を仕掛けてきた」という真実そのものが、あまりにも虚構染みているのだから、どうしようもない。


 「ええい! だから私は兵力を分散させるべきではないといったのだ! 案の定、手薄なところを突かれたではないか!! あの生兵法の若造が!!」


 カーマインは苛立ちをあらわにする。

 若造、というのはイアソンのことである。

 確かにカーマインの戦略ならば……万全を期して、テリポル市で敵を迎え撃つことができただろう。

 もっとも……その時はエルキュールはまた別の手を打つため、実はあまり変わらないのだが。


 「しょ、将軍! と、とにかく、迎撃しなければ!」

 「それもそうだが……こちらの兵力は五〇〇〇〇しか揃っていないのだぞ!」


 元々、テリポル守備軍は七〇〇〇〇の兵力が集まる予定だった。

 しかし……さすがに七〇〇〇〇の兵力の集結には時間が掛かる上に、まずはアズダヴィアを優先しなければならず、そして首都守備軍やテリポルタニア守備軍の動員も同時並行で必要だった。


 結果、未だテリポル守備軍は五〇〇〇〇しか集まっていない。

 だが五〇〇〇〇も集まれば、問題無いのだ。

 

 もうすでに港は太い鎖で封鎖しており、船を意図的に沈めて、港を使用不可能にする準備もできている。

 仮にレムリア帝国海軍が上陸をしようとしてきても……

 五〇〇〇〇もあれば、それを防ぐのは十分可能なはずだ。


 しかし……敵は陸上からやってきた。


 「しかし、敵兵力は約三〇〇〇〇! こちらの方が優っております!」

 「た、確かに……言われてみればそうだ。籠城すれば余裕で持ち堪えられるはず……兵糧はどれくらいある?」


 カーマインは都市に溜めこまれた兵糧を確認する。

 その報告を聞き、頭を抱えた。


 「っく、少なすぎる……」


 籠城の準備にも、相応の時間が掛かる。

 長期間の間、食糧の供給を断たれても問題ないレベルの食糧を準備するのは、そう簡単にできることではない。


 兵力を集めることで手一杯だったため、兵糧など最低限の量しかない。


 しかもテリポル市は人口十五万を誇る、チェルダ王国第二の都市でもある。

 彼らの胃袋も支えなければならない。


 もっとも……レムリア軍約三〇〇〇〇で、五〇〇〇〇の軍勢が立て籠もる人口十五万の都市を完全に包囲することは不可能である。

 

 しかしそれでも……物流の妨害をすることは十分に可能だ。

 もしテリポル市への食糧供給が滞れば、間違いなく餓死者が出る。


 「ええい、気は進まないが……野戦だ! 兵数はこちらが優っているのだ、勝てない道理はない!」


 斯くしてカーマインはテリポル市近郊に陣を敷き、レムリア軍を待ち構えた。








 「ほう……敵は野戦を選択したか」


 ジェベ率いる先鋒部隊の報告を聞いたエルキュールは、笑みを浮かべた。

 

 「兵数はあちらの方が優っているのです。道理ではありますね」


 「ああ、全くだ。賢い選択だと思うよ。この状況下で籠城するのは、ただの馬鹿だろう。兵数は優っているんだ。籠城すれば三日と経たず干上がってしまい、最終的に打って出ることになる。ならば最初から野戦で迎撃するのが合理的だ」


 決して愚かな将ではない。

 と、エルキュールとアリシアは評価した。


 だが……


 「もっとも……二倍以下の兵力数でこの俺に野戦を挑もうなんぞ、千年早いがね」

 

 エルキュールは不敵に笑った。






 その後、エルキュールは全軍の集結を待ち……

 軍を再編成してから、テリポル市へとゆっくりと迫った。


 決戦は翌日である。

 そしてその日の夜、エルキュールはジェベを呼び出した。


 「ジェベです」

 「よく来てくれた、ジェベ。お前の独立遊撃部隊の活躍は素晴らしかった。ここまで何の障害もなく進められたのはお前のおかげだ」


 エルキュールはジェベを褒め称えた。

 これにはさすがのジェベも嬉しかったのか、少しだけ耳を赤くした。


 (……本当に可愛い顔をしているな)


 顔を赤くしたジェベを見て、エルキュールは何とも言えなさそうな表情を浮かべた。

 さすが、エルキュールの愛人として送り込まれるだけのことはある。

 もっともエルキュールは男を抱く趣味もなく、そしてジェベも抱かれる趣味はない。


 「さて、ジェベ。お前には明日の戦闘には参加せず、早朝にここを発ってもらう」

 「分かりました。……目的地は?」

 「イフリキア地方だ」


 イフリキア地方。

 それはチェルダ王国の行政区分のうち、テリポルタニア地方の西側、チェルダ市が存在する地方。

 即ち、首都圏のような場所である。


 「敵との交戦を避けつつイフリキア地方に進み……チェルダ市を脅かし、敵を撹乱しろ。お前の騎兵の機動力ならば、可能なはずだ」

 

 「……お任せください。そういうのは得意分野です。徹底的に、破壊工作をすれば良いのですね?」


 「ああ。状況判断はお前に任せる。ただ……民間人には出来得る限り、被害を出すな。後の統治が面倒になる。あと定期的に早馬は出せ。お前がどこにいるのか、分からなくなると困るからな。そうだな……取り敢えず、一か月以内には戻ってこい」


 「承知しました。肝に銘じておきます」


 ジェベは頷いた。





 ジェベが去った後、次にエルキュールはニアを呼び出した。


 「ニア・ルカリオスです」

 「よく来た、ニア。今回、お前が背後を守ってくれたおかげで、我々はスムーズに進軍できた。成長したな」

 「えへへ……、そ、そんなぁ……」


 ニアは嬉しそうに、ニヤニヤと笑みを浮かべた。

 調子に乗りやすいところは減点だな、とエルキュールは心の中の成績表でニアの内申点を少しだけ下げる。


 「さて、ニア。お前は明日の戦闘には参加せず……別の任務を与える」

 「別の任務、ですか?」

 「ああ、早朝から動いて欲しい」


 エルキュールは頷いた。

 そして精巧な地図を広げる。


 それはかつてチェルダ王国一帯がレムリア帝国の領土であった時に作られた地図に、エルキュールが商人や間諜を通じて集めた情報、そして現地で収集した情報を書き加えたものである。


 「知っての通り、テリポル市はテリポルタニア地方の中枢であり、そしてまた交通の要所でもある。ニア、お前にはテリポル市とチェルダ市を結ぶ幹線道路上の関所を占領し、テリポル市以西と以東の情報を寸断して欲しい」


 「分かりました! ……その、理由を伺っても?」


 「テリポル市が陥落したのか、陥落してないのか……それすらも分からないのは不安だろ?」


 エルキュールはニヤリと笑みを浮かべた。

 さすがに小さな細い道なども存在するため、全ての情報を遮断することは不可能だ。


 しかしニアが幹線道路を塞げばある程度の情報は防げる。

 情報操作による撹乱も可能になる。


 「これはお前の独立遊撃部隊にしかできない。頼んだよ」

 「はい! 必ずや、やってみせます!」


 ニアは拳をギュッと握り締めた。



 ニアが去った後……

 エルキュールは意地悪く、笑みを浮かべる。


 「さてさて……対応できるかな? ヒルデリック二世のご手腕、お手並み拝見と行こうか」


 エルキュールは愉快そうに笑った。

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