第15話 裏切者

 「良く似合っているじゃないか」


 パレード終了後、純白のウェディングドレスに着替え終えたシェヘラザードは苦笑いを浮かべた。

 シェヘラザードが着ているウェディングドレスは、カロリナやニアが着たモノとは少しデザインが異なっていた。


 上半身から腰までは布がピッタリと体に貼り付くようになっており、腰から下のスカートの部分は人魚の尾ひれのように広がっていた。


 シェヘラザードの美しい曲線美が強く強調されている。

 胸元はハート型にカットされており、シェヘラザードの大きな胸がより強調される形になっていた。


 「はは……胸の方はもう諦めたんですけど、お尻の方は何とかならないかなと、ちょっと思ってます」


 シェヘラザードは苦笑いを浮かべた。

 シェヘラザードのドレスは胸だけでなく、臀部も強調されるデザインとなっている。


 どうやら胸よりも臀部が気になるようだ。


 「シェヘラザード殿下。ティトゥス様が、お尻の方がどうしても気になるようであればこのリボンをつけるようにとおっしゃっておられました」


 そう言って召使が大きな白いリボンをシェヘラザードの腰の部分に取り付けた。

 大きなリボンがシェヘラザードの臀部を隠すような形となる。


 「あ、これならあまり目立たないですね。……以前、試着の時に言ったのを覚えてくださっていたんですね」


 シェヘラザードは嬉しそうに笑った。

 一方、エルキュールはシェヘラザードの臀部を見ながら考える。


 (ちょっと隠れている方がむしろエロいような……何はともあれ、よくやった、ティトゥス)


 さすが兄上、よく分かってるじゃないか。

 エルキュールは内心でティトゥスへ賞賛を送った。


 それから二人は教会へ赴き、結婚の儀式を執り行った。

 内容はカロリナやルナリエの時と、さほど変わらない。

 唯一異なるのは、儀式を執り行うのがミレニアではなくセシリアという点である。


 (……あいつ、緊張しているみたいだな)


 セシリアの表情は少し強張っていた。

 ニアの結婚式はセシリアにとって良い予行演習にはなったが……しかしシェヘラザードの結婚式とニアの結婚式とでは、政治的な重要度が異なる。


 ここで失敗すればセシリアは大恥を掻くことになるため……

 セシリアは緊張しているのだ。


 エルキュールはセシリアの緊張を解きほぐすために、ウィンクを送ってやる。

 するとセシリアはキッとエルキュールを睨みつけた。


 お前、結婚式で花嫁以外の女、それも司宰者に色目使ってんじゃねえよ。


 とでも言うようであった。

 とはいえ、エルキュールへの怒りで緊張が少し解れたようで、先程よりもセシリアの顔色は良くなっていた。


 エルキュールのウィンク効果のおかげか、セシリアは無事に儀式を成功させた。

 シェヘラザードとエルキュールは双方、結婚指輪を交換し、無事に夫婦となった。





 

 結婚式後、昼食会が行われた。

 円状のテーブルに、レムリアとファールスが別れて座る。


 当初は長方形の予定であったが、エルキュールとササン八世、どちらが上座に座るか、姫巫女メディウムであるセシリアはどこに座るべきか、等々で大いに揉め、破談になりかけたのでテーブルは明確な上座が存在しない、対等な円卓となった。



 「君と義理とはいえ家族、血縁関係ができて……嬉しく思うよ、レムリア皇帝」

 「私もあなたと……親子関係になれて嬉しいよ、ファールス王」


 エルキュールとササン八世は葡萄酒を飲みながら、微笑みあった。

 顔は笑っているが……

 双方、欠片も嬉しく思っていないことだけは確かだった。


 「ところでレムリアの神官長殿」

 「……それは私のことでしょうか?」


 セシリアはササン八世に問いかけると、ササン八世は頷いた。

 

 「その通り、あなたのことだ」

 「そうですか……お一つ、訂正をさせて頂いても、宜しいですか?」

 「ふむ、何かな?」


 セシリアは一瞬だけ、エルキュール方を見てから、淡々と述べる。


 「……エルキュール様が、帝国の外交官がどのように私のことをあなたに伝えたのかは分かりませんが、私は神官長ではなく、姫巫女メディウムであり、全メシア教徒の指導者です。そのことだけは指摘させてください」


 この世界に於ける、世界的な公用語はキリス語である。

 故にレムリア帝国とファールス王国もキリス語で外交を行い……そしてこの場でもキリス語が用いられている。


 ササン八世の言う『神官長』というキリス語は、メシア教成立以前の多神教に於ける、神に仕える者のことを言う。

 キリス人の神官たちは神に仕える聖職者であったが、また同時に『官』、つまり国家や共同体に奉仕する官僚でもあった。


 戦勝や豊作祈願のために神に祈ることは、国家の重要な政治的事業であり……

 それを行う者は当然、国に仕える官僚でもあったのは自明である。


 故にセシリアのことを『神官長』とするのは、セシリアが国家に、つまりレムリア帝国及びレムリア皇帝に仕える存在、という意味になってしまう。

 

 だからセシリアはそこのところを、訂正したのである。


 「おや……これは失礼。あー、姫巫女メディウム殿で宜しいか?」

 「はい。……それで何でしょうか?」

 「いやいや……レムリア帝国の神官、ごほん、あー、姫巫女メディウム殿が大変お美しい方だと聞いていたが、まさかこれほどまでにお美しい方だとは思っていなかったので。これを機に、お近づきになりたいなと」


 ペラペラと饒舌に話し始めるササン八世。

 その口から滑らかに、セシリアの容姿を褒めたたえる言葉が出てくる。


 さすがのセシリアもそこまで露骨に口説かれると、気恥ずかしくなってくる。

 美しい銀髪から見え隠れする耳が赤く染まる。


 「ファールス王、これ以上我らの姫巫女メディウム様に変なことを言うのはやめて頂こうか? そもそもここは私とシェヘラザードの結婚を祝う席なはずだが?」


 「おや、これは失礼。姫巫女メディウム殿があまりにも美しかったので」


 にこやかに笑いながら……

 エルキュールとササン八世は再び睨み合った。


 「あの、お母様……あれ、止めた方が良いのではないですか?」

 「……二人とも、限度は心得ているでしょう。多分」


 シェヘラザードとヘレーナは小声で話し合った。





 

 昼食会の後、数時間の休憩を終えてから夕食会が始まる。


 「今度のドレスも、良く似合っているじゃないか」

 「ありがとうございます……これはあまりエッチな感じはしませんね」


 シェヘラザードが着ているドレスは、古いレムリア風の衣装とファールス風の衣装を合わせたようなデザインだった。

 ゆったりとした布で、体にぴったりと張り付くことはない。


 とはいえ、それでもやはりシェヘラザードの凹凸を強調するような作りになっていて、胸元も開いているのだが……

 どうやらシェヘラザードの感覚は、徐々に麻痺しているようだ。


 「さあ、行こうか。シェヘラザード」

 「……はい。その……」


 シェヘラザードははにかみながら言った。


 「あなた!」

 

 



 夕食会は昼食会と異なり、かなり大規模なものである。

 カロリナの時に行われたパーティーよりも、招待された客の人数は多い。


 それもそのはず。

 レムリア帝国とファールス王国、二大超大国の皇帝と姫の結婚なのだから、相応の規模にもなる。


 ちなみにそんな大規模な結婚式の資金は、レムリア帝国とファールス王国の双方が半分ずつ出す形になっている。

 まあ形式上はレムリア帝国一国が挙げているのだが……

 嫁入り金、という形で半分をファールス王国が負担しているのだ。


 ササン八世としても、一番可愛がっていた娘の結婚式は派手で豪勢に越したことはないと思っているためか、大喜びで支払った。


 パーティーは立食形式で行われる。

 料理は主にレムリア料理だが、他にもハヤスタン料理や、ファールス料理、その他エルキュールが世界中から掻き集めた料理人たちの料理がずらりと並んでいる。


 「さっきぶりだな、レムリア皇帝。しかし……ふむ、やはりドレスが変わると印象も変わるものだな。良く似合っているぞ、シェヘラザード」


 ササン八世はエルキュールの側にいたシェヘラザードをじっくりと見てから、娘の晴れ姿を褒める。

 さすがの世界の征服者『太陽王』ササン八世も、美しい娘の姿を見ると気も緩むようで、その表情は穏やかだった。


 「……はい、ありがとうございます。お父様」


 シェヘラザードは幸せそうに笑みを浮かべた。


 「皇帝陛下、娘を頼みます」

 

 ササン八世と一緒にやってきたヘレーナはエルキュールに軽く頭を下げた。

 エルキュールは小さく頷く。


 「ああ、無論だとも。任せたまえ」


 エルキュールはそう言ってシェヘラザードの肩を掴み、抱き寄せた。

 そしてその頬にキスをする。


 その様子を見ていた周囲の客たちは、どよめきを上げた。

 顔を真っ赤にして恥ずかしがるシェヘラザードを尻目に、エルキュールはニヤリと……ササン八世に笑いかけた。


 「あなたの娘は私が貰った」

 「……ふん。このような公衆の面前で、ふしだらな行為をするのはどうなのかね?」

 「我らの姫巫女メディウム様を堂々と口説いた口で良く言う」


 昼食会でのことを根に持っていたエルキュールはそう言ってササン八世を軽く睨みつけた。

 ササン八世はやれやれ、とでもいうように肩を竦める。


 「新郎殿は洒落が分からないようだ。ふむ、文化の違いかね? シェヘラザード、苦労するだろうが、頑張りなさい。……もし嫌になったらいつでも帰って来て良いぞ?」

 

 「ははは……お父様の場合は洒落じゃ済まないと思いますが」


 自分の父親の女癖の悪さを知っているシェヘラザードは苦笑いを浮かべた。

 それからササン八世は踵を返した。


 「さて、邪魔して悪かったな。私とヘレーナは食事と……他の来客の方との話をしに行こう。西方の国々の外交官と言葉を交わせる機会はそうそうない。それに……ここの料理は美味い。それだけは認めよう……完敗だ」


 ササン八世はそう言って、ヘレーナを引きずるようにして、意気揚々と料理を漁りに行く。

 

 「おお! これはこれは、ハヤスタン王ではないか!? いや……正確には元ハヤスタン王か? 久しぶりではないか!!」

 「っげ! ふぁ、ファールス王!!」

 「おいおい、何故逃げる? 同盟国のよしみじゃないか!」


 料理を漁っている最中に、格好のイジメ相手を見つけたらしいササン八世は、憐れな元ハヤスタン王の方へと一直線に向かう。


 「あれ、助けた方が良いのではないですか?」

 「んー、まあ俺が行かずともルナが先に行くだろう。ハヤスタン王国には多少、独り立ちして貰いたいしな」


 エルキュールは肩を竦めた。

 それからエルキュールとシェヘラザードは、各国の要人への挨拶に向かう。


 「この度はおめでとうございます、レムリアの皇帝陛下、シェヘラザード妃殿下」


 二人にそう言ったのは黒突から派遣された外交官である。

 その表情は……穏やかだった。


 「ありがとう。……それと実は黒突の皇帝に伝えて貰いたいことがあるのだが、良いかな?」

 「何なりと」

 「我が国にとって、一番の同盟国が黒突であることは変わりない。姉の夫がピンチとあらば、出来得る限りの手助けはする」

 「はい、確かにお伝えいたします」


 恭しく外交官は頭を下げた。

 敢えて、シェヘラザードの目の前で「黒突が一番の同盟国である」と伝えた、その意図はしっかりと伝わったようである。


 「レムリアの皇帝陛下、お初にお目にかかります。私はフラーリング王国、公爵。ナモと申します」

 「これはこれは……もしかして彼の有名な、『知恵』のナモかな?」

 「私の名を知っておいででしたか……これほど名誉なことはありません」


 ナモ……と名乗った長耳族エルフの男性は恭しく頭を下げた。

 人族ヒューマンで言うところの、その見た目は四十代半ばほど。

 それを考えると……実年齢は百五十から六十ほどであろう。


 (……フラーリング王国に帰化した長耳族エルフか。血を裏切る者め)


 エルキュールは内心でナモを罵りつつも、穏やかな笑顔を浮かべる。


 「できればルートヴィッヒ陛下にお会いしたかったが……本日は来られないのだったな?」

 「はい。現在、ドゥイチェ地方へ遠征に向かっておりまして」

 

 『ドゥイチェ』とは獣人族ワービーストの言葉で『大衆』『民衆』を意味する。

 

 レムリア帝国の衰退期、多くの獣人族ワービーストたちがドゥイチェ地方からガルリア地方を含む、西レムリア帝国領へと流入した。

 ガルリア地方に流入し、土着化した獣人族ワービーストたちが打ち立てた諸王国が統廃合を繰り返し、そして最後まで生き残ったのがフラーリング王国である。


 一方、ドゥイチェ地方に最後まで残った獣人族ワービーストたちはいた。

 彼らは自分たちのことを『ドゥイチェ』と自称し、やがてその地は『ドゥイチェ』と呼ばれるようになったのである。


 「ご武運を祈っている、と伝えてくれ」

 「はい。確かにお伝えいたします」


 エルキュールは心にもないことを言って、ナモと別れた。

 それから一度、トドリスと合流する。


 「トドリス、順調か?」

 「はい。……まあ一番の目当てはいませんが」

 「まあ、やはり来ていないか」


 一番の目当て。

 つまりチェルダ王国のことである。


 まあ、しかしこれは予想していたことだ。

 そもそも……これから滅ぶ国と外交関係など、構築する必要もない。


 エルキュールとトドリスは悪い笑みを浮かべたところで……

 音楽が会場に響く。


 レムリア帝国の楽師団が音楽を奏で始めたのだ。


 「シェヘラザード、踊れるか?」

 「その……レムリアの音楽は分かりません」

 「じゃあ、俺がリードしてやろう。外交も重要だが……それ以上に一生に一度の結婚式を楽しむのも重要だ」


 エルキュールはそう言ってシェヘラザードの手を取った。

 シェヘラザードの顔が赤く染まる。


 「はい……陛下!」

 

 その後、エルキュールとシェヘラザードはパーティーが終わるまで踊り続けた。








 「ここがレムリア帝国の首都、ノヴァ・レムリア。随分と賑やかだな」


 栗色の髪と瞳の少女が辺りを見渡しながら呟いた。

 顔を隠すフードは、頭部が三角形に盛り上がっており……彼女が獣人族ワービーストであることが分かる。


 スカートからは狼のような、茶色い尻尾が覗いている。


 体は十分、女性の体つきをしているが……顔はまだ少し幼さを残している。

 ただし瞳だけは……爛々と、鋭い光を宿していた。

 

 獣人族ワービースト高位種、人狼族。

 

 ソニア・リュープス・ゲイセリア


 チェルダ王国を支配する、人狼族の名家、リュープス家の傍流、ゲイセリア家の姫君である。

 また現在の国王、ヒルデリック二世との婚約も決まっている。


 本来なら幸せ真っ盛りのように思えるが……しかし少女の表情は暗かった。


 「我が国の王都、チェルダ市も負けてはおりませんぞ? 姫様」

 「……少し前までは、でしょう?」

 「……」


 護衛の言葉にソニアが淡々と返す。

 護衛の男は口を噤んだ。


 「まるで……我が国の富を吸い上げるかのような発展ぶり。いえ、実際に吸い上げているのだろうけど」


 ソニアはノヴァ・レムリアの港を出入りする、大きな船を睨みつける。

 世界中の海から様々な産物が運び込まれ、消費され、また新たな商品が生産されては運び出されているこの都は、間違いなく西方世界の経済の中心地であった。

 

 「人口七十万を超える大都市、世界の富の三分の二が集まるところ、ですか。書物で読んだ時は大袈裟な表現だと思いましたが……あながち間違ってもいないかもしれませんね」


 尚、人口七十万を超える……

 というのは少々古い情報である。


 現在のノヴァ・レムリアの人口は八十万を突破し、九十万に届こうとしていた。

 エルキュールの治世の安定と、好景気により人口が増加しているのだ。


 「それに比べて、我らの都、チェルダ市は随分と凋落した」


 チェルダ王国、首都チェルダ。

 西方世界有数の大都市である。


 人口五十万を超えるこの大都市はチェルダ王国の経済を支えていた。


 しかし……長い戦乱の影響による経済混乱が原因で、チェルダ市はすっかり衰退してしまった。

 かつては五十万を抱えていたチェルダ市の人口は、現在は三十万程度にまで落ち込み、今なお人口は減少を続けていて、三十を切る勢いである。


 「……君主の差か?」

 「姫様!」

 「事実を言って、何が悪い? 現実を見ろ」


 ソニアは不機嫌そうに言った。

 そして将来、自分の夫となる男、チェルダ王国の国王の顔を思い浮かべ……形の整った眉を顰める。


 「ヒルデリック様がレムリア皇帝の甘言になんぞ、乗るからこうなった。先代国王、ラウス一世は素晴らしい王だった。先王の時代は、チェルダ市はノヴァ・レムリア市に負けないくらい発展していたというのに!!」


 ソニアの言葉には若干の、過去の美化が含まれている。

 とはいえ、ラウス一世の治世の殆ど……エルキュールという男が登場するまでは、チェルダ王国はレムリア帝国と対等以上に渡り合っていたのは事実だが。


 「こ、これからですよ、姫様! レムリア帝国がここまで発展しているのは、他種族と連携してきたからです。チェルダ王国は国王陛下の治世になってから、他種族への差別を廃止し、法律上同等の権利を与えました。これからますます発展……」


 「お前はそれを本気で言っているのか? ……あのような詐欺師ホアメルの理屈を信じるとは、愚か者め。はぁ……全く、レムリアとチェルダでは歴史も文化も違うだろうに。何故それに気付かない? レムリアと同じ政策を取れば、同じ結果が得られるなど……政治がそんなに単純だと思うか?」


 ソニアは苛立ちを隠せない様子だ。


 「しかも! レムリア皇帝が気に入らないから結婚式には使者すらも送らない? 有り得ない! 感情論で国政を動かして……あのバ」

 「姫様! それ以上はいけません」


 護衛の男がソニアを咎めた。

 護衛の男は淡々と、ソニアを宥めるように言う。


 「それ以上おっしゃるようであれば、我々はソニア様の言葉を御父君や国王陛下にお伝えしなければなりません」

 「国王? どこに国王が……」

 「姫様!」

 「……悪かった。そうだな、どんなに無能でも、あれは国王だ。ふん、人族ヒューマンの女なんぞに骨抜きにされ、詐欺師ホアメルに騙され、挙句の果てに詐欺師共々レムリア皇帝に騙されるような国王だがな!」


 ソニアはガリガリと歯軋りをする。

 鋭い犬歯がその愛らしい唇から覗く。


 「……姫様。我が国はあの、悪逆非道なレムリア皇帝に騙されたのですぞ? あの男の結婚式を祝うために使者を送るなど、有り得ませぬ」

 「ふん。もしあの化け狸のフラーリング王や、その悪逆非道のレムリア皇帝ならば、堂々と出席して皮肉の一つ、二つでも言っただろうに」


 こういう時こそ、器の大きさを見せつけるべきであるのに……

 器の小ささを見せつけてどうするのか。

 とソニアは苛立たしそうに言った。


 もっとも……ヒルデリック二世の「面子が立たない」という考えも一理あるにはある。

 ただソニアは単純に、大嫌いな婚約者の行動、全てが許せないだけである。

 嫌いな人間の行動は、全て間違っているように見えるものだ。


 「せっかく、東の超大国、ファールス王国の大王と知り合える機会なのに」

 「姫様。分かっていらっしゃると思いますが……」

 「遠巻きで結婚式を見学するだけ、であろう? 分かっている」


 ソニアのノヴァ・レムリア訪問は非公式のものである。

 その上、国王や実の父親の許可も取っていない。

 事前に申し出れば、ダメと言われることが分かっていたからだ。


 しかしソニアはどうしても、チェルダ王国を貶めたレムリア皇帝や、その婚約者の顔を一度拝んでおきたかったのだ。


 「戦場で見えた時に、真っ先に首を切り取りに行けるように、顔はしっかりと覚えなくてはな」

 「姫様。お願いですから、パレードの中に突撃しないでくださいよ?」

 「さすがの私もそこまではしない。……多分な」



 




 それから数日後、結婚式が行われた。

 ソニアたちは予め、押さえていた場所でレムリア皇帝たちがやってくるのを待つ。


 「……凄い人ゴミだな」

 「姫様、手を離さないでくださいよ?」

 「分かっている! 私をいつまでも子供扱いするな!!」


 小柄な体のソニアは大勢の市民にもみくちゃにされながらも、どうにか二本の足で道に立つ。

 しばらくして賑やかな音楽がソニアの鼓膜を振動させた。


 それから市民たちの大歓声。

 そして黄金に輝く馬車がやってきた。


 「あれがレムリア皇帝か……」


 ソニアは思いっきり、レムリア皇帝を睨みつけた。

 もっともレムリア皇帝はそれに全く気付かなかったが。


 そして花嫁に視線を移す。

 見慣れない、おそらくファールスのドレスに身を包んだ長耳族エルフの女はとても美しかった。



 それから数時間後……同じ場所で待っていると、逆方向から再び黄金の馬車がやってきた。

 教会での結婚式を終えた帰りだ。


 再び現れたレムリア皇帝を、ソニアは睨みつけた。

 ついでに花嫁の方も睨みつけておく。


 幸せそうにニコニコと笑顔を浮かべている、純白の花嫁を見て……

 ソニアは胸が締め付けられるような思いを感じた。


 「綺麗なドレスですね、姫様。どうですか? 姫様の結婚式はアレにしたらどうですか?」

 「……」


 確かに純白のウェディングドレスはとても美しかった。

 自分も一生に一度の結婚式では、ああいうドレスを着てみたいと……思わないでもない。


 「あれを作れる職人はそもそも我が国にはいないだろう」

 「それは……分かりませんよ?」

 「ふん。……まあ作れたとしても、だ」


 そもそも結婚なんぞ、したくないから関係ない。

 ソニアは不機嫌そうに、そう漏らした。


 

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