第14話 結婚式
それからしばらくして……
エルキュールとシェヘラザードの結婚式の日となった。
「へぇ……良く似合っているな」
エルキュールはシェヘラザードのドレスを見て、感嘆の声を上げた。
シェヘラザードが身に包んでいるのは、ファールス王国の職人が作成したファールス風の伝統的なドレスである。
レムリア
ほんの少しだけ、肌の色や顔の造形が異なる。
それは大昔に分化したことで現地の気候に合わせて体が変異したことと……
現実には
それはともかくとして、やはりファールス人の美女であるシェヘラザードにはファールス風の衣装が大変、よく似合っていた。
「そ、そうでしょうか?」
「ああ。何でだろうな? やっぱり生まれ育った国の衣服の方が馴染むのかな?」
美しく染色された絹のドレスには、無数の刺繍が施されており、キラキラと光る宝石が各所に散りばめられていた。
ドレスはかなり派手な代物だが、シェヘラザードは美しい金髪を持つ派手な美女。
ドレスに着られることなく、しっかりと着こなせている。
「そう言ってくれると嬉しいです……ただ、その……」
「どうした?」
「いえ、些事ですが……その、体のラインが……」
「ああ、なるほどね」
シェヘラザードは胸とお尻が大きく、一方でほっそりと縊れた腰回りを持つ……
典型的な「美しいスタイル」の女性である。
多くの女性が憧れ、男性が求める完璧なスタイルの持ち主と言えるシェヘラザードだが、しかし全く短所がないわけではない。
というのも……胸とお尻が大きいため、服を着ると太って見えてしまうのだ。
まあ普段は大して気にならないことではあるが、今回は結婚式。
ファールスの職人たちとしては、自分たちの姫の美しさをレムリア人に見せつけてやりたい。
そう考えたのだろう。
体の線がくっきりと浮き出るようなドレスをデザインしたのだ。
その結果、シェヘラザードの大きな胸部や突き出た臀部、細い腰回りや長くて美しい手足がより強調される形となっている。
シェヘラザードはそれを少し、恥ずかしがっているのだ。
「まあ気持ちは分かるが……太って見えるよりは良いんじゃないか?」
「それは……まあ、そうですけど」
シェヘラザードはシェヘラザードで、自分の体にはそれなりの自信を抱いている。
服装が原因での不当な評価はされたくない。
「ところで予定の方を確認しても良いですか?」
「構わないぞ」
まず結婚式そのものは午前中に行われる。
これからエルキュールとシェヘラザードは、ノヴァ・レムリア市をパレードをする予定である。
レムリア帝国とファールス王国の友好関係を大々的にアピールするのがその目的だ。
この時のシェヘラザードのドレスは、ファールス風の衣装である。
その後、教会へと向かう。
教会についたら今のドレスは脱ぎ、今度はティトゥスがデザインしたウェディングドレスへと着替える。
これはファールスの姫からレムリアの皇后へと変わる……という意味もあるが、それ以上にシェヘラザードの希望が強い。
以前、カロリナが結婚式で着た白い純白のドレスで結婚式を挙げたいと、シェヘラザードが強く望んだことで、そういう形になった。
その後、帝都を再びパレードしながら宮殿へと戻り、レムリアの帝室とファールスの王室、つまり身内だけの昼食会が行われる。
そして暫くの休憩の後、大規模な晩餐会が開かれる運びとなっていた。
「晩餐会の時も、ウェディングドレスとは別のドレスに着替えることになっていたな?」
「はい。ティトゥス様がデザインしたドレスで……」
「結婚式が終わったら、労ってやらないとな」
「はは……そうですね」
ニアのドレスも含め、合計三着のドレスをデザインさせられたティトゥスは完全に燃え尽きていた。
さすがのエルキュールも「過労死するのでは?」と心配になるような、顔つきだった。
今回の結婚式での最大の功労者がティトゥスであることは間違いない。
「だがまあ、それは後で良い。さて……そろそろ時間だ。さあ……お姫様」
エルキュールは笑みを浮かべ、そっと手を差し出した。
シェヘラザードは頬を赤らめ、その手を取った。
「はい、陛下」
「「「皇帝陛下、万歳!!!」」」
「「「皇后殿下、万歳!!!」」」
「「「神が我らに与え給(たも)うた、皇帝、皇后万歳!!!」」」
「「「我らレムリア帝国に千年の栄光を!!!」」」
「「「レムリアとファールスに千年の友好を!!!」」」
「「「二人の結婚に神の祝福を!!!」」」
「「「レムリアとファールスに神の御加護を!!!」」」
ノヴァ・レムリア市民たちの大歓声、雪のように降り注ぐ花弁、美しく鳴り響く音楽の中を……
四頭立ての黄金の馬車がノヴァ・レムリアをゆっくりと走る。
馬車ではレムリア帝国の皇帝と、新たな皇后が互いに寄り添いながら臣民たちに手を振っている。
「凄い歓声ですね。何というか、少し前まで敵国同士だったとは思えないです」
「はは……まあそんなものさ。人ってのは雰囲気に支配される」
少し驚いた表情のシェヘラザードに対し、エルキュールは苦笑いを浮かべた。
実はエルキュールはこっそりと情報操作を行い、レムリアとファールスの友好を宣伝したのである。
またこっそりとレムリア帝国の兵士たちが、陰で目を光らせて反ファールス感情を持つ人間が危険な行動を起こさないように監視したり……
大勢のサクラを用意したりと、舞台裏の努力が存在する。
もっともそんなことは、シェヘラザードが知る必要もないためエルキュールは口には出さないが。
「変わらず皇帝陛下はカッコいいなぁ」
「それに劣らず、新しい皇后殿下もお美しい」
「あれが二人目の皇后殿下か……」
「綺麗なスタイル……羨ましい」
「美しい金髪だな」
「うわぁ……胸が大きい」
「尻も大きいな」
「腰も細いし……」
歓声に交じって僅かに聞こえる市民たちの呟きの九割はシェヘラザードの容姿に関してであり……
さらにそのうちの七割ほどはシェヘラザードの体、胸や臀部に関してだった。
「す、少し……恥ずかしいです」
「気にするな、もっと胸を張れ」
エルキュールはそう言ってシェヘラザードを抱き寄せる。
美しい金絹の髪から覗く耳が赤く染まった。
市民たちが大歓声を上げる。
「なーんか、私たちの時の結婚式よりも、イチャイチャが多くないですか? 私の時はあそこまで、陛下は私に構ってくれなかった……というか、パレードの最中に触れてくれませんでしたよ」
遠巻きでパレードを見守るカロリナが不満そうに頬を膨らませた。
するとルナリエは肩を竦める。
「レムリアとファールスの友好をアピールするため、でしょう? 私の時も、ハヤスタンでは陛下は私にやたらと触れてきたし」
つまり政治的な理由である。
結局のところ、エルキュールの中では「結婚=政治」の図式が根底にあるのだ。
「しっかし、大きなおっぱいですねー、いつ見ても凄いです」
感嘆の声を漏らしたのはニアである。
体のラインを強調するようにデザインされたドレスに身を包んだシェヘラザードの胸は、普段よりも随分と大きく見えた。
「あそこまで大きいと、逆に感心します。……というかどんな手触りなんですかね? 私も揉んで見たいです」
ニアは手をワキワキとさせる。
ニアはあまり胸が大きい方とは言えないこともあり、他人の胸にはいろんな意味で興味があるのだ。
カロリナとルナリエはそんなニアから、一歩距離を取る。
エルキュールに揉まれるためにやってきたら、なぜかエルキュールの側にニアがいて、そのニアに散々に体を弄られる……
という経験を幾度かしているからである。
「ところでルナリエ、あなた……ピンチかもしれませんよ?」
「……何が?」
「だってシェヘラザードはあなたの上位互換じゃないですか」
カロリナはニヤニヤと言った。
ルナリエはムッとした表情を浮かべる。
お前はあの女の下位互換だ、と言われて不快に思わない女性はあまりいないだろう。
「そんなことは……」
「そんなことはないですって。ルナリエ妃殿下と陛下のような営みに、シェヘラザード殿下が耐えられるとは思えませんから。ね?」
ニアの言葉にルナリエは複雑そうな表情を浮かべた。
一応庇って貰えたことは嬉しく思う一方で、「お前みたいなドMキャラはそうそういないから大丈夫だよ」と言われるのはそれはそれで納得しない気持ちがあるようだ。
「そんなことよりも……確か、シェヘラザード殿下は白いウェディングドレスを着る予定なんですよね? あのおっぱいで大丈夫でしょうか?」
「どういう意味ですか? ニア」
「いえ……あの胸だと、ちょっと大きすぎるんじゃないかと思いまして」
カロリナもニアも、あまり胸が大きいとは決して言えない体型だ。
そんな二人が着たドレスは、胸がそこまで大きくない方が綺麗に見えるドレスである。
ティトゥス曰く、「胸が小さいのは問題無い。盛ればどうとでもなる。だが胸が大きいのは問題だ」とのことであり……
胸が大きいシェヘラザードは大変なのではないか、というのはニアの懸念である。
「確かに。あの胸だと大変そうですよね」
「はい」
うんうんと頷くカロリナとニア。
胸ってのはデカければ良いってもんじゃねぇ、という主張が透けて見える。
そんな二人を憐れむような目でルナリエは見た。
「ティトゥス様なら、巨乳に似合うドレスくらいはデザインできると思うけど? 少なくとも貧乳が気にすることではない」
「私は巨乳です」
「私は貧乳ではないです」
心外だ!
とでもいうようにカロリナとニアは主張した。
「シェヘラザードと比べると見劣りしますが、私はそれなりにあります。
暗にニアは貧乳だけどね、というカロリナ。
思わぬ裏切りにニアは目を見開いたが、すぐに口を尖らせる。
「五十歩百歩じゃないですか、並べてみても大差ないはずです」
「私の胸は陛下の掌に綺麗に収まるサイズです。あなたのは陛下の掌より、少し小さいでしょ? 掌と比べて大きいか、小さいかは大事な基準点です」
「いやいや、勝手に変な基準点を設けないでください。数値で考えてください……大差ないでしょ? というか、何ですか?
「他種族と
「されません。それはカロリナ妃殿下が、宮殿の巨乳召使ばっかり目にしてるからです。あれは恣意的に巨乳を選んでいるんです。一般女性の胸を考えてください。私の胸は標準……よりは少し小さいかもしれませんが、貧乳ではありません。あと
「何で自分のことを棚に上げて、ルナリエやシェヘラザードの胸と私を比べるんですか? どの胸がそんなことを言ってますか?」
「それは『どの口が言う』じゃないですか? 言葉の誤用です。皇后がレムリア語を間違えないでください。レムリア帝国の品位に関わります」
「皮肉です、分かりませんか? 貧乳。あなたはもう少しレムリア語を勉強し直した方が良いですね。気付いてますか? 今でもたまに訛ってますよ?」
「私も皮肉で言ってるんです。レムリア語が母語なのに、そんなことも分からないんですか? というか訛ってるって言ったって、そんなのほんの少しです。窓の埃を指摘するような、姑みたいなことを言わないでください」
「あなた、最近生意気になりましたね? 昔はもう少し謙虚で可愛らしかったのに。陛下と結婚して、調子に乗りましたか?」
「それはこちらのセリフです、昔の、優しかった頃のカロリナ妃殿下はどこへ行ってしまわれたんですか? やっぱり、あれですか? 私に追いつかれて焦ってるんですか? そうですよね、身長も胸も、軍事的才能も、カロリナ妃殿下が唯一の存在ではありませんものね。焦る気持ちは分かります」
「あなたがそう思うなら、そうなんでしょうね、あなたの中では。まあでも……私の方がいろいろと大きいですけどね」
「はぁ? 私がカロリナ妃殿下の下位互換だって、言ってるんですか?」
「私はそこまで言ってないですよ? ただまあ……身長も胸も私の方が上ですし? 軍事的にも私の方が任されている兵数も多いですし……何より、私は妻として、子供も産みましたからね。まあ、どこぞの小娘よりは陛下の女として上なのは……」
「大差ないじゃないですか。私とカロリナ妃殿下の身長も、胸もほんのちょーっとの差です」
「ちょっとじゃないです、大きな差です。水溜まりと湖くらい違います」
「じゃあルナリエ妃殿下やシェヘラザード殿下との差は、小川とニール河(ミスル属州に流れる大河)並ですね!」
口論をヒートアップさせていくカロリナとニア。
そんな二人を、ルナリエは憐れむような目で見た。
「貧乳共が醜い言い争いをしている」
「「貧乳じゃない!!」」
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