第8話 世界外交 破

 「……受けたのかね」

 「ふふ……まあ、かなり魅力的な提案だったのでね。迷ったが、結論から言うと断った」


 ササン八世は肩を竦めた。


 「貴国がどれくらいシルナ国について知っているかは知らないがね、あの国は大変高慢な国なのだよ。自国を世界の中心だと思っている。それ以外は全て野蛮人、蛮族だとね。外交交渉をしようにも必ず、臣下の礼を取れなどと不遜なことを言ってくる」


 ササン八世は目を細めた。


 「確かに彼の国は大国だ。それは認めよう。世界で最も強大な国力を持っているかもしれない……だがさすがに世界の中心というほどでも無かろう。正直、私はあの国が好きではなかった。そもそも信用できるか怪しい」


 「だがあなた方の宿敵、黒突を挟撃するチャンスだったのだろう?」


 エルキュールが尋ねると、ササン八世はやれやれと首を振った。


 「レムリア皇帝、あなたも人が悪い。もし我が国が黒突を攻撃したら、今度は貴国が我が国を攻撃するだろう?」

 「さあ? それはどうか分からないぞ」


 もっともエルキュールは間違いなく動いただろう。

 如何に軍事大国の黒突といえども、絹の国とファールス王国に挟撃されれば一溜りもない。

 

 黒突が弱ればファールス王国の矛先はレムリア帝国に向く。

 エルキュールは軍を動かさざるを得ないのだ。


 「貴国がブルガロン王国と戦争中だったら、話は別だったのだがね。丁度、終わりが見えていた頃だった。まあ、何ともタイミングの悪い話だ。如何に私でもこの身は一つしかない。あなたと、黒突皇帝、両者を相手にすることは不可能だ」


 実に残念だと、ササン八世は溜息を吐いた。

 実際、ササン八世はかなり迷ったのだろう。


 確かにその感情ははっきりとエルキュールに伝わっていた。


 「それに私はシンディラが欲しかった。ハッキリ言って、黒突の支配する土地はあまり豊かとはいえない。まあ交易ルートではあるが、防衛の負担を考えるとね。その点、シンディラは素晴らしい。シルナ国と同盟を結び、黒突・レムリア両国と構えればシンディラは手に入らない。以上の理由から私はシルナ国との同盟を蹴ったわけだ」



 さらさらと自分の考えを話すササン八世。

 まるで口が軽いように見えるが……ササン八世がシンディラを欲しているのは、もはや公然の事実である。

 隠したところで仕方がない。


 「それで……貴国が絹の国との同盟を蹴ったことが、黒突と貴国が婚姻関係を結んだこととどう関係するのかね?」


 すでに答えは出かかっているが……

 エルキュールは敢えて尋ねた。


 ササン八世は笑みを浮かべる。


 「ほぼ、あなたの予想通りだろう。私はシルナ国と黒突を挟撃しないことを条件に、黒突の姫と平和条約を求めた。斯くして我が国と黒突との関係は良好になったのだよ。もっともつい最近のことだ。あなたが知らないのは無理もない。距離があるのでね。おそらく近いうちに知らせが来るのではないかね?」


 「なるほど……」


 エルキュールは内心で溜息を吐いた。

 やはりどうしても距離は厄介だ。


 リナーシャが如何に黒突の宮殿に深く入り込もうとも、その情報が来るまでに相応の時間が掛かってしまう。

 もっともこればかりはどうしようもないのだが。


 「まあ、つまり……黒突が先に貴国と婚姻関係を結んだ以上、我が国が貴国と婚姻関係を結んでも黒突は何も言えない。そう言いたいのだな?」

 「そういうことだ、レムリア皇帝」


 エルキュールは思案を巡らせた。

 ササン八世の目的は単純明快、西の国境安定化だ。


 西と北が固まれば、その全兵力をシンディラに向けることができる。

 今まで以上にファールス王国のシンディラ征服が進展することになるだろう。


 これは必ずしもレムリア帝国にとって喜ばしいとはいえない。

 仮想敵国の国力増大は危惧すべき事案。


 だが……


 (我が国にとってもそれは同じこと)


 レムリア帝国の東側の国境が完全に固まる。

 エルキュールは全兵力と意識を西に集中させることができる。


 「貴国にも相応のメリットがあるだろう? ……今、西側と外交問題を抱えていると聞いているぞ」

 「お詳しいな」

 「我が国の間諜は有能なのでね」


 もっとも間諜以前の問題である。

 商人から聞き込みをすれば、レムリア帝国が西方諸国と揉めていることはすぐに分かる。


 (さて……どうするかな)


 どちらにせよエルキュールはファールスと構えるつもりは無い。

 シェヘラザードとの結婚があろうと、無かろうとも。

 だが黒突との友好関係にはヒビを入れたくない。

 

 エルキュールが悩んでいると……

 ササン八世が口を開いた。


 「まあいろいろと御託は述べた。国益だとか、友好関係だとか……ふむ、我々は君主であり、一国の代表。無論、そういうことに気を配るのは当然だろう」


 「その通りだ。……それがどうかしたかね?」

 

 「だがそれ以前に我々は男だろう」


 それはとても力強い言葉だった。

 エルキュールすらも思わず引き寄せられてしまうほどに。


 「レムリア皇帝……あなたは欲しくないのかね。シェヘラザードを……あの胸と尻を!!」

 「「「!!!!!」」」


 空気が凍り付いた。

 珍しく、エルキュールとレムリア帝国の外交官、そしてファールス王国の外交官たち、トドリス、ベフナム、その他群臣たちの意見が重なった。


 こいつは急に何を言いだしているんだ、と。


 「私はね、一目ヘレーナを見た時に思った。これを逃したら男として終わりだと……レムリア皇帝、あなたは思わなかったのか? シェヘラザードを見た時に。シェヘラザードを保護した時に思わなかったのかね?」


 エルキュールは息を飲んだ。


 実はエルキュールは巨乳好きである。 

 胸は大きければ大きいほど、とは言わないまでもやはり大きい方が魅力的だと思っている。


 長耳族エルフであの胸は凄い。

 

 ササン八世がシェヘラザードの母ヘレーナ妃を拉致監禁したのも分かる。

 エルキュールだってシェヘラザードを拉致監禁したいくらいだ。


 というか、しかけたわけだが……


 「シェヘラザードは素晴らしい……ヘレーナ以上の逸材だ。はっきり言って、何故私の娘として生まれてきたのか、嬉しく思う一方で悲しい。あれを手にできないことがな」


 父親としてそれとなく最低のことを言いだすササン八世。

 そしてササン八世はエルキュールに言った。


 「あなたは私と同様に、好きだろう? 胸と尻が」

 「……何を根拠にそう言っているのかね」


 エルキュールはササン八世のペースに飲まれないよう、できるだけ冷静に尋ねる。


 「例えばあなたの正妻であるカロリナ殿だ。純血長耳族ハイ・エルフにしては中々良い胸をお持ちだ」

 「……人の正妻をそのような目で見ないで頂きたいがね」


 珍しくエルキュールが至極全うなことを言った。

 しかしササン八世は止まらない。


 「あなたの側室、あのルナリエ姫だ。あれは良い。素晴らしい胸と尻の持ち主だ。……実はあれは私が狙っていたのだがね」

 「やらんぞ」

 「ふふ、私だって分別は心得ているさ」


 どこかでルーカノスとヘレーナがくしゃみをした。

 

 「最近あなたが手に入れた雌馬、あれも良い体をしていると聞く」

 「彼女にはアリシア・クロムという名前があるのでね。人の婚約者をそのように呼ばないで頂きたい」


 いや、あなた彼女のことを「雌犬」呼ばわりしていたでしょう。

 と、トドリスは思ったが咄嗟に口を押えた。


 「あと最近あなたが孕ませた人族ヒューマンの女性、シファニー殿だったかな? 彼女も中々だと聞く。きっとその娘も良く育つだろう」

 「絶対に貴様のところには嫁がせないぞ」

 「ふふ、分かっている、分かっている。私にもそういう時期はあった」


 エルキュールは絶対にササン八世と自分の娘を合わせないようにしようと、心に固く決めた。


 「あとは女狐、ヒュパティアとかいう娘もいると聞いている。彼女も大きいのだろう?」

 「……まあな」


 若干飲まれかけてきたエルキュールは曖昧に答えた。

 実際、ヒュパティアは体の起伏が大きい女性だ。


 「それとあなたの国の神官長殿も、中々良い体をしていると聞いている」

 「……セシリアのことか」


 確かにセシリアは掌にギリギリ収まりそうで収まらないくらいの、良い感じの胸を持っている。

 お尻の感触も素晴らしい。


 「まあ、一部例外はいるようだが……」 

  

 ギリ。

 エルキュールの耳は確かに、歯と歯が強く噛み合わさる音を聞いた。

 今回、随伴していた例外ちゃんが立てた音だ。


 エルキュールはニアには外交の場は少し早かったなと、後悔した。


 「あなたの好みは分かっている。……大きな胸と尻が好きなんだろう?」

 「否定はしない。……が、随分と詳しいな」

 「我が国の間諜は有能なのでな」


 お前は間諜に何を調べさせているんだ。

 エルキュールは内心でササン八世に突っ込んだ。


 「認めよう。確かに私は胸と尻が好きだ。シェヘラザードのあれは、素晴らしい。まるでメロンが二つくっついているようだった」


 食べたらさぞや美味しいだろう、とエルキュールは思った。


 「ふふふ……だろう? 我が娘ながら、あれは本当に素晴らしい。素晴らしいからこそ、下手な男には渡したくはない。はっきりいって、我が国にはあの娘に釣り合う男はいない」


 ササン八世は断言した。

 無論、自分は除いての話である。

 

 「私が認めるのはあなただけだ」

 「随分と高評価だが……あなたの宿敵である、伊汗可汗はどうなのかね?」

 「ふむ、確かに彼は勇者だ。それは私の認めるところだ」


 だが……


 ササン八世は残念そうに言った。


 「あれは所詮、リナーシャむにゅうで満足するような男だ。その程度の器ということだ」

 「確かに、そうだな」


 エルキュールは己の姉を思い浮かべた。

 なるほど、確かにリナーシャは間違いなく当時レムリア帝国一の美女だった。


 おそらく世界規模で見ても、リナーシャに匹敵する美女はセシリアか、もしくは女装した自分くらいなものだとエルキュールは確信を持って言える。


 だがペチャパイだった。

 

 平だった。

 大平原が広がっていた。


 (ああ、だから伊汗可汗と相性がいいのか)


 遊牧民と大平原。

 なるほど、伊汗可汗はきっと今日も大平原を走り回っているのだろうとエルキュールは大変失礼なことを考えた。


 「そもそも……伊汗可汗は男色家だった。無乳の女なんてものは、男と大して変わらない」

  

 エルキュールは暴論を言い始めた。

 ササン八世はその暴論に同意するように大きく頷いた。


 「むしろ、男の方が一本余分にあってお得と言えるかもしれない。つまり無乳女なんぞ、美少年の下位互換に過ぎない」

 「まあそれに関してはノーコメントだな」


 メシア教は同性愛禁止だ。

 男の方が一本あってお得は、宗教的に失言になってしまう。


 後ろでニアはひたすら「落ち着け、私は無乳じゃない。貧乳でもない……大きくないだけ。そもそも私とカロリナ様の差なんて、僅差。私はちゃんとある。並より若干下だけど、ちゃんと揉める程度にあるから。落ち着くんだ、ニア・ルカリオス」と小声で呟いていた。


 「さて……改めて聞こうか。シェヘラザードは要らないか?」


 ササン八世が尋ねた。

 全ての者たちの視線がエルキュールに集まった。


 「ふふ」


 エルキュールは笑った。


 そして……言った。






 




























 「お義父さんと呼ばせてください!」

 「むすこよ!!!!」

 


 斯くして縁談が成立した。




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