第28話 南方外交 後

 「ほら、ダンボ。皇帝陛下と姫巫女メディウム猊下に御挨拶しなさい」


 黒人の調教師が指示を出すと、ダンボと呼ばれた象はご丁寧にエルキュールとセシリアに挨拶をしてみせた。


 「へぇー、良く躾けられたものだな」

 「これはご丁寧に」


 感心の声を上げるエルキュールと、反射的に会釈をしてしまうセシリア。

 そんな二人の様子を見て、ヌバ王国からやって来た外交官は調教師に目配せをする。


 調教師は皇帝と姫巫女メディウムに好評であることを知り、予め計画された通りに芸をダンボ君に披露させる。


 その後も数々と芸を披露するダンボ君。


 クライマックスには五頭の象が現れ、次々と芸をして見せた。


 芸が終わると、ヌバ王国の外交官はエルキュールに感想を尋ねる。


 「どうでしたか、皇帝陛下? 姫巫女メディウム猊下」

 「素晴らしかったよ、象を見たのは初めてだったしな」

 「あんなに大きな生き物が人間に従うなんて! とても賢い動物なのですね!」


 機嫌が良さそうなエルキュールと無邪気に喜ぶセシリアを見て、外交官はほくそ笑んだ。

 一度ヌバ王国はレムリア帝国に対して一方的な国交断絶を行っている。

 エルキュールが大変残虐な君主であることはヌバ王国にも伝わっており、ヌバ王国にとって二人へのご機嫌取りはもはや国策である。


 「もし陛下が宜しければこの六頭の象を献上いたします。芸以外にも工事など重量物を運搬するのにも役に立ちます」

 「戦争では?」

 「……この象たちは安全のために人を決して傷つけないように訓練されております。無論、戦象として調教されている象はヌバ王国にも多数います。陛下がお望みというのであれば、象使いと共に販売させて頂きます」

 「ふむ……」


 エルキュールは少し考えた後、象六頭を受け取ることを決める。

 ちなみに六頭の名前はダンボ、ジャンボ、メイトリアーク、キャティ、ギグルズ、プリシーだったりする。

 

 (まあ工事に使いつつ、偶に芸でもやらせれば市民も喜ぶだろう。カロリナやルナにも見せてやりたいし)


 問題は食費だが、少なくとも軍隊や官僚ほど飯を食うということはない。

 最大の出費は人件費であり、象の六頭くらいは微々たるものだ。


 (でもまあ、戦象は悩みどころだなぁ……興味はあるんだが)


 戦象は不安定な兵器だ。

 下手をすれば暴走し、自軍が崩壊する要因にもなる。


 (だが戦象を百頭以上有しているというのであれば、ヌバ王国の軍事力も侮れない……と思わせるのが目的かな?)


 エルキュールは小賢しい知恵が回る外交官を見る。

 外交官は象が二人に好評だと分かると、その後もライオンやキリンなどを連れてきては二人に見せる。


 キラキラとした目のセシリアを見ると、エルキュールもついつい「じゃあそれも貰う」と言ってしまう。


 「うわぁ、可愛い……こうしてみると猫と変わらないですね」


 ライオンとぺたぺたと触るセシリア。

 大きな鬣を持つ雄ライオンはやはりしっかりと躾けられているからか、セシリアを襲うことはない。


 もっとも護衛の兵たちは気が気でないようで、ハラハラとした顔をしている。


 「エルキュール様も触ってみては如何ですか?」

 「そうだな」


 エルキュールはライオンに手を伸ばす。

 すると今まで堂々としていたライオンは急に体を震わせ、縮こまってしまった。

 ガタガタと震えている。


 「あらら……」

 「俺のことは嫌いみたいだな」


 若干不機嫌そうな声をエルキュールは上げる。

 外交官は慌てて、別のライオンをエルキュールに宛がった。


 「こ、この子はどうでしょうか? ライオンの赤子です」

 「へぇー、猫みたいだな」


 エルキュールは赤子を受けとる。

 最初赤子は怖がり、逃げようとするが……


 エルキュールが強烈な殺気を浴びせると、すぐに大人しくなった。


 「こちらの赤子は良い子のようだな」


 エルキュールはライオンの赤子の喉を撫でる。

 やはり猫なのが、ゴロゴロと喉を鳴らした。


 「え、エルキュール様……」

 「ほら」


 触りたそうな顔をしていたセシリアにエルキュールはライオンを手渡す。

 するとライオンの赤子は心底安心したように、セシリアの胸に顔を掏りつけた。


 そして最後に外交官がエルキュールとセシリアに見せたのは……


 「まあ、凄い!」

 「へぇー、実在したんだな」


 真っ白い角を持ったユニコーンであった。

 普通の馬よりも一回り大きく、美しい白銀の毛並みを持っている。


 「ライオンをも突き殺し、象にすらも襲い掛かる。世界で最も美しく気高く、凶暴な動物。ユニコーンでございます」


 メシア教に於いて、ユニコーンは聖獣とされている。

 エルキュールやセシリアへの贈り物としてこれほど相応しい動物はいないだろう。


 が、エルキュールには一つだけ懸念があった。


 「ユニコーンは処女を好み、相手が処女ではないと突き殺すと聞くが大丈夫なのか? 生憎私は処女ではないぞ」


 冗談めかしてエルキュールは言った。

 エルキュールに処女膜がないのは当然で、問題なのはセシリアにも無いことである。


 もはや散々エルキュールのモノが出入りしたため、処女膜など破片一つ残っていない。


 セシリアが突き殺されたとなれば、割と洒落にならないスキャンダルである。


 「それは迷信でございます、皇帝陛下。男の私でも普通に触れますよ」


 外交官はそう言ってぺたぺたとユニコーンに触る。

 それを見て安心したエルキュールとセシリアはユニコーンに近づいた。


 恐る恐るといった風にセシリアはユニコーンに触れた。

 するとユニコーンはセシリアの手の平をぺろぺろと舐める。


 セシリアがさらに近づくと、ユニコーンは顔をセシリアに擦り付けた。

 

 (……妙に動物に好かれるみたいだな、セシリアは)


 逆に動物はエルキュールを見て怯える。

 

 何の差か?  

 人格の差である。


 「ユニコーンの背に乗ることは可能か?」

 「ユニコーンは気難しい動物ですので、相性があります。……見たところ姫巫女メディウム猊下とこのユニコーンは相性が良いようですし、乗れないことはないかと。ですが危険ですので、私は立場上お勧めすることはできません」


 まあ、できないこともないからやりたければやってね。

 でも俺らは関係ないよ。


 というようなニュアンスを乗せて外交官は言った。


 (セシリアをユニコーンに乗せてノヴァ・レムリアを歩かせてみるか)


 もうすでにレムリア帝国にはセシリア非処女説が流布している。

 まあセシリアはレムリア帝国では人気があり、そしてエルキュールもレムリア帝国民にとっては名君なので、その二人が男女の仲である、というのは割と好意的に捉えられてはいるが……


 それでも「それはどうなの?」と思う潔癖症もいる。


 大概そういう潔癖症はメシア教の敬虔な信者であり、ユニコーン処女厨を堅く信じている。

 彼らの目の前でセシリアをユニコーンに乗せれば、大きな宣伝になる。


 

 その後、ヌバ王国で産する金や象牙、珍しい動物の毛皮、さらに多数の黒人奴隷などが貢物としてエルキュールに贈られた。


 エルキュールはその返礼として絹やルビー、香辛料など東方との貿易で手に入れた贅沢品、レムリア帝国産の綿布や砂糖、ガラス、陶器などを贈った。


 これはただの貢物と返礼のやり取りではなく、双方が相手側に提示できる交易品のサンプルとしての意味合いがある。


 事実、ヌバ王国の外交官は少し前までは存在しなかった綿布や砂糖、陶器には驚いた様子であった。


 斯くしてレムリア帝国とヌバ王国は再び友好関係を結び直したのであった。






 さてそれから少し後のこと……

 エルキュールとセシリアはもう一つの相手と会談をしていた。


 「お初にお目にかかります、皇帝陛下、姫巫女メディウム猊下。私はバルバル族、シュイエン氏族の氏族長マシニッサと申します」


 鼻が高く、青い目をした、少し浅黒い肌の男がエルキュールとセシリアに挨拶をした。

 バルバル族のバルバル、とは「(バルバルバルバルと)よく分からない言葉を話す奴ら」という意味合いであり、彼らの自称は少々異なるが……

 

 マシニッサは混乱を避けるために、レムリア語で自らをバルバル族と名乗った。


 「今回お二人に謁見させて頂いたのは三つ、お願いごとがあるからです」

 

 マシニッサは指を三本、立てた。

 まずセシリアに向かって言う。


 「私はメシア教の信徒であり、そしてシュイエン氏族にも多くのメシア教徒がおります。しかし正式な司祭、司教は一人もいない。そのため正しくない教えが流布しております。どうか司教を派遣して頂きたいのです」

 「分かりました、すぐに見繕いましょう」


 セシリアはあっさりと頷いた。

 セシリアからすると断る理由がない。


 「もう一つ、皇帝陛下に。どうか正式に交易の許可を頂きたいのです」

 「交易、ね。そちらは何を出せる?」

 「金や象牙です。大砂漠以南にはそれ以外にも多くの珍しい産物がございます」


 エルキュールは笑みを浮かべた。

 象牙はともかく、金はいくらあっても困らない。


 「無論、良いとも。毎年アレクティアまで来ると良い」

 「ありがとうございます……そして最後に一つ。ラクダの養育法を教えて頂けないでしょうか? そうすればさらに多くの産物をレムリアに齎すことができます」


 バルバル族の移動手段は主に馬とロバだが、砂漠を超えるにはそれでは限界がある。

 ラクダを移動に使えればこれほど心強いものはない。


 「良いだろう……と言いたいところだが、条件がある。……セシリア、少し外して貰えないかな?」

 「まあ、エルキュール様。私に隠れて内緒事ですか? 後で教えてくださいね」


 セシリアはあっさりと席を立った。

 その後エルキュールとマシニッサは何らかの外交交渉を行い、最終的にレムリア帝国とバルバル族との間でとある密約が交わされることになった。

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