第25話 分割統治

 エルキュールはセシリアとの会談を終えた後、本格的な戦後処理に入った。


 すでに旧ブルガロン王国領内からは反レムリア的な勢力は一掃されており、少なくとも表面上はエルキュールに従属を誓った者たちだけが残されていた。


 さて問題は統治方針だが、エルキュールは二重統治体制を敷くことにした。


 というのも遊牧民と農耕民を一元的に管理しようとすると、不都合が生じるからだ。

  

 ブルガロン王国に住んでいたのは決して遊牧民だけではなく、むしろ農耕民の方が多い。

 そしてエルキュールは旧ブルガロン地方に屯田兵を入植させるつもりでいた。


 これらの農耕民に対しては今までレムリア帝国が行っていたのと同じやり方、つまり土地を基準とする支配を行い、本国から送られてきた官僚によって中央集権的に統治される。


 旧ブルガロン地方の殆どは元々レムリア帝国の属州であったため、地方区分はそれを踏襲し、それに当てはまらない一部の地域は属州の一部として吸収するか、また新たな区分が制定された。


 一方遊牧民に対してはエルキュールは人を基準とする支配を行うことを決めた。

 つまり従来のブルガロン王国と同じやり方である。

 実質的には今までブルガロン王がいた地位にエルキュールが就くだけで、氏族の中の自治を認め、そして有事の時には戦争に参加するという辺りはあまり変わらない。


 もっとも全てが同じというわけではない。


 「お前たちにはきちんと税を納めて貰う。それがレムリアの法だ」


 エルキュールはブルガロンの氏族長たち全員を玉座の間に集め、そう言った。

 彼らの表情はあまり明るいとはいえない。


 当たり前と言えば当たり前だが、今まで税金を彼らが納めることはなかった。

 ブルガロン王国はあくまで氏族の連合国家。

 氏族の内部のことは全て氏族が決めることであり、如何にコトルミア氏族が強大でも他部族から税金、貢納を徴収することはなかった。


 が、レムリア帝国は違う。

 中央集権国家であるレムリア帝国にとって税の徴収は当然のことだ。


 「し、しかし皇帝陛下。我々には税を払う余裕など……」

 「テリテル氏族長、私は一体いつ貴様の発言を許可したかね?」

 

 エルキュールは異議を唱えたテリテル氏族長を咎めた。

 同時に『畏怖』の魔法を使い、テリテル氏族長を威圧する。

 テリテル氏族長は顔を真っ青に染めた。


 ブルガロン王国ではあくまで王と氏族長は同盟者、友人であり主君と家臣ではない。

 そのため会議で好き勝手に発言することができたし、それが咎められることは無かった。


 そのためその癖でつい口を開いてしまったのだ。


 だが……


 「良いかね、分かっていない者がいるかもしれないので親切心で言っておく。私は貴様らの友人ではなく、主君であり主人である。レムリア帝国の皇帝は地上に於ける神の代理人であり、この世の全ての土地、メシア教世界の支配者。絶対的な存在だ。もう一度言うぞ? 私は貴様らにとって主人であり飼い主、そして貴様らは奴隷であり飼い犬。私と貴様らの関係はそれと同等以上に大きな差があることを肝に命じろ」


 敢えてブルガロン人が嫌う『犬』という表現を使い、エルキュールは彼らに自分たちの立場を分からせる。

 さらに言葉を続ける。


 「私が貴様らを集めたのは決して貴様らの意見を聞くためではなく、そして賛同を得るためでもない。決定事項を伝えるためである。本来ならば属州総督以下の立ち位置の貴様らが私に謁見することは叶わず、ましてや私から直接その命令を受けることもない。こうして目の前にいる私に跪けるだけ光栄に思え。お前たちは私から下った命令を聞き、それを実行すればいい。したく無ければ弓を持つのだな」


 エルキュールの言葉を聞き、改めてブルガロン人たちはエルキュール、レムリア皇帝という存在が自分たちの認識とは別次元の存在であることを思い知った。


 圧政を受けることは確定だろう。

 氏族長たちは今後のことを考えると、目の前が暗くなる思いであった。


 そんな氏族長たちにエルキュールは言う。


 「但し、お前たちに貨幣を用意できるとは思っていない。そのため貨幣経済が浸透するまでは物納を許可する。税率に関しては後に多少の申し立てを許可する。また五年間は無税とし、さらに五年間は納税は各氏族の任意とする」


 エルキュールがそう言うと氏族長たちは驚きの表情を浮かべた。

 そして先程までの暗い表情が多少はマシになる。


 「お前たちには通常の税とは別に兵役を課す。具体的には官僚たちに説明して貰うが……各氏族で大隊を構築してもらい、それを連番で兵士として徴兵する。またその大隊を行政単位として税を課すため、そのつもりでいろ」


 エルキュールが命じたのはこういうことだ。


 例えば兵役に耐えうる人材が六〇〇〇人いる氏族A。

 四八〇〇人いる氏族B.

 一二〇〇人いる氏族C。


 がそれぞれ存在するとする。


 それぞれの氏族で大隊を構築するため、Aでは五つ、Bでは四つ、Cでは一つとなる。

 

 これを順番で、できるだけ各氏族の負担が公平公正になるように回す。

 というものだ。


 尚、これはあくまで兵役に耐えうる人材の数である。

 つまり子供女性老人などの兵士の家族を含めると一つの『大隊』の人数は跳ね上がる。


 「また大隊を維持できない氏族、そもそも人数が足りない氏族には合併して貰う」


 エルキュールがそういうと弱小の氏族長たちは顔をギョッとさせた。

 つまりそれは彼らの地位が追い落とされる可能性があることを示していた。


 が、弱小であるが故にエルキュールに逆らうことはできない。


 「また各氏族は一定数、ブルガロン人の子供をノヴァ・レムリアに留学させるように」

 

 これはブルガロン人にメシア教とレムリア人の文化を浸透させる布石である。

 ブルガロン人の子供を官僚、監視員に仕立て上げてブルガロン人の動向を監視するという意味合いもあった。


 その他にもエルキュールは細々とした支配方針を氏族長たちに伝えた。


 その細かい規定には氏族長たちもうんざりとしてしまったが、中には氏族長たちにも喜ばしいものがあった。

 それは商売の自由化である。


 今までブルガロン王国とレムリア帝国は別の国同士であったため、その交易には一定の制限が設けられていた。

 しかし今は同じ国の臣民なので、エルキュールはその制限を全て取っ払うことを決めた。


 これにより双方の商人の移動は活発になる。

 交易活動が欠かせないブルガロン人たちにとって、これはとてもありがたいことであった。

 

 ……無論、エルキュールは親切心で交易を自由化したわけではない。

 ブルガロン人たちの経済をレムリア帝国経済に完全に組み込んでしまい、離反したくてもできないようにすることがその目的だ。


 ブルガロン王国が亡んだのはエルキュールの経済封鎖であり、つまり経済的にレムリア帝国に依存していたからだが……

 そのことに気が付いている氏族長たちは皆無であり、ますます依存度が上がることを素直に喜んでいた。


 そして最後の問題は……


 

 「さて、諸君らが気になっているであろうコトルミア派の氏族の処遇について、移ろうか」


 エルキュールはニヤリと笑みを浮かべて言った。

 緊張が走る。


 それもそのはず。

 この場に呼ばれたのはレムリア派と中立派のブルガロン人だけであり、コトルミア派は呼ばれていなかったからだ。


 「まず最後まで抵抗した連中は皆殺し、または捕まえた上で奴隷として売却した」


 最後まで抵抗した連中。

 というのはコトルミア氏族宗家長男テレリグとその一派である。


 彼らを旧ブルガロン王国領内に残すわけにはいかなかったため、エルキュールはこれを全て処理してしまった。


 「次に哀れにも歯向かい、敗北した……次男に与した一派。彼らは貴様らにやろう」


 エルキュールの言葉に氏族長たちは困惑の表情を浮かべた。

 次男に与した一派、というのはブルガロン王とコトルミア氏族の氏族長の地位を欲しさにレムリア軍を招き入れた三男と対立し、敗北した一派である。


 そのことは分かるが……

 「やろう」という意味が氏族長には分からなかった。


 「アリシア」 


 そこで初めて、エルキュールはアリシアの名前を呼んだ。

 これには多くのブルガロン人の氏族長たちは内心で首を傾げた。


 この場にはアリシア・クロムはいなかったからである。


 「は、はい!」


 しかし確かに返事の声がした。

 この玉座の間に、アリシアがいるのだ。


 氏族長たちは視線を動かし、その声がした方を見た。

 アリシアの声がしたのは、正面……つまりエルキュールのほど近くであった。

 しかしそこにアリシアの姿はない。


 「そうだ、アリシア」

 「な、何でしょうか、へ、陛下」

 「すまん、気が変わった」


 パチン。

 と、エルキュールは指を鳴らしアスモデウスとシトリーを使って維持していた幻術を解除した。


 「「「!!!」」」


 氏族長たちは信じられないものを見た。

 先程まで玉座に座っていたレムリア皇帝が……今は黒髪の少女の上に座っていたからだ。


 少女は乗馬ズボンを履かず、やたらと丈の短いブルガロンドレスを着ており、首には赤い首輪が付けられていた。

 その首輪の鎖はエルキュールの手まで伸びている。


 「き、気が変わったとは……」

 「幻術を解除した」

 「……っ!!!」


 その意味を理解したアリシアの体が動揺で揺れる。

 顔が屈辱と恥辱で真っ赤に染まった。


 バチン!

 

 エルキュールは強くアリシアの臀部を引っ叩いた。

 アリシアが小さな悲鳴を上げる。


 エルキュールは強引に鎖を引き、アリシアの顔を引き上げさせた。

 痛みと息苦しさに襲われたアリシアは、顔を歪ませた。


 「揺れるな。酔うだろ?」  

 「も、申し訳、ご、ございま、せん……」

 「会議が終わるまで大人しくしていろよ」

 「は、はい……ん、うっ……ぅぁ」


 強調された臀部を撫でられ、アリシアは嬌声を上げる。

 そのままエルキュールは淡々と、続きを言う。


 「クロム氏族にはできるだけ、多く配分してやろう。好きに使うと良い」

 「つ、使う、ですか?」

 「奴隷だよ、奴隷」


 エルキュールの言葉にようやくアリシアを含め、氏族長たちはエルキュールの意図を理解した。

 つまり次男に与した一派は全員奴隷にされ分配されるのだ。


 「早くから私に味方をしてくれた氏族には多くの奴隷を分配してやる。これは私からの礼だ。特にクロム氏族、というよりはアリシアの活躍は大きかった」

 「あ、ありがとうございます。陛下」


 アリシアはエルキュールに礼を言うしかなかった。

 もっとも労働力として奴隷はアリシアたちも欲するところである。

 滅ぼした遊牧民の部族の人間、誘拐した農耕民の人間を奴隷として使役することはブルガロン人たちにとっては特に違和感のないことである。


 確かにコトルミア氏族とその同盟氏族、つまり昔の仲間であることを考えると多少思うところはあるが……

 それでも負けた方が悪い、弱い者が虐げられるのは当然だというのがブルガロン人の文化である。

 故に大きな忌諱感を抱くことなく、あっさりと受け入れられた。


 まあそもそも拒否権などないのだが。


 「最後にベレジュエン峠の戦い以降に我が国に寝返ったコトルミア派の氏族、及び降伏したコトルミア氏族。彼らは小さく再編成し直される。奴隷として使役することはない」


 とはいうものの、この場に呼ばれていない以上何かがあるのだ。

 そう考えた氏族長たちはエルキュールの次の言葉を待つ。


 「彼らには兵役は課さない。その代わり貴様らに課した税よりも、より重い税金と労役の義務を負って貰う。特に旧ブルガロン地方のインフラ整備は急務だからな」


 エルキュールは彼らに対しては「反乱を起こす力すらも無くなる」ほどの圧政を敷くつもりでいた。

 氏族長たちは思わず同情の念を抱く。

 が、エルキュールの次の言葉で決してそれが他人事ではないことに気付かされる。


 「尚、貴様らも私とレムリア帝国への態度次第では奴隷に落とされることも、そして重税と労役の義務を負わされることも十分にあるため、注意したまえ。それともし彼らが反乱を起こした場合、それを未然に察知して我々に伝えなかったとして、貴様らには連帯責任としてそれなりの増税を行う。しっかりと監視の目を光らせろ」


 Divide et impera.分割統治


 エルキュールの目的はブルガロン人の分断であった。


 もっとも優遇されるのはクロム氏族を中心とするレムリア派。

 冷遇されることはないが特に優遇されることもないのはテリテル氏族を中心とする中立派。

 そして次に冷遇、弾圧されるのはコトルミア派の早期に降伏した者で、最後に奴隷にまで落とされるのは降伏するのが遅かった者たち。


 さらに各階層にも直接的ではないが、遠回しな差別を行うつもりでいた。

 

 そうすることで上の階層を妬み、下の階層を侮蔑し、同時に今の地位を維持、さらに向上させるためにレムリア帝国とレムリア皇帝に対してより従順になるだろう。


 というのがエルキュールの目論見だ。



 斯くしてブルガロン王国はエルキュールの手によって完全に分断されて横の連携を喪失し、経済的な依存度を高めることで離反することもできず、徐々にメシア教とレムリア化が広まり……


 

 エルキュールが死ぬ時にはすっかりとレムリア帝国の臣民となるのだが、さすがにそれはまだまだ先の話であった。


 もっとも必ず訪れる未来でもあったが。

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