第24話 ブルガロン人殺し 後

 レムリア帝国から全ての捕虜の返還が告げられ、一週間が経ち……

 確かに全ての捕虜はブルガロン王国に帰国することができた。


 そして同時に全てのブルガロン人は震えあがることになった。


 それは……



 「い、いったい、な、何なんだこれは!!」


 ブルガロン王は顔を真っ青にして言った。

 ブルガロン王の眼下に広がるのは、レムリア帝国から帰国した捕虜たちであった。


 捕虜たちは百人が一つのグループとなっており、それが合計二百ほど。

 つまりその数は二万であった。


 その膨大な数の捕虜たちがレムリアの国境からブルガロンの国境まで歩かされて来たのだが……

 恐ろしいのは彼らの顔であった。


 捕虜たちの顔からは……




 眼球が失われていた。





 「っひぃ……」


 ブルガロン王は腰を抜かしてしまう。

 本来あるべき眼球が無い顔、というのは非常にグロテスクであり、それが二万人も列を成して歩いているのだ。

 とてもではないが、平常心ではいられない。


 「そ、そうだ……て、テレリグは? テレリグはどこだ!!」


 ブルガロン王は自分の愛息子であるテレリグを探す。

 幸いなことにテレリグは見つかった。


 が……


 「父上、ですか……」

 「ああ、テレリグ!!」


 ブルガロン王はテレリグに抱きついた。

 例外なく、テレリグも眼球を抉られていた。

 

 

 その後、捕虜たちの身元の確認が行われ……

 すべての捕虜がブルガロン王国に返還されたことがしっかりと確認された。


 だがこれはあまり良いニュースではなかった。

 何故なら全ての捕虜の眼球が抉られたことを意味するからだ。


 「国王陛下、確認が終わりました。どうやら百人に一人だけは片目を残されているようです」

 「そうか……」

 

 決して慈悲、というわけではない。

 ただ道案内をさせるだけであった。


 「そ、それと国王陛下……じ、実は見て頂きたいものがあるのですが……」

 「何だ?」

 「い、いえ……急を要することではありませんし、お心が落ち着いてからで構わないのですが……」

 「今、見せろ」


 ブルガロン王が部下にそう言うと……

 部下は恐怖に引き攣った顔を浮かべ、捕虜たちを数人連れてきた。


 片目だけを抉られた捕虜たちだ。


 捕虜たちはブルガロン王に背を向けると、ボロボロの服を脱いだ。

 その背中にはレムリア語の焼印が施されていた。


 『我が国と神の敵、そして未だに立場を明らかにしない蝙蝠共に告ぐ。次はお前たちだ』


 そのような意味の文が書かれていた。


 「確認しましたところ、片目の捕虜には全てこの文字が施されておりました。果たして彼らを家族の下に帰して良いかどうか……陛下? 国王陛下? 陛下!!」


 ブルガロン王はあまりのショックに、白目を剥いて倒れた。

  






 エルキュールの“捕虜の返還”はブルガロン王国全土を駆け巡った。

 また二万人を超える盲目者を養う負担はコトルミア氏族とその同盟部族に重く圧し掛かった。


 ブルガロン王国崩壊の序章は今まで中立を守っていたテリテル氏族を中心とする中立派が、一斉にレムリア帝国との臣従を決めて、コトルミア氏族とその同盟部族への攻撃を始めたことである。


 コトルミア氏族の軍事力は未だに健在ではあったが、しかし士気の低下、そして総司令官の不在により足並みを揃えてこれに対処することができず、次々と敗北を重ねた。


 その敗北そのものは小規模なものであり、コトルミア氏族の力を低下させるほどではなかったが……

 心理的な影響は大きく、不安を覚えたコトルミア氏族派の部族は次々と離反し、レムリアの下に擦り寄った。

 櫛の歯が抜けるようにコトルミア氏族派は崩壊を始めた。


 そして止めを刺すようにレムリア帝国軍とクロム氏族の連合軍がブルガロン王国に再び侵攻した。

 満を持して兵站を整備した今回の遠征ではレムリア軍は止まることなく真っ直ぐ首都に迫った。


 レムリアとテリテル氏族に挟まれ、数々の同盟部族に裏切られ……

 その心労からついにブルガロン王は崩御した。


 盲目のテレリグは王位を継ぐことはできず、ブルガロン王家の次男と三男が王位を争うことになった。

 三男は次男を倒すためにレムリア軍の協力を仰ぎ、次男を打倒してコトルミア氏族の氏族長の地位についた。

 が、しかしすぐにエルキュールの不興を買い投獄され、数日後に処刑された。


 そして長男のテレリグは密かに腹心の部下と共に逃げ出した。


 王族、氏族宗家が壊滅したことでコトルミア氏族は事実上壊滅。

 ブルガロン王国は実質的に崩壊し、コトルミア氏族はレムリア帝国の支配下に置かれた。


 ブルガロン王国とレムリア帝国との戦争が始まって、四年後のことであった。


 その後テレリグを中心とする僅かな残党がブルガロン王国内でゲリラ的な活動をしていたが、すでにテレリグやコトルミア氏族にブルガロン人の人望を集める力はなかった。


 テレリグのことを良く知るアリシアや、さらにテレリグが頼れるであろう伝手を知っている元コトルミア氏族のブルガロン人たち、遊撃戦に長けたニアとジェベの活躍、そしてエルキュールの執拗な追跡により……


 ついにテレリグはジェベの手によって捕縛され、ノヴァ・レムリアに連行された後に処刑された。


 それはブルガロン王国が実質的に崩壊してから一年後のことであり、テレリグが処刑されたことで名実ともにブルガロン王国は滅亡した。


 

 斯くして約五年間に渡るレムリア・ブルガロン戦争は幕を閉じたのであった。








 「さて、これでブルガロン王国三百五十万人が新たに我が国の支配下に入ったわけか」

 

 エルキュールはブルガロン王国で行われた人口調査の結果を見ながら呟いた。

 各氏族ごと、正確な人口が割り出されている。


 エルキュールは支配下に入った各氏族たちの長に自分たちの氏族の人口を報告するように命じた。

 今のところ各氏族たちはエルキュールのことを心底恐れているため、その数値はかなり正確性の高いものであると考えても良い。


 もっとも人の記憶は薄れるもの。

 いつかは「多少人口を過小報告してもバレやしないだろう、しめしめ」などと考える氏族も出てくるだろう。


 だがその対策は後でも良い。

 今は三百五十万という人口を把握することができた、ということが大きい。


 「随分とまあ、たくさんですね。まさか一国を丸ごと飲み干すとは思いませんでしたよ、エルキュール様」


 エルキュールを褒め称えたのは二十二歳となったセシリアだ。

 もう少女を卒業し、立派な女性となっている。


 が、しかしその見た目は十八歳からさほど変化していないように見える。


 セシリアの肉体的な最盛期は十八であり、姫巫女メディウムの継承魔法により加齢が緩やかになったのだ。


 このまま百年ほど、セシリアはこの見た目を維持するだろう。


 ちなみに胸は大きくなったが、背はさほど大きくなっていない。

 地味にそのことを気にしており、毎朝身長を測ってはいるが今更伸びることは無かった。


 運動不足は相変わらずである。


 「『ブルガロン人殺し』と、呼ばれているようですね」 

 「まあな」

 「あまり良い称号とは言えないと思うのですが……」


 誇らしそうな表情を浮かべたエルキュールに、思わずセシリアは苦笑いを浮かべた。

 もっともこういうところは相変わらずなので、セシリアも気にしない。


 「それでエルキュール様、お話しとは?」

 「ブルガロンはいくつかの属州に分けて統治するつもりだが、大司教座と司教座を設置したい。そのことで協力をな」

 「ということは、ブルガロン人に布教を!」


 セシリアは嬉しそうな表情を浮かべた。

 メシア教がブルガロン人に広がるのは無論のこと、正統派メシア教姫巫女メディウム派の攻勢にも繋がる。

 

 「ああ、先んじてブルガロン人の氏族長たちの集団改宗を行うつもりだ」

 「上と下から少しずつ、ということですね!」

 「そういうことだな」


 エルキュールによる上からの改宗の強制と、セシリアが差し向けた伝道師による下からの改宗の促し。

 それによりブルガロン人をメシア教徒に変えてしまおうという試みだ。


 「宗教以外にも少しずつ同化政策を行う予定だ。まあ最初は伝統的な生活を守って貰うが」


 いきなり生活習慣を変えろと言っても素直に変えたりはしない。

 故に少しずつ同化政策を続けていくつもりだ。


 しばらくの間、武断政治と文治政治が併存することになる。


 「後は新しく都市をいくつか作り、道路を通したり、港を整備したり……まあいろいろと考えてはいる」

 「できるだけ穏健な統治をして上げて下さい。戦争が終わったからにはもう憎しみ合う必要はないでしょう?」


 セシリアがそう言うとエルキュールは肩を竦めた。


 「それはあちらの態度次第としか言えない。が、まあ圧政を敷くつもりは毛頭ない」


 再び反乱を起こされてしまえば手に負えない。

 エルキュールはそう考えていたため、善政を心掛けるつもりであった。


 「だが問題は連中の生活スタイルとメシア教が合わないことだ」

 「そうなのですか?」

 「連中は常に移動するが、教会は移動できない。まさか安息日だけはるばる都市の教会に出向くわけにはいくまい。布教は難しいかもな」


 それは今までブルガロン王国にメシア教が広がらなかった理由でもあった。

 メシア教はレムリア人の生活スタイルに合わせて発展した宗教なので、どうしてもブルガロン人には当てはまらない。


 エルキュールが困った……

 と言っていると、セシリアはキョトンとした顔で言った。


 「じゃあ教会も移動すれば良いではありませんか」 

 「……何を言っているんだ?」

 「えっと、確か……彼らの移動式の家はユルト、というんでしたっけ? 家が移動するなら教会が移動してはならない道理はありません。一つの部族に一つの教会を用意しましょう」


 エルキュールは一瞬セシリアが何を言っているのか分からなかったが……

 少し考えてみてようやくその真意に気が付いた。


 エルキュールにとっての教会とは建物であった。 

 だがセシリアにとっての教会はただの施設であり、それがユルトであっても何の問題もないのだ。


 「はは、こいつは参ったな……俺としたことが、そんな簡単なことに気が付かないとは」


 エルキュールは思わず笑った。

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