第23話 ブルガロン人殺し 前
ベレジュエン峠の戦いの後、エルキュールはベレジュエン峠の向こう側の都市をいくつか落とし、最低限の守備軍を置いた後、一時本国レムリアに全軍を引き上げさせた。
「良いんですか、陛下。あと少しで首都まで落とせそうですけど」
「兵站が持たない。さすがに一〇〇〇〇〇を一か所に維持させ続けるのは難しいし、そもそもブルガロン王国にはそれだけのリソースがない」
ニアの問いにエルキュールは少し悔しそうに答えた。
ルナリエが後方基地から輸送部隊を指揮し、食糧や矢を送り続けてくれているとはいえ、それですべての食糧を賄うのは不可能である。
どうしても現地調達が必要になる。
が、もともと食糧生産性が低い上に長年の経済封鎖で食糧難となっているブルガロン王国で、一〇〇〇〇〇以上の軍隊を動かし続けるのは難しい。
無理をすれば可能だが、ブルガロン王国の経済を破綻させる恐れがある。
これから併合する予定の土地なので、あまり傷を広げたくはないのだ。
「それに捕虜を一度、連れて帰らないとならないし、この勝利でテリテル氏族を含む中立派がどう動くかによって戦略も変わる。一度練り直さなければならないんだよ」
「なるほど」
ニアは納得したように頷いた。
今回、レムリア帝国が手に入れた捕虜の数は二〇〇〇〇。
この数の捕虜を引き連れて戦争をするわけにもいかないのだ。
(それにいい加減、アリシアも抱きたいしな)
エルキュールは嗜虐的な笑みを浮かべる。
アリシアをどう啼かせるか、エルキュールは考えを巡らしていた。
(丁度良く、アリシアの婚約者……テレリグとかいう男も手に入ったしな。そういえば、あいつを捕まえたのはニアだったか)
エルキュールはニアを見下ろした。
するとニアはキラキラとした目でエルキュールを見上げる。
口には出していないが……「早く褒めて、早く褒めて!」と目が語っていた。
エルキュールはニアの頭を撫でる。
「お前、確かブルガロン王国の王子を捕まえたよな」
「はい!!」
待ってましたと言わんばかりにニアは大きな声で返事をした。
これにはエルキュールも思わず苦笑いを浮かべる。
「確か前、功績を上げたら抱いてやると約束した。今回のは十分な功績だ。抱いてやる……が、お前は養子とはいえルカリオス家の娘。ことはそう簡単ではない。一度、ルーカノスといろいろ擦り合わせをする。その後で良いか?」
「はい、はい!!」
大喜びするニア。
エルキュールは頬を掻いた。
(ちょっと政治的に面倒なんだけどな)
ニアと結婚する場合はルカリオス家との縁組になるわけで、ルーカノスの力が増大し過ぎてしまう。
が、愛人・妾待遇でルーカノスやルカリオス家が納得するかどうかも怪しい。
その辺りが面倒で今まで避けてきたのだが、吐いた言葉は戻らない。
約束は果たさなければならないのだ。
とはいえ、このことは後回しでも良い。
今、やるべきことは今後の方針を決めることだ。
「さてさて、この勝利でどう動くか……楽しみだな」
エルキュールは笑みを浮かべた。
ノヴァ・レムリアに最初に到着した後、まず初めにエルキュールがやったことはアリシアの処女を奪う事であった。
当然、テレリグの目の前で。
元婚約者の目の前で抱かれているのにも拘らず、いやもしかするとその所為かもしれないが乱れに乱れるアリシアと、猿轡を噛まされた口から何かを叫び続け、最終的に死んだ目になったテレリグを見るのはエルキュールとしては実に楽しい。
「はぁ、はぁ、こ、皇帝陛下……く、クロム氏族は……」
「安心しろ、お前の献身は伝わっている。お前が俺の妻である限りは安泰だ」
「あ、ありがとうございます……」
行為を終えた後、アリシアは疲れ切った顔でエルキュールに頭を下げた。
エルキュールはそんなアリシアの頭を撫でながら問いかけた。
「安心しろ、アリシア。俺はそこに転がっている男と違い、しっかりとお前とお前の氏族を守ってやる」
「は、はい」
「だから俺にしっかりと奉仕するんだ。お前が俺に献身すれば、その分俺はしっかりとお前に応えてやる。どこぞの恩知らずの情けない男とは違って」
「へ、陛下……」
アリシアは少しだけ頬を赤らめた。
人間の心は何とか適応を図ろうとするもので、アリシアは既にエルキュールに心を傾け始めていた。
そうでなければ耐えられないだろう。
無論、テレリグやコトルミア氏族に対して愛想が尽きたというのもあるし、テレリグやコトルミア氏族に献身したのにも拘らず裏切られたというトラウマもある。
少なくともエルキュールは口だけはクロム氏族を守ると言ってくれているわけで、口約束すらもしてくれなかったテレリグやコトルミア氏族に比べればマシ……とアリシアは自分で自分を納得させていた。
可哀想なのはそれを見せつけられたテレリグである。
アリシアが嫌がり、泣き叫び、テレリグに助けを求めるのであればまだ慰めようがあるが……
アリシアが明らかにエルキュールに対し心を傾けている姿を見せられれば、ショックを受けるのは仕方がない。
「しかし先程からギャーギャー五月蠅い、そう思わないか? アリシア」
「そうですね……」
アリシアはエルキュールの考えに同意した。
少し前までテレリグは意気消沈していたが、今は元気を取り戻し、何かを叫んでいる。
くぐもって聞こえないが、アリシアを罵倒するような言葉―淫売、売婦、売国奴、裏切り者、卑怯者―が含まれていることだけは何となくだが理解できた。
アリシアから言わせてみれば先に裏切ったのはテレリグである。
少し前までアリシアも多少の罪悪感を感じていたが……
前述の通り心というものは防衛本能で記憶や感情を書き換えようとする性質がある。
今、アリシアはテレリグやコトルミア氏族への恨みはあれども罪悪感は皆無であった。
ふと、エルキュールは何かを思いついたのか……
アリシアに耳打ちをした。
「分かったか?」
「え、え、で、ですがて、テレリグはブルガロンの王子で……」
「何だ、俺の命令が聞けないのか? それとも未だに気があるのか?」
アリシアが戸惑いを見せると、エルキュールの機嫌が急降下する。
アリシアは顔を真っ青にして首を横に振った。
「ま、まさか! こ、こんな情けない腑抜け、そもそも好いてなどいませんでした。し、しかし一応捕虜ですし、相応の扱いをしなければならないのでは?」
「お前たちはレムリア兵の捕虜に、その適切な扱いとやらをしたか?」
エルキュールがそう言うとアリシアは半泣きになった。
「も、申し訳ございません……」
ブルガロン王国はレムリア帝国の捕虜を奴隷のように扱い、強制労働させた。
また女性の
それは全てのブルガロン人が加担しており、コトルミア氏族は無論クロム氏族も行っていたことで、そして氏族長の娘であるアリシアは無関係どころか、指示を出していた側の人間だ。
「なに、過去のことを責めるつもりはないさ、アリシア。大事なのは今であり、そして未来だ。さあ、アリシア……」
「分かりました、陛下」
覚悟を決めたアリシアは立ち上がった。
そしてつかつかと縛られているテレリグの下まで歩く。
テレリグは何をされるのか、恐怖に引き攣った顔を浮かべた。
そんなテレリグを見下ろし、アリシアはやはり情けない男だなと思った。
「んぐ、っぐ、ぐ、ふぐ、っぐが!!」
猿轡をしているので何を言っているのかは分からない。
が、どうせ碌なことではないだろうとアリシアは無視し、テレリグのズボンと下着を降ろした。
そして……
「!!!!!!!!!!」
テレリグの絶叫がノヴァ・レムリアに響き渡った。
この日、テレリグは晴れてルーカノスやクロノスの仲間入りを果たした。
それから数週間のこと。
再び大規模な遠征を行うために軍を整え、兵站を整備し直しながらエルキュールはブルガロン人の調略を行っていた。
「しかし、うーん、思ったより進まないな」
「おそらく値踏みしているのかと……あのクロム氏族が許されて好待遇を受けているのだから、もう少し粘ればもっと好待遇を受けられるのではないか、と」
トドリスは推論をエルキュールに語る。
それは強ち間違っているとは言えなかった。
結局、ブルガロン王国を完全に滅ぼすのは相当な労力がいるわけで……
どうせなら値を吊り上げてから裏切りたい。
多くの氏族はそう考えているようであった。
またやはりコトルミア氏族は最大の力を持った氏族である、というのもある。
クロム氏族がレムリアに寝返ったため、良くも悪くもブルガロン王国内部でのコトルミア氏族の権力比重が増大したのだ。
元々コトルミア氏族に不信感を抱いていた氏族やさほど親しくない氏族はレムリア派、中立派に所属しているわけで、コトルミア派の氏族の多くはコトルミア氏族と関係が深いためそう簡単に裏切る気にはなれないし、また裏切ることもできないのだ。
「ところで陛下、テリテル氏族が参戦の打診をしてきました」
「打診なんぞせずに参戦してくればいいと思うのだが……」
「それが参戦には条件があるとのことで……」
トドリスの言葉にエルキュールは閉口した。
テリテル氏族はこの期に及んで更なる譲歩を求めているのだ。
もうすでにエルキュールは出来る限りの譲歩をしている。
これ以上の譲歩は国益を損ね、また威信を傷つける。
テリテル氏族が第二のコトルミア氏族になれば、何の意味もない。
「調子に乗るな蛮族が。お前たちが戦争に参加するのは勝手だが、これ以上何か餌をやるつもりはない。それともしコトルミア氏族に与してみろ。直ちに交易を停止し、お前たちも滅ぼしてやる。……と伝えろ」
「宜しいのですか?」
「このタイミングでコトルミア氏族に寝返るほど馬鹿でもないだろう。連中にできるのは中立維持か、レムリアに立っての参戦か。寝返りを仄めかすかもしれんが、それはこちらへの揺さぶりに過ぎない」
エルキュールがそう言うと、トドリスは「分かりました」と頭を下げた。
トドリスならばしっかりとエルキュールの意志をテリテル氏族に伝えるだろう。
「しかし……うーむ、クロム氏族に優しくし過ぎた所為で舐められているのか。困ったな……そうだな、俺が厳しい君主であることを、見せつけるか」
甘ったれた連中には冷や水を掛けてやれば良い。
エルキュールはニヤリと笑みを浮かべた。
「トドリス、全ての捕虜を返還するぞ」
「宜しいのですか? 確かにこのまま我が国に止めていても仕方がないですが……逆効果になる恐れがありますよ。連中は必ず調子付きます。彼らは恩を仇で返す輩です」
トドリスがそう言うと、エルキュールは頷いた。
「普通に返せばな」
「……普通に?」
「良いか、良く聞けよ」
エルキュールの案を聞いた時、トドリスは心の底から思った。
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