第21話 ベレジュエン峠の戦い 前
クロム氏族が裏切った。
そのニュースはエルキュールの手によって大々的に宣伝された。
結果、今まで直接コトルミア氏族に敵対してこなかった反コトルミア氏族の氏族は無論、日和見を決めていた氏族までもが一斉にレムリア帝国に臣従を決めた。
一方テリテル氏族やテリテル氏族と友好的な氏族、未だに決めかねている氏族は結集して同盟を結び、コトルミア氏族との同盟破棄と同時に中立を宣言した。
結果、ブルガロン王国はレムリア派、コトルミア派、中立派の三つに分かれることになった。
エルキュールはレムリア派の氏族との交易を解禁し、同時に食糧支援を始めると共に……
大規模な兵を集め、再びブルガロン王国に進軍を開始した。
その数は全常備軍を集めた八七六〇〇。
さらにアリシア・クロムを指揮官とするクロム氏族の援軍一〇〇〇〇。
その他レムリア派氏族を集めた一〇〇〇〇が加わり……
その兵力は一〇七六〇〇にまで膨れ上がった。
「んぐ、ふぅ、ん、っく……」
レムリア帝国軍の天幕の中、二人の
一人は黒髪のブルガロン
男はベッドに腰を掛けており、少女は男の膝の上に乗る形で座っていた。
少女は紅潮した顔で男の口内を貪る。
それは強引に唇を奪う、または少女が攻めに回っているというよりも、奉仕させられているように見えた。
「ん……よしよし、中々覚えが良いじゃないか」
男は一度少女を引き離した。
二人の口に唾液の橋が架かる。
男は左手で少女の臀部を撫でながら、右手で少女の頭を撫でた。
「良い子だ」
「はぁ、はぁ……そ、その、せ、戦後のクロム氏族の待遇は……」
「ああ、安心しろ。悪いようにはしない。何しろお前たちの裏切りが決定的になったのだから」
男―エルキュールは少女―アリシアの顎に手を添えて言った。
エルキュールは着実にブルガロン王国内の氏族の調略を行っていたが、しかし最後の最後で寝返らせることはできなかった。
弱小氏族たちはコトルミア氏族を恐れ、直接反旗を翻すことができなかった。
彼らができたのは精々レムリア帝国に情報を売るか、困窮し弱っているクロム氏族を四方八方から嫌がらせのように襲撃を掛ける程度だ。
またテリテル氏族も未だにレムリア帝国とブルガロン王国を天秤にかけており、どう傾くか分からなかった。
しかしそれでは埒が明かない。
そんな彼らが直接行動に移ることができたのは、クロム氏族がレムリアに寝返ったからである。
コトルミア氏族にとって最大の同盟者であり、ブルガロン王国に於いてコトルミア氏族に次ぐ勢力を持つクロム氏族がレムリアに寝返った。
それはブルガロン王国の各氏族たちに強い衝撃を与えたのだ。
結果、一気に戦況がレムリア有利に傾いた。
これでようやくエルキュールも軍をブルガロン王国に進めることができたのだ。
「コトルミア氏族は対応に遅れ、右往左往している。その隙にかなり奥深くまで、安全に侵攻することができた。これもすべてお前のおかげだ」
「お、お褒めに預かり光栄です。陛下」
アリシアはエルキュールに礼を言いながら、啄むようにキスをする。
甲斐甲斐しい奉仕にエルキュールは頬を緩めた。
国や家族を人質に取って奉仕を要求するのは既にルナリエに対してやってはいるが、ルナリエはあくまで「心は屈しないから」という建前だけは未だに守り続けている点で、アリシアとは違う。
アリシアは恥も外聞もかなぐり捨てている。
しかし偶に嫌悪感や罪悪感に苛まれるようで、一瞬躊躇するような表情や動きがあるのが面白い。
エルキュールはそう思いながらアリシアの頬を舐めた。
するとアリシアはビクリと体を震わせる。
「そんなに怯えなくても良い。感謝しているのは本当だぞ?」
二〇〇〇〇を超える援軍も有難いが何よりも有難いのは情報である。
ブルガロン王国は他国であり、エルキュールはブルガロン王国の地理を殆ど知らない。
互いの商人が行き来することが多いファールスやハヤスタンとは異なり、ブルガロンにはレムリア商人が出向くことは滅多になく、情報を集めようがないのだ。
かつてブルガロンの地はレムリア帝国の領土ではあったが、数百年の時間で地形は大きく変わる。
それに常に動き回る遊牧民の集落の位置を正確に把握することは、農耕民であるレムリア帝国、エルキュールたちにとっては不可能に近い。
「加えてコトルミア氏族は今頃疑心暗鬼になっているはずだ。だから動きが遅い。まあ、そりゃあそうだろうな。婚約関係まで結んだクロム氏族を寝取られたわけだから、なぁ? アリシア」
「う、うぅ……い、意地悪を言わないでください」
エルキュールが揶揄うようにいうと、アリシアは泣きそうな声で言った。
裏切ったことを気にしているようだった。
逆に言えばアリシアの裏切りが演技でも何でもないことを裏付けている。
「なに、お前は悪くないさ。裏切られた方が悪いってのはブルガロン人の伝統だろう?」
ブルガロン人の社会は単純明快且つ合理的である。
武勇だとか、伝統だとか、友誼などを口にしながらも実は心の奥底では常にそろばんを弾いており、状況次第ではどんなに卑怯なことも平気でする。
実益主義的な気風を持っているのだ。
アリシアがあっさりと裏切りを決めたのはそのような文化的・社会的な背景がある。
「だが俺を裏切ったら、分かっているよな」
「は、はい、わ、分かっております……陛下」
エルキュールが念を押すとアリシアは何度も首を縦に振った。
既にエルキュールは同盟の担保として、アリシアを手元に置いている。
さらに今回戦争に参加しているブルガロン人の妻子は皆、ノヴァ・レムリアに一度移送した。
戦争に巻き込まれないようにするため、保護、食糧負担の軽減などといろいろ理由は付けたが……
要するに体の良い人質である。
「しっかり働け。俺はお前の能力は買っている。何しろこの俺から右腕を奪ったんだ。この戦争でもしっかりと働いて貰う。良いな?」
「は、はい……う、く、くすぐったいです」
エルキュールはアリシアの白い太腿を撫でながら言った。
アリシアはブルガロン人の伝統衣装である、ブルガロンドレスを着ていた。
脚の部分に深いスリットが入っていて、馬に跨り易い衣装だ。
太腿が露出するため一見過激なように見えるが、実はかなりしっかりとした作りをしており、中が見えることはない。
また通常は乗馬用のズボンを別で着るため、中を敢えて意識する必要はない。
が、アリシアは中にそのズボンや下着の類を着ることを禁じられていた。
そして通常は踝まであるドレスの丈を膝上二十センチの部分まで、上げさせられていた。
一応戦場に出る時は通常のブルガロンドレスとズボンを着ることが許されてはいたが、それでも恥ずかしくて仕方がなかった。
二日前にエルキュールが漏らした「お前がこれからノヴァ・レムリアで着る服はみんなその型にしよう」という発言は、どうか冗談であって欲しいと密かにアリシアは祈っていた。
「さて、アリシア。コトルミア氏族の連中もそろそろ反撃準備を終えるだろう。そうすれば決戦が始まる。その前にいくつか有利な土地を見繕っておきたい。どこか候補地はあるか?」
「は、はい」
アリシアはコクコクと頷き、エルキュールにその地形を伝えた。
「コトルミア氏族は我々に対応するために大軍を用意し、迎撃に来ます。弱腰と受け取られればますます他氏族の離反が加速するため、攻勢に出ざるを得ないはずです。しかし我々のところに来るまでには山脈を一つ越える必要があります。そして騎兵、それも大軍が通過できるような道は限られている」
アリシアの作戦を聞いたエルキュールは満足気に頷いた。
「素晴らしい。もしその作戦が成功すれば本当にこの戦争は終わる。……が、問題が一つだけある」
「な、なんでしょうか?」
エルキュールはアリシアの喉を掴んでいった。
「この裏切り者がまた裏切らないかどうかだ。なぁ、アリシア」
「っひ、う、裏切らないです! ほ、本当です……信じてください」
アリシアは涙目で言った。
エルキュールが観察する限りでは裏切らなさそうだが……しかし気が変わる可能性がある。
「お前が裏切ったらノヴァ・レムリアに移送してあるすべてのクロム氏族を皆殺しにする。良いな?」
「は、はい。わ、分かりました」
「それと監視としてニアとジェベの二人を付ける。二人とも優秀だから、副官としても活用して構わない」
「は、はい」
ニアとジェベの二人は不満を漏らすだろうが……
この二人ならば例え裏切られてもその場から逃げられる、もしかしたらアリシアの首を持ってこれるだけの能力がある上に、最悪失ってもエルキュールの政権が揺らぐようなことはない。
「それと……婚約指輪だ、アリシア。受け取れ」
「こ、婚約指輪、ですか?」
エルキュールは困惑気味のアリシアの手を取り、指に通した。
美しいエメラルドが光っている。
「こいつは首輪の代わりだ、雌犬。良いか? ご主人様がしっかりいることを覚えて置け」
「は、はい」
アリシアは何度も頷いた。
ちなみにこの指輪にはシトリーの盗聴の魔法が掛かっている。
これでアリシアが不審な行動を取ればすぐに分かる。
「アリシア、どけ」
「あ、はい」
エルキュールはアリシアを自分の膝からどかした後、立ち上がった。
そして大きく伸びをする。
それからじっくりとアリシアの体を眺めた。
「やっぱり良い体をしているな」
「あ、ありがとう、ございます」
アリシアは恥ずかしそうに身動ぎをしながら礼を言った。
アリシアの胸のサイズはカロリナとルナリエの中間程だ。
だがエルキュールが特に気に入っているのは、すらっとした足と張りのある臀部だった。
毎日馬に乗っているだけあって、下半身が鍛えられている。
エルキュールは実は適度に筋肉がある女性の方が好きだ。
(早く戦争を終わらせて抱きたいな)
エルキュールはまだアリシアを抱いていなかった。
戦争中だからである。
戦争中、兵士が売春施設を利用できるような状態ではない限り、自分も女は抱かないという決め事をしっかりと守っている。
この辺りは妙に律儀な男であった。
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