第20話 雌犬 後
「……同盟の打診に来ました」
アリシアは玉座に座り、不敵に笑う男……レムリア皇帝にいった。
レムリア皇帝はかつて、アリシアがレラジェで射貫いた男だった。
(なぜ生きている?)
アリシアは不思議に思いながらも、それを聞いたところで立場が悪くなるだけなので言わなかった。
「同盟?」
「はい、そうです。……コトルミア氏族との同盟を断ち切り、レムリア帝国と、あなた様と同盟を結びます。ブルガロン王国の情報も知る限りをお伝えします。その代わりどうか、食糧の支援と交易封鎖の解除を……」
「つまり君は俺と交渉に来たのか?」
アリシアは頷いた。
するとエルキュールは鼻で笑い……
「帰れ」
「な、なぜですか?」
「その態度が無礼だ。交渉? それは対等の立場の者同士が行う事。お前たちのような犬と、神の代理人である俺が対等なはずがないだろう。二度は言わない、帰れ」
アリシアは唖然とした表情を浮かべた。
レムリア帝国に来るまでに用意していた交渉材料が全て、脆く崩れ去ってしまった。
「あ、アリシア様……」
「ひ、姫様、ど、どうしますか?」
アリシアの従者が小声でアリシアに問いかける。
アリシアは周囲を見渡す。
剣を持った騎士たちがアリシアたちを睨みつけている。
このままでは追い出されてしまう。
アリシアはエルキュールに深々と頭を下げた。
「ご、御無礼をお許しください。ど、どうか……御慈悲を、我が氏族をお助け下さい、このままでは我が氏族は滅んでしまいます」
アリシアはエルキュールと交渉するのを諦める。
もはや交渉はできない。
アリシアにできるのは、助けを乞うことだけだ。
アリシアの態度を見て、エルキュールは笑みを浮かべた。
「ふむ、まあ良いだろう。先程の無礼は許す。が、しかしそれが人に物を頼む時の態度か?」
「……」
アリシアは唇を噛みしめてから……
膝を折り、額を床に付けた。
アリシアが膝を折ったのを見て、慌てて従者たちもアリシアと同様の姿勢を取る。
「どうか、どうかお願いします。御慈悲を、我が氏族をお助け下さい」
この態度には玉座の近くに控えていた、エルキュールの群臣たちも驚きの表情を浮かべる。
あの誇り高きブルガロン人が膝を折ったのだ。
しかしエルキュールは……
「それは人間の乞い方だ。お前たちは犬だろう? 犬らしく、犬のように乞え」
アリシアは思わず手を強く握りしめる。
爪が食い込み、血が床を汚す。
「うん? 随分と反抗的な顔だな。それが人に物を頼む時に浮かべる顔か?」
「も、申し訳ございません。あ、あの……犬らしく乞うとは、ぐ、具体的にはどうすれば宜しいでしょうか?」
アリシアは屈辱に歪みそうになる顔を必死に堪え、エルキュールに尋ねた。
するとエルキュールは靴を前に突き出していった。
「四つん這いで歩き、ここまで来い。そして靴を舐めろ」
これにはさすがのエルキュールの群臣たちも呆気にとられた。
いくら敵国とはいえ、公的な場で貴族の姫に命じるようなことではない。
「ひ、姫様、か、帰りましょう……な、何も姫様がそこまですることはありません!」
従者たちはアリシアを止める。
アリシアは暫く葛藤してから……小声で従者に言った。
「……代案はあるのか?」
「そ、それは……」
「ならば、仕方がないだろう」
アリシアはそう言って……
四つん這いでエルキュールの下にまで歩き始めた。
そして階段を上り、玉座の下まで行く。
アリシアは上を見上げた。
そこには嗜虐的な歪んだ笑みを浮かべた男がいた。
心底、楽しそうだ。
アリシアはエルキュールの靴に顔を近づける。
そして舌を伸ばした。
それは時間にして数瞬のことだったが、アリシアにとっては無限に感じられた。
涙を堪え、恥辱と怒りを噛み殺し、何とか舌でエルキュールの靴裏を舐めた。
その瞬間……
アリシアの顔に衝撃が走った。
思わず、アリシアは悲鳴を上げる。
階段を転がり落ち、ジンジンと痛む頬に手を触れた。
そこで初めてアリシアはエルキュールに蹴り落とされたことに気が付いた。
怒りが込み上げてくる。
「な、何で、靴を舐めたのに……」
「俺が舐めろといったのは靴だけだ。態度まで舐めろとはいっていない。……犬らしく、犬のようにと言ったはずだろう?」
そしてエルキュールは笑いながら言った。
「ブルガロンの犬は服を着るのか?」
一瞬、アリシアは何を言われているのか理解ができなかった。
それはエルキュールの群臣や、アリシアの従者も同様であった。
「な、何を……」
「服を脱げと言っているんだ。レムリアの犬は服など着ない」
アリシアは頭に血が上るのを感じた。
エルキュールを睨みつけ、怒鳴った。
「ふ、ふざけるな!! こちらが下手に出れば、調子に乗って……お前は一体何様の……」
アリシアは最後まで言葉を言うことができなかった。
全身に虫が這いずり回るような感覚が襲ったからである。
強烈な快感、激痛、痒み、不快感がアリシアを襲う。
「ひ、ひぃ……な、なに、か、体が!!」
「お返しだよ、雌犬。三年前、お前は俺を矢で射貫いただろう? おかげで俺は右腕を失った。まあ今は訳あって戻ったが、それでも不自由したし、痛かったし、死にかけたんだ」
アスモデウスとシトリーに命じてアリシアを苦しめながらエルキュールは言った。
のたうち回るアリシアを見て、アリシアの従者たちは一斉に立ち上がる。
それに反応し、近衛兵たちが一斉に剣を抜いた。
「俺に襲い掛かるか? だがお前らが俺を害するより、アリシアが狂い死にする方が先だぞ」
エルキュールにそう脅され、アリシアの従者たちは悔しそうに顔を歪めながら再び跪いた。
「アリシア、部下の躾がなってないぞ」
「はあ、はあ……も、申し訳ございません。も、もう、や、やめて……」
「弱めてやったじゃないか。十分喋れるし、動けるだろう。やめて欲しければ、分かるな?」
エルキュールにそう言われ……
アリシアは泣きながら服に手を掛けた。
ゆっくりと時間を掛けながら服を脱ぎ、一糸纏わぬ体になった。
「隠すな、雌犬。手は後ろで組め」
「……はい」
エルキュールの視線がアリシアの体を這いまわる。
アリシアは先程から体を襲う快感と、あまりの恥辱に顔を真っ赤に染め、震わせていた。
「これを付けろ、アリシア」
エルキュールは何かを放った。
アリシアはそれを拾い上げる。
それは赤い首輪だった。
首輪には鈴と鎖がつけられており、鎖はエルキュールの手に伸びていた。
エルキュールの意図を察したアリシアの目に絶望の色が浮かぶ。
「早くしろ」
「う、うう……は、はい……わ、わかり、ました」
泣きながらアリシアは自分の首に赤い首輪を装着した。
首には鈴が取り付けられており、アリシアが動くたびに音が鳴り、その度にアリシアは死にたくなるほどの恥辱に襲われた。
「さあ、もう一度だ。アリシア、俺の下まで来い」
「はい……」
アリシアは四つん這いでエルキュールの下まで再び歩き始める。
階段を上りながらアリシアは考える。
おそらく階段の下で跪いている自分の従者には、自分の一番恥ずかしいところが丸見えになっているのだろう。
だがそれはもう、今更だった。
すでにレムリア帝国の近衛兵と、群臣たちに全裸を余すところなく見られているのだから。
アリシアは余計なことを考えず、ただ階段を上ることだけを考える。
エルキュールの足元まで登ったアリシアは、エルキュールを見上げた。
不思議と先程よりも高く感じられた。
「さっきよりも良い顔になったぞ、アリシア」
「ありがとう、ございます」
アリシアにはもう、エルキュールに反論する気概は残っていなかった。
「さあ、舐めろ」
「はい……」
アリシアはエルキュールの靴を一舐めした。
そしてエルキュールの顔を確認する。
エルキュールの表情に変化はない。
アリシアは一心不乱にエルキュールの靴を舐め続けた。
靴を舐める以外のことを考えるのは止めにした。
そうしなければ今にも、舌を噛み切りたくなるからだ。
「もう、良いぞ」
どれほどの時間が経ったのか、アリシアには分からなかった。
一時間以上も舐めていたようにも感じるし、数分のことだったのかもしれない。
アリシアはぼんやりとした顔で、自分の頭に迫る足を眺めた。
避けるという選択肢はアリシアには残されていなかった。
「あぐっ……」
「くっくっく……無様だな、アリシア。どうだ? どんな気分だ?」
エルキュールに頭を踏みつけられ、顔を床に擦り付けながら……
アリシアは泣きながら言った。
「さい、あく、です……」
「ほう、意外だ。俺はてっきり悦んでいるのかと思ったよ。じゃあ、靴の味は?」
「しょっぱかったです」
それは靴を舐めているうちに、アリシア自身の涙が口に入ったからだった。
アリシアの返答はエルキュールにとっては満足の行くものだったらしく、機嫌良さそうに笑う。
次にエルキュールは鎖を引っ張り上げる。
急に首を引っ張られたアリシアはカエルが潰れたような声を出した。
エルキュールはアリシアの髪を右手で乱暴に掴み、左手で顔を掴んだ。
「こうしてみると、見てくれは悪くない。
エルキュールは残忍な笑みを浮かべて言った。
「お前は幸運だよ、アリシア。お前たちブルガロン人が強姦し、奴隷として売り払ってきたレムリアの少年や女性は、きっと今のお前よりも辛い目にあってるんだ。お前は複数の男に輪姦されるようなことはなく、俺の雌犬としてこれから未来永劫、可愛がってもらえるんだ。俺の慈悲に感謝しろよ、アリシア」
「あ、ありがとう……ございます」
アリシアは泣きながらエルキュールに礼を言った。
『弱いから奪われる、弱いから犯される』
そんな言葉がアリシアの脳裏を過った。
それはかつて、強姦されているレムリアの女性を見て、嘲笑いながらアリシアが言った言葉であった。
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