第16話 小休憩

 ブルガロン王国との戦争が始まってから、三年が経過した五月。

 エルキュールは二十六歳となった。




 「我が契約精霊、ブエルよ……この者の腕を治したまえ……」


 長耳族エルフの老人がエルキュールの右腕に魔法を掛ける。

 するとエルキュールの腕が元通りになった。


 エルキュールは目を白黒させながら、何度も右手を開いて閉じてを繰り返す。

 そして自分の手が治ったことを確認すると、老人に対して礼を言った。


 「ありがとう、ベフナム殿。いや、しかし本当に治るとは……」

 「ふふ、言ったであろう? ベフナムに治療できない傷はないと」


 驚愕しているエルキュールにそう言ったのは……

 ファールス王国、国王ササン八世である。


 ここはかつてエルキュールとササン八世が初めて顔を合わせた、フラート河の中州である。


 ブルガロン王国との戦争中も、レムリアとファールスは比較的良好な関係を続けた。

 ファールスの目がシンディラ地方に向いていたことと、黒突とレムリアが婚姻関係を結んだことで両国に対しての軍事行動に慎重になったことがその理由だ。


 レムリア、黒突、ファールスの三ヶ国の関係は今まで無いほど友好的になっている。


 そしてある時、ササン八世はエルキュールに提案したのだ。

 右腕を治療してみないか、と。

 エルキュールは半分騙された気分で赴き……


 そして本当に治療して貰えたのだ。


 尚、ベフナムの契約する『ブエル』の下位互換がルーカノスの契約する『マルバス』……

 というわけではない。

 ブエルは傷や身体欠損の治癒に特化しているが、毒や病気の治療は得意ではいない。

 一方ルーカノスの『マルバス』は身体欠損は治癒できないが、毒や病気などの治癒が得意である。


 両者の回復魔法の効果が異なるのは、そもそも性質が違うからである。


 ブエルが患者の体力を使用し、患者の細胞の働きを超活性化させることで「治癒」するのに対し、マルバスは患者の体力を回復させ、そして原因そのものを除去することで「治癒」を行う。



 「ファールス王、あなたにも感謝する」

 「いや、構わない。右腕があろうとなかろうと、あなたが脅威であることは変わらないのだ。ならば恩を売っておくに限る」


 飄々とファールス王は言った。

 エルキュールは苦笑いを浮かべた。


 右腕の有無は政治・軍事の手腕には関係ない。

 ササン八世からすれば、この程度でエルキュールに恩を売れるのだから儲け物だ。


 「ところでレムリア皇帝、今あなたは面白い馬を手に入れようとしているようではないか」

 「面白い馬?」

 「何だったかな……そう、アリシア・クロム。あなたの腕を失わせたじゃじゃ馬だ。何でも女の身であなたを敗走させたそうじゃないか」

 

 エルキュールはほくそ笑んだ。

 どうやらササン八世はエルキュールが何をしようとしているのか、ある程度予想がついているようだ。


 「先日、私のところに密使が来た。ブルガロンからだ。何でもレムリアを一緒に挟撃して欲しいそうだ」

 「ほう、受けたのか?」

 「まさか、うちのバカ息子があなたに負けた遠因はブルガロンだぞ? あの野蛮人共がうちの息子を誑かさなければ、今頃シンディラは俺の手に落ちていただろうに。当然、断った。もう数年以内に亡ぶ国と同盟を結ぶバカはいない」

 「それは賢明なご判断だ」


 エルキュールとササン八世は大笑いした。







 エルキュールがレムリアに帰ると、まず真っ先にエルキュールのところを訪れたのはシェヘラザードであった。


 「陛下! 右腕は治りましたか?」

 「ああ、治ったよ。君の仲介のおかげだ」


 エルキュールはそう言って近くによってきたシェヘラザードを右手で抱き留めた。

 そして接吻を交わす。


 「だ、ダメですよ、陛下。お父様に怒られます……」

 「くくく、良いじゃないか。なあ……」


 エルキュールはシェヘラザードの耳に舌を這わせながら囁いた。

 シェヘラザードと親密な関係になって、もう一年は経っている。


 「どうだ? 今夜、ベッドにでも」

 「そ、それはさすがに……ダメです」


 エルキュールが誘うと、シェヘラザードは顔を赤くしながらもきっぱりと断った。

 未だにエルキュールはシェヘラザードの処女膜を破ることだけはできていなかった。


 この辺りは敬虔なメシア教徒らしく、ガードが堅い。

 エルキュールは残念そうな顔でシェヘラザードを解放した。


 「エルキュール様!!」


 次に飛び込んできたのはセシリアであった。

 セシリアはエルキュールの右手に触れる。


 「本当に治ってる!! 良かったです!!」

 「ああ、本当だよ。……これでお前の胸をしっかり両手で揉めるな。今まで少し欲求不満だっただろう?」


 エルキュールがそう言うとセシリアは顔を真っ赤に染めて、ポカポカとエルキュールの胸を叩いた。


 セシリアは基本的に誰もよりも敬虔だが、こと下半身になるとシェヘラザード以下の敬虔さになるむっつりスケベさんである。


 エルキュールは小声でセシリアの耳元で囁く。


 「今夜、来い。良いな?」

 「……お茶会ですか?」

 「ああ、お茶会だ。今度こそ、君を強姦したりしない」


 無論、する。




 次に訪れたのはカロリナ、ルナリエである。

 二人はやはりエルキュールの右手を取り、触る。


 「本当に治ってますね……」

 「凄い……」


 二人は安堵の表情を浮かべた。

 やはり右腕を失った夫を見るのは、妻としてはそれなりの心労だったのだ。


 「これでようやく君たち二人を満足させられる」

 「い、いえ……それは片手でも十分でした」

 「それに関して言えばむしろ両手すら脅威というか……」


 カロリナとルナリエは目を逸らした。

 エルキュールの右手が戻る、ということはエルキュールの責めが元通りになるということを意味する。


 「まあまあ、そう遠慮するな。……今夜、来い」

 「はい」

 「……はい」


 セシリアと一緒になるが、問題無いだろう。

 エルキュールは勝手にそう判断した。


 カロリナとルナリエを使って、セシリアを虐めてやろうとエルキュールは胸を高鳴らせた。


 「皇帝陛下!!」


 次に飛び込んできたのはニアだった。

 二十歳になり、すっかり身長も伸びている。


 ……が、残念ながらカロリナには勝てなかった。

 胸の大きさも若干、カロリナの方が上だったりする。


 「治ったんですね!!」

 「お前も含めてだが、本当に大袈裟だな。腕の一本や二本、命に別状はないのだが」


 エルキュールの右手を擦るニアに対し、エルキュールは苦笑いを浮かべた。

 やることがみんな同じなのは少し面白い。


 エルキュールは右手でニアの頭を撫でてやる。

 ベッドに誘うようなことはしない。


 ……残念ながらニアはまだ処女だった。



 次にやって来たのはシファニーと、エルキュールとシファニーの娘であるペトラだった。

 ペトラは最近、三歳の誕生日を迎えた。


 「陛下、治ったんですね!」

 「ああ、治ったよ」


 エルキュールは右手を上げた。

 シファニーはエルキュールのところに駆け寄り、やはり右手に触れる。


 「おとーさま、お手手、どうしたの?」

 「治ったんだよ」

 「へぇー」


 ペトラは興味深そうにエルキュールの右手を見る。

 ペトラにとっては、初めてみるエルキュールの右手だ。


 そんなペトラの目は、エルキュール似の青色だった。


 エルキュールは右手でペトラの頭を撫でながら、シファニーを左手で引き寄せて耳元で囁いた。


 「今夜、ベッドに来い。ペトラの妹か弟を作るぞ」

 「は、はい」


 シファニーは顔を赤くした。

 シファニーはエルキュールよりも二歳年下の二十四歳。

 まだまだ若いが、人族ヒューマンなのであっという間に年を取ってしまう。


 若い内に抱けるだけ抱いてしまおうと、エルキュールは考えていた。


 「あ、ああ、あの……こ、皇帝陛下。し、失礼、い、致します……」


 声を震わせながら入って来たのは銀髪の天狐族、ヒュパティアだった。

 とてとてとエルキュールの下に駆け寄る。


 「うわぁ……ほ、本当に治ってます。あ、悪魔契約魔法って凄い」

 「悪魔ではなく精霊です、ヒュパティアさん」

 「っひ、め、姫巫女メディウム猊下!」


 セシリアが声を掛けると、ヒュパティアは怯えた表情を浮かべた。

 うっかりファーストコンタクトでセシリアがヒュパティアを泣かしたせいで、ヒュパティアはすっかりセシリアが苦手になっていた。


 エルキュールはセシリアを制してから、ヒュパティアを抱き寄せてキスをする。

 そしてその狐耳を撫でながら囁く。


 「今夜、俺の右手の調子を見て欲しいんだ。どうかな?」

 「は、はい……分かりました」


 カロリナ、ルナリエ、シファニー、そしてセシリアまでいることは言わない。

 言ったら絶対に来ないからである。


 エルキュールは愉快そうに鼻歌を歌う。

 右腕も戻り、実に気分が良かった。


 「さて、そろそろブルガロン共の調理に取り掛かろうかね」


 ササン八世はエルキュールに貴重な情報をくれた。

 ブルガロン王国がファールス王国に助けを求めなければならないほど、追い詰められているという情報だ。


 エルキュールは嗜虐的な笑みを浮かべた。


 「さて、ブルガロンの犬共、そしてアリシア・クロム。三年前の恨み、晴らさせてもらうぞ」


 もっとも……

 妻や愛人との逢瀬のほうが先だが。

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