第11話 ペラティアの戦い 結
「っく、落ち着け!! お前たちは誇り高きブルガロンの戦士だろう!!」
包囲されて混乱状態に陥っているブルガロン騎兵たちを落ち着かせようと、テレリグは声を張り上げた。
が、しかしすでに隊列は乱れており、馬と馬が互いにぶつかり合い落馬するものまで出る始末だ。
「止まっちまった騎兵など、何の脅威でもない。引きずり降ろして殺せ!!」
オスカルの命令通り、歩兵たちはハルバードを使って馬の上からブルガロン人を引きずり降ろし、一人一人息の根を止めていく。
乱戦になってしまえば小回りの利く歩兵の方が、騎兵よりも強い。
「仕方がない……撤退だ!!」
テレリグは配下の騎兵たちに撤退命令を出す。
ブルガロン騎兵は撤退の合図である笛の音を聞くと、比較的包囲が薄い後方へと逃れていく。
「追撃です!! 突撃!!!」
カロリナは逃げるブルガロン騎兵の背中を追う。
そしてその背中に矢を浴びせかける。
「私たちも行きますよ!」
「……俺に命令するな」
ニアとジェベもカロリナに合流し、追撃に加わる。
「っく、おのれ……レムリアの騎兵如きに」
「総大将自ら殿を務めるとは。さすがブルガロンの戦士は勇猛ですね」
カロリナは追撃を防ごうと向かって来たテレリグに剣を振りかざした。
カロリナの剣は真っ直ぐテレリグの首筋に振り下ろされ……
「っつ!!」
カロリナはとっさに剣で飛んできた矢を弾き返した。
さらに矢は寸分違わず、カロリナに向かって飛んでくる。
カロリナは躱せる矢は躱し、躱せないものは剣で弾き返した。
「驚きました……これは……」
カロリナは自分が躱した矢を受けてしまったレムリア兵を見る。
矢傷から黒い痣のようなものが現れ、それが全身に回り……
あっという間に体が腐って死んでしまった。
「テレリグ様! 大丈夫ですか!!」
「ア、アリシアか?」
テレリグの下にアリシアが近寄る。
先程カロリナに向かって矢を放ったのはアリシアだ。
「もうすでに戦線は崩壊しています。……撤退しましょう」
「だがしかし……っくそ、分かった!」
テレリグは良いところを見せるどころか逆に助けられ……
悔しそうに唇を噛みしめた。
斯くしてブルガロン軍は撤退。
その間にレムリアから激しい追撃を受け、少なくない兵を失った。
「うーん……」
「浮かない顔をしておられますが、どうしましたか?」
平原に散らばる死体を見ながら落ち込むエルキュールにカロリナは尋ねた。
もしや「こんなに人が死んでしまった……」などと悲しみ始めるのではないかと、カロリナは身構える。
人の死でエルキュールが悲しむなど、それは深刻な病気の兆候に間違いない。
「いや……あんまり殺せなかったなと思ってな」
「良かったです。平常運転ですね」
カロリナは安堵した。
カロリナの愛する男は相変わらずで、深刻な病気など発症していなかった。
「お前は人を何だと思っているのか、小一時間話し合う必要があるな……まあそれはともかく、ブルガロンを殺しきることができなかったのは痛い。もともと包囲殲滅は諦めていたが、それでも壊滅的な打撃を加える予定だったのに」
エルキュールの目的はブルガロン左翼を包囲して壊滅させた後、中央と右翼の背後に周り込んでこれを粉砕することであった。
そしてさらに追撃で戦果を挙げる。
それによりブルガロンに致命的な打撃を与えるつもりだったのだが……
「確かに戦果は大きい、だが求めていたほどではない。この程度の犠牲では連中は講和に応じないだろう。……確か、アリシア・クロムと言ったか? ガルフィスと戦った、ブルガロン右翼の司令官は」
エルキュールの作戦が頓挫したのはアリシア・クロムの活躍が原因だ。
彼女が一早く自軍の左翼に起こっている異変に気付き、自らが率いている右翼を動かし、さらに中央の司令官に呼びかけてブルガロン左翼の救出に向かったのだ。
そのため左翼の組織系統を完全に破壊するには及ばなかった。
さらに比較的被害が少なかったアリシア率いるブルガロン右翼が殿となったために、望んでいたほど追撃で戦果を拡大させることができなかったのだ。
「クロムということはブルガロン王国二番手の氏族、クロム氏族の縁者か。女で司令官、ということはそれなりの地位にあるということか?」
もしかしたらエルキュールにとってのカロリナのような立ち位置なのかもしれない。
と、エルキュールは考えた。
「そう言えば、お前アリシア・クロムと交戦したんだっけか?」
「いえ、矢で攻撃を受けただけです。実際に剣を交えたわけではありません」
「矢を受けた者は全員体が腐って死んでしまったと聞いているが、大丈夫だったか?」
「すべて弾くか、避けるかしたので。しかし……何かの精霊ですかね?」
「おそらくはな」
ブルガロン人の殆どは
アリシア・クロムも
精霊契約魔法、別名悪魔契約魔法の条件は高い魔力であり、それは
逆に言えば
「報告された威力を考えると、上位精霊かもしかすると七十二柱クラスか……どちらにせよ厄介だな」
エルキュールは頭を掻いた。
七十二柱の悪魔は名前だけは知られているが、その具体的な能力そのものは殆ど不明だ。
自分の能力をペラペラと喋るような無能は、悪魔と契約できないからである。
エルキュールもアスモデウスやシトリーの能力の詳細は、墓の下まで持っていくつもりだ。
「さて、どうするかね……」
「何とか撤退できましたね」
「ああ、そうだな……」
アリシアの言葉にテレリグは意気消沈した声で答えた。
今までブルガロン王国はレムリア帝国に連戦連勝していた。
それに黒星を付けてしまったのだ。
レムリアの皇帝が戦下手のハドリアヌス三世から戦上手のエルキュール一世に変わったことを加味しても、大きな失態だ。
ブルガロン王国で国王に求められるのは一にも二にも、戦での知略、勇猛さである。
今回の敗戦で「テレリグは国王の器ではない」という評価を受けてしまうと、テレリグの次期国王の地位が危うい。
「お気を沈めないでください、テレリグ様。今回の相手は今までとは違います。私からも国王陛下にご説明しますから……」
「黙れ!!」
テレリグは声を荒上げた。
これにはアリシアも体を硬直させる。
テレリグが意気消沈していることの理由の一つに、アリシアにまた助けられたということがある。
もしアリシアがテレリグの救出に出向かなければ、テレリグは死んでいた。
さらに無事に撤退できたのもアリシアのおかげである。
テレリグは始終助けられたままだった。
それが気に食わない。
加えて……
(女に負けて、女に助けられた!! クソ!!!)
テレリグと相対した司令官はカロリナであった。
つまり女だ。
女を相手に敗北し、さらに女に助けられたのだ。
テレリグのプライドはズタボロになっていた。
「す、すみません……テレリグ様」
「い、いや、すまない。今のは俺が悪かった」
落ち込んだ顔でアリシアに謝られて、テレリグは我に返った。
そして己を恥じた。
少なくともアリシアはテレリグに対し悪意を抱いていない。
それどころか助けてくれたのだ。
その恩人に対して、そしてさらに庇おうと提案している相手に対して「黙れ」は良くなかった。
「やむを得ない。一度ブルガロンに帰り、国王陛下の指示を仰ごう。しかしただで帰るわけにもいかない。近くの村を略奪するぞ」
負けた腹いせに手薄の村を略奪しようと、テレリグはアリシアに提案する。
負けて失った損失を補うという目的もある。
だがそれに対し、アリシアは申し訳なさそうにいった。
「私もそう思ったのですが……少し難しいかもしれません」
「どうしてだ?」
「もうすでに略奪をしてしまった村や、レムリア軍が予め焼き払ってしまった村ばかりです。多くの住民は丈夫な城壁のある街に退去してしまっています。城攻めをしていればすぐに追いつかれてしまいます」
テレリグは舌打ちをした。
ブルガロン軍は元来た道を戻る形で撤退した。
当然、すでに略奪済みの村ばかりであり……
略奪せずに素通りした村も、すでに住民たちが避難を終えてしまっている。
「レムリア皇帝の計画通り、というわけか。忌々しい……」
テレリグは唇を噛みしめた。
その様子をアリシアは心配そうに見つめていた。
(この人が次の国王で、我がクロム氏族は大丈夫なのだろうか?)
ペラティアの戦い
交戦戦力
レムリア帝国VSブルガロン王国
主な司令官
レムリア帝国
エルキュール一世
カロリナ・ユリアノス
ステファン・シェイコスキー
オスカル・アルモン
エドモンド・エルドモート
ガルフィス・ガレアノス
ニア・ルカリオス
ジェベ
ブルガロン王国
アリシア・クロム
テレリグ・コトルミア
兵力
レムリア帝国 約六〇〇〇〇
ブルガロン王国 約五〇〇〇〇
結果
レムリア帝国 死傷者二〇〇〇人
ブルガロン王国 死傷者六〇〇〇人
レムリア帝国の勝利
後世の影響
コトルミア氏族の指導力低下
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