第9話 ペラティアの戦い 承
属州トランキアの州都ペラティア。
その郊外の丘にレムリア軍は布陣していた。
全面にはパイクとハルバードで武装した二個軍団。
その背後には弓兵部隊一個軍。
側面には騎兵の侵入を防ぐために杭が埋め込まれ、丘を下った両翼には
背後には都市があり、レムリア軍から見て右側には森林が、左側には川が流れている。
一方、ブルガロン軍はそれに向かい合う形で布陣していた。
その全てが騎兵である。
「上手く有利な地形に誘い込めましたね」
「ああ。まあ連中は誘い込まれたとは思ってないだろうけど」
ステファンの言葉にエルキュールは頷いた。
ブルガロン王国の主力は騎兵である。
生まれながらの騎兵である彼らの機動力は戦場に於いて、戦術的にも戦略的にも絶大な力を発揮する。
どうしてもレムリア軍は後手に回ってしまうのだ。
故にエルキュールはブルガロン王国を帝国領土の深くまで進攻させた。
さすがに敵地のど真ん中となれば、戦略的な機動力は失われる。
さらに村々への略奪を餌として使うことで彼らを自発的にレムリア軍が万全の力を発揮できる場所にまで誘い込んだ。
それがここの地形だ。
ブルガロン軍たちは小石を目印に家に帰った童話の兄妹のように、州都ペラティアにまで迫ったのである。
もっともブルガロン軍が辿り着いたのは彼らの家ではなく、お菓子の家であり、そしてそこにはエルキュールという人食い魔女よりも性質の悪い男がいたのだが。
「流石に連中もこの地形が不利だということは分かると思いますが……どうでますかね?」
「さあな、但し……連中はここ百年はレムリアに負けていない。つまり調子づいているわけだ。その伸びた鼻を叩き折ってやる」
エルキュールは不敵に笑った。
「レムリアも小賢しい真似をしますね。テレリグ様」
「全くだ」
ブルガロン軍の総大将を務める、ブルガロン王国の王太子テレリグは婚約者であるアリシアの言葉に賛同した。
ブルガロン騎兵が機動力を生かせないような地形に布陣している。
「中央の歩兵で受け止め、両翼の騎兵でこちらの騎兵を撃破する……という作戦でしょうか? 甘く見られたものですね。ブルガロンの騎兵が、生まれながらの騎兵が……俄作りの騎兵に負けるはずがない」
「ああ、随分と舐められたものだ。真正面から受けて立ってやろうではないか、我々ブルガロンの力を見せつけてやる」
テレリグは拳を握り締めた。
今、テレリグは非常にやる気に満ち溢れていた。
というのも婚約者のアリシアに良いところを見せるチャンスだからである。
軍事的才能や武力で負けていることもあり、テレリグはアリシアに対して負い目のようなものを感じていた。
だからこそ、今がアリシアに自分の雄姿を見せつけるチャンスだった。
「アリシア……」
テレリグはアリシアを抱き寄せようと、手を伸ばした。
この良さそうな雰囲気に乗って、接吻をしようと試みたのだ。
が、しかし手は宙を切ることになった。
アリシアはとっくにテレリグの隣から離れていた。
「何をしていますか? 早くしてください。準備をしないと」
「君は……相変わらずだな」
キョトンとしたアリシアを見て、テレリグは苛立ちを覚えた。
婚約者になったというのに、未だにテレリグは性行為は愚か接吻すらもしていない。
アリシアが堅い人間であることと、テレリグがアリシアに対して強気になれないことが原因であった。
テレリグ自身、決して女性に慣れていないなどということはなく……
愛人も大勢いるため、むしろ女慣れしている。
だがそういう女たちはテレリグよりも腕力に劣り、そして身分も低い。
一方アリシアはクロム氏族という、コトルミア氏族からしても無視できな力を持った氏族の長の娘であり、そして腕力でもテレリグに優っている。
テレリグはアリシアにだけは強気に出れないのだ。
しかし心の中で鬱憤は溜まる。
(俺はコトルミア氏族の長男、次期国王だぞ? 女のくせに……)
しかし強引に組み伏せるわけにはいかないし、組み伏せることもできない。
「ま、まあ良い。今回の戦いで俺が強いということを見せつければ、アリシアも少しは態度を改めるだろし……」
「先程から何をブツブツと言っているのですか?」
「い、いや何でもない。行くぞ!!」
両軍の配置は以下の通りである。
川
川 ▽▽▽ ▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽ ▽▽▽▽
川 ▽▽▽ ○○○○○○○○○○○○ ▽▽▽
川 ○○○ ○○○ 森森
川 ○○○ ○○○ 森森森
川 森森森森森
川 森森森森森森
川 森森森森森森
川 森森森森森森
川 森森森森森森
川 ◆◆ ●■■■■■■■■■■■■● ▲▲ 森森森森森森
川◆◆◆◆ ● ★★★★★★★★★★ ● ▲▲▲▲森森森森森森
川◆◆◆◆ ● ● ▲▲▲▲森森森森森森
川
黒……レムリア軍
●……ハルバード部隊 九六〇〇
■……パイク兵部隊 一四四〇〇
▲……
◆ ……
★……長弓兵部隊 一二〇〇〇
♪……?????? 二四〇〇
合計 六二四〇〇
白……ブルガロン軍
○……軽騎兵 二五〇〇〇
△……重装騎兵 二五〇〇〇
合計 五〇〇〇〇
レムリア軍中央にはパイク兵、その側面にはハルバード兵。
中央を指揮するのはステファン。
中央後方の弓兵部隊を指揮するのはエドモンド。
レムリア軍右翼騎兵の
そして総司令官はエルキュール。
一方ブルガロン軍は中央及び両翼に於いて、軽騎兵を前面に、重騎兵を後方に置いた。
ブルガロン左翼を指揮するのは総司令官であるテレリグ、右翼を指揮するのはアリシアである。
戦いはブルガロン騎兵の一斉突撃から始まった。
「腑抜けのレムリアに我らの力を思い知らせてやれ!!」
前面の軽騎兵たちは一糸乱れぬ動きでレムリア軍に突撃する。
騎兵突撃によるレムリア軍の守りを突破する……
と見せかけて、急停止して矢を一斉に放つ。
矢が雨のようにレムリア軍に降りかかる。
が、この動きは当然エルキュールは読んでいた。
それもそのはず。
この戦法はブルガロン軍の得意戦術だからだ。
「弓兵部隊、一斉射!!」
エドモンドの号令により、レムリアが誇る長弓部隊が矢を放つ。
中央に於いてはブルガロン軍、レムリア軍双方の矢が入り乱れて飛び交う。
「こちらも矢を浴びせなさい!」
レムリア軍右翼の
こちらの騎兵も騎射ができるように訓練されているのだ。
「我々の戦術を真似るとは……しかし所詮は猿真似に過ぎない!! レムリアに思い知らせてやれ!!」
テレリグは自らも弓を引き絞りながら叫ぶ。
レムリア右翼ブルガロン左翼に於いても、同様に矢の応酬が続く。
一方レムリア左翼ブルガロン右翼では少々異なる動きが発生していた。
「矢に構うな、突撃!!」
ガルフィスはブルガロン騎兵の騎射に臆することなく、真正面から突撃した。
全身に完全武装が施されている
「なるほど、良い選択だ」
アリシアは呟いた。
そして不敵に笑う。
「だがそう簡単にはいかない」
アリシアは自らが殿となり、後方に撤退する。
ガルフィスがそれを追いかける。
「待て!!」
「しつこい男はあまり好きではないな」
アリシアはそう呟き、後ろを振り向いた。
そして後ろを向きながら矢を放つ。
「な、何?」
ガルフィスは思わず声を上げた。
レムリアの
アリシアの放った矢は鏑矢であった。
ひゅるひゅると音を立てて、矢は空へと上る。
それを合図にしてブルガロン軍軽騎兵は一斉に後ろ向きで矢を放った。
レムリア軍
これにはさすがの
その隙にアリシアは軽騎兵を後方に下げ、重騎兵を前面に上げる。
ブルガロン軍の重騎兵は勢いを止めたレムリア軍
「舐めるな!!」
ガルフィスはすぐに体勢を立て直し、ブルガロン軍の重騎兵を弾き返す。
製鉄技術はレムリアの方が遥かに優れており、レムリアの
近接戦闘になれば
だが……
「軽騎兵、私に続け!! 支援するぞ!!」
アリシア率いる軽騎兵がガルフィス率いる
ガルフィスとアリシアは互いに押し返し、押し返されを繰り返していた。
一方中央に於いてはレムリアが優位に戦況を進めていた。
「弓兵、下がれ!!」
「パイク兵、前へ!!」
ブルガロン軍の軽騎兵の一斉射が止み終わるとすぐさまエドモンドは後方に長弓兵を下げる。
するとすぐにその穴を埋めるようにステファンがパイク兵を前に出し、槍を構えさせた。
ステファンが防備を固めるのとほぼ同時にブルガロン軍は重騎兵による突撃を図る。
が、しかしそれはステファン指揮下のパイク兵によってあっさりと弾き返される。
長弓兵の反撃によりブルガロンは軽騎兵による射撃をあまり長く行えず、そのためレムリアの陣形を崩せないので、どうしても重騎兵の突撃がパイク兵によって防がれてしまう。
「
エルキュールは不敵に笑った。
もっともこの陣形はあくまで守りに特化したもの。
仮に反撃に転じようとパイク兵を動かせば、逆襲に合い中央を突破されるのは目に見えている。
「後はカロリナが上手くやるかだな……」
エルキュールは呟いた。
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