第5話 今までの結実

 エルキュールとセシリアの密会から一か月後、ノヴァ・レムリアで公会議が開かれた。

 公会議ではアレクティア信条の再確認、及び自称“教皇”とその一派への破門宣告がされ、正式に彼らは異端となった。

 また同時にセシリアが目標として掲げた腐敗撲滅、聖職売買の禁止、そして教義の微調整などが採決され、メシア教会は新たな一歩を踏み出すことになる。


 またエルキュールが正式に聖職叙任権は姫巫女メディウム、すなわちセシリアにあるものとすることを宣言し、世界を大きく驚かせた。


 メシア教会は姫巫女メディウム、総主教、司教、司祭、助祭、その他下級聖職者、平信徒という順番で階級的な組織が構築されている。

 レムリア帝国では総主教、司教の叙任権をエルキュールが握っていたが、エルキュールはこれを姫巫女メディウムであるセシリアに渡したのだ。


 もっともこれによってすべて、セシリアが決めるというわけではない。


 総主教と司教は、レムリア皇帝と姫巫女メディウム、そして五本山の総主教によって作成された名簿の中から、レムリア皇帝が指名し、そして姫巫女メディウムがその指名に従って任命するという形が採用された。


 つまり依然としてエルキュールは総主教、司教を指名できる。

 但し、名簿に書かれていない人間を指名することはできないためその影響力は削がれる形となり、姫巫女メディウムであるセシリアの影響力は増大した。


 また司祭、助祭の叙任は総主教及び司教に一任されることになった。


 後の歴史家の言うところの、『メシア教正統派姫巫女メディウム派』がセシリアの手によって構築されたのであった。







 「で、シャイロック。貨幣改鋳の件はどこまで進んだ?」


 「姫巫女メディウム猊下のおかげで万事、順調でございます。かなりの量の金貨を、聖修道会と各地方教会から回収することができました」

 

 そう言ってシャイロックはエルキュールに書類を手渡した。

 そこには各商人、貴族、組合ギルド、そして修道会や教会から回収された金貨の量が明確に記されている。


 「ふむ、しかしこうしてみると金ってのはあるところにはあるんだな。全てを合計すれば国家予算の何倍になるのやら……」


 修道会や地方教会もかなりの量の金貨を蓄えている。

 一つ一つの修道会や教会が蓄えている量はさほどでもないのだが、それが数百と積み重なると、とんでもない額になる。


 ちなみに最終的に説得に応じなかった修道会や教会は“教皇派”、つまり異端ということでエルキュールが武力を用いて捕縛してしまった。

 セシリアは異端審問における拷問は禁止したが、異端審問そのものは禁止していない。


 捕縛された修道士や教会の司教・司祭は異端審問に掛けられ、有罪となった者の多くは投獄されることになった。

 彼らの財産は丸ごとエルキュールの懐に入った形になったので、エルキュールとしてはウハウハである。

 

 「ところで陛下、改鋳によって得た利益はどう致しますか?」

 「例の貿易会社の件があっただろ? 今、アントーニオが頑張ってくれているが……その株の購入費用に使う」


 気をつけなくてはならないが、改鋳によって得た利益は一時的なものだ。

 翌年はゼロになる。

 そのためできるだけ次に繋がるような事業に使うべきだとエルキュールは考えていた。


 「余るようなら、できるだけ地方に回したい。ノヴァ・レムリアにだけ富が集まって、他の地方が衰退するような事態は避けたい。まあ現状は大丈夫だが」


 ミスル属州は穀倉地帯として依然として発展しており、そしてファールス王国との国境にあるシュリア属州は国境安定化により貿易が拡大し、むしろ豊かになっている。


 「投資するとしたら西方の領土かな……ノヴァ・レムリアを除く西大陸の領土はお世辞にもあまり豊かとは言えない」

 「ブルガロンがいますからね……」


 元々石灰岩土壌であまり豊かではない土地だが、ブルガロン王国の存在がその衰退に拍車を掛けている。

 ブルガロン王国が略奪を行うたびに、西大陸側の属州は荒廃してしまう。


 「西の情勢はセシリアに任せて、そろそろブルガロン王国を始末するか……」


 エルキュールは呟いた。







 さて、それからさらに一年が過ぎエルキュールは晴れて二十二歳となった。


 七月の暑さにうだりながらも、エルキュールはトドリスからの報告書を読み、満足気に笑みを浮かべた。

 トレトゥム王国がメシア教正統派姫巫女メディウム派を国教として定めたからである。


 これはセシリアとトドリスの尽力によるものだ。

 ここ一年でセシリアは大きく勢力を挽回させた。


 鍵となったのは聖職叙任権だ。

 曲りなりにもセシリアは聖職叙任権を姫巫女メディウムの手中に入れ、さらに聖職売買を禁止して、教会組織を再編してみせた。


 一方、グレゴリウスは今のところレムリアとの関係を悪化させた以外には功績を一つも成し遂げていない。

 ハネムーン期間は終わり、倦怠期になってしまったわけだ。

 

 もっともエデルナ王国やフラーリング王国からすれば、別にそれでも良いのだろう。

 彼らが欲しいのは自国の独立性である。

 つまりレムリア帝国の影響下から脱するのが彼らの目標であり、グレゴリウスの人気が落ちることはそれほど大きな問題ではない。


 もっとも限度というものはある。

 あまりにもグレゴリウスが使えない、ということになれば新たな教皇が選出されるだろう。


 そのためグレゴリウスは現在必死になって巻き返しを図ろうとしているが、上手く行っていない。


 「トレトゥムとレムリアに挟まれている以上、フラーリングやエデルナも大胆な動きはできないだろう。両国にはきっと、セシリアの支持者もかなりいるだろうしな」


 次にエルキュールはチェルダ王国の情勢に関する報告書を手に取る。


 「うーん、盛り上がってるね。中盤突入、って感じかな」


 チェルダ王国の国王であるラウス一世とヒルデリック二世の戦いは最高潮に達していた。

 保有する軍隊は少なく、財政的な基盤は弱いものの多数派である獣人族ワービーストの支持を受け、戦上手のラウス一世。

 一方は首都を抑え、財政的な基盤は盤石で、人族ヒューマンの富裕層から支持を受けているヒルデリック二世。


 両者は王国を二分して、派手に争っていた。

 

 ヒルデリック二世の軍はラウス一世の軍を数で圧倒しているので、その気になればすぐに終わるはずなのだが……

 ヒルデリック二世の家臣が実権争いを繰り広げているらしく、イマイチ足並みが揃わない。


 ラウス一世はそれを突く形で戦っていた。


 「あと数年は続きそうだな。そして続いたとしても国土はボロボロだから、暫くはこちらに手出しはできない」


 つまり西の情勢は安定している。

 北のタウリカ半島も安定しており……東のファールス王国も動く気配はない。

 

 レムリアと黒突が婚姻関係を結んだことで、ファールスは思うように動けなくなったのだ。

 無論、シェヘラザードやヘレーナの尽力も忘れてはならない。


 北、西、東は全て安定している。

 順調とはこのことだろう。


 「皇帝陛下、失礼致します」

 「ああ、入って良いぞ」


 ドアを開けて、執務室にシファニーが入って来た。

 ティーセットを乗せた台を押している。


 シファニーは紅茶を注ぎ、お菓子と一緒にエルキュールに差し出した。


 「どうぞ、陛下」

 「ああ、ありがとう」


 エルキュールは紅茶を口に運ぶ。

 そしてシファニーの様子を観察する。


 随分と長い付き合いだが、今日は妙にソワソワしているように見える。


 「シファニー」

 「は、はい?」

 「お前から見て、最近のノヴァ・レムリアの様子はどうだ?」

 「ノヴァ・レムリア、ですか? そうですね……景気が良いな、という感じでしょうか? あと少し物価が上がってます」

 「ふむ」


 現在、ノヴァ・レムリアは空前の好景気を迎えていた。

 エルキュールの貨幣改鋳による通貨量の増大、そして今までの商工業の保護政策、さらにレムリア交易会社の設立による交易の活発化などが実を結んだのだ。


 まだ好景気は首都であるノヴァ・レムリアとアレクティアやオロンティアなどの大都市だけだが、直に地方に伝播するだろう。

 好景気はいつしか収まってしまうものだが、できるだけ安定的に長続きさせたいとエルキュールは思っていた。

 

 まだ税金は徴収されていないため税収増加には直結していないが、間違いなく商業税は増えるだろう。

 エルキュールはそれに合わせて新たに歩兵軍団を一つ、新設するつもりだ。


 そうなればレムリア帝国は歩兵四個軍団、騎兵二個軍団、弓兵一個軍団の合計八四〇〇〇の常備軍を抱えることになる。

 屯田兵も含めれば、一〇〇〇〇〇を超えるだろう。

 これでようやく本格的な領土拡大に乗り出すことができる。


 最初に討伐する相手はすでに、エルキュールは決めていた。


 「なあ、シファニー……どこか調子でも悪いのか?」

 「え? ど、どうしてですか?」

 「いや、何かソワソワしているように見えてな。何か、言いたいことでもあるのか?」


 エルキュールがそう尋ねると……

 シファニーは小さく頷いた。


 「は、はい……い、いえ……そ、その勘違いかもしれないんですけど、陛下のお耳に入れたいことがありまして」

 「俺とお前との仲だろ。勘違いでも怒ったりはしないさ。どうした? ルーカノスとクロノスが実はホモップルだったとか、俺のセシリアがニアに寝取られたみたいな話じゃないだろう?」


 メシア教では同性愛が禁止なのでどちらも大スキャンダルだが……

 もしシファニーが「メイドは見た!!」という状況に陥ってしまったのであれば、躊躇なくエルキュールに報告しただろう。


 「その、ですね、実は……最近生理が来ないんです。一か月ほど……」

 「ふむ、なるほど」


 エルキュールは一応、シファニーに確認した。


 「俺の子だよな?」

 「陛下の子以外にいますか?」


 いたら一大事である。

 エルキュールは笑みを浮かべた。


 「よくやった、シファニー」

 「はい!!」


 シファニーは嬉しそうに笑みを浮かべた。

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