第3話 セシリアの反攻(抗) 転

 「話にならない。私がそれを君に渡すとでも? そもそも図々しいと思わないか? 助けてもらった身の上で俺に何か、物を強請るというのは。君は恩を感じたりはしないのか?」


 エルキュールがそう言うと、セシリアは首を傾げた。


 「正義に義も仁も情もない。あるのは利害だけ。そう教えてくださったのは陛下ではありませんか」

 「……」


 エルキュールは昔、「なぜエルキュール様は政治の場で嘘をついたり、詭弁を使ったりするんですか? アレクティア公会議とアレクティア勅令は矛盾していませんか? それ以外にも陛下はいろいろと、矛盾することを良く言いますよね?」と言われた時に、そんな感じの返答をしたのを思い出した。

 政治なんて、効果が出れば道徳性なんてどうだって良いんだよ! というようなことを確かに言った気がする。


 「しかし信用というものは存在する。私は君を助けたわけで……その見返りとして、貨幣改鋳に協力するべきだと思わないか? そもそも私が聖職叙任権を君に渡したとして、その後君がちゃんと俺に協力してくれるか分からない。踏み倒されると困るのだよ。そう、これは信用の問題だ」


 エルキュールがそう言うと、セシリアは大きく頷いた。


 「確かに、その通りですね」

 「そうだろう?」

 「私が事前に、陛下に救援を求め、その見返りに政治協力をお約束していたら、のお話ですけど」


 エルキュールは眉を顰める。


 「私、陛下に一度も『助けてください』と言ってませんよ?」


 監禁されて、助けを求めることすらできない状況だったのだ。

 当然のことだろう。

 確かにセシリアはエルキュールに対して「助けて」とは言っていない。

 内心では思っていたかもしれないが、それはエルキュールの知るところではない。


 「では君はあの状況から自力で抜け出せたと?」


 「いえ、さすがに無理です。ですが……私を助けたのは陛下の御事情です。私はその時、何も約束をしていません。飢えている人にパンを無条件で与えた後、しばらくしてあの時の恩を返せと言って無理矢理働かせようとするのはよくないと思いませんか?」


 いけしゃあしゃあとよく言ったものだと、エルキュールは逆に感心してしまった。


 「助けられた側は、助けてもらった人が困っている時はできるだけ力になるべきだと思わないか?」

 「そうですね……陛下には大変、恩知らずなことをしてしまっていると思っています。でも私も余裕がないのです。何しろ見ての通り、権力も財も殆ど持たぬ身ですから」


 セシリアはそう言って両手を上げた。

 粗末な服しか着ることができないほど、自分は弱者なんだとアピールする。


 「もし陛下が私の提案を受け入れてくだされば、全面的な協力をお約束しますよ。はい、これは間違いなく私の方から陛下へと『助け』を頼み、『見返り』を『約束』する行為ですからね。神に誓って、お約束します」


 セシリアはそう断言した。

 『神に誓って』という以上、セシリアは約束を踏み倒すことはしないだろう。

 セシリアが信心深い少女であることはエルキュールも良く知っている。


 しかし……


 「いくら何でも聖職叙任権は盛り過ぎだな。姫巫女メディウム猊下は聖職者叙任権に釣り合うだけの見返りを私に用意できるとお思いか?」


 エルキュールが皮肉交じりに言うと、セシリアはくすくすと笑った。

 エルキュールは眉を顰める。

 

 「何か、勘違いをなさっておられますね、エルキュール様。聖職叙任権について・・・と言っただけです。その全てを寄越せとは言っていません。そもそも私の権力では教会の全てを統制するのはは無理ですしね」

 

 エルキュールの反応はセシリアの想定通りだったのか、それはまるで用意された台詞を言うようであった。


 エルキュールはますます不機嫌になった。

 それを見て、セシリアは楽しそうに笑う。


 エルキュールを手玉に取り、会話の主導権を握ることができていることが、心底楽しいようだ。


 「そもそもなぜエルキュール様の聖職叙任権が問題となっているのか、簡単です。聖職売買の温床となっているからです。私からご提案したいのは三つです」


 セシリアは指を三本、エルキュールに立てた。


 「一つ、聖職叙任権は姫巫女メディウムが握る。二つ、但し聖職者への第一指名権はレムリア皇帝が有する。三つ、聖職者になるための資格・基準を明確に定め、それらは姫巫女メディウムが管理する。以上です、如何ですか?」


 「第一指名権? ……名目上だけの聖職叙任権をくれと言っているのか? 何にせよ、それを受け入れるメリットがあまり私にはないように思えるが?」


 「嫌なら良いのです。ですがそうだと私は功績が得られません。未熟な私はエルキュール様からの譲歩がなければ、まともな功績を得られないのです。ですが、それ以降はエルキュール様への全面的な協力をお約束します。私は聖職者の腐敗を正し、真の教えを人々に説き、道を誤った者たちを正しい道に導く、それさえできれば良いのです。政治にはさほど興味はありません」


 「君の言う、それさえ・・・・ってのは全部政治活動なのだよ」


 エルキュールは考え込んだ。

 セシリアは基本的に善人であり、エルキュールに対しても好意的だ。

 権力欲もなく、ただメシア教と信者のことだけを考えている。


 まさに清く正しい聖職者である。

 だからといって無害かというと、そういうわけでもない。


 つまりエルキュールが悪いことをすれば、正面から怒ってくるということだ。

 セシリアという少女は基本、正論しか言わない。


 ロジカルハラスメント系美少女である。

 

 基本悪い事しかせず、嘘と言い訳と詭弁と誤魔化しで乗り切ってきたエルキュールの天敵である。

 それに対して塩を送るのは将来的に、エルキュール自身の首を絞める危険がある。


 だが現状、手詰まりなのは本当だ。

 フラーリング王国のルートヴィッヒ一世にやられたままなのも癪に障る。


 「第一指名権、というからには第二、第三の指名権があるわけだ。それは君が有するのか?」

 「その辺りはエルキュール様とご相談できればと」

 「ふむ、聖職者に必要な資格・基準とやらは?」

 「それについてもご相談次第、としか言えません。ですがエルキュール様の権力を損なうようなことはできる限り避けたいと思っています。帝国が不安定になるのは私の望むところではありません」


 エルキュールは暫く考えてから……

 言った。


 「良いだろう。……但し、要相談だ。私が納得する内容でない限り、受け入れるつもりはない。ただ、交渉のテーブルに着くことだけは約束してやる」

 「本当ですか? では、詳細について今度話し合いましょう!」


 セシリアは楽しそうに言った。

 初めての共同作業というやつだ。

 

 「そうそう、セシリア。ちょっと、こっちに来てくれないか?」

 「はい? どうしましたか?」


 セシリアは立ち上がり、エルキュール机を挟んで向かい側に座るエルキュールのところまで歩く。

 エルキュールは立ち上がり、セシリアを座らせた。


 「どうしたんですか?」

 「実はな、この部屋。密会のために防音性なんだ」

 「はあ……当然の処置だと思いますが」

 「そして内側から鍵が掛けられている」

 「……それがどうかしたんですか?」


 エルキュールはセシリアの両肩を掴んだ。


 「つまり助けを呼んでも誰も来ない」

 「え? 助けって、いったい何の……」


 エルキュールは無理矢理セシリアを押し倒した。

 そして唇を強引に奪う。

 口内を舌で蹂躙され、セシリアは驚きのあまり目を白黒させた。


 そして何をされているのかに気付き、顔を真っ赤にする。


 「ちょっと、な、何をするんですか!! だ、ダメです、わ、私は聖職者ですよ!!」


 「何が不味いんだ? そういう関係だと思われるのは仕方がないと、自分で言ったのは君だろう? なら実際になっても問題あるまい」


 「こ、婚前交渉など言語道断です! だ、ダメです、い、いや……やめてください」


 「やめてと言われて、やめる強姦魔がどこにいる?」


 エルキュールはニヤリと笑みを浮かべた。

 そして半泣きで暴れるセシリアの両腕と両足を、どこからか取りだしたロープで縛った。


 「譲歩してやるんだ、対価はしっかりと貰う。体で支払って貰うぞ?」


 「た、対価は私のエルキュール様への政治協力で……」


 「それは分割払いの後払いの方だ。前払いはお前の体だ……いや、しかし随分と綺麗になったじゃないか。まあ昔から可愛いとは思っていたが、今は本当に綺麗だな」


 エルキュールはそんなことを言いながらセシリアの上着やスカートを崩す。

 折角、姫巫女メディウム服を着ていらっしゃるのだ。


 脱がすのは風情が無いと、清少納言に怒られてしまう。


 「やめてください、ダメです! 今なら許してあげますから!!」

 「下着の色は白か。まあ、予想通りだな。でも黒も似合うと思うぞ、今度プレゼントして上げよう。下着なら誰にも見えないし、高級たかいのを履いても問題ないだろ」


 セシリアの悲鳴をガン無視して、エルキュールはセシリアを一通り脱がし終える。

 そこには両手両足を縛られ、半裸にされた半泣きの美しい少女がいた。


 エルキュールは生唾を飲む。

 

 「セシリア、本当に綺麗だよ」

 「き、綺麗って……そういう問題じゃ、んぐ」


 エルキュールは小五月蠅いセシリアの唇を自分の唇で塞いでしまう。

 塞いでしまえば、どんな正論も言うことができない。

 完璧だ。


 「じゃあセシリア、前払いはしっかりと受け取るぞ。あ、嫌なら嫌と言っても良いぞ」

 「嫌です、やめてください!!」

 「分かった、分かった。嫌なんだな……まあやめるとは言ってないけど」


 エルキュールはまず……


 




 以下は皆様の想像力にお任せ致します。








 「ふぅ……ここまで興奮したのは久しぶりだな」


 エルキュールは下着を身に着け、上着だけを羽織って葡萄酒を飲む。

 運動して火照ったからだが癒されていく。


 「ふぐ、んぐ、んぐぐぐぐ……」

 「ああ、すまん。拘束をまだ解いてなかったな」


 エルキュールはセシリアの目隠しを外し、次に両手両足の拘束を外す。 

 するとセシリアは自力で猿轡を外した。

 猿轡とセシリアの唇の間に唾液の橋が架かる。


 「ひ、酷いです!! あなたがそんな人だとは思っていませんでした」

 「俺もセシリアが強姦されているのにそこまで乱れる女だとは思って無かったよ。実は期待してただろ?」


 「そ、それは……あ、あなたが葡萄酒に変な薬を入れたんでしょ!!」

 「俺が葡萄酒の味を損なうような真似をするわけないだろ」


 失敬な。

 とでも言うように、エルキュールは見せつけるようにセシリアの目の前で葡萄酒を飲んだ。


 ちなみにアスモデウスやシトリーの魔術も一切、使用していない。


 「う、うう……やめてって言ったのに……やめてって言ったことを全部やった……」

 「やめてと言われたら、普通やるだろ。じゃあ言うな」

 「言わなかったら言わなかったでやるじゃないですか!!」

 「まあ確かに」


 最初からセシリアに自由意志などないのであった。

 もっともエルキュールとしては、最初なのにも関わらずセシリアの体のほぼ全てを網羅できたので大満足だ。

 セシリア性感帯検定があれば、一級を取得する自信が今のエルキュールにはあった。


 「ああ……汚されてしまった……」

 

 メソメソと泣き始めるセシリア。

 エルキュールはそんなセシリアの肩を抱いて、優しく慰めてやる。


 「まあ待て、お前は強姦されたんだ。そうだろう?」

 「……強姦魔が何を言ってるんですか!」


 セシリアはさすがに怒ったようにエルキュールを睨みつけた。

 もっともその顔は先程、散々見た顔である。

 怒った顔も実に可愛らしい。


 エルキュールはセシリアの頬に口付けしてから、優しく言った。


 「強姦された、つまり被害者なわけだ。メシア教に於いて、強姦された者は罪を負うことになるのか?」 

 「い、いえ……なりませんが……」

 「そうだろう? 大丈夫、君は罪を負っていない。そもそも俺は地上に於ける神の代理人……君と同じ、根本的に清らかな人間。そして君はまだ綺麗な身だ」


 エルキュールはメシア教的理論を使って、セシリアを説き伏せる。


 「ところで君はさっきので感じたのか?」


 「な、何を言ってるんですか?」


 「いや、だから強姦されているのにも関わらず、乱れに乱れて、何度も何度も意識を飛ばして、本来性交に使用しないような穴まで弄られ、最終的には自分からおねだりし始めるような淫乱な女か、否か聞いてるんだ」


 「そ、それは……」


 「まさか、違うよな? 姫巫女メディウムがそんな、サキュバス(アスモデウスやシトリー)もドン引きするような淫乱なわけないもんな」

 

 「そ、そうです……そ、そのような事実はありません! わ、私は……い、痛かったですし、辛かったです!!」


 「そうだよな、うん、そうだ。その通り! つまり進んで快楽を受け入れたわけでもなく、快楽に堕ちたわけでもない。さすが姫巫女メディウムだ。淑女の模範と言っても良い存在だよな」


 「そ、そうです……うん、そうです!!」


 「なら大丈夫だ。神は君を見放したりするようなことはない。それにこれは正しき信仰のために、必要だったことでもある。女性としても、姫巫女メディウムとしても、聖女としても、君は清らかで、正しいままだ!」


 「その通りです!」


 そういうことになった。






 最後にエルキュールはセシリアに服を着せてやり、自らセシリアが寝泊まりしている屋敷まで護衛を引き連れて送り届けた。


 「そうそうセシリア」

 「……何ですか、エルキュール様」

 「三日後、例の件についてちゃんと話し合いたい。他にも今後のためにいろいろと話し合いたいことがある。次は私が君のところに出向こう」


 エルキュールはそして、ニヤリと笑みを浮かべて言った。


 「ちゃーんと、外に声が漏れ聞こえることのないような、密会に適した部屋を探しておいてくれ」


 そう言われたセシリアは……

 真っ赤になった顔を気取られまいようにするため後ろを向いて言った。


 「分かりました、探しておきましょう。……話し合いに適した部屋を」




 すぐに二人の関係はノヴァ・レムリアで、そしてレムリア帝国、世界全土で公然の秘密と化した。

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