第五章 『三大陸の覇者』またの名を■■■■■■殺し

第1話 セシリアの反攻(抗) 起

 『お前は幸運だよ、■■■■。お前たち■■■■■■が■■し、■■として売り払ってきた■■■■の少年や女性は、きっと今のお前よりも■■目にあってるんだ。お前は複数の■に■■されるようなことはなく、■の■■としてこれから未来永劫、■■がってもらえるんだ。■の慈悲に感謝しろよ、■■■■』


 ――某日、某所にて、ある男からある女への言葉――








 「っち、どいつもこいつも勝手なことを……」


 エルキュールは非常にイライラしていた。

 まずエルキュールをイラつかせているのは、西方での外交的な失策である。


 エデルナ王国とフラーリング王国の二国が反レムリアに傾き、トレトゥム王国までもが右往左往し始めている。

 エルキュールが描いていた西方方面への外交政策が丸ごと台無しになったのだ。

 

 そしてもう一つは貨幣改鋳への、教会や修道会の非協力的な態度である。


 エルキュールが直接的な支配下に置いている各総主教座はともかく、エルキュールの統制が効きにくい地方の大小の教会の態度が煮え切らない。

 そして修道会の中でも聖修道会に至っては、真っ向からエルキュールに反対の意を表明している。


 金貨の金の含有率は神が定めた云々で、神聖なものだから品位を落とすのは云々で、ダメだという、エルキュールからすれば「神が一々金貨の含有率についてまで口を挟むわけないだろ、タコ」と言いたくなるような主張をして、イヤイヤと駄々をこねているのだ。


 教会と聖修道会が蓄えている金貨、富の総量はかなりのものである。

 これを吐き出させて、改鋳させなければ貨幣改鋳は不十分なものとなり、効果が発揮されない。


 「ルーカノス、何とかならないか?」

 「そうは言われましても……私はどっぷり、皇帝陛下側の人間ですからね。聖修道会は私の言うことなど、聞きませんよ」


 ルーカノスは苦笑いを浮かべた。

 ルーカノスが説得しようにも、逆効果にしかならない。


 「聖修道会は本当に目障りだ。あの金持ち坊主共め……しかも煮え切らん態度の奴も多い」


 聖修道会は姫巫女メディウムの権威・権力の向上を目指し、設立された修道会である。

 が、しかし必ずしも姫巫女メディウムの味方であるというわけではない。


 聖修道会は現在、姫巫女メディウム派と教皇派に分裂しているのだ。

 レムリア帝国の聖修道会の多くは姫巫女メディウム派であると主張しているが、本当かどうかは分からない。

 隠れ教皇派である可能性は十分にある。


 「いっそ、武力で無理矢理潰してしまうか?」

 「それはさすがに強引かと……少なくとも公会議を開かなくては」

 「だな……となると、やはり我らが姫巫女メディウム様に、チビセシリアに協力を仰ぐしかないな」


 エルキュールは笑みを浮かべた。

 セシリアが自分に惚れているのは、もうすでにエルキュールは分かっている。

 

 生真面目な子だが、所詮は女である。 

 女である以上、乗りこなせない道理はない。


 傀儡として、上手く利用すればいい。


 エルキュールは立ち上がった。


 「善は急げだ。セシリアのところに行くぞ」

 「はい、分かりました。お供いたします」


 エルキュールとルーカノスはノヴァ・レムリア大聖堂に向かった。

 現在はレムリア総主教座も兼ねているこの建物にセシリアは務めている。


 が、しかし今日は不在だった。


 「姫巫女メディウム猊下はどこへ行かれた?」


 ルーカノスはレムリア総主教であり、不在のセシリアの代わりを務めているクロノス・クローリウスに尋ねた。

 するとクロノスは答える。


 「今は市内で説教をしていらっしゃいます。姫巫女メディウム猊下がどこに行かれているかは、私も分かりません。あのお方は本当にどこへでも行くので……あ、ですがニア・ルカリオス殿ならば居場所を知っているかもしれません」


 そこでエルキュールとルーカノスはルカリオス邸に行き、勉強中だったニアにセシリアの居場所の心当たりを尋ねた。


 「セシ、姫巫女メディウム猊下の居場所ですか。まあいくつか心当たりはあります。ご案内致しますよ」


 勉強に飽きていたニアはこれはチャンスだと言わんばかりに、エルキュールとルーカノスを案内した。

 ニアが案内したのは大聖堂でも、教会ですらもない。

 そもそも屋根すらもない、ちょっとした広場だった。


 あまり身なりが良いとは言えない人々が、階段に行儀よく腰を掛けている。

 彼らの中心の中にセシリアはいた。


 台の上に乗り、身振り手振りを使って、人々に説教をしていた。


 「神の子はこの時、このように述べました。……」


 中々堂に入った様子で、人々も熱心に聞きこんでいる。

 エルキュールは思わず呟いた。


 「やるじゃないか。しかし草の根活動とは、何というか……セシリアらしい」


 邪魔するのも良くないので、三人はそのままセシリアの話を立ち聞きする。

 

 「案外、面白いな。分かりやすいし。まあ、坊主共の話は堅苦しいからな。俺はそれでも聞けるが、大概の人間からすればつまらないし、理解し難い。その点、セシリアの話は具体例が身近で分かり易い」


 エルキュールは感心したように頷いた。

 ルーカノスも頷く。


 「そうですね、中々良く練られています。話を分かり易くするために微妙にズレているところは多々ありますが、まあそれは彼女自身が一番分かっているのでしょうね。学のない民衆には、この程度で丁度良い……という感じでしょうか? 相手の知識に合わせて説明ができる、というのは非常に優秀である証拠です」


 ニアも自分の養父に同意を示した。


 「私はあまり詳しいことは分かりませんが、今まで聞いた説教の中では五指に入るほど分かり易い内容だと思います。……というか、姫巫女メディウム猊下にもユーモアのセンスがあったんですね。意外です」


 セシリアは時折、冗談を挟む。

 するとセシリアの冗談に反応して、民衆は楽しそうに笑う。


 中にはエルキュールも思わずにやけてしまうような冗談もあった。

 

 (あいつ、聖職者を失業しても芸人としてデビューできるかもな)


 セシリアならツッコミもボケも両方熟せるだろう。

 頭が良くないと芸人にはなれないとはよく言うが、なるほど確かにそうだとエルキュールは思った。


 「今日はここまでと致します。ご清聴ありがとうございました」


 最後にセシリアは丁寧に頭を下げた。

 説教が終わると、民衆たちは「今日も面白かった」などと感想を言い合いながら、その場を去っていく。

 エルキュールたちは民衆の動きに逆らう形でセシリアの下に向かった。


 「セシリア、お前ジョークのセンスがあるんだな。俺と一緒にデビューでもするか?」

 「これはエルキュール様! それにノヴァ・レムリア総主教とニアまで……聞いていらしたんですか? 言ってくださったら良かったのに」


 セシリアはエルキュールの渾身のボケを華麗にスルーした。

 どうやらエルキュールにはジョークのセンスが無いようだ。

 頭が良くないと芸人にはなれないかもしれないが、頭が良ければ芸人になれるわけではない。


 「邪魔すると悪いと思ってな。近日中に話合いをしたいのだが、少し良いか?」

 「ええ、構いませんよ。今日の夜は特に用事もありませんし。どこで致しますか?」


 エルキュールは少し考えてから、答えた。


 「私の執務室に来てくれないか? ちょっと政治色の強い話でな。あまり人に聞かれて良いような内容じゃない」

 「分かりました……では、今夜伺いますね?」

 

 


 



 「失礼致します、エルキュール様」

 「ああ、よく来てくれた。セシリア」


 エルキュールは自らドアを開けて、セシリアを招き入れた。

 そして護衛の兵士や召使に下がるように命じる。


 エルキュールはセシリアにソファーに座るように促した。

 そしてワイングラスに葡萄酒を注ぎ、簡単な肴が盛られた皿を置く。


 「まあ肩の力を抜いてくれ。政治色の強い話ではあるが、私と君の仲だ。そこまで堅苦しく話し合う必要は、無いだろう?」

 「ふふ、そうですね」


 エルキュールがウィンクを飛ばすと、セシリアも悪戯っぽそうに笑った。

 そしてワイングラスを持ち上げる。


 「では、乾杯」

 「乾杯」


 二人は葡萄酒を飲む。

 一気飲みをするような愚は犯さない。


 「しかし……姫巫女メディウムなのだから、もう少し豪華な服を着ても良いんじゃないか?」

 「まさか、そういうわけにはいきませんよ。……私なりにも、今回の事件は反省しているのです。これは全て、今までの姫巫女メディウムの、ペテロ家の傲慢さが招いたことですから。初心に戻ろうと思いまして」


 セシリアが着ているのは亜麻と麻で出来た、白い服だ。

 染色は一切されておらず、そして刺繍の類もない。


 姫巫女メディウムの正装は白い服なので、染色がないのは問題ないのだが……

 刺繍が一切施されていない服というのは異常だ。

 そして生地が亜麻と麻、というのも異常だ。


 先代姫巫女メディウムは絹の服を着ていたし、セシリアもレムリアにいた頃は絹の服に身を包んでいた。

 

 セシリアはそれらに絹の服を売り払ってしまい、粗末で質の低い服を仕立てさせて、身を包んでいた。

 

 「これでも案外、丈夫なんですよ」

 「まあ君が良いなら良いんだが」


 エルキュールは困っていない。

 但しルーカノスたちは困っていた。

 

 他ならぬ姫巫女メディウムが粗末な服を着ているのに、豪華な服を着るわけにはいかないからだ。

 ルーカノスたちも服の質を落とさざるを得ない状態になっている。


 「さて、本日は君に頼みがあってここに来てもらった。貨幣改鋳のために聖修道会や教会を説得して貰いたい。どうかな?」


 「まずはエルキュール様、いえ皇帝陛下の貨幣改鋳への目的、その意図について詳しく教えて頂けませんか? 私はそちらの分野に関してはさほど詳しくは無いのです。……貨幣不足を補うため、というのは何となく分かりますが」

 

 「了解した」


 エルキュールは丁寧にセシリアに自分の政策の目的を話した。

 セシリアはなるほどと、頷いた。


 「分かりました。ええ、人々の生活が豊かになり、そして帝国の財政がより強固になることは私の、そして教会全体の利益に合致致します。皇帝陛下にご協力することは吝かではありません」


 「では、頼まれてくれるな?」


 エルキュールがそう聞くと、セシリアは頷き……

 笑みを浮かべて言った。







 


 

 「嫌です」

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