第28話 舞台演劇 第二幕 殴りこみ
「さて、諸君。これから敵の本拠地に乗り込むわけだが……」
あと少しで上陸する……というタイミングでエルキュールは家臣たちを集めた。
今回エルキュールに同行するのは、カロリナ、ガルフィス、クリストス、ルーカノス、トドリス、ニアの六名と百人以上の護衛である。
レムリア市の政情は非常に不安定であり、何が起こるか分からない。
それ故に戦闘能力に長けた者が集められた。
「クロノス・クローリウスは俺が政治的な圧力で何とかする。まあ既に失脚したレムリア総主教くらいならば何とかなるだろう。問題はセシリアだ。俺がグレゴリウスならばクロノス・クローリウスを手放すことはあっても、セシリアを手放すことはない」
ミレニアの遺言が正しければ、既にセシリアには
もしそうだとすれば、真の継承者であるセシリアをエルキュールに渡すわけにはいかない。
「俺はセシリアを諦める代わりに、クロノス・クローリウスの身柄を確保する……という交渉を行う。その間に諸君らはセシリアがどこにいるか突き留めろ。帰国するタイミングでセシリアを救出し、そのままお持ち帰りする」
かなり強引な作戦を言った後、エルキュールは最後に注意点を述べる。
「さて知っての通りだが、レムリア市には悪魔祓いの結界がある。故に精霊術の行使は不可能だ」
悪魔祓いの結界。
メシア教会が開発した特殊な魔術である。
実のところ精霊とは悪魔である。
エルキュールが契約しているアスモデウスは特に悪魔として有名だ。
メシア教の教義的には悪魔とは、会話することも許されない。
だがメシア教がレムリア帝国に公認される際に……精霊=悪魔のままでは不味いということになった。
そこで教義が変更され、精霊は精霊で悪魔ではないということになったのである。
または悪魔ではあるが、良い悪魔だからセーフ。
のような謎理論で説明されることもある。
そもそもだがエルキュールやカロリナたちが契約している七十二柱の悪魔は元々、メシア教の源流である六星教の大王に使役されていた。
まあどんなにいい訳しても悪魔は悪魔なので、悪魔祓いの結界に弾かれてしまうのだ。
「そういうわけでセシリアを救出するのは……ニア、お前の仕事だ。良いな?」
「はい、陛下。分かっています……必ず助けます」
ニアは頷いた。
精霊術が使えない以上、身分の高いカロリナやガルフィスたちを投入するのはメリットよりもデメリットが上回る。
だがニアはルーカノスの娘とはいえ養子であり、そして
そして切り捨てても国政に影響が出ない。
それに彼女には……
「それと……クリストス、お前にはレムリア市に入らず、船を守ってもらう。ガルフィス、お前はレムリア市の外で兵百人と共に待機しろ。護衛は二十人ほど連れて行く。カロリナ、ルーカノス、トドリス、ニアには一緒にレムリア市に入ってもらう」
エルキュールは最後の指示を出し……
ついにレムリア市から少し離れた外港に上陸した。
エルキュールがレムリア市に到着した時にはクロノスの処刑まであと三日にまで迫っていた。
レムリア大聖堂の奥ではグレゴリウスが待ち構えていた。
「よく来てくれた、
エルキュールは不愉快そうに眉を顰めた。
エルキュールはこの男に自分の名前を呼んでも良いと許可した覚えはない。
敬語を使わなくても良いと許可した覚えはない。
だが……ここで名前で呼ぶなと言うのは大人げない。
故にエルキュールは笑顔を浮かべた。
「ああ、招いてくれてありがとう。私のことはエルキュール陛下と……呼んでくれて構わない。グレゴリウス
そう言ってエルキュールはとてもフレンドリーな笑みを浮かべ、グレゴリウスの肩をポンポンと叩いた。
無論、
グレゴリウスは顔を引き攣らせた。
だが先にエルキュールのことを「エルキュール陛下」と呼んだのはグレゴリウスである。
咎めるわけにもいかず、苦笑いを浮かべるしかなかった。
(この長耳猿め……破門してやろうか)
(この俺を名前呼びとは良い度胸している。俺を名前で呼んでいいのは父と母と神と先代
案外多い。
さて、出会ってすぐに政治的な話をするのも良くないだろう。
ということでその日は食事会が開かれた。
「いやー、グレゴリウス君! グレゴリウス君!!」
食事の席ではエルキュールは物凄くフレンドリーにグレゴリウスと話をしていた。
傍から見ればとても気が良い奴だ。
しかしカロリナやルーカノスたちは針の筵の上にいる気分だった。
それもそのはずで、グレゴリウスを含めレムリアの聖職者たちが皆非常に不機嫌そうな表情を浮かべていたからである。
最初は己の君主を名前呼びした無礼な坊主に対し、怒りを覚えていたが……
エルキュールのあまりの態度に逆に恐縮してしまっていた。
世の中にはTPOというものがある。
フレンドリー過ぎる態度は逆に相手に非常に失礼になる。
無論、エルキュールは分かっている。
TPOを弁えろ、と叱ればエルキュールは不思議そうな顔でこう答えるだろう。
「弁えているじゃないか」と。
「いやー、グレゴリウス君と飲む酒は美味い! さあ、グレゴリウス君も飲みたまえ!」
「い、いえ……もう私は十分……」
「何言ってるんだ! 先程から全然飲んでないじゃないか!!」
などと言って、エルキュールはぐいぐいと酒精の強い酒をグレゴリウスに飲ませる。
全然飲んでいないと言っているが、もうすでに葡萄酒のボトル二本が空になっている。
「(あれは酔っているんでしょうか?)」
トドリスは小声でカロリナに尋ねた。
カロリナは首を横に振る。
「(分かりません……私は陛下が泥酔したところを見たことがありません)」
ルーカノスは小さく首を縦にふり、カロリナに同意する。
「(私もです。あの人は強いですからね……明らかにアレは酔っているフリです。明日の会談の前にグレゴリウスを悪酔いさせ、調子を崩すつもりなのでしょう)」
人に迷惑をかけることに関しては天才的な男である。
カロリナ、ルーカノス、トドリスはつくづく思った。
(((陛下の臣民で良かった……)))
会談が終わる頃にはグレゴリウスは完全に泥酔してしまった。
結果、セシリアの左足の中指の爪が助かったのは結果オーライである。
一方、ニアはレムリア市で聞きこみ調査をしていた。
セシリアの居場所を突き止めるためである。
寂れたとはいえ、レムリア市にも市民は住んでいる。
その中には当然、セシリアに対して同情的な者も大勢いた。
その中でいくつか、有力な情報が手に入った。
曰く……グレゴリウスには嗜虐癖がある。
曰く……別邸の地下に拷問室を持っている。
曰く……定期的にそこに異端者の疑いを掛けられた者が連れ込まれ、そして彼らは必ず自白する。
曰く……クロノス・クローリウスも連れ込まれた。
曰く……十七日前にも誰かが連れ込まれている。
ニアは連れ込まれたのはセシリアである可能性が高いと判断した。
そして……
「さあ、吐きなさい!!」
「う、うぐぅ……」
屋敷を出入りしていた兵士の一人を隙を見て誘拐し、路地裏でリンチした。
徹底的に殴り、蹴り、頭を蹴り飛ばす。
容赦はない。
ニアの中ではえるきゅーるさまは絶対的正義であり、えるきゅーるさまに逆らう人間と、それを邪魔する人間は絶対的悪である。
そして正義の力で悪を成敗するのは正しいことだ。
えるきゅーるさまのためならば如何なる行動も許される。
猿轡を嵌めさせられているため話すことはできないが……
兵士は首を横に振る。
ニアはそれを否定の意味で受け取った。
「ああ、そうですか……それは残念です」
ニアは嗜虐癖な笑みを浮かべ……
思いっきり兵士の股間を蹴り飛ばした。
ブチ
潰れてはいけない物が潰れた。
「!!!!!!」
兵士は白目を向いて気絶する。
だがニアは兵士の顔を何度も殴り、再び意識を無理やり覚醒させた。
「今、右側を潰しました。バランスが悪いので左側も潰そうと考えているんですが、どう致しますか? 潰してほしかったら首を縦に、嫌だったら横に振ってくださいね?」
ニアは可愛らしい笑みを浮かべた。
兵士は泣きながら首を横に振った。
ニアは猿轡を外す。
尚、ニアの足は兵士の股間に食い込んだままなので……大声を出せば、すぐにニアの全体重が足に掛かり、兵士の生殖機能が失われることになる。
「ま、間違いない……セ、セシリア・ペテロが収監されている。か、彼女には悪魔と性交した疑いがかけられているんだ!」
「本当ですか?」
「ほ、本当だ!! し、信じてくれ……」
「そうですか……」
ニアは笑みを浮かべ……
再び猿轡を兵士に嵌めた。
暴れ出す兵士の股間を思いっきり蹴り上げる。
ブチ
左側が潰れた。
幸か不幸か、今度は気絶しなかった。
泣きじゃくり、鼻水を垂らしている兵士の猿轡を外し……
ニアは兵士の耳元で囁く。
「嘘を言っていますよね?」
「い、言って無い!! ほ、本当だ……信じてくれ!!」
どうやら本当のことのようだ。
ニアは満足気に頷き……
剣を抜き、兵士を殺した。
「これは処分しておいてください」
ニアはエルキュールから宛がわれた部下に命じて、兵士の死体を処理させる。
この後すぐに兵士の体はバラバラに解体され、市内を通る川に流されることになるだろう。
「さて……いくら兵士一人とはいえ、消えれば騒ぎになりますからね。明後日までには助けないと……」
そしてニアは空を見上げ……
呟いた。
「……謝ってもらうまで、死なれちゃ困まるし」
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