第27話 舞台演劇 第一幕 悲劇のヒロイン

 良いニュースと悪いニュースがあるが、どちらを聞きたいか。

 

 映画ではよくある質問である。

 だがまあ、良いニュースがある分だけマシだ。


 現実では悪いニュースは連続することが多々ある。


 さて初めにエルキュールに齎された悪いニュースは……

 姫巫女メディウムが崩御したことである。 

 

 そしてグレゴリウスという男が教皇なる謎の地位に即位したところである。


 この教皇という地位はレムリア総主教を兼任するらしく、前任のレムリア総主教であるクロノス・クローリウスは失脚した……とのことである。


 そして一週間後、続々とレムリア帝国に亡命者が押し寄せてきた。

 皆、レムリア総主教座に於いて大きな力を持っていた親レムリア派の聖職者たちであり、ミレニア・ペテロの忠臣であり、本来ならば若いセシリアを支えるべき者たちであった。


 彼らが言うには前任のレムリア総主教であるクロノス・クローリウスは異端審問に掛けられている最中であり、セシリアも幽閉されているとのことである。


 そしてほぼ同時にレムリア総主教座、自称レムリア教皇庁から「姫巫女メディウム制度は廃止されました。今日から私が教皇であり、メシア教世界のリーダーだからよろしく。これはみんなで決めたことだから、君には関係ないよ。文句は言わせないからね。いろいろ話し合いたいからレムリア市まで来て」という趣旨の手紙が来た。







 

 「何だ!! この図々しい態度は!!!! 誰が貴様のような爺をメシア教の指導者として認めるか!!!! 俺は美少女以外、姫巫女メディウムとして認めないぞ!! TSしてから手紙を送れ!!!」


 エルキュールは怒鳴り声を上げ、手紙をビリビリに破り捨てた。

 ついでに紙を靴で踏みつける。


 掃除が面倒になるのでやめて頂きたい。


 「その理論だと前の姫巫女メディウムも認められないことになりませんか?」


 一応ルーカノスがツッコミを入れる。


 「昔は美少女だったらしいぞ。というかセシリアを見れば分かる」


 セシリアはミレニアの玄孫である。

 DNA的にミレニアが昔は美少女だったことは何となくエルキュールも分かる。


 「というかミレニア猊下の過去はどうでもいい。そんなことよりも、誰だ? グレゴリウスってのは。何だ? 教皇っていうのは!!」

 「レムリア総主教座に於ける、反レムリア派の指導者ですよ。ミレニア猊下の曾孫に当たる方です。彼の説明によると、教皇というのは全ての総主教座の首位のようですよ。全てのメシア教徒の指導者だとか」


 ルーカノスがそう言うとエルキュールは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


 「全てのメシア教徒の中でトップ? 俺より上とは良い度胸しているな!」

 「私に怒らないでくださいよ」


 ルーカノスは苦笑いを浮かべた。

 

 「それでどう対応致しますか?」

 「せっかくお招き頂いたんだ。行ってやろうじゃないか、レムリア総主教座に。そして……セシリアと、ついでにクロノス卿も連れ帰る。船を用意しろ!!」



 





 さてエルキュールが船を用意し、レムリア総主教座に乗り込む準備をしている頃……

 レムリア市の中にある、とある建物の地下室に……二人の人物がいた。


 一人は銀色の髪の男性である。

 年は五十代半ば程で、特に目立った身体的特徴が無いことから人族ヒューマンであることが分かる。

 真っ白の法衣を身に纏っている。


 もう一人は銀髪の美しい少女だった。

 こちらは少し黄色くくすんだ、粗末な服を着ていた。

 

 足には金属製の枷が取り付けられている。


 「何度も言っている……私に協力しなさい。セシリア」

 「何度も申し上げておりますが、私はあなたの悪事に加担するつもりはありません。……悪いことは言いません。いい加減やめなさい」


 少女―セシリアは男―グレゴリウスの言葉を跳ねのけた。

 そしてグレゴリウスを睨みつける。


 グレゴリウスは若干イライラした声で言った。


 「そうかね……では君は一生囚われの身だが、良いのかな?」

 「面白い冗談です。あなたは二百年以上、生きるおつもりですか? 姫巫女メディウムでも長耳族エルフでもないのに」


 セシリアが笑みを浮かべて言うと、グレゴリウスの額に青筋が浮かんだ。


 既に継承魔法、『神の祝福』はミレニアからセシリアへ譲渡されていた。

 権力を奪うことはできても、魔法を奪うことはできなかったのだ。


 『神の祝福』は初代姫巫女メディウムから今代のセシリアまで、脈々と受け継がれてきた魔法である。

 この魔法は継承者の寿命を伸ばす効力がある。


 グレゴリウスはイラついた表情を浮かべていたが……

 すぐに余裕のある笑みへと変わった。


 「では逆に聞こうか。君は天寿を全うすることができると本当に思っているのかね」

 「……何が言いたいのですか?」


 グレゴリウスはニヤリと笑う。


 「前任のレムリア総主教クロノス・クローリウスの有罪が決まり、無事彼は火刑に処されることになった」

 「ゆ、有罪? な、何の話ですか?」


 セシリアは姫巫女メディウムの死後、すぐに捕まって幽閉された。

 それ故にレムリア総主教座内部で起こった政変も、クロノスが異端審問に掛けられていたことも知らなかったのである。


 「彼は自ら異端であり、悪魔と性交し、契約したと自白したのだ」

 「そ、そんなわけがありません! 彼が悪魔と契約したなど……」

 「事実として彼はそう言った。サインもある」


 グレゴリウスはニヤリと笑みを浮かべた。

 セシリアの背筋に冷たい汗が伝った。


 セシリアの知る限り、クロノスは非常に敬虔な信徒である。

 異端なはずがない。

 ということは即ち……自白を強要された、ということである。


 つまり拷問された可能性がある。


 セシリアが強張った表情を浮かべていると、グレゴリウスはパチンと指を鳴らした。

 すると彼の背後から兵士が現れ、セシリアの両腕を掴んで無理矢理立たせた。


 鎖が外され、目隠しをされる。


 「な、何をするんですか?」

 「一足先にあなたには移動して貰う。ごう……いえ、尋問室にね。二十日後にはクロノス・クローリウスの処刑が行われる。それが済み次第、早急にあなたへの尋問を行います」

 「じ、尋問?」


 グレゴリウスは野卑な笑みを浮かべた。


 「あなたにも同様に悪魔と性交し、契約した……魔女の疑いがかかっているのですよ」

 「む、無茶苦茶な! そんなことあるわ……」


 セシリアの声が途中で止まった。

 グレゴリウスの拳がセシリアの腹にめり込んだからである。


 「げほ、げほ……っく、ぼ、暴力的な……あなたの方がクロノスや私よりもよほど怪しい……」

 「早く自白しないと、今よりよほど痛い目に遭うことになる」


 グレゴリウスはそう言って……

 兵を引き連れて移動した。


 セシリアは兵士に引きずられるように移動させられた。







 「こ、ここは一体……」


 目隠しを外されたセシリアは周囲を不安そうに見渡した。

 真っ暗闇で何も見えない。


 「灯りを付けろ」

 「はい」


 グレゴリウスの命令を受け、兵士が灯りを灯した。

 徐々に部屋の全貌が明らかになる。


 「あ、悪趣味な……」

 

 思わずセシリアは呟いた。

 

 セシリアが「悪趣味」と形容するのも無理は無い。

 壁一面には拷問具がずらりと飾られていたからである。

 そして所々に赤黒い染みがあった。


 おそらく、エルキュールは「良い趣味」と褒めるだろうが。


 「ここには数日前までクロノス・クローリウスが寝泊まりした部屋だ」

 「ベッドも無いとは酷い宿ですね」


 別に何も怖くない。

 と言わんばかりにセシリアは言った。


 しかし声が震えているため、恐怖しているのは明白だった。


 「座らせろ」


 グレゴリウスの命令で兵士はセシリアを部屋の中央にあった金属製の椅子に座らせた。

 そしてそのまま手足を拘束させられる。


 「さて本格的な尋問が始まるまで二十日と言ったが……その前に予備尋問を行おう」


 グレゴリウスは笑みを浮かべた。

 その手には金属製のペンチのようなものが握られていた。


 「手足の指の数は二十。そしてクロノス・クローリウスの処刑まで二十。一日一枚、丁度良いと思わないかね?」

 「わ、私は全く思いませんけど……」

 「そうかね。それは残念だ」


 グレゴリウスはセシリアの爪をペンチで挟んだ。

 そして穏やかな笑みを浮かべる。


 「覚悟は良いかね?」

 「勝手にやれば良いでしょう。……私は無実です。神は全てを見ておられます」


 セシリアはせめてもの抵抗として、グレゴリウスを睨みつけた。

 

 そして……














 セシリアの絶叫が響き渡った。

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