第25話 同盟締結

 さて、十二月に誕生日を迎え二十一歳となったエルキュールはそのまま新年を迎えた。

 そして新年から一月過ぎた二月。


 エルキュールはトドリスとガルフィスを引き連れて……

 ハルーザ海北東部の地にいた。


 ハルーザ海はハヤスタン王国東側の塩湖である。

 一応、ショッパイから海と言っても間違いというわけでもないが。


 尚、キャビアが産出するのはこのハルーザ海である。


 さてハルーザ海と接している国はハヤスタン王国以外にあと二つある。

 一つはハルーザ海南側の沿岸国、ファールス王国。


 そして……北東側の沿岸国である遊牧国家黒突である。

 

 エルキュールがハルーザ海北東部に訪れたのは……

 黒突の可汗(カガン)と会うためであった。


 両国はハルーザ海沿岸に天幕を張った。

 西側ではレムリア帝国の国旗が、東側では黒突の旗がはためいている。


 見渡す限り、草原と荒野が広がっている。

 エルキュールは通訳としてトドリス、護衛としてガルフィスを伴って、馬に乗ったまま東側の天幕へと近づいていく。

 一方、黒突の可汗(カガン)も一人の通訳と護衛を連れて、馬に乗ったまま西側へと近づいていく。


 両者は双方から等距離の位置で鉢合わせした。

 エルキュールは初めて出会った黒突の可汗(カガン)を観察する。


 耳はやはり長く、長耳族エルフの血が入っていることは分かる。

 目の色は青色、肌は黄色で……髪は黒い。

 顔の彫は浅くもなく、深くもない。


 少なくともエルキュールやルナリエたちとは、顔の造形がかなり違う。


 「よく来てくれた、零霧利亜レムリア国の王よ。我は伊汗可汗イカンカガン。黒突の可汗(カガン)である」


 馬に乗ったまま、伊汗可汗イカンカガンはエルキュールに挨拶をした。

 エルキュールもまた同様に名乗りを上げる。


 「招いてくれて、ありがとう。イカンカガンよ。私はレムリア帝国、皇帝エルキュールだ」


 すぐさまトドリスと……

 黒突側の外交官が通訳をする。


 (以下、互いに通訳を通していることを前提とします)


 「今更だが、波留守ファールス国に勝ったと聞いている。おめでとう」

 「ありがとう。だが、これもあなた方がファールスの背後を脅かしていてくれていたからだ。おかげで交渉で有利に立てた」

 「それはお互い様だ」


 両者の会談は和やかなムードで始まった。

 それぞれが互いの軍事的な功績を称え合う。


 両国ともにファールス王国を仮想敵国とし、そして両者共にファールス王国に勝利したことがあるというのも、共通の話題となった。


 さて……

 話が弾んだところで、エルキュールは本題に入った。


 「さて、我が姉リナーシャの嫁入りの件だが……我が国としては貴国との恒久的友好のために、是非とも前向きに考えたいと思っている」


 エルキュールの言葉に……

 伊汗可汗イカンカガンの表情が穏やかになった。


 黒突は長耳族エルフの嫁を貰うことで、支配者層だけが長耳族エルフ化した嫁入り型長耳族エルフ国家である。

 故に定期的に長耳族エルフの血を外国から取り込んでいる。


 そして……伊汗可汗イカンカガンは己の一族の権力を確かなモノとするために、長耳族エルフの中でも特に名門とされるユリアノス家の血を欲していた。


 一方レムリア帝国はファールス王国と対抗するため、頼れる同盟国を探しており……

 両者の利害は一致していた。


 故に政略結婚の話に関しては先代皇帝ハドリアヌスの時代から続いていた。


 ただ……続いてはいたが、進展はあまりしていなかった。

 ハドリアヌス帝からすれば可愛い一人娘を蛮族の嫁になど出したくないという気持ちがあったし、伊汗可汗イカンカガンとしてもハドリアヌス帝は同盟を結ぶには少々力不足に思えていた。


 少なくともまともに戦争に勝てる、強い君主でなくては同盟を結ぶことはできない。

 伊汗可汗イカンカガンはそう考えていた。


 遊牧民の世界は実力主義であり、指導者には戦争の能力が求められる。

 戦争が下手な指導者であったハドリアヌス帝は伊汗可汗イカンカガンに見下されていたし、伊汗可汗イカンカガンもハドリアヌス帝に見下されていた。


 まあ両者共に気質が合わなかったのである。


 だがエルキュールが即位し……

 ファールス王国に勝利してから、話は急速に進み始めた。


 伊汗可汗イカンカガンがエルキュールを強い君主だと認めたのである。

 そしてエルキュールも(少なくとも表面上は)伊汗可汗イカンカガンを見下さなかった。


 両者の気質が合った。

 

 こうなると利害が一致していることもあり、話はとんとん拍子に進む。

 結果、外交官同士の交渉が佳境に入り……

 ついに君主同士の顔合わせとなったのである。


 「だが……いくつか、条件がある」

 「ふむ、何かね」


 エルキュールは指を一本立てた。


 「一つ……リナーシャはメシア教徒だ。貴国の文化風俗を尊重するのも大切だが、メシア教徒として最低限守らなければならないものも存在する。それを尊重して頂きたい」

 「無論だとも。我が国は宗教に拘りはない。滅師亜メシア教の者も我が国には大勢いる」


 伊汗可汗イカンカガンの言葉に嘘偽りはない。

 諸部族連合体である黒突には様々な文化風習宗教の民族が存在するのだ。

 

 当然、メシア教徒や聖火教徒も存在する。


 「二つ……私は姉のために正式に聖職者を派遣したい。それを受け入れて欲しい」

 「ふむ……まあ、良いでしょう」


 無論だが、姉のためというよりは黒突でメシア教を布教するためである。

 だが黒突という国はさほど宗教に拘りはない。

 伊汗可汗イカンカガンはあっさりと受け入れた。


 「三つ……姉を幸せにしてやって欲しい」

 「それは勿論だとも!!」


 伊汗可汗イカンカガンは笑顔を浮かべた。

 こうしてレムリア帝国と黒突の間で政略結婚が成立し……


 リナーシャは黒突に嫁ぐことになったのである。



 



 さて、それから一か月して三月となった。

 様々な外交的手続きが終わり……ついに別れの時がやって来たのである。


 「ではリナーシャ。達者で」

 「と言っても、十年に一度は里帰りしますけどね、陛下」


 ハルーザ海沿岸でエルキュールとリナーシャは別れの挨拶を交わしていた。

 リナーシャの後ろでは伊汗可汗イカンカガンが待っている。


 「で、どうかな? 私が用意した結婚相手は。あなたのお眼鏡に叶ったかな?」

 「ええ、陛下。中々素敵な方です。若干体臭が気になりますが」

 「風呂に入る習慣がないらしいからな。そればかりは我慢して頂かないと困るが」


 二人は笑い合った。

 母親は違うが、基本仲が悪い王侯貴族の兄弟同士としては、エルキュールとリナーシャは仲が良い方であった。


 「では十年後に、また。その時は甥っ子か姪っ子をお見せしますよ。皇帝陛下」

 「さてさて十年でできるのやら。まあ、期待して待ちましょう」


 リナーシャは踵を返し、伊汗可汗イカンカガンに駆け寄った。

 ユリアノス家は美形揃いの長耳族エルフの中でも特に美形が多く、リナーシャはレムリア帝国一の美女と言っても過言ではない。


 そのためか、伊汗可汗イカンカガンはずっと鼻の下を伸ばしていた。

 ぱっと見、相性は悪くないように見える。


 (まあ、一人で嫁ぐわけでもないし大丈夫だろう)


 当たり前の話だが、リナーシャが黒突に単身で乗り込むというわけではない。

 伊汗可汗イカンカガンとの約束通り、聖職者、具体的には開墾修道会の修道士が同行するし、リナーシャと長年連れ添って来た奴隷や召使たちも多数同行している。


 またセットで十人ほど混血長耳族ハーフ・エルフの女性も同行している。

 彼女たちは向こうで、嫁のいない黒突貴族に宛がわれるのである。


 結果的に百人程度がリナーシャに同行して、黒突に行くことになっていた。


 皇族の結婚はそういうものだ。


 (ん?)


 どういうわけか、伊汗可汗イカンカガンがこちらに歩み寄って来た。

 すでに別れの挨拶は済ませてある。

 どういうことか?


 さらに疑問なのは……彼が通訳以外に、別の少年を引き連れていることだ。

 黒い髪に灰色の瞳、容姿はかなり整っている。


 「申し訳ない! 大切なことを忘れていた……皇帝陛下。どうかこの子を預かって頂けないかね?」

 「ジェベと申します、陛下」


 少年は流暢なファールス語で挨拶をした。

 そこそこ教養はあるようだ。


 「ふむ……それはどういう意味かね? そしてこの少年はどのような立場の者なのかね? それが分からない限り、返答できない」


 エルキュールは答える。

 トドリスの翻訳を聞き、伊汗可汗イカンカガンは頷いた。


 「うむ。この子は私の弟の子供……つまり甥に当たる。だが私の弟は……まあ、少々ヤンチャをしてね。謀反の罪で処刑されることとなった。しかしこの子は当時は赤子でね。さすがに赤子を殺すわけにはいかなかった。だがこれ以上国内に置いておけば争乱の種になるだろう。だから預かって貰えないかね? 召使、護衛としていろいろと役立てて貰って構わない」

 「……まあ、良いでしょう」

 

 エルキュールは頷いた。

 つまり体のいい厄介払いである。


 リナーシャが伊汗可汗イカンカガンに嫁いだ以上、エルキュールがこのジェベ少年を使って、黒突の内政を搔き乱すメリットはないため。ジェベ少年にとっても伊汗可汗イカンカガンにとっても、レムリア帝国はいろんな意味で安全なのだろう。


 それにジェベ少年を通してレムリア帝国にコネクションができる。

 

 (あと……多分だが、男娼として俺の寵愛を受けてくれれば万歳とでも、思っているんだろう)


 黒突には同性愛の文化があると、エルキュールは聞いていた。

 別に珍しい話でもない。


 大昔のキリス人も「男同士の愛は本能に依るものではないから、真実の愛である。素晴らしい」などと言って、多くの男性同士の愛に関する詩を残している。

 

 古代レムリアでも美少年への愛は珍しくはなく、愛人の少年が死んで嘆き悲しんだ皇帝が、新たに建設する植民市にその少年の名前を付ける、などということをしている。


 (ちなみ古代レムリアではケツの穴に入れるのはオッケーだが、逆にケツの穴に入れられるのはアウトである。抱くのは男らしいが、抱かれるのは女々しい。女々しい奴は政治家・軍人として相応しくないという理論である。エルキュールの父祖もこれをネタに政治的に攻撃されていたりする)


 日本の戦国武将も大体、男色家だ。

 現代日本でも十三人に一人はLGBTと言われている。


 実際ジェベはかなりの美少年である。

 「いろいろ」役立てて欲しいなどと言う辺り、そういう期待を伊汗可汗イカンカガンが抱いている可能性は高い。


 エルキュール自身、そういうことに偏見は無い。

 自分自身も倒錯的嗜好を持っていることもあり、自由にやって良いと思っている。


 だが今のところエルキュールにはそっちの趣味はない。

 そもそもメシア教では同性愛は御法度だ。


 同性愛者の疑惑だけで政治家一人を失脚させたり、場合によっては死刑にして財産を没収できてしまうような恐ろしい世界である。

 

 まあ、おそらく伊汗可汗イカンカガンはその辺の事情は知らないのだろう。


 「では今度こそ、お別れだ。私の姉をよろしくお願いする」

 「無論だとも。では、また機会があったら会おう。兄弟」


 今度こそ、エルキュールは伊汗可汗イカンカガンと別れた。


 




 さて、それから帰り道。

 エルキュールは一応、ジェベに言っておこうと思い……


 「一応言っておくが、俺には男同士の趣味はない。それは期待するなよ?」


 美少女に「抱いてください!」と迫られるのは好きだが、美少年に「抱いてください!」と言われるのは正直微妙である。

 美少女と見間違うレベルの美少年だったら嬉しいかもしれないが、ジェベは美少年とはいえそこまで女顔ではない。

 

 「それは本当ですか?」


 ジェベはエルキュールに尋ねた。

 エルキュールは大きく頷く。


 「そもそもメシア教は同性愛禁止だからな」


 だから絶対にやめろよ、政治問題になりかねないからな?

 と念を押す。


 するとジェベは……


 「それは良かったです。心の底から安心いたしました。……俺も無いですから」

 「……それは本当に良かったな」

 

 異国の地に男娼として売り払われるとか、人生ベリーハードなんてもんじゃない。

 さぞや不安だったに違いない。


 エルキュールは心底ジェベに同情した。

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