第24話 修道会


 さて、そうこうしている間に前夜祭の日を迎えた。

 明日は降臨祭で、メシア教徒にとっては最大の祭りである。


 ついでにニアの誕生日でもあった。


 「まあ……しかしあとしばらくすれば新年か。来年も良い年だと良いのだが……」


 エルキュールは窓の外を眺める。

 今日はエルキュールがニアと出会った日と同じように、雪が降っていた。


 庭ではカロリナ、ルナリエ、シェヘラザード、ニアの四人が雪合戦をしているのが見える。

 ……ニアはともかくとして、三人には大人としても貴人としてもどうなのだろうか?


 とはいえ、楽しんでいる四人に水を差すようなことはしない。

 

 「寒いのによくやる。俺は外になんて、出れないよ。なあ、シファニー」

 「あの……動けないのですが」

 「動くなよ。動かれると寒いだろ」


 エルキュールは膝の上に自分専属の召使を乗せていた。

 黒髪黒目、巨乳の人族ヒューマンだ。


 専属召使になるだけあって、容姿は長耳族エルフに引けを取らない。


 「うーん、寒い……」

 「暖炉に薪をくべますか? どちらにせよ、移動する必要がありますが」

 「お前が薪をくべてから戻ってくるまでの間が寒いだろう」


 エルキュールとシファニーが座っているソファーから、暖炉まではそこまで距離はない。

 ほんの少しの間だけなのだが、エルキュールは我慢できないようだ。


 というより、寒いというのは建前でシファニーといちゃついていただけのように見える。


 「くんくん……お前、香水変えたか?」

 「あ、はい……前の方が良かったですか?」

 「これはこれで好きだよ。そもそも俺がお前の体臭を嫌いになるわけないじゃないか」


 などと言いながら、エルキュールはシファニーのうなじに舌を這わせる。

 シファニーは体をビクリと震わせた。

 

 「あ、あの……へ、陛下?」

 「政務は済ませたし、俺の愛しの妻は雪合戦に忙しい」


 エルキュールはそう言って、シファニーの服に手を掛けた。

 右手で胸元のボタンを外しながら、左手で太腿を撫でる。


 二人が熱く燃え滾っているところに……



 「皇帝陛下、御来客です。お通ししても宜しいでしょうか?」


 外から衛兵の声が聞こえてきた。

 エルキュールは酷く不機嫌そうな表情を浮かべてから、シファニーを拘束していた手を放す。


 シファニーは慌ててエルキュールの膝の上から降りて、衣服を正した。


 「入って宜しい」


 エルキュールがそう言うと……

 ドアが開き、二人の男が姿を現した。


 まず向かって右側の男が一歩前に進み出た。

 真っ白い修道服を着て、綺麗に髭を剃っている。


 年齢は四十代半ば程だ。


 「開墾修道会、会長。パトリック・アラーニャと申します。本日は皇帝陛下の命により、参上いたしました」


 次に向かって左側の男が一歩前に進み出た。

 こちらも白い修道服を着ているが……パトリックよりは少しみすぼらしい。


 年齢は三十代前後に見える。


 「兄弟修道会、会長。ジュリアーノ・ブランカと申します。本日は皇帝陛下の命により、参上いたしました」


 そんな二人をエルキュールは笑顔で迎えた。

 先程の不機嫌そうな顔が嘘のようだ。


 「よく来てくれた、アラーニャ殿。ブランカ殿。まあ、まずは座ってくれたまえ」


 エルキュールは二人にソファーへ座るように促した。

 二人が座るのと同時に、シファニーが紅茶とお茶請けを持ってきて、テーブルに並べた。


 これを見た兄弟修道会会長は顔を顰めた。


 「皇帝陛下。このような高価なものは教義に反します。誠に申し訳ございませんが……」

 「ふむ……しかしあなたが飲まなければそれは捨てられることになる。その方が教義に反するのではないかね? 神が我らに与えてくださった食物を粗末にすることは罪深いことではないか?」


 そう言われた兄弟修道会会長はその通りだと思ったのか、紅茶を飲み……

 茶請けを口に入れた。


 何だかんだで美味しかったのか、表情が穏やかになった。


 さて……三人が和やかにお茶を飲み、世間話をしている間に修道会、修道院について説明しよう。


 修道会とは姫巫女メディウムの認可を受けた上で、メシア教の倫理道徳の中で共同生活を行っている組織・団体である。

 個々の一つ一つは修道院であり、それが一つに纏まって修道会となる。


 基本的にその程度の認識で問題無い。


 修道会にはいくつか種類があるが、今回エルキュールが招いたのは近年設立されたばかりの二つの修道会、開墾修道会と兄弟修道会である。


 開墾修道会は土地の寄進を拒否し、自らの手で土地を開墾し、農民たちのその技術を伝道することを主な活動内容としている。 

 主な活動拠点はフラーリング王国で、現在三圃式農業をフラーリング王国国内の農民たちに広めていた。


 兄弟修道会は財産の保持を否定し、衣服以外の私有物を持たず……

 托鉢を受けて生活をし、その中でメシア教の教えを広げることを主な活動内容としている。

 

 両者に共通しているのは、基本的に贅沢を悪と見做していることと、非常に熱心なメシア教の信者であるということだ。


 「君たちの活動は素晴らしい! それに比べて聖修道会ときたら……」


 エルキュールは開墾修道会と兄弟修道会を持ち上げ、逆に聖修道会を扱き下ろした。

 聖修道会は現在、メシア教世界に於いて最大の勢力・権力を有する大修道会である。


 中央集権的な組織を持ち、世界中に支部を持つ。

 今代の姫巫女メディウムであるミレニアは聖修道会出身であり、そしてセシリアも一応在籍しているとか。


 その活動内容は世俗権力からの束縛・支配を跳ねのけ、司教たちの腐敗・汚職・聖職売買シモニアを批判、そして姫巫女メディウムの権威・権力を高めることを目的とする。


 つまりエルキュールの天敵である。

 しかし広大な荘園を持っていて、エルキュールもなかなか手が出し辛いのが実情だった。


 エルキュールに出来たのはレムリア帝国内の彼らの荘園に対し、課税をする程度であり……彼らの活動を封じることはできていなかった。

 まあそれでもエルキュールは聖職叙任権を手放していないので、軍配は今のところエルキュールに上がっている。


 先程も述べた通り、聖修道会は広大な荘園を持ち、大きな経済的力を有している。

 つまり金持ちなのだ。


 メシア教の教祖である神の子は「金持ちは地獄行き」と……まあ、そこまで直接には言っていないが、天国に行くのは難しいと述べている。

 メシア教倫理に於いて、清貧であることは美徳であり、逆に豪華絢爛・装飾華美は悪徳である。


 だが実際聖修道会の修道院に訪れてみれば分かるが、「うわぁお」となる程度には豪華絢爛・装飾華美である。

 下手な貧乏借金貴族の方がよほど清貧で、修道士的な生活をしていると言える。


 そのため批判の対象となり……

 開墾修道会や兄弟修道会はそのような聖修道会に対抗し、非難するために誕生した。


 敵の敵は味方理論に従って、開墾修道会と兄弟修道会はエルキュールの味方である。


 何だかんだで褒められれば嬉しくなるし、嫌いな奴を批判されれば共感する。

 開墾修道会会長と兄弟修道会会長の二人の好感度が上がってきたところで……


 エルキュールは本題に入った。


 「さて、実はお二方に頼みたいことがあってね」


 エルキュールは真面目な顔で言った。

 エルキュールの雰囲気が変わったことを察して、二人も背筋を伸ばした。


 「最近、私がタウリカ半島や島々を征服したことは聞いているだろう。そこであなた方に積極的に活動して頂きたいのだよ。無論、支援は惜しまないつもりだ」


 タウリカ半島やチェルダ王国から奪った島々には異教徒・異端者が多い。

 エルキュールは彼らに正統派メシア教への改宗を促したいのだ。


 「それと……開墾修道会にはタウリカ半島の開墾に是非とも協力して欲しい。あそこは地味豊かな土地だが……農業技術が未熟で、土地の開墾も進んでいないのだよ」


 タウリカ半島やさらにその北部に広がるクマニア平原はチェルノーゼムと呼ばれる肥沃な土地が広がっている。

 小麦の栽培に非常に適しており、エルキュールはここをミスル属州に次ぐ第二の穀倉地帯として開墾しようと考えていたが、国だけの力では難しい。 

 費用も時間も掛かる。


 その点、開墾修道会を解き放てば勝手に農地が広がっていくため……

 費用対効果が良い。

 

 彼らの荘園が広がることはあまり為政者として好ましくはないが、レムリア帝国に於けるエルキュールの権力は絶大であり、聖修道会ですらも不輸権を認めさせることができていないことを考えれば、開墾修道会に税金を支払わせることは十分に可能だ。


 最悪、難癖付けて没収してしまえば良いだけのことだし。

 という本心は言わなかったが。


 「それと兄弟修道会には……ファールス王国、さらにその先にある東方諸国、またミスル属州の南に広がる南方の国々への布教活動を強化して欲しい。無論、支援は惜しまない」


 無論、この布教活動には……

 言外に諜報活動をしろという意味も含まれている。


 まあ、ファールス王国に関してはササン八世との条約でそのようなことを禁じた以上、できないが……

 遊牧民の黒突だったり、シンディラ地方、絹の国の情報は是非とも欲しい。

 ついでメシア教も広げたい。


 エルキュールの提案に二人はしばらく考え込んだ。

 まず初めに口を開いたのは開墾修道会会長である。


 「……我々は世俗の権力に影響されず、神の教えに沿った生活をすることを目的としております。陛下と我々の目的は一致しており、タウリカ半島内部での活動に関してはむしろこちらからお願い申し上げたいと思っておりました。ただ……」


 数瞬迷ってから、彼はエルキュールの顔色を伺いながら言った。


 「先程も申し上げました通り、私たちは世俗の権力に拘束されずに生活することを教義としております。無論、レムリア法は遵守致しますが……我々は陛下の家臣ではございません。陛下の御命令に必ずしも従うことができるというわけではございませんし、人事については陛下の御意志を取り入れることは一切認めることはできません。そのことをご了承いただけるのであれば、我々はタウリカ半島で活動させて頂きたいと思っております」


 つまり見返りに口出しすることだけはやめろ。

 と、言っているのだ。


 エルキュールは頷いた。


 「無論、分かっているとも。だがレムリア法は遵守して貰う。また教会法にも従ってもらうし、君たちの中で……まあ、あまり考えたいことではないが何らかの罪を犯した者がいた場合は引き渡して貰うし、調査もさせて貰う。この辺りはレムリア帝国で活動するための最低条件として、守ってくれればいい。逆にそれ以外に関しては自由に活動しても構わないよ」


 教会法は教会の活動と、納税について定めた法だが……

 修道会・修道院の活動に関しても取り決めがある。


 まあ、基本的に教会と同様で……

 活動内容と会員の数を報告し、活動運営に必要な範囲内では非課税とし、必要以上の利潤を得ているのであれば課税対象とするという内容だ。


 これについては当然、開墾修道会会長も分かっている。

 

 彼は大きく頷いた。


 さて次に口を開いたのは兄弟修道会会長である。


 「我々が私有財産の保有を原則として禁じていることは、陛下もご存じのはずです。……ご支援とは、具体的にどのようなものでしょうか? 金銭的な支援を頂けませんが……」


 それに対し、エルキュールは笑顔を浮かべた。


 「無論、分かっているとも。何も支援とは金銭だけではないさ。だがある程度の活動拠点は必要だろう? あと衣服も。それに……私の、ユリアノス家の紋章付きの通行許可書を発行することも考えている」


 エルキュールの返答に満足したのか、兄弟修道会会長は頷いた。


 「なるほど……では、こちらからもお願い申し上げます」


 彼もまたエルキュールからの支援を受け入れた。

 

 三者の敵は同一であり、そして利害も一致している。

 

 斯くして……

 開墾修道会、兄弟修道会はエルキュールの手足として動くことになったのである。


 後に兄弟修道会はファールス王国、南方諸国、そして絹の国でのある任務の達成など……

 様々な活躍をすることになるのだが、それはもう少し後のことである。



_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _

 親愛なるセシリアへ


 拝啓


 お誕生日おめでとう。

 これで君も十五歳……初めて会った時は十二歳だったか? もう三年も経っているとは驚きだ。

 そして……三年も会っていないというのも。


 さて、誕生日プレゼントは既に開けて頂いたかな?

 まあ、まだかもしれないから何が入っているかは書かないが……


 それは私からの気持ちだ。

 どういう意味か、読み取ってくれると嬉しい。


 敬具


 君の守護者であるエルキュール・ユリアノス


 追伸


 いい加減、ニアとは仲直りした方が良いんじゃないかな?

_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _


 「むぅ……」


 最後まで読み、セシリアは顔を顰めた。

 無論、セシリアもニアと仲直りしなければならないことくらいは分かっている。


 だが……先に謝るのは癪だった。

 悪いのはニアである。


 無論、自分が何一つ間違っているとは思っていないが……正しいことを言っているつもりだった。


 それに先に喧嘩を売ってきたのはニアである。

 ニアが先に謝るのが筋だ、とセシリアは思っていた。


 さて、気を取り直して……

 セシリアは高鳴る胸の鼓動を感じながら、エルキュールから贈られた箱に手を掛けた。


 異性からプレゼントを貰うのは初めてだ。

 しかも相手は……憧れの人だ。


 セシリアからすればエルキュールは多少、考えが異なるとはいえ……

 非常に優れた政治家であり、軍人である。

 昔から尊敬をしていた。


 そして手紙のやり取りをするようになり、エルキュールが非常に優れた文人であることも分かった。

 

 セシリアとまともに神学的なやり取りができるのはエルキュールくらいだ。

 その上、セシリアが知らない哲学的・文学的な教養も兼ね備えている。


 面白いから、読んでみると良い……

 そう言われて何冊か本が送られてきたことがあったが、それは本当にためになる本であった。


 何百年も前に書かれた、異教徒の哲学書は特に素晴らしかった。 

 最初は恐る恐る読んだが、読み終わった後に如何に自分の視野が狭かったことに気が付いた。


 異教の知識でも、役に立つことや学べることはあるのだ。

 

 尊敬は憧れに変わり、憧れは思慕、そして恋慕へと変わりつつあった。

 初めてあって以来三年間も顔を合わせていないが……

 それ故にセシリアの中のエルキュールへの思いは強まってた。


 もっとも……彼女自身それに気が付いていない。

 そしてニアへの強い不信感、不快感が嫉妬であることにも気が付いていなかった。


 さて、リボンを解き、箱を開け……

 まず初めに出てきたのは一枚のカードだった。


 『親愛なるセシリアへ、これを贈る。私の気持ちだ』


 セシリアはカードを大切に床に置いてから、プレゼントを手に取る。

 それは……

 ティーカップだった。


 しかも二つ。


 それが意味することは……


 「また会って、お茶を飲もう……陛下、覚えていてくださったんですね」


 エルキュールはセシリアが珈琲党ではなく、自分と同じ紅茶党であることを覚えていたのである。

 だからカップを二つ贈ってくれたんだ……

 と、セシリアは解釈した。


 「陛下……お会いしたいです」


 セシリアは大切そうにティーカップを胸に押し付けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る