第21話 エルキュールノミクス 一の矢 国営事業

 「そんなこと言われても、俺はお前らの担任教師じゃねえっての」


 エルキュールはセシリアから来た手紙を読み、溜息を吐いた。

 端的に言うと、そこには「かくかくメブキジカな経緯でニアと喧嘩したんだけど、七:三くらいの割合でニアが悪いよね?」という趣旨の内容が何ページにも渡って書かれていた。


 実のところ数週間前にもニアから同様のことをエルキュールは言われていた。

 

 「両方から話聞く限り、悪いのは俺な気がするが……」


 何となく自分が口を滑らしたのが、大本な原因なような……

 とエルキュールは思い返す。


 エルキュールはセシリアとニアは親友同士で仲良しだと思っていたが……

 案外友情とは簡単に破局してしまうものだと、エルキュールは学んだ。


 「さてさてどうするかね? これが俺とカロリナ、ルナリエだったらセックスで解決できるんだが」


 喧嘩なんてベッドに押し倒せば有耶無耶になる。

 今までエルキュールはそれで何とかしていた。


 それでもダメな時はとにかく謝り倒していた。

 

 怒っている相手には理屈など通用しない。

 とにかく謝り機嫌を取るのが上策である。


 だがセシリアとニアは女同士である。

 まさかベッドの上で解決させるわけにもいかないし、双方お互い自分の非は少ないと思い込んでいるため、どうしようもない。


 「まあ、俺に言う時点で一応仲介はして欲しいってのは伝わるが」


 エルキュールは溜息混じりに椅子に凭れ掛かった。

 本当に絶交する気ならば、エルキュールにこのようなことは言わない。


 共通の知人であるエルキュールに取りなして欲しいという意図は双方共にただ漏れだ。


 「二人とも、ボッチだからな。全く……」


 ニアはやはり魔族ナイトメアであることもあり、レムリアには親しい友人はいない。

 表立って差別されないことと、友人ができるかどうかは別の話である。

 そしてセシリアも次期姫巫女メディウムということもあり、本当の意味での友人はいない。


 双方人付き合いの仕方がよく分かっていないのだ。


 ……まあエルキュールなんて、生涯一度も友達を持ったことがないエンペラー・オブ・ボッチなので、あまり人の事を言えないのだが。


 「何とかしないとな……俺の責任でもあるわけだし」


 だがしかしエルキュールは二人の担任教師ではない。

 そこまで暇ではないのだ。


 取り敢えず、適当に「いやあ、四くらいは君が悪いんじゃない?」程度のことを書いて送り直そうと、エルキュールはペンを持った。


 ……ところで、ドアを誰かがノックした。


 「皇帝陛下、アントーニオでございます」

 「皇帝陛下、同じくシャイロックでございます」

 

 エルキュールはペンを置き、手紙をしまって二人に入室するように命じた。

 ゆっくりとドアが開き、二人は入室した。


 エルキュールは椅子から降りてソファーに座り……

 二人にも座るように促した。


 そして呼び鈴を鳴らして、シファニーを呼び……

 紅茶を入れるように命じた。


 「さて、まずは……本題に入る前に、アントーニオ。羊の品種改良の報告をして貰えないか」

 「はい、陛下。品種改良は概ね成功しつつあると言っても過言ではないかと。あともう少しで種として固定化できるかと」

 「それは結構なことだ」


 エルキュールは満足気に頷いた。

 エルキュールはアントーニオを雇用してから今まで……羊の品種改良を命じ続けていた。


 国富を増大させるのに、もっとも手軽な産業が繊維業だからである。

 綿を導入するのは無論のこと、羊など旧来の繊維の改良を行うのもまた当然のことであった。


 「では本題に入ろうか。実は二人にはある事業を起こしてもらいたいのだよ」

 「事業を、ですか?」

 「我々二人で?」


 アントーニオとシャイロックは首を傾げた。

 アントーニオは元々貿易商人であり、シャイロックは両替・貸金商人である。


 そして前者は商工業貿易大臣であり、後者は財務大臣だ。


 二人とも職種は似通っているが……

 厳密には異なる。


 「ああ。そろそろ貿易関係に力を注ごうと思ってな」


 エルキュールが貿易に力を注ごうと考えたのには三つの理由がある。


 まず第一に貿易を盛んに行い、国富を得ることがエルキュールの基本政策だからである。

 どんなに産業を盛り上げて商業を盛んにしたところで、それを外国に売らなければ意味がない。


 第二に度重なる戦争で国庫に悪影響が生じているからである。

 そろそろ内政に注力しなければならない。


 第三にタウリカ半島、及びローサ島その他島々を手中に収めたからである。

 海上の脅威を取り除いた今こそ、貿易に力を注ぐチャンスであった。


 「まず第一に海上保険制度を導入しようかと思っている。ギルドの中にはもうすでに実行に移しているのもあるが……今回は国主導で行う」


 エルキュールはそう言ってから……海上保険制度の説明をした。

 

 海上保険制度。

 つまり船舶が座礁したり、海賊に襲われたりなどして船や積み荷が失われた時に、それを補填する制度である。

 生命保険や医療保険の海上版だと思って良い。


 船や積み荷の損失は商人にとっては大きな痛手だ。

 大富豪が一気に大貧民に転落するレベルの大損失である。


 だが保険制度があれば都落ちだけは避けられる。


 商人たちは今までよりも、より活発に商業活動に従事できるようになるというわけだ。


 「まあ当然利益は上がるようにして貰わないとだがな。ちなみに……この保険制度には外国人も適用の範囲内にするつもりだよ」


 事実上、レムリア帝国の寡占状態になるので……

 儲からないはずがない。

 外国人であろうとも、金を支払ってくれるのであればウェルカムだ。


 もっとも戦争状態になった時は全て停止にしてしまう。


 これは保険に加入した外国人商人たちに……

 レムリア帝国に対する戦争への出資を躊躇させる方策であった。


 「なるほど……アドルリア共和国への対策ですか?」

 「よく分かったじゃないか」


 エルキュールはアントーニオの言葉に大きく頷いた。

 アドルリア共和国。


 アペリア半島の付け根に位置する共和国である。

 広い干潟の上の島を本土とし、その他中小の島々を支配下に治めている……商人による共和国である。


 今までチェルダ王国と共同して、レムリア帝国に幾度も抵抗してきた国だ。


 チェルダ王国が衰退した今、レムリア帝国にとっては……

 アルブム海に於ける最後の敵である。


 「確かに貿易商人ならば……保険に加盟しない手はありません。レムリア帝国の国家財政が破綻しない限りは、ほぼ確実な保険になりますからね」


 シャイロックも頷いた。

 保険制度を導入すれば、アドルリア共和国の商人の一部は確実にこれに加入する。


 アドルリア共和国の内政に介入する足掛かりとしても、牽制としても有効なカードとして機能するのだ。


 「次に……貿易会社の設立だ。そうだな……名前は『レムリア貿易会社』だ。そしてこれを三つに分ける。『アルブム海貿易会社』、『アーテル海貿易会社』、『ルベル海貿易会社』だ。三つとも基本資金は同じだが……社長、経営者は三人いるという感じだな。それぞれを競わせる」


 アントーニオは首を傾げた。


 「それは……貿易商人たちのギルドを統合させる、という認識で宜しいでしょうか?」

 「まあ、基本的に構わないよ」


 エルキュールは頷いて答えた。


 但し……

 エルキュールは付け足した。


 「株式会社にする。株式の五十一%は帝国政府から出資するが、それ以外は民間……外国も含めて、社会全体から集める」

 「……株式、ですか?」

 「具体的な説明をお願いいたします」


 アントーニオとシャイロックは身を乗り出した。

 エルキュールが株式の説明をすると……二人はなるほどと、感心したように頷いた。


 

 まず前提として……この世界の貿易は非常にリスクが高い。

 そのため自由競争に晒されると、ほぼほぼ確実に共倒れになる。


 誰もが安く仕入れようとして、高く売ろうとするのだから当たり前だ。

 現代の地球のようにそれなりにリスクが小さくなれば別だが、そこら辺りの海に海賊がうようよし、たまにクラーケン並の化け物が襲い掛かることもあるようなこの世界では……


 商人同士、できるだけ協力させた方が良い。


 さらに貿易には莫大な初期投資が必要である。

 これを貿易商人たちだけで出資するのは無理がある。

 まだ同時に帝国政府だけから出すのも費用が莫大になり過ぎてしまう。


 だが社会全体から出資金を集めることができれば?

 貿易商人だけでなく、その他レムリア帝国の商人や貴族、聖職者。

 さらに外国の富裕層まで。


 彼らが資金を出せば……

 あっという間に資金は集まる。


 まあ、最低でも半分以上は帝国政府が株式を握らないと安心できないので……

 五十一%だけは帝国政府が株式を握ることになるが。


 ちなみに会社を三つに分けたのは、それぞれ扱う商品や……

 船舶の種類、商売敵が異なるからである。


 それぞれの海によって適する武装や船が存在する。

 一応多少の競争があった方が良いという側面から考えても、分けた方が無難である。


 資本金は三社同一なのだから、問題無い。


 「貿易会社に加入できるのは、帝国の臣民だけとする予定だ。つまり納税者のみ、ということになる。一応特典として保険が少しお得になったり……関税上の待遇を良くしようと思っているよ」


 「なるほど……ところで、貿易会社にはどれくらいの権限をお与えに?」


 アントーニオの問いにエルキュールは少し考えてから答えた。


 「傭兵を雇っても良い。武装船の運用も認める。外国との独自交渉の権限も与えよう。それくらいは必要だろう。ただし……勝手に戦争を引き起こすことは禁じる」


 好き勝手に戦争をやられると、さすがに収拾が付かなくなる。

 まあ、さすがにそこまでの力を持つまでに成長するかは疑問が残るが……


 一応、そこだけは首輪を嵌めておこうと考えていた。


 「随分と……力をお入れになられるのですね」

 「国策だからな。対ファールスへの」


 シャイロックの問いにエルキュールは答えた。

 レムリア帝国が東方の国々と貿易をするのは……ルベル海を通るか、黒突を通るか、ファールス王国を通るしかない。

 エルキュールとしては貿易を行うたびにファールス王国に利益が出るのは……

 あまり面白い話ではない。


 「さて、そういうわけだから……今回は金融及び商工業・貿易の両側面からの政策だ。二人には協力して話を進めてもらう。アントーニオは退室しても良いぞ。あと……シャイロック、お前とは別の件で話がある。残れ」


 エルキュールはそう言うと、アントーニオは立ち上がり……

 一礼して去った。


 エルキュールはアントーニオを見送ると、立ち上がり……

 机の上に置いてあった金貨を手に取って、ソファーに戻り、テーブルの上に置いた。


 「いくら面倒だからと言って……そろそろ逃げ続けるわけにはいかない、と思わないか?」

 

 エルキュールはそう言ってから……

 溜息と共に言った。


 「貨幣改鋳をするぞ。気は進まないがな」

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