第19話 ローサ島戦記 第七巻『ローサ島騎士団よ、永遠に!』

 「で、オスカル。一応報告書は読んだが……一応、お前の口から聞かせてくれ」


 ローサ島に戻ったエルキュールは総指揮を任せていたオスカルに言った。

 オスカルは軽く頷き……


 「はい、陛下。合計一〇〇〇〇人のうち、途中で家族の助命嘆願により解放された者は三〇〇〇人、餓死者は六〇〇〇人です。集団改宗に応じて解放された者は一〇〇〇人ですが……今、生きているのは五〇〇人です」

 

 つまり攻囲後、五〇〇人が何らかの原因で死んでいる。

 飢餓状態で体力が落ちていたことを考えれば、病気や怪我の悪化が原因だとするのが無難だ。


 また急に食べ物を胃に入れたことが原因でのショック死も十分に考えられる。


 「敵将は?」

 「海賊長ジャンは二か月前に餓死していたようです。その後、副長が指揮を執っていましたが、反乱が起こり殺されました」

 「なるほど」


 エルキュールはほくそ笑んだ。

 反乱が発生して指導者を殺し、降伏してくる。


 それは完全に心の底からレムリア帝国に屈服したことを意味する。

 エルキュールとしては最高の結果だ。


 「残った五〇〇人の内訳は?」

 「四〇〇人が住民、一〇〇人が海賊です」

 「そうか……まあ取り敢えず死体の方は供養してやろう。チェルダから西方派メシア教の司教を呼ぼうか」


 最後まで改宗を拒んで死んだのだ。

 西方派のやり方で葬式を上げてやる程度の慈悲はエルキュールにもあった。


 しかしエルキュールの言葉に……

 オスカルは少し複雑そうな表情を浮かべた。


 何か……言いたそうであった。


 「どうした、オスカル? 何か不満があるのか?」

 「いえ……不満はございません。ですが……葬式ができるかどうか……」

 「うん? 俺が西方派の司教を呼ぶことを懸念しているのか? その程度ならアレクティア勅令の件も含めて今更だが……」


 エルキュールがそう言うとオスカルは首を横に振った。


 「い、いえ……そういうことでは……なくてですね……」

 「じゃあなんだ。ハッキリと言え。俺は焦らされるのは好きじゃない」


 少し不機嫌そうな声でエルキュールは言った。

 オスカルは躊躇いながらも口を開く。


 「そ、その……死体がですね……残っていないのですよ。ふ、服もないですし……」

 「死体と服が残っていない?」


 エルキュールは首を傾げ……

 ポンと手を打った。


 「ああ、なるほど! 確かに……これはすまなかったな。察しなかった俺が悪かった」


 エルキュールはうんうんと頷いた。

 

 人間は全身たんぱく質でできているし、この地域の服は主に羊毛から作られている。

 羊毛も無論、たんぱく質だ。


 「まあ、全部糞になってたとしても……やらんよりはマシだろ」


 飄々とエルキュールは言った。

 オスカルは青い顔でエルキュールに尋ねた。


 「……よろしいんですか?」

 「何が?」

 「え、いや……その……」


 エルキュールは肩を竦めた。


 「別に俺がやったわけではないからな。助かる方法は提示した。それでも死んだんだから、自殺みたいなものだな。しかし聖書によると自殺者は地獄行きだが……果たして大丈夫なのだろうか?」


 本気で心配した顔のエルキュールを見ながらオスカルは「あなたは人の心配よりも御自分の心配をなさった方が良いのでは?」と言おうとしたが、言ったところで伝わらなさそうなので止めた。


 「冷静に考えてみると、あいつら異端者だからそもそも全員地獄行きだったな。俺としたことが……失念していた」

 「……」


 オスカルはお祈りの回数を増やすことと、その際に自分だけでなく自分の主人もちゃんと天国に行けるように祈ることにしようと、固く決意した。

 


 さてその後エルキュールはオスカルを手伝って軍を撤収させつつ……

 予め決めていた代官に島の統治方針をもう一度言い渡し、撤収した。


 斯くしてレムリア軍によるローサ島攻囲……別名『ローサ島の惨劇』は幕を閉じた。


 尚、その後ローサ島にエルキュールが訪れることは一度もなく……

 またローサ島で反乱が発生することも無かったという。






 その後、エルキュールはローサ島に当てていた兵力を再編成した後にタウリカ半島に兵を率いて再上陸し……

 タウリカ半島の内陸部にまで兵を進めた。


 ローサ島での惨劇はエルキュールの手によって意図的に広められ……タウリカ半島の内陸部の都市国家の殆どは戦うことなく降伏を選んだ。


 以後、エルキュールが即位している期間の間は……

 宗教を直接的原因とする反乱はレムリア帝国では一度も起きなかった。






 それから半年後のこと。

 

 「あの……陛下、最近何か……お悩みでしょうか?」

 「ああ。どうして分かった?」

 「時折難しそうな顔をなさっていますから……」


 食事の席で……ニアはエルキュールに尋ねた。

 ニアはエルキュールに気に入られていることもあり、週に一度は食事に招かれている。


 こういうと「食事に招かれる回数が多い=エルキュールの寵臣」のようだが……

 ダリオスやオスカルなどは一度も招かれたことはないし、ガルフィスやクリストス、ルーカノスも回数はかなり少ない。


 逆に家臣ではないが、シェヘラザードや……

 異教徒であるヒュパティアも招かれる回数は多い。


 では女であることが基準か……

 というと、実はティトゥスやリナーシャなども回数は多いのだ。


 つまり基準は単純で……

 レムリア皇帝としてではなく、私人、エルキュールという一人の人間として仲良くなりたい人間が選ばれるのだ。


 ティトゥスは芸術や服飾関係で、ヒュパティアは自然哲学関係での話友達である。


 「……ローサ島の件でしょうか?」

 「ローサ島? ……ああ、確かに連日の遠征では費用が掛かったな。タウリカ半島での反乱鎮圧、チェルダとの戦いで傷ついた海軍の再建も含めれば……相当な出費だ。悩ましいのは確かだな。だが……別にそんなことでは悩んでいない」

 (そのことを言いたかったわけじゃないんだけどな……)


 ニアはそう思いつつも……

 思いを巡らせた。


 目の前の男が悩みそうなこと……

 しかし考えれば考えるほど、思い浮かばない。


 ニアが考えていると先にエルキュールが口を開いた。


 「なあ、ニア……実は相談があってな」

 「そ、相談ですか! わ、私に?」

 「いや、迷惑なら良いが……」

 「そ、そんなことありません! 私にできることなら、是非!!」


 ニアは身を乗り出した。

 エルキュールが人を頼ることなど、滅多に無い。



 「セシリアに送る誕生日プレゼントで悩んでいてな」

 「せ、セシリアの……誕生日プレゼント、ですか?」


 ニアは首を傾げた。

 確かにセシリアの誕生日は一月一日であり……現在は十月。

 セシリアはニアと同い年の十四歳であり……あと少しで十五歳を迎えることになる。


 ちなみにエルキュールは現在二十歳で、十二月には二十一歳となる。


 「去年は何をお贈りに?」

 「いや、何も贈ってないんだよ。でも今年、手紙でニアに誕生日プレゼントを贈った話をしたら、唐突に不機嫌になってな……」


 なるほど……

 ニアは取り敢えず頭の中の情報を整理させた後、エルキュールに尋ねた。


 「まず陛下はセシリアと手紙のやり取りをしているんですか?」

 「月に一度な。セシリアから聞いてないのか?」

 「き、聞いてないです……」


 何それ、私より多いじゃん……

 ニアは思った。


 ニアも手紙のやり取りはしているが、そんなに多くはない。

 できないからである。


 レムリア帝国は郵便制度が発達しているが、それは軍や行政関係に限った話。

 もし私用で手紙を出したければ直接人を雇うしかない。


 (……何で言ってくれなかったのよ)


 ニアはセシリアに対し、若干不信感を抱いた。

 ……それが嫉妬であることには気が付いていなかったが。


 (何で陛下も私の時は悩まないのに、セシリアの時は悩むの……)


 ニアは少しイライラし始める。

  

 (……あれ? 不機嫌になってる? 何か、琴線に触れたか?)


 一方エルキュールも少し困惑していた。

 エルキュールという男にも未知の分野がある。


 女同士の友情である。

 

 恋愛は得意分野だが、その恋愛に女同士の友情が絡むと……

 さすがのエルキュールも予測ができなくなってくる。


 「……それで、セシリアに渡す……プレゼントですか。ノヴァ・レムリアで採れた魚の干物なんてどうですか? 日持ちしますし、美味しいですよ」

 「あー、うん……ありがとう。うん」


 参考にしないでおくよ。

 と、エルキュールは最後の言葉だけ、何とか飲み込んだ。


 「……ところでニアは何が欲しい? 去年はドレス、その前の年はコートを贈ったよな?」

 「え、わ、私ですか? えっと……じゃ、じゃあ……前に頂いたコートが小さくなってしまったので、新しいコートを頂けたら……」

 (こいつ友達のプレゼントには魚の干物をお勧めしておいて、自分の誕生日にはコートを求めるのか……)


 昔の可愛らしく純粋なあの頃はどこにいったのやら……

 エルキュールは数年前を懐かしむ。


 とはいえ、実際ニアの成長は著しい。

 拾った時は骨が浮き出るほどやせ細り、身長も百二十センチほどだったが……


 現在では百五十半ばを超え、成長中である。


 もう既にルナリエは敗北している。

 

 胸のサイズもBカップに達しており、最悪身長と胸で並ばれ、抜かされるのではと危惧したカロリナは今になって牛乳を飲み始めた。

 もう二十歳のカロリナの胸と身長が牛乳如きで伸びるかは、疑問が残る。


 まあ、カロリナは百六十五センチはあるので…… 

 ニアがそれを抜かすまでは相当な時間的猶予がある。


 まだ安泰だ。

 これからは分からないが。


 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ」


 ニアはポンと手を叩いて……

 頬を赤らめて言った。


 「そうだな」


 エルキュールはそれがどうした、とでも言わんばかりの対応をする。

 するとニアは……


 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ」


 繰り返した。


 「そうだな」


 エルキュールもまた、繰り返す。



 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ」

 「そうだな」


 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ」

 「そうだな」


 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ!」

 「そうだな」


 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ!!」

 「そうだな」


 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ!!!」

 「そうだな」


 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ!!!!」

 「そうだな」

 


 「そう言えば、私もう十四歳で……次の誕生日には十五歳になるんですよ!!!!!」

 「……」


 エルキュールは溜息を吐いた。

 そして……


 「……まあ、そうだな。年齢的には問題無いし……考慮に入れておこう。お前が何か、軍事的・政治的に大きな功績を立てた時にご褒美として、というのはどうだ?」


 「はい!!」


 ニアは大きく返事をした。

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