第18話 カロル村の攻防 急
さて……
エルキュールの命を受けて、カロリナは
カロル村到着前にエルキュールとは別れたので、ステファンはエルキュールは
「さて皆さん、馬から下りて……近くの木に括りつけてください。二〇〇〇だけ残しますので、馬の世話と警護を頼みます」
カロリナはそう言って馬から下りて……
木に馬を括りつけた。
そして鎧を外す。
「皆さんも……胸当てなど、最低限急所を守る部分を除いて脱いでください」
カロリナの命令に従い、兵士たちは鎧を脱いでいく。
皇后殿下は何を意図しているのだろうか……と兵士たちは不思議に思っていたが、命令には従う。
「あと……ランスやメイスは置いていってください。装備は剣と弓だけです」
そしてカロリナは森に向かって歩きながら……言った。
「皆さん、
カロリナの言葉を聞き……
兵士たちはようやくその意図を理解した。
さて
一部の兵士が木の上を進みながら全体を見下ろし……
陣形が崩れていないか、確認しながら進んでいく。
森の中で陣形を崩さず進軍することは確かに難しいが……できないことではない。
三日間掛けて慎重に森を突き進み……
そして四日目の早朝、ついにカロル村の背後にまで迫った。
やはりエルキュールの見立て通り、村の背後には塹壕が掘られていない。
あるのは簡素な柵だけだ。
油断……というよりは時間的・労働力的な猶予が無かったのだろう。
その代わりちゃんと二〇〇人ほど見張りの兵士は立てられている。
森の中を仮に兵士が進軍してきても……
森から出た段階で陣形は崩れている。
それを一早く見つけて各個撃破すれば問題無いとステファンは考えたのである。
無論、それが
だが……相手は
元々森の中で暮らしていた種族だ。
ステファンはそこを失念していたのだ。
戦闘は矢が空気を射る音から始まった。
まず木の天辺に登ったカロリナが鏑矢で矢を射て……
その方向に向かって、木の天辺、上、真ん中、下、地上部から一〇〇〇〇人の
騎乗用の短弓なのでロングボウ部隊が使用する弓よりは射程距離は短いが……
複合弓であるため、普通に使用される弓よりは遥かに遠くまで矢が飛ぶ。
雨のような矢が見張りの兵士に降り注ぐ。
二〇〇の兵士を一掃する頃には……
一〇〇〇人ほど敵の増援がやって来た。
それに対してもやはり矢を浴びせかける。
彼らも対抗して石を投げるが……
森の中に潜んでいる
矢を打ち尽くすと、カロリナは武器精霊エリゴスを抜き放ち……
木の上から降り立った。
それを合図に
木の上でも
当然平原でも強い。
長い手足を使い、
身体能力の差と数の差に加え……
正規の軍事訓練を受けた者と、独学の者たち……という差もある。
傭兵たちは次々に斬り殺されていく。
そしてカロリナが接近戦に移った段階で……
エルキュールもまた総攻撃を開始した。
今度は傭兵だけでなく、屯田兵や同盟軍の兵士を交えて……
正面と川を越えての両側面からの一斉攻撃だ。
正面と側面に兵を送れば……
背後からの攻撃に耐えられない。
だが背後に兵を送れば正面と側面が突破される。
完全にステファンは詰んでしまった。
斯くして……
レムリア軍は傭兵二五〇〇の損害だけで、カロル村を取り戻し……
二〇〇〇の傭兵を殺し、二〇〇〇を捕虜にしたのである。
「随分とてこずらせてくれたじゃないか、ステファン・シェイコスキー」
「……」
ステファンは取り調べを受けた後、エルキュールと謁見させられた。
無論、縄で縛られ……その背後にはニアが、そしてエルキュールの横にはカロリナが控えている。
例えステファンがナイフを隠し持っていたとしても……
即座にニアが、それが遅れたらカロリナが対応する。
もっとも謁見の前に全裸にされて武器の有無を調べられたので……
そもそもあり得ない仮定だが。
「捕まえた傭兵共だが……随分と君を慕っていたようだな。傭兵が個人を慕うとか珍しい。君の人徳というやつか?」
「……お褒めに預かり、光栄です。陛下」
ステファンはエルキュールに軽く頭を下げた。
無論……その表情は曇っており、お世辞にも光栄そうには見えない。
「戦略的な視点もそこそこだが、あの防御陣地……戦術的な能力、あれは稀有な才能だな。私でもあそこまで強固なモノは……作れないとは言わないが、作るのに苦労するだろう」
「は、はあ……」
負けず嫌いな皇帝だ……
ステファンは思ったが、口には出さなかった。
「それに傭兵の癖に中々義理高い奴だ。一人で逃げれば良かったのに……雇い主の命令を守り、部下を率いて最後まで戦おうとするとは」
「……」
それは勘違いです。
勝手に付いて来られて困ってました。
と、ステファンは言おうとしたが……何となく雰囲気的に言わない方が良いような気がしたので、口には出さなかった。
「さて回りくどい言い方になったが……」
エルキュールはステファンの下まで歩み寄り……
剣を引き抜いた。
ステファンは覚悟を決めて目を閉じる。
だが……
覚悟していた痛みは来なかった。
目を開けてみると……
縄が切られ、拘束が解けている。
エルキュールはステファンに対して手を伸ばした。
「ステファン・シェイコスキー。お前に俺の家臣になる栄誉を与えよう」
「か、家臣?」
そこで初めて……
ステファンは自分が勧誘されていることに気が付いた。
胸が熱くなり……体の奥底から何かが沸き起こるような錯覚を覚えた。
レムリア帝国……世界有数の超大国。
その国の皇帝からの直接の勧誘である。
嬉しくないわけがない。
そして……立身出世を求めていたステファンにとって、断る理由などない。
これ以上に良い仕官先などあり得ないのだから。
「こ、光栄の限りです! ぜ、是非!!」
「そいつは良かった」
エルキュールは笑みを浮かべ……
ステファンの手を握り、引き揚げた。
ステファン・シェイコスキー。
タウリカ反乱に反乱軍傭兵として従軍。
カロル村の攻防での敗戦後、エルキュール帝に直接勧誘されてレムリア軍に。
二つ名は『雪男』
エルキュール帝十七柱臣の一人。
「ちなみに断っていたら私をどうされましたか?」
「少しでも躊躇を見せた段階でニアがお前の首を跳ねたよ」
「ええ……」(躊躇を見せただけでもダメなの……)
味方ではない有能な者ほど恐ろしい者はない。
仲間にならないのであれば殺す。
それがエルキュールという男である。
さてそれから三か月後……
タウリカ沿岸部の動乱が終わるのとほぼ同時に、ローサ島でも動きがあった。
ついにローサ海賊団が降伏したのである。
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