第17話 カロル村の攻防 破
「うーむ、面倒だな……」
カロル村を遠目から見たエルキュールは呟いた。
ニアはエルキュールの横で背伸びしながら……尋ねる。
「どのあたりですか? 陛下」
「柵と塹壕だ。正面には二重に、側面は薄いが……逆に川がある。正直、ここまで要塞化されているとは思わなかったな。少なくとも
もし
どこぞのフランス騎士のようになるのは間違いない。
「さらに……よく見ろ。塹壕や柵はただ村を囲んでいるわけではない。一部、歪んでるだろ?」
「……確かにそうですね。ところどころ弱そうな部分もありますし……設計ミスですか?」
ニアの問いにエルキュールは首を横に振った。
「いや、違う。あれはわざとさ。弱い部分を意図的に作って、そこに兵力を集中させる。そこに集まった敵兵力を包囲殲滅する。あれはそういう構造になっている。敵の傭兵隊長は中々良いセンスをしている」
「なるほど……」
ニアはよくよく要塞化された村を観察する。
エルキュールが敵を褒めることは珍しい。
少しだけ……ニアは嫉妬を覚えた。
「ニア、お前だったらどうやって攻める?」
エルキュールの問いにニアは少し考えてから……
「兵糧攻め……は無理ですね。略奪で食糧を奪ったでしょうし。敵の食糧よりもこちらの食糧が尽きる方が早いですね」
「ああ、そうだ。全く……略奪するとは……なんて酷い奴らだ!!」
そう言った瞬間、エルキュールは脛に強烈な痛みを感じた。
思わず飛び上がる。
「何をするんだ、ルナリエ!!」
「あなたもハヤスタンでやったでしょ」
ふん!
とルナリエはそっぽを向いた。
食糧を得るために強引に村から徴収する……
ハヤスタンやファールスでエルキュールが散々やった手だ。
「俺のは正義の略奪だから良いんだよ」
「面の皮が厚いにも程がある……」
ルナリエは呆れ声を上げた。
そんなやり取りをしているカップルの横でニアは思案を巡らし……
答える。
「弓兵で援護射撃をさせつつ、歩兵戦力で強引に突破します。包囲をすれば戦力の分散を招きかねないです。問題はどこに戦力を集中させるか……ですが、川を超えての戦闘は愚策です。兵の体力が消耗してしまいます。かと言って背後の森を超えるのは難しいでしょう。森では大軍を運用するのは不可能です。となると、攻め手は正面以外あり得ません」
ニアの返答にエルキュールは満足気に答えた。
「ああ、正解だ。九十点だな。……ところでもう十点はどこだと思う?」
「……分かりません。教えて頂けませんか?」
「それだと失敗する。少なくとも傭兵は壊滅的打撃を受けるだろうな。相手は傭兵とはいえ死兵だ。死に物狂いで戦ってくる。一方、こちらは士気が低い傭兵共だ。どうせ適当にやっても勝てると思ってるから、間違いなく攻略は進まない」
なるほど……
と、ニアは頷いた。
同じ傭兵とはいえ、攻める側と守る側ではその士気……覚悟が違う。
それを完全に見落としていた。
「では……どうするれば百点ですか?」
「無理だから諦めて、講和する、だな。命さえ助ければ連中は武装解除するだろうし。はっきり言って、あの村を落とすことで得られる利益と損害が釣り合わない」
「……え?」
ニアは驚いた表情を浮かべた。
つまりエルキュールは……事実上、攻略不可能と断定したのだ。
ある意味、敗北宣言に近い。
「ふーん、陛下もダメな時があるんだね」
ルナリエも少し驚いた様子だ。
何だかんだでエルキュールの能力そのものにはルナリエは信用を置いているのである。
「そりゃあ、俺も人間だからな」
「地上に於ける神の代理人じゃないの?」
「代理人だからな、人だ」
エルキュールはそう言って肩を竦めた。
人である以上、やれることに制限がある。
生憎、神様からチート能力は貰えなかったのだ。
「まあ、まともなやり方だとな」
「……まともな、やり方?」
「ああ。今の採点はあくまで普通の兵法の上での話。当然、俺は譲歩するつもりはない。だから絶対にあの村を落としてやる」
エルキュールはニヤリと笑みを浮かべた。
「良いか、ニア。本当の名将ってのは、百点じゃなくて百二十点を狙うものなんだよ」
エルキュールが今回連れてきた兵力は、リバーチェの戦いでの兵力と全く同じ……即ち、
合計、約三九六〇〇である。
一方守備側の兵力は歩兵傭兵四〇〇〇であった。
「もう少し理性的な人物だと思ったが……想像以上に自尊心が高いな。傭兵如きに譲歩はしない……か。まあ想定はしていたが……これは相当粘らないと不味いな」
陣形を整え始めたレムリア軍を見ながら……
ステファンは呟いた。
はっきり言って、この村を攻略するメリットは軍事的には皆無。
政治的にも薄いだろう。
つまり問題はレムリア皇帝の気分、感情である。
こればかりはどう転ぶか分からない。
世の中には負ければ負けるほど、逆上して拘り続ける人間もいるのだ。
イメージ的には多浪を続ける受験生である。
途中から「こんなに浪人したからには……医学部を目指すしかない!」などと言い始めて、理転する受験生も世の中には少なくないのである。
三回やって駄目なら四回目も駄目だと思って、目標は下げた方が良い。
努力すれば報われるほど世の中甘くないのだ。
そしてステファンが要塞化したこの村も同様である。
側面は川で守られている。
背面は森があるため、進軍はほぼ不可能。してきても各個撃破できる。
問題の正面は念入りに防備を施してある。
少なくともこの村を落とすには多大な犠牲を支払う必要がある。
と、ステファンは考えていた。
さてレムリア皇帝はどう出るか……
と、ステファンは敵の陣形を観察する。
レムリア皇帝は前列に傭兵を配し、その後ろにロングボウ部隊を配した。
同盟軍と屯田兵は後方。
これの意味するところは……
まずロングボウ部隊の支援の下で、使い捨ての傭兵で攻撃。
次に同盟軍、最後に屯田兵で止め。
それはステファンの想像通りであった。
「これなら大丈夫だな」
最低でも八〇〇〇人をあの世に送ってやれる。
ステファンは笑みを浮かべた。
後はレムリア皇帝が諦めてくれるか、軍全体に厭戦気分が広がるのを待つだけだ。
開戦の合図はレムリア軍のロングボウ部隊が放つ矢であった。
矢が雨のように村に注ぎこまれる。
だが……しかしその多くは反乱軍の傭兵に当たらなかった。
まず第一に距離があるからで……
第二に反乱軍の兵士が遮蔽物に隠れているからである。
家の壁や床に使われていた木材を剥がし、これを立てることで……
身を隠し、矢を防ぐ。
さて……矢が放たれるのと同時に、レムリア軍の傭兵もまた進軍を始める。
しかし彼らも上手くは進めていなかった。
塹壕と柵がその進軍を妨げたのだ。
まごついている内に反乱軍の兵士が即席の投石器で投げた石に頭をぶつけ……地面に倒れる。
ただの石と舐めてはいけない。
腹に当たれば内臓が破裂するし、手や腕に当たれば骨折は免れない。
そして頭に当たれば即死だ。
無論飛距離はロングボウ部隊ほどではないが……
誰にでも使え、それなりの命中率があるという点ではロングボウに勝っている。
さらにステファンの作りだした塹壕と柵の構造が実に厄介であった。
進みやすい方ばかり進んでいると、いつも間にか敵中孤立してしまうのである。
そこを複数の兵によって包囲され、殺されてしまう。
しかも要塞の中を兵士が動き回り、移動しているので……
レムリア軍の傭兵からすると、突然敵兵が飛び出てくるように見える。
その日、レムリア軍は千以上の屍を作ることになった。
「さすがです、隊長!!」
「このままなら勝てそうですね!!」
傭兵たちがステファンをおだてる。
あのレムリア皇帝を相手に……ここまで善戦したのだ。
リバーチェの戦いで惨敗した経験がある傭兵たちからすれば、ステファンはまさに軍神に見えた。
だがステファンの顔は明るくない。
(まさか、レムリア皇帝……自暴自棄になってないよな?)
レムリア皇帝は決してバカではない。
だがバカではないことと、理性的であるかどうかはイコールではない。
頭が良くても一時の感情によって理性的でない判断をすることは誰にでもある。
もしレムリア皇帝がそういう状態に陥っていたとしたら……
いくら屍を作りだしても無駄だ。
最終的に押し負けるのはステファンたちなのだから。
「……上手くいくと良いのだが」
ステファンは呟いた。
さて……
同様の攻撃が二日、三日と続いた。
これまでの戦いで既にレムリア軍は二五〇〇の兵を失っている。
一方ステファンたちの死者は今のところ五〇〇人。
レムリア軍の士気は下がる一方で、ステファン率いる兵士たちの士気は上がる一方だ。
反乱軍の兵士たちが狂喜乱舞する一方……
ステファンの表情は晴れない。
だが……四日目、ステファンの心配は晴れることになる。
何故なら……
カロル村が陥落したからだ。
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