第16話 カロル村の攻防

 「良かった良かった。我が軍の損失は屯田兵一〇〇と中装騎兵カタフラクト三〇〇だけ。どちらもすぐに補充が可能なレベルだ」

 「……さりげなく同盟軍と傭兵軍を抜いちゃダメですよ、陛下。傭兵なんて、半分が死んでるんですよ」


 死傷者の回収及び捕虜の護送が終わった後、エルキュールの言葉にカロリナはツッコミを入れた。

 事実、傭兵の損害はかなりのものだ。


 「傭兵は我が軍に含まれない。そもそも傭兵なんぞ、使い捨てだ。死ぬのが仕事みたいなものだ」

 「まあ、仰りたいことは分かりますが……」


 エルキュールは傭兵を使い捨てカメラみたいなモノだと考えていた。

 使い捨てカメラに画質を期待するのは愚かな行為である。

 使い捨てカメラの利点は使い捨てることができることにある。


 傭兵も同様である。

 常備軍や市民軍と呼ばれる軍隊に比べれば、士気も練度も落ちる。


 だが常備軍のように維持費も掛からないし、市民軍のように動員によって国の産業に影響を及ぼすこともない。

 何より育成費用が掛かる常備軍や、兵士=市民の市民軍とは異なり、いくら死んでも国力に影響を及ぼす可能性は低く、金さえあればいくらでも雇い、補充することができる。


 最初から使い捨てを前提に使用すれば、まあ悪くない軍隊である。


 というか、後で給料を支払わなければならないということを考えると……

 むしろ死んで数を減らしてくれた方がお得だ。


 「それで……この後はどうしますか? 陛下。内陸部まで侵攻しますか?」

 「うーん、やはり使いモノにならない傭兵だと攻めに転じるには少し不安が残るな。取り敢えず沿岸部から反乱軍の勢力を一掃しよう。あと数か月もすればローサ島攻囲も終わるだろうし、それが終わってから内陸部に本格的に侵攻するつもりだ」


 

 その後、エルキュールは今回反乱を起こした都市国家に対して降伏勧告を行った。

 反乱の首謀者を差し出せば、今回限りで許す。

 だがもし首謀者を差し出さないのであれば……都市の住民ごと皆殺しにする。


 期限はあと四か月である……と。


 この布告は敵味方問わず、タウリカ半島の住民を震えがらせた。

 というのも……エルキュールが容赦なく、逃げてきた傭兵を騎兵で踏みつぶしたことは従軍した同盟軍兵士によって、知れ渡っていたからである。


 あの男は本気でやる。

 全ての住民たちは確信した。


 結果、有力者たちは住民たちの手で捕縛され……

 エルキュールに差し出されたのである。


 そしてタウリカ半島沿岸部に住まう者全てがエルキュールに対し、忠誠と服従を誓うことになった。

 一方、タウリカ半島内陸部では二派閥に分かれることになった。


 もはやエルキュールに対し戦争に勝つ術はなく、降伏して一部の利権を認めてもらうしかないという親レムリア派と、それでも断固として抵抗するべきであるという反レムリア派に分かれた。


 こうなると足並みを揃えて行動することは不可能である。


 エルキュールはそれをチャンスと捉え……

 都市国家一つ一つに対して調略を開始し、順調にタウリカ半島内陸部を切り取っていった。








 「さーて、どうするかね……」


 ステファン・シェイコスキーは悩んでいた。

 ステファンは反乱軍右翼歩兵を任されていたが……カロリナにより右翼騎兵が破壊された段階で、撤退を開始していた。


 将軍たちは静止を命じたが……

 ステファンは敢えてこれを無視し、逆に将軍に対して撤退を進言した。


 が、それは受け入れられなかった。


 ステファンからすれば、もう右翼騎兵が壊滅した段階で陣形は破綻したも同然である。

 この後、カロリナ率いる中装騎兵カタフラクトが背後に周り込み、左翼騎兵も破壊される。

 そうなれば側面と後ろを中装騎兵カタフラクトで攻撃され放題になるのは自明だ。


 故に損害が少ない内に撤退するべき……というのがステファンの意見だったのだが、受け入れられなかった。

 仕方がないので、とっとと部下を連れて脱出してしまったのだ。


 その後、案の定反乱軍は壊滅した。

 

 引き際を間違えるからそうなるのだ……とステファンは心の中で嘲笑った。


 さて、問題はここからである。

 ステファンが離脱した段階でステファンの率いる兵は八〇〇にまで減っていた。


 だがそこから逃亡した反乱軍の兵士たちを糾合して……

 その兵力は四〇〇〇にまで達していた。


 エルキュールに殺されることを恐れた傭兵たちは、今のところ生存が確認できて、さらに一定数の兵力を持っていたステファンのところに身を寄せたのである。

 ステファンとして助けたところで得はないので、追い払いたかったし、最初は追い払ったのだが……

 親鳥についてくる雛鳥のように彼らはステファンの後を追って来た。


 仕方がなく、面倒を見ることにしたのだ。


 とはいえ雛鳥だったら可愛らしいが、何の可愛くもない傭兵である。

 ステファンとしてはいい迷惑だ。


 一先ず、早急に解決しなければならないのが……

 食糧などの確保である。


 次にレムリア帝国の支配領域から抜け出し、タウリカ半島内陸部にまで撤退することだ。

 そこまで撤退すれば傭兵たちも安心するだろう。


 前者は村落を略奪すれば解決する。

 というよりそれ以外の方法はない。


 次に後者だが……傭兵の進軍速度は極めて遅い。

 精々一日に十キロ前後が限界だろう。


 果たして逃げ切れるか……

 ステファンには自信が無かった。


 確かにレムリア軍も傭兵で構成されている。

 だが彼らには騎兵がある。


 騎兵ならば一日に二十キロ、三十キロを進軍することは容易い。

 加えて傭兵たちに中装騎兵カタフラクトを受け止めるだけの練度はない。


 平原で会敵すれば敗北は必至。

 となると、可能な選択肢は……


 






 「傭兵の集団が村を占拠しているね……面白いな」


 エルキュールは地図を見ながら報告を聞き……

 笑みを浮かべた。


 傭兵の集団が占拠している村、というのは現在エルキュールがいるリバーチェの街から二日ほどの位置にあった。

 

 「不可解ですね。普通ならもっと遠くに逃げれば良いモノを……四〇〇〇まで群れたことで、調子づいたのでしょうか?」


 カロリナは首を傾げた。

 そういうカロリナに対し……エルキュールは首を振った。


 「よく見ろ。この村……森と川に囲まれている。唯一森や川がない部分は斜面になっていて、高低差がある。それに村そのものもそこそこの規模だ」

 「確かに……言われてみれば。つまり……騎兵対策、でしょうか?」

 「だろうな。まともに逃げたら追いつかれる……と考えたのだろう。賭けに出たようだな。連中の狙いは俺との講和だ」


 まともに逃亡しようとすれば……いずれは中装騎兵カタフラクトに追いつかれてしまう。

 そうなれば全滅は確実。

 だがまともに戦えばやはり敗北する。


 そうなると……比較的守りやすい場所に立て籠もって、エルキュールの譲歩を引き出す……

 というのが最善の選択肢になる。



 「では陛下……どうしますか?」

 「傭兵如きに譲歩したとなれば、俺の面子に関わる。早いところ追っ払ってしまおう」


 エルキュールはそう言って立ち上がった。

 丁度、傭兵の再雇用と再編成も終わり……軍勢が立ち直った頃合い。


 丁度良いタイミングだ。


 「行くぞ。全軍、出撃だ」








 「隊長、これで良いですか?」

 「ああ、問題無い」


 ステファンの命令に従い……

 傭兵たちは村の家屋を破壊していた。


 そしてそれを材料に柵や杭を制作し、村の防備を強めていた。

 またあるモノは塹壕を掘っていた。


 「良いか、死にたくなければ手を動かせ。このまま逃げても逃げきれん。数人で逃げれば近隣住民にリンチされるだろうし、数百人単位で逃げれば中装騎兵カタフラクトに蹂躙される。もうお前たちに退路はない。ここで籠城するしかないのだ」


 ステファンはそう言って、何度も傭兵たちに言い聞かせる。

 傭兵たちも死にたくはない。

 基本士気が低くてすぐに逃亡する傭兵だが……それは自分の命が惜しいからである。


 現在は戦わなければ、働かなければ死ぬ。

 

 こういう時に限ってだけ、傭兵の士気は高い。


 まあ、リバーチェの戦いでそれを発揮していればこのようなことにはならなかったのだが。

 それは今更だろう。


 「しかし良いんですか、隊長。住民共を逃がして……ぶっ殺しちまった方が良かったんじゃ?」

 「お前、あれだけの人数を皆殺しにできると思っているのか? レムリア皇帝の耳に入るならば、できるだけ心象はいいに越したことはない」


 ステファンは武力でもって、住民たちを強引に退去させた。

 抵抗してきた者は当然殺したが、大人しく逃げる者たちに関しては手出し無用と傭兵たちに命じている。

 

 一応人質として捕らえるという案もあったのだが……

 あのレムリア皇帝が人質で心を動かされるような人間ではないと考え、止めた。


 どちらかというと、人質ごと射貫いてきそうだ。





 世にいう、『カロル村の攻防』が始まろうとしていた。

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