第11話 タウリカ戦争 前章 前
「しっかし、連中……まだ粘っているのか? もう九ヶ月だぞ。いい加減諦めて集団改宗するか……飢え死にして欲しいのだがな」
エルキュールはステーキを食べながら言った。
ここはローサ島ではなく、ノヴァ・レムリアの宮殿。
そう……エルキュールは四か月ほど前に、ローサ島からノヴァ・レムリアに帰って来ていたのだ。
まあそれも当然で……
何か月も島に張り付いているわけにはいかない。
他にもやらなければならない政務が彼にはたくさんあるのだ。
尚……帰国と同時に
過剰戦力であると考えたからだ。
現在はオスカルが攻囲を黙々と続けている。
「俺は四か月と少しで食糧が尽きるだろうと考えていたのだが……」
どうやって残りの五か月を生き抜いているのか……
まあ……考えなくても分かる。
答えは自明だ。
食事中なので口には出さないが。
「あの、皇帝陛下」
「どうした? カロリナ」
カロリナに話しかけられ……
どうでも良いことを考えるのを止めた。
「ローサ島に九ヶ月も三万以上の兵を張りつけて置いて……大丈夫なのでしょうか? 外国が攻めてきたりしませんか? 例えば……ファールスとか」
カロリナがそう言うと……
ルナリエも頷いた。
「それは困る。陛下にはハヤスタンを守って貰わないといけない」
二人の心配に対して……
エルキュールは肩を竦めて答えた。
「安心しろ。さすがのファールスもまだ完全に立ち直っているとは言えないし、不可侵条約を破ってまで攻めてくる大義がない。ブルガロンも大丈夫だ。今年は暖かかったからな」
現状、レムリア帝国に牙を剥くような大国は存在しないと……
エルキュールは言った。
「ただまあ……」
エルキュールが何かを言おうとした時……
トドリスが太ったお腹を揺らし、走りながら駆け込んできた。
「こ、皇帝陛下!! お食事中失礼いたします!! 北方……タウリカ半島で反乱が勃発しました!!」
「弱い犬ほど反抗する……ということはあるけどな」
エルキュールは不敵に笑った。
あの頃は良かった。
まあ、誰もが一度くらいは思うだろう。
小学生の頃は……
中学生の頃は……
高校生の頃は……
大学生の頃は……
若い頃は……
思うことは自由である。
だが……あの頃はしょせんあの頃であり……戻ることは無理だ。
定年したおじいちゃんが青春をやり直すことは不可能である。
故に……認めなくてはならない。
が、まあ認められない人間は多々いる。
その具体例が……
かつてタウリカ半島沿岸部で強い影響力を持っていたが、エルキュールに叩き潰されて没落したタウリカ半島の有力者たちである。
今まで持っていた利権をレムリア帝国やライバル、そして今まで見下していた者に奪われ……彼らは皆、「あの頃は良かった」と思っていた。
そしてあわよくば「あの頃に戻りたい」と思っていた。
ではどうすればあの頃に戻れるだろうか?
彼らは考えた。
北方の有力国家や部族に支援を頼むのはまず大前提である。
そして……前回の反省を生かし、バラバラに抵抗するのではなく一致団結して戦うことにした。
後はタイミングの問題だ。
万全のレムリア帝国とエルキュール帝に対し……真正面から挑んだところで、どんなに団結しようともどんなに支援を得ようとも勝てないのは自明である。
では万全でないレムリア帝国が相手ならば……
そう……例えば、他の国との戦争中。
それも長期戦となり……
その時に決定的な勝利をしてレムリア帝国の影響を排除する……または何らかの譲歩を引き出すことができれば、「あの頃」に戻れる!!
そしてその日は以外にも早くやって来た。
三万に近いレムリア帝国軍が……ローサ島に掛かりっきりになっているのである。
もう九ヶ月も戦っているが……今だにローサ島が落ちる気配がない。
詳しいことは分からないが……
ローサ島海賊団はかつてレムリア帝国を撃退した実績もある。
きっと善戦していて……レムリアを苦しめているに違いない。
今ならば……今ならば勝てる!!
彼らはそう思った。
やられる前にやってしまえ!!
つまり後手に回るくらいならば先手を打ってしまおう……という考え方だ。
やってしまうのは「やられる前」であり、つまりこれをやるのは今にも「やられそう」な人間である。
そう……具体的にはタウリカ半島の内陸部の有力者たちのことだ。
現状、レムリア帝国が支配しているのはタウリカ半島の沿岸部だけである。
沿岸部の都市を支配したり、新たに植民市を建設するなどすることで……
レムリア帝国はタウリカ半島の沿岸を支配し、その交易を握ることに成功した。
その過程で沿岸部の有力者たちは多くの利権を失った。
ははは、ざまぁ見ろ……などと笑っていられるほど内陸部の者たちに精神的な余裕はない。
沿岸部を点で支配し……今は線の支配に移行している。
これが面の支配となり……やがてタウリカ半島の内陸部に及ぶのは目に見えて明らかである。
沿岸部の有力者を笑ってはいられない。
明日は我が身である。
と、危機意識を抱いていた時であった。
沿岸部の有力者が内陸部の有力者に協力を持ち掛けたのは。
やられる前にやってしまえ!!
彼らはそう思った。
恋人を寝取られたら悔しい。
まあ、特殊な性癖を持っていなければ普通はそう思う。
今までタウリカ半島の有力者を通じて、交易の利益を得ていた北方諸国も同様である。
エルキュールなどという男にタウリカ半島の交易利権を奪われれば、腹が立つ。
あわよくば寝取り返したい。
そう思っていた時であった。
タウリカ半島の有力者たちから支援を求められたのは。
血を流すのは自分たちではない。
少し金銭的に支援をしてやるだけで良い。
あくまで自分の手を汚さずに……
利権を取り戻そうと、北方諸国は考えた。
鉄は熱いうちに打て。
まあつまり……物事は盛り上がっているうちにとっとと済ませるべきだ。
ということである。
征服も同様である。
長く時間を掛ければ掛けるほど恨みを買いやすくなるし、また費用も掛かる。
それに相手に反抗する時間的猶予を与えることになりかねない。
故にエルキュールはできればあと一年ほどでタウリカ半島を征服したいと考えていた。
ここでいう征服には内陸部まで含めた軍事的支配……という意味ではない。
経済的・政治的に、完全にレムリア帝国一色に染め上げるという意味合いである。
できれば反乱分子である沿岸部の旧有力者は殺してしまいたいし……
こちらに従わない内陸部の有力者も殺したい。
そして……北方諸国の影響力も排除したい。
では……どうやって、反抗的勢力を一網打尽にすれば良いだろうか?
大軍を派遣するか?
否。
軍を置いている間は大人しく従うフリをするだけで、撤退すれば反抗的な態度を取るのは自明である。
それでは完全征服とは言えない。
エルキュールは考えた結果……
このように考えた。
反乱を起こさせてしまおうと。
自国がさもまるで他の外国勢力との戦争で疲弊しているように見せかけ……
反乱を起こすチャンスは今しかない、と思わせる。
この時に反乱を起こさない勢力は、以後も歯向かってくることはない。
そして……この時に反乱を起こす、またはそれに協力する勢力は隙あらば牙を剥いてくる可能性のある敵対勢力である。
あとは敵対勢力を一纏めにして……叩き潰せば良い。
無論、後手に回る以上は多少不利にはなるし……
圧倒的な大軍を導入して数の差で潰す、ということは難しい。
だがそれでも……
勝てるだろうと、彼は自分自身の能力を信じていた。
斯くして……
様々な勢力の思惑、欲望が入り交じり……
タウリカ戦争が始まろうとしていた。
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