第9話 昨日の敵は今日の友、では今日の友は明日どうなる?

 「一〇〇隻拿捕か……そのうち、使えるのはどれくらいだ?」


 エルキュールはクリストスに尋ねる。

 クリストスは部下から上がってきた報告書を読み上げる。


 「五〇隻は何の問題もなく使用できるかと」

 「そうか、じゃあその五〇隻を残して……残りは売るか、解体するかして処理しよう。アントーニオなら上手くやってくれるはずだ」


 海に落ちた兵士の救援活動を終え、エルキュールたちがローサ島に戻って一週間。

 ローサ海賊団との戦闘は未だ継続中である。


 「これでローサ島の連中も降伏するでしょうね」

 「さあ、どうかねえ? 良くも悪くも内外の情報は断ったからな。一応、ラウス一世には『もう助けられない』という親書を書かせるが……果たして信じるかどうか」


 レムリア帝国の策略かもしれない!

 と、疑い最後まで抵抗する可能性はある。


 結局のところ、ローサ海賊団の気合いがどれほど長く続くかの問題だ。


 「ところで……捕虜とラウス一世はどういたしますか?」

 「丁重に扱え。あれはまだ利用価値がある」


 捕虜はともかくとして、一国の国王であるラウス一世の価値は高い。

 

 「身代金はどれほど、取れるでしょうか?」

 「身代金ねえ……俺の予想が正しければ、身代金なんて取れないと思うけどな」

 「……予想とは?」

 「それは……」


 エルキュールがクリストスに自分の考えを語ろうとしたその時……


 「皇帝陛下! お話し中、失礼いたします! チェルダに潜ませた密偵より、緊急の報告が来ております!」


 エルキュールは伝令兵から、報告書を受け取った。

 封を壊し、密偵からの報告書を開く。

 

 「……何と書かれていますか?」

 「俺の予想通り、ヒルデリック王太子がクーデターを起こしてヒルデリック二世として即位したようだ」


 エルキュールは愉快そうに笑みを浮かべた。

 斯くして、エルキュールの計画は次の段階に入ったのである。






 「まさか捕まることになるとは……身代金は高くつきそうだな」


 ラウス一世は溜息をついた。

 ラウス一世がいるのは、エルキュールから宛がわれた小さな部屋である。


 ローサ島にあった比較的大きな館の、一室を改装したものだ。


 ラウス一世にとって幸いなことは、思っていたよりも待遇が良かったことで……

 不幸なことは逃げ出すことはほぼ不可能という点であった。


 「しかし……ヒルデリックは俺の身代金をちゃんと用意するだろうか? ……心配だ」


 ラウス一世と彼の息子のヒルデリックはあまり仲が良いとは言えない。

 というのも、二人は政治的な理念で対立しているからだ。


 ラウス一世は説明するまでもなく、獣人族ワービースト至上主義であり、また熱心な西方派メシア教徒である。

 故にラウス一世は非獣人族ワービーストの富裕層や、西方派メシア教以外の宗派、宗教を迫害し、時に重税を掛けてきた。


 一方彼の息子のヒルデリックは、ラウス一世に比べるとかなり融和的だ。

 獣人族ワービーストと非獣人族ワービーストの同権を掲げ、そして宗教的な迫害をやめるべきであると考えている。


 もっとも、優勢なのはラウス一世だ。

 チェルダ王国は獣人族ワービーストの西方派メシア教徒が多数派なのだから、当然である。


 仮に非獣人族ワービーストや非西方派メシア教徒への重税をやめれば、どこから財源を引き出すのか? ということになる。

 仮に税収減を放置すればその分、公共事業の費用や軍事費が削減されてチェルダ王国の国力は低下するし……逆に今までの税収を維持しようとすれば、獣人族ワービーストや西方派メシア教徒にその皺寄せが行くのは目に見えている。


 だがしかし……

 ヒルデリックを支持している勢力も決して少ない数ではなく、油断できる情勢ではない。


 「チェルダ王陛下。失礼致します。入室しても宜しいでしょうか?」

 「構わぬ、入れ」


 ラウス一世が許可を出すと、桃色の髪の少女が姿を現した。

 ラウス一世は思わず顔を顰めた。

 その少女の頭には黒い角があり、そして黒い尻尾を生やしていたのだ。


 「魔族ナイトメアめ……失せろ!」

 「はは……あなたは相変わらずですね。こんな状況でも態度が変わらないとは……さすが一国の国王なだけはあります。やはりあなたは弱虫のクズ共とは違いますね」


 ニアは苦笑いを浮かべた。

 ノヴァ・レムリアの下層市民たちはニアが貴族になった途端に態度を変えた。

 しかしラウス一世は例え捕虜の身になろうとも、その態度を変えない。


 ニアにとっては、ラウス一世はノヴァ・レムリアの下層市民に比べると主張が一貫し、筋が通った人間なのだ。


 「皇帝陛下があなたに会談を申し込んでおります。……体調に優れないというのであれば、そうお伝えしますが……どういたしますか?」

 「ふん、魔族ナイトメアのせいで体調が悪くなったよ。……だがそんなことを言っていられる身分ではないか。案内しろ」

 「分かりました。では、私の後に続いて下さい」


 ニアはそう言って、ラウス一世をエルキュールの下にまで案内した。


 「皇帝陛下。チェルダ王陛下を御連れ致しました」

 「おう、ありがとう。ニア」


 エルキュールはニアに礼を言って……

 ラウス一世に向き直った。


 「どうぞ、椅子に座ってくれ。我が盟友、チェルダ王」

 「盟友? ふん、レムリア帝国の皇帝陛下は随分と冗談がお好きなようだ」


 ラウス一世はエルキュールに皮肉を言いながらも、椅子に座ってエルキュールと向き合った。

 召使たちが二人に紅茶とお菓子を用意する。


 エルキュールは紅茶を一口飲んでから、ラウス一世に伝える。


 「単刀直入に言おうか、我が友よ」

 「その前に一つ言わせて頂こう。私はあなたの友になった覚えはない」

 「昨日の敵は今日の友というではないか。正々堂々あなたと一騎打ちしたのだ。これを友と呼ばずに何と呼ぶ?」


 エルキュールがそう言うと……

 ラウス一世は呆れ顔を浮かべる。

 

 「あなたはそれを本気で言っているのかね? もしそうなら、一度診てもらった方が良い。少なくとも、チェルダ王国では後ろから部下に頭を殴らせて勝利したことを『正々堂々と一騎打ちした』とは言わない」


 エルキュールは肩を竦めた。


 「これは手厳しい。さて、では本題に入ろう。あなたの息子であるヒルデリック王太子がクーデターを起こし、ヒルデリック二世として即位した」


 エルキュールがそう告げると……

 ラウス一世は顔を怒りで歪めた。


 「あのバカ息子め……下等種や異端者共の甘言に乗りおって。融和なんぞで国が治まるものか。余計に混乱を招くだけだろうに……なぜ分からない……」


 そんなラウス一世には……

 怒りの感情は見当たれど、驚きや困惑の色は見えない。


 やはりある程度覚悟していたのだろう。


 「さて、そんなわけで我が盟友よ。実はあなたにご提案があるのだが……」

 「提案? まさか、私が王位に戻るのを手伝ってくれるとかかね? もしそうなら、大歓迎で受け入れるが……」


 そんなわけないだろう?

 どうせ、大したものではあるまい。


 と、言おうとしたラウス一世の言葉をエルキュールは遮った。


 「それは良かった。その通りだ。私はあなたが玉座に戻る手伝いをする用意がある」

 「……本気で言っているのかね?」

 「友人が困っていたら、手を差し伸べる。当然のことじゃないか!」


 ……どんなに発言内容が良くても、発言者がエルキュールでは何の説得力もない。

 

 「もしあなたが私の言う条件・・を承諾してくれれば、私は捕虜を全て解放しよう。捕虜を再編成すれば、十分に立派な軍になるはず。それに加え、ある程度ならば軍資金を貸すこともできるし、兵糧や武器も融通しよう」

 「その破格の支援に対する、あなたの要求とは何かね?」


 ラウス一世の問いに…… 

 エルキュールはニヤリと笑みを浮かべた。その笑みは少なくとも、友人に向けるような親し気な笑みではなかった。


 「皇帝陛下、どうぞ」

 「悪いな、ニア」


 エルキュールはニアから手渡された地図を机の上に広げる。

 それはアルブム海全域が明確に記された、かなり精度が高い地図であった。


 「今我々がいるのは、このローサ島。そして……そこから西のクレノス島、マルヌ島、シケリア島、サルディア島、コルス島、そしてバルメラス諸島。この六つの島は全て貴国の領土か、または影響下にある」


 エルキュールが上げた島々は、チェルダ王国がかつてレムリア帝国を相手に戦い、奪ったアルブム海の要所となる島々であった。

 

 「私が要求するのは……クレノス島、マルヌ島の割譲。シケリア島、サルディア島、コルス島の租借権、そしてバルメラス諸島の永久放棄。……どうかね?」

 「随分と過大な要求だな。……受け入れるとでも?」


 要するに、アルブム海にあるチェルダ王国が支配している島々を全て寄越せ。

 と、エルキュールは言っているのである。

 いくら何でも頷くわけにはいかない。


 「そうかね? 私はそこまで過大な要求とは思えないが……割譲はクレノス島、マルヌ島だけだ。租借権を要求したシケリア島、サルディア島、コルス島はあなたに軍資金を貸すための担保のようなもの。私があなたに貸した軍資金を、利子も含めて返してくれればすぐに三つの島は返そう。バルメラス諸島に至っては、そもそも貴国の領土とは言い難い。あそこはトレトゥム王国に近く、親トレトゥム王国派の土着貴族も多いと聞く」


 バルメラス諸島はチェルダ王国とトレトゥム王国の係争地であり、チェルダ王国の海軍が壊滅した段階で、すでにトレトゥム王国の領土になったも同然である。

 つまり永久放棄も何も、そもそも放棄せざるを得ない状態なのだ。

 現状を追認するだけのことである。


 「そもそも……現在のチェルダ王国はヒルデリック王太子が支配している。あなたにはもう、失うモノすらないはず。加えてチェルダ海軍は壊滅している。あなたがこの条件を認めようと、認めなかろうと我が国はこの島々を奪い返すつもりだし、私はそれが可能だと考えている。無論、あなたが条件を認めてくれた方が我々もやり易くなるのだがね」


 ラウス一世はしばらく考えた後、エルキュールに尋ねる。


 「……もし私がこれを断れば、あなたはどうするつもりかね?」

 「そうなれば仕方がない。政治的な考えが似ている盟友・・ヒルデリックと、あなたの身柄を条件に交渉するしかないでしょうな」


 ヒルデリック二世にとって最善の結末は、ラウス一世が死ぬことである。

 そうすればヒルデリック二世は何の後ろめたいこともなく国王に即位できる。


 一方、次善の結末はラウス一世がレムリア帝国に永久に囚われていること。

 生きている限り危険は付きまとうが……少なくともヒルデリック二世がレムリア帝国と裏で友好関係を保っている以上、レムリア帝国はラウス一世を解放することはない。


 あまり良くないのはエルキュールがラウス一世をヒルデリック二世に返却することである。

 そうなればヒルデリック二世はラウス一世を殺すか、幽閉するか、それとも国王に復位させるかのどれかをせざるを得なくなる。

 ラウス一世とヒルデリック二世では前者の方が支持者が多いので……ラウス一世が国内にいるのは、それだけでヒルデリック二世からすると危険なことだ。


 そして最悪の結末は……

 エルキュールがラウス一世を解き放つことである。


 つまりエルキュールはヒルデリック二世に対し、ラウス一世を解き放って欲しくなければ、殺して欲しいなら島を寄越せ。

 と交渉することが出来るのだ。

 

 つまりラウス一世でも、ヒルデリック二世でも…… 

 島さえくれればエルキュールとしてはどっちでもよく、どう転んでもエルキュールは島を得られる。


 ……が、これには一つ弱点がある。

 それはヒルデリック二世も、ラウス一世も、共に条件を断った場合である。

 

 ヒルデリック二世がもし「島をやるくらいならば、父を解き放っても良い」と言い、ラウス一世が「島をやるくらいならば、殺されても良い」と言えば……


 仮にラウス一世を解き放ち、ヒルデリック二世に嫌がらせをしようとすればラウス一世は何一つ損することはなく、国王に復位できる可能性が転がってくる。

 逆にエルキュールがラウス一世を殺せば……ヒルデリック二世は何一つ失うことなく、堂々と国王になることができる。


 ゲーム理論…… 

 とは少し違うが、両方がエルキュールの要求を拒否すれば、エルキュールに何一つくれることなく、どちらか一方が得をすることができる。


 しかし…… 

 それは両方が拒否した場合である。


 ラウス一世とヒルデリック二世の間には信頼関係なんぞ、そもそもない。

 ラウス一世にエルキュールとヒルデリック二世、息子にするならどっちが良いかと聞けば、彼は迷わず前者と答えるだろうし、ヒルデリック二世にエルキュールとラウス一世のどちらを父親にしたいかと問えば、迷わず彼は前者と答える。


 当然、ラウス一世の答えは決まっていた。


 「選択肢など、そもそも無いということか。良いだろう。サインしてやる!」 

 「あなたと盟友でいられることが出来て、幸いだ」

 「ああ、私も幸いだ。我が盟友」


 国と国、君主と君主の間に真の友情関係などなく、また真の敵対関係など存在しない。

 あるのは利害関係だけであり、そして……

 昨日の敵は今日の友なのである。



 さて、ここで一つだけ疑問がある。

 昨日の敵は今日の友。

 ならば……

 今日の友は、明日の何だろうか?


 その答えは……








 「首尾よく行きましたな。王太子殿下……いえ、国王陛下」

 「う、うむ……しかしホアメル、獣人族ワービーストの貴族たちは大人しく私の即位を受け入れるだろうか?」


 ヒルデリック二世は自分の側近である、ホアメルに不安気な様子で尋ねた。


 ヒルデリック二世は犬型獣人族ワービーストであり、その高位種である人狼族である。

 一方で彼の側近であるホアメルは……人族ヒューマンであった。


 ホアメルは商売で成功して財を成した男である。

 しかしチェルダ王国は獣人族ワービースト至上主義国であり、人族ヒューマンは肩身が狭い。

 ホアメルもチェルダ王国から、不当ともいえるほど財産を税金として奪われていた。


 彼はそれが不満だったのである。


 しかし神はホアメルを見捨てなかった。

 というのも、ヒルデリック二世が幸運にも彼の娘であるカッサンドラに恋をしたからだ。


 ヒルデリック二世は熱烈にカッサンドラにアプローチし……両者は恋仲になった。

 ホアメルは娘を通じて、ヒルデリック二世に近づき……彼を国王にしようと画策したのである。


 元々ヒルデリック二世は獣人族ワービースト至上主義とは対極の、融和派に属していた。

 政治的理念の対立でラウス一世と対立したことも、一度や二度ではない。(もっとも、あまり気が強い方ではないヒルデリック二世はラウス一世に論争で勝てたことはないのだが)


 そんなわけで、ヒルデリック二世の下には少なくない数の融和派が集結していた。

 融和派の多くは人族ヒューマンや、長耳族エルフだが……獣人族ワービーストの大物貴族もいた。

 ラウス一世の獣人族ワービースト至上主義は少々やり過ぎなところがあり、獣人族ワービーストの中でも異を唱えるものがいたのである。


 それに加えて、大物商人であるホアメルとその仲間がヒルデリック二世についた。

 ヒルデリック二世の派閥はかなりの大きさに成長したのである。


 しかしそれでもラウス一世の勢力は強大であり……

 また、ラウス一世自身も健康そのもので死ぬ気配はない。


 かと言って、暗殺は厳しいし……ヒルデリック二世にその度胸はなかった。


 が、ここで転機が訪れる。

 レムリア帝国のとあるお方・・・・・からヒルデリック二世の即位を支持するという密書が送られたのである。

 もし仮にヒルデリック二世がクーデターを起こすのであれば、資金援助をすると。


 これをホアメルは受けた。

 結果、ヒルデリック二世は何人もの商人を仲介し、レムリア帝国から莫大な軍資金を得たのである。


 そして……

 ついに時が来た。


 ラウス一世が出征し……レムリア帝国のとあるお方・・・・・との戦いに敗れたのである。

 

 ホアメルは渋るヒルデリック二世を説得し、クーデターを敢行。

 ヒルデリック二世を国王に即位させたのだ。


 後は……

 当初の予定通り、レムリア帝国のとあるお方・・・・・がラウス一世を殺すだけだ。


 「例え受け入れずとも、ラウス一世があのお方……レムリアの皇帝陛下に処刑されてしまえば受け入れざるを得ないでしょう」

 「う、うむ……そうか? だが……」

 「王太子殿下!!」


 その時、玉座の間に少女の声が響き渡った。

 現れたたのは……丁度六歳前後ほど美しい少女であった。


 茶色っぽい髪と瞳。

 頭からは狼型の耳、お尻からは尻尾が生えている。


 印象的なのは鋭く、気の強そうな目だ。

 あの目で見つめられれば、どんな男性も思わず目を逸らしてしまうだろう。


 可愛らしい容姿をしているのに、多くの男性が彼女を避けるのはその目が原因であった。


 「ソニア様、王太子殿下ではなく国王……」 

 「下等種の卑しい商人は黙っていなさい!!」


 ソニアはホアメルを睨みつける。

 その鋭い目つきに、思わずホアメルは後ろに一歩下がってしまう。


 「王太子殿下、これはどういうことですか?」

 「これ、というのは?」

 「婚約者である私や、私の父に何の相談もなく、何故王位簒奪など起こしたかということです!! 王太子殿下!」


 思わずヒルデリック二世は目を逸らしてしまう。

 ヒルデリック二世は二十歳で、ソニアは六歳。

 年齢差は無論、その鋭い目つきがヒルデリック二世は気に食わなかった。


 自分よりも年下の少女に、なぜ気圧されなくてはならないのか。

 それがヒルデリック二世のプライドを強く傷つけたのである。


 まあ、ある特殊な業界の方は「むしろご褒美です」「むしろ泣かせてみたくなる」とおっしゃるかもしれないが、ヒルデリック二世は至ってノーマルなのだ。


 とはいえ、それに関してはまだ我慢しよう。

 別に夫婦が愛し合う必要性は皆無である。

 大事なのは子供ができるか、出来ないかだ。

 

 突っ込んで種を出すという作業を、機械的に行えば良いだけの話である。


 しかし、ヒルデリック二世にはどうしても我慢できない点があったのだ。


 「今ならば、まだ間に合います。私も国王陛下を説得致します。レムリア帝国に身代金の交渉をして、早く国王陛下をお助けしましょう」

 「ソニア! 君は父がこのまま国王を続けるべきだと思うのか? 確かにこの国は獣人族ワービーストが多数派だ。しかし人族ヒューマン長耳族エルフもいる! 互いに助け合うべきだと、思わないのか? 少なくとも僕はそう思う。僕と父は相容れない!」


 ヒルデリック二世がそう言うと……

 ソニアはホアメルを睨みつけた。


 「……あなたですか、王太子殿下に良からぬ考えを吹き込んだのは! この下等種!!」

 「ソニア! ホアメルは僕の家臣だ。暴言は許さないぞ!」

 「王太子殿下、目を覚ましてください。このような下等種と、下等種の売女の言葉に耳を貸しては……」

 「ソニア!! 売女とは誰の事だ!! まさか、カッサンドラの事ではないな!! 彼女を侮辱することだけ・・は絶対に許さないぞ!」


 ヒルデリック二世は怒鳴り声を上げる。

 これには思わず、ソニアも体を強張らせた。


 つまりソニアはバリバリの獣人族ワービースト至上主義者なのである。

 ヒルデリック二世からすればソニアは差別主義者であり、ソニアからすればヒルデリック二世は他種族におべっかを使う軟弱者。

 これでは反りが合わないのは当然だろう。


 加えてヒルデリック二世とソニアはかなり血が近く、本能的な忌諱感もあった。

 またソニアからすると婚約者である自分を差し置いて下等種であるカッサンドラを愛するヒルデリック二世は実に気に食わない。

 逆にヒルデリック二世は大人しく自分を立ててくれるカッサンドラとソニアを比べて、ますますソニアが嫌いになるというループ。


 そんなわけで二人は仲が良いとは言えない。


 「ソニア様、あなたは勘違いなさっています。……あなた様のお父様はそもそも、国王陛下ヒルデリック二世の御即位に賛成を示していらしています」

 「そんな! でも私はそんなこと、一度も……」

 「いや、それは事実だ。ソニア」

 

 一礼して入室したのは……

 ソニアの父である、カーマインであった。


 カーマインはヒルデリック二世の前に跪く。


 「娘が御無礼を。申し訳ございません」

 「構わない。あなたの支持が無くては僕は即位できなかった。一層の忠誠を期待している」

 「ありがたき幸せ」


 ソニアは驚いた顔で自分の父を見つめた。


 そもそもだが、父親と娘で同じ思想を持っていなければならない道理はない。

 ラウス一世とヒルデリック二世が対立しているように、ソニアとカーマインも政治的な考え方が違う。


 カーマインもまた、融和派なのである。

 もっとも、隠れ融和派だが。


 もし仮にカーマインが公的に融和派であることを宣言していれば、ラウス一世はソニアとヒルデリック二世の婚約は認めなかっただろう。

 今日、この時まで彼は牙を隠していたのだ。


 

 ちなみにホアメルとカーマインは同じ融和派だが、考えが若干異なる。

 ホアメルの方が左派、つまり全種族の平等を掲げているのに対して、カーマイン右派、つまりあくまで『融和』であり、獣人族ワービーストと他種族は平等ではないという考えだ。


 ソニアとカッサンドラがあまり仲が宜しくないのと同様に、カーマインとホアメルも本来は仲が悪い。

 が、一応同じ融和派として共同戦線を結んでいる。


 もっとも、倒すべきラウス一世はもういないので……

 あとは決着をつけるまでであった。


 ホアメルは財力を持ち、カッサンドラという切り札を持つが……

 一方でカーマインは広大な領地を持ち、抱えている兵力も大きいため両者の力関係は拮抗している。


 ヒルデリック二世がどちらか一方に肩入れすれば別だが……

 彼はそういうことができない人間だ。


 「わ、私は反対です! どうかお考え直しください! そもそも各国が王太子殿下の御即位を認めるはずが……」

 「それは問題ないよ、ソニア。僕の即位は……レムリア帝国の支持を受けている」


 ヒルデリック二世がそう言うと、ソニアは唖然とした表情を浮かべた。


 「そ、それは本当ですか? 何か、証拠となるモノは?」

 「証拠はありますよ、ソニア様。現に我々はレムリア帝国から軍資金の援助を受けています。この軍資金が無ければ、決して成功することは……」


 ホアメルの言葉をソニアは遮る。


 「そうではなく、レムリア帝国が……レムリア皇帝が王太子殿下の御即位を支持すると、署名したような確固たる証拠はあるのですか?」

 「そんなモノ、有るはずが無かろう。もし表に出れば、レムリア帝国も非難を受ける。あくまでこれは秘密外交で、証拠は何一つ残していない」


 カーマインがそう答えると、ソニアは額に手を当てた。


 「あ、あなた方は……あの、レムリア皇帝の、ペテン師の言葉を真に受けたのですか?」

 「いや、だが事実軍資金の援助をして貰った。ソニア、君の気持ちはよく分かるが現実として……」

 

 ヒルデリック二世がソニアを諌めようとすると……

 ソニアはヒルデリック二世に縋りついた。


 「王太子殿下! なりません、あのようなペテン師の言葉を真に受けては! アレクティア公会議とアレクティア勅令のことをお忘れですか? あの男は平然と二枚舌を使うのです! あの男の目的はおそらく……」


 チェルダ王国を真っ二つに割り、内戦を起こさせること。

 

 と、ソニアが最後まで言葉を言う事は出来なかった。


 何故なら……

 玉座の間に外交官僚が飛び込んできて、その場にいる者達全員に伝えたからである。


 「こ、国王陛下!! 急報でございます! ラ、ラウス一世がレムリア皇帝の支持を受けて、軍を率いてチェルダ王国に侵入しました!!」



 斯くして……


 国王(ヒルデリック二世)派と元国王(ラウス一世)派の間で、内戦が勃発したのである。

 

 この内戦を機に、チェルダ王国は急速に衰退することになる。




 『皇帝陛下のお言葉はとても大きく、そして重く見える。誰もが信じたくなるし、その影響はとても大きい。しかしあのお方のお言葉は実のところ中身が詰まっていないのです。あのお方のお言葉を水に落としてみるといいでしょう。きっとプカプカと水に浮かぶ』


 エルキュールという男について。

 ―ヒュパティア―

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