第4話 ローサ島戦記 第二巻『救援来たり!? チェルダ海軍!!』

 さて、レムリア帝国軍がローサ島に上陸したというニュースは瞬く間に世界中に響き渡った。

 もっとも、多くの者たちは静観を定めた。


 例えばトレトゥム王国。

 そもそもローサ島とは遠く離れているし、西方派から正統派への国教の変更を考えている彼らがローサ島の事情に介入する必要性は皆無だった。


 エデルナ王国も西方派メシア教国だが、レムリア帝国と同盟関係にあるので同様に不介入。


 姫巫女メディウムは……

 言うまでもない。正統派の総本山が西方派の海賊を庇うわけがない。


 ファールス王国に至ってはそもそも宗教が違うので、どうでも良い話である。


 そんなわけで、聖ローサ騎士団またの名をローサ海賊団に救いの手を差し伸べてくれる国は皆無……ではなかった。


 捨てる神あれば、拾う神あり。

 チェルダ王がさっそく、救援の準備を始めていたのである。


 「準備にこれほど時間が掛かってしまうとはな……」

 

 チェルダ王―ラウス一世―は溜息をついた。

  

 元々レムリア皇帝への復讐のために、ラウス一世は準備をしていた。

 

 ラウス一世の政策には、彼の息子も含めて反対者が多く……

 そう易々と軍を動かすわけにはいかない。


 そんなわけで、ラウス一世がレムリア帝国に攻め込むには軍の強化と増強に加え、様々な根回しをして国内を安定させる必要や、政治上の問題を予め片付けておく必要があったのだ。


 特にやらなくてはならなかったのは、艦隊の増強である。

 チェルダ王国の初代国王はレムリア帝国から大量の船舶を奪い、一時アルブム海の制海権を支配したが……それも過去の話。


 当然、当時の船は一隻も残っていない。


 レムリア帝国が二百隻以上のガレー船を保有しているのに対し、チェルダ王国は百隻前後のガレー船しか保有していなかった。

 

 レムリア帝国が北方のアーテル海の制海権確保のため、一定量の船をアーテル海に残すと考えても……

 やはりあと五十隻は欲しいところ。


 そういうわけでラウス一世は商船を徴発したり、新たに船を建造したりしていたのである。


 そんな中、エルキュールがローサ島に上陸したという情報がラウス一世の耳に届いた。

 ラウス一世にとって、これは幸運であり、不幸でもあった。


 幸運な点は大義名分が出来たことだ。

 聖ローサ騎士団を救援するという大義名分は、国内的には十分であり、対外的にもエルキュールへの復讐と、思われ難くなるからである。


 不幸な点は、準備にはまだまだ時間が必要という点である。

 今のままの海軍ではレムリア帝国に敗北するのは目に見えている。

 数を増やし、訓練を施す時間を考えると……聖ローサ騎士団がどれくらい粘り強く守ってられるか。

 が、大きな問題になった。


 「幸い、まだローサ島は陥落していない。……急がなくては。錨を上げろ!! 出航だ!!」


 斯くしてラウス一世は百七十隻のガレー船を率いてチェルダ港を出港したのである。






 「そろそろ……四か月、ですね。皇帝陛下が予想された……」


 カロリナはぽつりと呟いた。

 それに対し、エルキュールは平淡な声で答える。


 「そうだな。そろそろローサ海賊団の兵糧も無くなるころだろうな」


 戦争を初めて四か月。

 未だにエルキュールはローサ島を落とせていなかった。


 とはいえ、当たり前といえば当たり前だ。


 エルキュールは軍で包囲し……

 ただ見守り続けただけだからだ。


 無論、投石器で糞尿や死体を投げ入れたり……

 矢を射かけたり、程度はしたが。


 あくまでこちらに被害が出ないレベルの、些細な攻撃しかしていない。


 「そう言えば……ニアの奴、三日で俺の意図に勘付いたみたいだな。『兵糧攻め、ですか?』って、包囲が始まってから三日後に俺に聞いてきた」

 「それで、何と御答えに?」

 「それは結果次第だな。と、答えたよ。実際、連中が早期に降伏してくれれば丸く収まるからな」

 「まあ、それはそうでしょうけど……ところで、ニアは何がきっかけで気が付いたのでしょうか?」

 「降伏の条件が集団改宗、と聞いた辺りだそうだ」

 「へえ……そこで気が付くなんて、中々勘が良い子ですね」

 

 兵糧攻めというのは、一般的のようであまり一般的ではない。

 というのも、囲う側と囲われる側では前者の方が兵糧が無くなりやすいというのは常識だからである。


 結果的に兵糧攻めのような形になることは多々あれど、兵糧攻めを最初から狙うことはあまりない。

 

 が、エルキュールの狙いは最初から兵糧攻めである。

 まあ、強引に攻め落とせないこともないのだが……


 「ローサ島は釣り餌だからな」

 「獲物はチェルダ王、ですね?」

 「まあな」


 その後、エルキュールは小声で「それだけじゃないけどな」と呟く。


 「まあ、チェルダ王もそろそろ釣れるさ。俺の読みが正しければ……な」


 エルキュールもむやみやたらに戦争を仕掛けたわけではない。

 

 もし仮に……二月辺りに攻め込んだとしよう。

 そうなると、おそらくチェルダ王は昨年から始めている戦争の準備の進展と、ローサ海賊団の兵力や兵糧を考慮し、「間に合わない」と判断して見送ってしまう可能性があった。

 そうなると、エルキュールはいつ来るか分からないチェルダ王の襲来を警戒しなくてはならない。


 逆に七月以降に攻め込めば……

 チェルダ王はあともう少しローサ海賊団は持つだろう、と判断してさらに準備を重ね、万全の状態で攻め込んでくる可能性があった。

 それはそれで厳しい戦いになる。


 故にエルキュールは、チェルダ王の戦争準備の進展と、一般的にローサ海賊団が耐えられるであろうと予測される最低の月日の推定から逆算して、どのタイミングでローサ島に攻め込めば、チェルダ王の軍と最適な状態で戦えるかを計算したのである。


 そして『三月』に攻め込み、四か月後の『七月』にチェルダ王と決戦をする、という結論を導き出した。

 

 「そう言えば、元々陛下はチェルダ王との戦いを『夏以降』を予測していましたよね? あの時からですか?」

 「まあ、チェルダ王は無能な王じゃないからな。準備を重ねて戦争を仕掛けてくるはず。と、なればチェルダ王が納得するレベルの準備が完成するのが……まあチェルダ王国の国力と軍事力を考えると、夏以降になるかな? と、あの時は予想したわけだ」

 

 もっとも……

 ここまではあくまで予想であり、推測である。


 現実としてどうなるかは……


 「皇帝陛下!皇后殿下! お話し中、失礼いたします。チェルダに潜ませていた密偵から、緊急の報告書が届いております!」

 「跪かなくてもよい。早く寄越せ」 

 「かしこまりました!」


 そう言って、息を切らしながら伝令兵はエルキュールに密書を手渡した。

 エルキュールはそれを開き……笑みを浮かべた。


 「俺の計算はどうやら、間違いなかったみたいだ」





 エルキュールの下にチェルダ海軍出港の知らせが来てから三日後。

 エルキュールは攻囲の総指揮をオスカルに任せ、クリストス、カロリナと共に、海に出ていた。


 エルキュールたちがいるのは、艦隊の中央部のもっとも大きいガレー船である。

 つまり一番安全な場所だ。

 


 「皇帝陛下、皇后殿下、大提督閣下! 南西の海域でチェルダ海軍を捕捉いたしました! 艦数およそ百七十隻!!」


 旗を利用し、伝言リレー方式で伝えられた情報を、若い仕官はエルキュールとクリストスの二人に報告した。

 

 「だ、そうだ。こちらが先に敵を見つけられた、というのは僥倖だな」

 「いえ、偶然とも言えませんよ。……練度の差がハッキリ出た結果です」

 「まあ、確かに……ラウス一世はもう少し訓練に時を費やしたかっただろうな」


 チェルダ海軍の練度不足は、エルキュールがラウス一世に決戦を急かした結果だ。 

 ローサ海賊団を救うために、一刻も早く出港しなければならなかったチェルダ海軍は……新兵の比率が高いのである。


 一方、レムリア海軍はチェルダ海軍と比べて二十隻ほど数で劣るとはいえ……

 すべてがベテラン兵で構成されているし、訓練も怠っていない。

 

 それが双方の索敵能力に色濃く表れたのである。


 「それにしても……同じガレー船にもいろいろ種類があるのですね」

 

 カロリナは興味深そうに呟いた。

 陸軍畑のカロリナにとって、海戦というのは中々興味深いものであった。


 クリストスはそんなカロリナに対し、得意気に説明した。


 「ええ、そうです。一般的にガレー船は大型になれば成るほど速力が増します。そして小型であれば、小回りが利く。ただ、これは船の形や乗せている兵力、漕ぎ手の数にも大きく左右されます」

 

 クリストスの説明にエルキュールとカロリナは真剣に耳を傾けた。

 エルキュールはクリストスの講義を聞いたことがあり、本でも読んだことはあるが……復習は大切だ。


 「例えば……先程敵の船を捕捉したのは快速艦です。これは大型のガレー船で、細長い形をしています。特徴は……戦闘員が殆どいなくて、多くが漕ぎ手であることです。逆に……同じ大型ガレー船でも戦闘艦はどちらかと言えば横長で、戦闘員が多い。海賊討伐では戦闘員は海兵だけですが、今回のように大掛かりの戦の時は陸軍のロングボウ兵を借ります。彼らの射撃力は非常に強力ですし、何より長耳族エルフだから接近戦にも強い」


 ロングボウ兵は陸上でも活躍するが、海上でも活躍の場がある。

 一応陸軍という枠組みにはなっているが……半海半陸軍といっても差し支えない。


 「大型ガレー船にはもう一種類、竜撃艦と呼ぶ船があります。これは大量の投石機や大弩で武装が固められています。兵器を操作する者以外は殆どが漕ぎ手なので……快速艦に近いですね。遠方から敵の船を攻撃するのが主な役目です。ただ……乱戦になるとあまり使えないので、数は少なめですがね。ちなみに快速艦も戦闘艦も、投石機や大弩が一、二台搭載されています。ですから、竜撃艦の戦術的価値は低いですね」


 竜撃艦は使い勝手が悪いので、両軍が激突すると後方に下げられてしまう。

 激突前にできるだけ多くの敵の船を沈めるのが、竜撃艦の役割だ。

 

 「中型ガレー船の多くは、突撃艦です。これは衝角突撃で敵の船を破壊したり、横転させたりするための船ですね。これには一定の速力が求められますが、同時にある程度の小回りも必要になります。ですので、一回り小型です。まあでも、大型艦とそこまで大きさに差はありませんがね」


 衝角突撃はガレー船での戦闘に於ける花形だ。

 陸上戦闘における、騎兵突撃に似た戦術である。


 当然、その破壊力は絶大だ。

 しかし……一定の技量が求められるため、練度の低い海軍には出来ない。


 「その他の中小型ガレー船は全て、支援艦です。戦闘艦の支援が主な任務ですね。兵装は様々です。敵の船に乗り込むための兵士や、射撃するための弓兵、または小型投石機や小型大弩などが装備されています」


 クリストスの説明を聞き、カロリナは成るほどと唸った。


 ちなみにカロリナの父であるガルフィスと、クリストスは犬猿の仲だが……

 カロリナとクリストスは仲が良いわけではないが、悪くはない。

 

 エルキュールはクリストスの甥であり、甥の結婚相手ならばほぼ身内も同然……

 という感覚なのだろう。

 

 「一般的に、ガレー船では奴隷を漕ぎ手として使うと聞きましたが……この船は奴隷を使用しているわけではないみたいですね?」

 「皇帝陛下と皇后殿下がお乗りになる船の漕ぎ手に、反乱の可能性がある奴隷を使用できませんよ。ただ……他の船では奴隷や犯罪者を使用しています。そうですね……四割が奴隷、二割が犯罪者、そして残りの四割が下級海兵が漕ぎ手になっていますね」


 人件費や人手不足の問題で、多くの国では奴隷や犯罪者がガレー船の漕ぎ手となる。

 鎖でつないでしまえば、反乱を起こされることも(無論百パーセントとは言えないが)ない。


 奴隷や犯罪者には給料を支払う必要がないため、安上がりなのだ。


 「ですが敵が船に乗り込んで来た時……漕ぎ手が海兵だと、彼らを戦力として期待できます。まあ、つまり漕ぎ手は海兵であることに越した事は無いわけです」

 「なるほど……ところでチェルダ海軍は……」

 「他国のことですから、私も正確な数値は分かりません。ですが……我が国よりも奴隷率は高いでしょうね」

 「それは安心です」


 つまり船同士の白兵戦になった時は、レムリア海軍が圧倒的に有利であるということだ。

 

 「まあ、今回は俺は観戦に徹しよう。クリストス、お前の指揮に期待している」

 「お任せを、皇帝陛下。必ずや陛下に勝利を献上いたします」


 エルキュールに対し、クリストスは深く一礼した。

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