第3話 ローサ島戦記 第一巻『悪の皇帝の襲来』
四月上旬、だんだんと暖かくなり始めた頃……
アルブム海沿岸の国々に激震が走った。
レムリア帝国軍、ローサ島侵攻!!
「首尾よく、上陸できたな」
「それはまあ……誰も予想してませんでしたからね」
小さな港から、全ての兵士を上陸させることに成功して、満足気な表情を浮かべるエルキュール。
それに対して、クリストスは苦笑いを浮かべた。
いくら常備軍とはいえ、ここまで電撃的な行動を起こす君主はエルキュールくらいだろう。
エルキュールという男は、まるでピクニックでも行くかのような感覚で戦争を起こすのだ。
これは常備軍が常にノヴァ・レムリアに待機し、エルキュールが「戦争行くぞ!」といつ言いだしても言いように、準備をしているからである。
あまり多くは語らない君主であるエルキュールは、自分の家臣にすらも己の計画を滅多に語らないため……
兵士たちはいつ戦争に駆り出されても良いように準備しているし、心構えしている。
兵士たちにとって、唐突の戦争は「いつもの皇帝陛下だな」程度の認識であった。
レムリア帝国の首都には莫大な量の小麦や、保存食、そして
そのため他国が戦争を起こすのに、傭兵を雇い、兵士を集め、兵糧を集め……
などしているうちに、エルキュールはとっとと戦争を始めて終わらせることができてしまうのである。
今回の戦争でも、エルキュールは唐突に海軍をノヴァ・レムリアに招集し、すぐさま兵士を乗せて出陣した。
そのため敵からすれば、準備している間もなく敵に上陸された。
という状態になってしまったのだ。
「さて、陛下。これからどのように?」
「敵は海戦を諦め、早速内陸部の要塞に引き籠っているだろう。気長に要塞を落とそうじゃないか」
さて、この辺りでローサ島の説明をしておこう。
ローサ島はノヴァ・レムリアから直線距離で南に六百キロほどの位置にある島である。
道のりでは千キロほどだろうか?
ミスル属州の州都、アレクティアからは直線距離で北に六百キロほどだ。
レムリア帝国の領土に囲まれたこの島は……
事実上、海賊に占領されていた。
レムリア帝国はローサ海賊団と彼らのことを呼んでいる。
もっとも、彼ら自身は自分たちのことを聖ローサ騎士団と名乗っていた。
彼らは熱心な西方派メシア教の
どう見ても海賊です。
本当にありがとうございました。
まあ、しかしそんな自称聖ローサ騎士団=ローサ海賊団を聖なる騎士団と認め、支援すらしている国家が存在する。
それがチェルダ王国である。
というのも、チェルダ王国は西方派メシア教徒の国であり、そして
チェルダ王国は自国の船がローサ海賊団に襲われないように、そしてできるだけレムリア帝国の足を引っ張るために、彼らを援助しているのであった。
そしてローサ海賊団も、略奪した物品を金銭に変えて、武器や食糧を購入するためにチェルダ王国の支持と支援をありがたく頂戴していた。
持ちつ持たれつの関係なのである。
しかしレムリア帝国からすれば堪ったものではない。
喉元に刺さった小骨の如く、この島と海賊団は邪魔でしかないのだ。
年に何隻も船が沈められているため、直接的被害だけでも尋常ではなく、加えて間接的被害―船の護衛費用や、迂回するための時間的損失―も含めれば、莫大な額になる。
先帝であるハドリアヌス帝は、この海賊団を除去するために何度も軍を派遣していたが、毎度チェルダ王国の支援と、ゴキブリ並みのしぶとさに負けて、撤退に追い込まれていた。
ローサ島には古代から建設され、そして海賊団によって現在も修繕・強化が続いている堅牢な要塞があるのだ。そのため攻囲は長期戦になる。
攻囲する側と、攻囲される側では前者の方が先に兵糧が尽きる。
故にローサ海賊団は今までしぶとく生き残り、現在まで略奪を続けてきたのである。
「まあ、それも……今日までだがな」
エルキュールは楽しそうに笑う。
エルキュールが今回の戦争に連れてきた兵力は歩兵二個軍団二四〇〇〇と、
合計三七二〇〇。
加えて、ガレー船一五〇隻。
指揮官は……
歩兵はエルキュールとオスカル、
またエルキュールは軽騎兵も指揮下に置いている。
そして海軍を率いるのはクリストスである。
※ちなみに昨年の間に、エルキュールは
対するローサ海賊団は……
その数、雑兵を含めて約四〇〇〇。
兵力差は圧倒的……
と言いたいところなのだが、それでも落ちない時は落ちないのが攻城戦である。
ハドリアヌス帝はかつて傭兵を掻き集めて、一〇〇〇〇〇の大軍で攻囲に臨んだことがあるが……
散々な結果になったという過去がある。
まあ、ハドリアヌス帝の能力不足というのも大きいのだが。
「さて、偵察の情報が正しければ……連中はここから南の内陸部の要塞に立て籠っている。一先ず、最大の港であるローサ港を占領して連中のガレー船を奪うか、破壊しよう。……まあ、連中が余程の馬鹿ではない限り、とっくに破壊済みだと思うがな」
港町と内陸部の要塞では、後者の方が防御力は高い。
港町は海側からの侵入に弱いからである。
海戦では勝てないと踏んで港を放棄したローサ海賊団は、レムリア帝国に利用されないようにガレー船を破壊しているはずだ。
まあ、商売道具であることを考えればどこかの岩場に繋いで隠している可能性もある。
「では、出発!!」
エルキュールはまず軍を三手に分け、一方を港の占領に向かわせ……
もう一方で二十キロ先の要塞都市へと向かった。
そしてもう一方で、道中から少し離れた場所、または要塞都市周辺の農村を襲わせ、略奪させた。
「あの、皇帝陛下」
「どうした? ニア」
エルキュールの侍従としてついてきたニアはエルキュールに質問した。
「あの……どうして農村なんて攻撃するんですか? それもあんなにたくさん……」
「うーん、それはだな……」
エルキュールは少し考えてから、ニヤリと笑みを浮かべた。
「まあ、そうだな。そのまま答えを言うのもつまらない。自分で考えてみるのが一番だろう。その方がお前のためになる。まあ、でもヒントくらいは教えるか。ニア、我が父ハドリアヌス帝がこの島を落とすのに失敗した理由は何だと思う?」
「……えっと、傭兵が多かったから? ですかね。やっぱり士気が低いから、士気の高いローサ海賊団を倒せなかった、ということでしょうか?」
「おお、良い線言ってるな」
エルキュールはニアの頭を撫でた。
そして答えを言う。
「正解は一〇〇〇〇〇も兵力を集めてしまったからだ。あまりにもこの数は多すぎる。……理由は分かるか?」
「兵站に負担がかかるから、ですか? あとは……疫病とか。糞尿の処理も大変そうです」
「ああ。その通りだ。が、根本的な原因はそれを集めるのに時間が掛かったからだ。つまりローサ海賊団に傭兵や兵糧を集める猶予を与えてしまったのさ。それに加えて、ニアの言った通り傭兵の質の悪さや、兵站への負担、糞尿の処理などが加わり……パンクしたってわけだな」
ローサ海賊団は与えられた猶予を活かし、一年は籠城に耐えうる兵糧を用意した。
一方でハドリアヌス帝はその兵力を活かしきれず、むしろそれを重荷にしてしまったのである。
「そういうわけで、今回は少数精鋭の電撃侵攻だ。連中に兵糧を準備する暇を与えない」
「もしかして、兵糧を運ばせないように農村に攻撃を?」
「いや、そいつは手遅れだ。さすがに周囲の農村から食糧の徴発はとっくにやっているだろう」
レムリア軍は瞬間移動してきたわけではない。
その程度の時間はローサ海賊団にも残されていた。
「……分からないです。申し訳ありません。というか……そもそも、この島の人達はローサ海賊団に支配されていたんですよね? じゃあ、陛下の支配を歓迎するはずじゃあ、無いんですか?」
「いやいや、ニア。その認識は大間違いだよ。もしそうなら、父上はこの島を落とすのに成功した。ローサ海賊団が今まで生き残って来たのは、島民から支持されてきたからさ」
ローサ海賊団はレムリア帝国からみれば海賊だ。
しかしチェルダ王国から見れば騎士団であり、同盟国である。
そして……島民からすれば島に富みをもたらす素晴らしい統治者だ。
「この島の住民は殆どが西方派メシア教徒だ。そして連中はローサ海賊団に恩恵を受けてきた。ローサ海賊団は略奪して得た富を島民に分け与えたし、島民は返礼として税を支払っていた」
「なるほど……じゃあ、見せしめとして殺す……という理由でしょうか?」
「はは……まあ、それもありだな。だが、それよりももっと良い手がある」
「良い手? ですか」
「ああ、それは……
敢えて、島民を生かすことだ」
エルキュールは嗜虐的な笑みを浮かべた。
「レムリア軍め……戦闘に関係ない者たちにまで暴力を振るうとは……」
聖ローサ騎士団、団長。
ジャン・ド・レットはレムリア帝国軍のあまりの非道な行為に憤慨した。
「しかし死者がいなかったことは幸いでしたね」
「……ふむ、そうだな」
副団長の言葉に、ジャンは曖昧に頷いた。
ジャンはレムリア軍の行動に怒っていたし、同時に島民たちに死者が出ていないことには安堵していた。
しかし……
同時に「死んでくれていた方が良かった」とも思っていた。
その方が聖ローサ騎士団全体の士気も上がる。
何より……
「あー、兵糧はどれくらい残っているかね?」
「一年分は用意しています。……と、言いたいところですが、何しろ島民の三分の一に当たる六〇〇〇人が逃げてきたわけですから」
「……もって四か月だな」
ジャンは溜息をついた。
レムリア帝国軍の動きを察知することが遅れたのは己のミス……
とはいえ、まさかこのような事態になるとは思っていなかった。
「ところで、騎士団長。レムリア皇帝から降伏勧告が来ていますが、どうします?」
「一応、見せてくれたまえ」
ジャンは副騎士団長から、エルキュールからの親書を受け取った。
封蝋を解き、手紙を開く。
「……何と書かれていますか?」
「何でも、心の優しいレムリア皇帝様は人死を望んでおられないようだ。集団改宗すれば、降伏を許し、生命と財産を保証してくださると」
「ははは、それはお優しい限りですね。……そんな条件、我らが飲むと本当に思っているのでしょうか?」
「思っていないからこそ、こんな勧告をしてきたのだろうよ。……つまり、我らは見せしめということだ。この島を今後統治する時に、西方派メシア教徒が大勢いると面倒なのだろう。我らが集団改宗すれば、残りの三分の二の住民も自然と改宗する。我らが無残に死ねば……やはり三分の二の住民は死を恐れて改宗する……という計算なのだろう。レムリア帝国お得意の分割統治というやつだな。これだから異端者は……」
ジャンは不敵に笑った。
「レムリア軍は約四〇〇〇〇だったな? 人口二万人も満たないこの島に、四〇〇〇〇も食わせる食糧は無い。連中は……二か月も持たないだろうさ。加えて……チェルダ王が黙って指をくわえてみているわけがない。これを機会に、レムリア皇帝に侮辱された恨みを晴らしにすぐに救援に来る」
「厳しい戦いになりそうですが……勝てない戦いではないですね。我らの信仰心、見せてやりましょう」
ジャンと副騎士団長はともに笑い合った。
それから一週間の作戦行動の末、エルキュールは敵の本拠地の完全包囲に成功した。
要塞都市周辺の小さな砦は全て占領し、都市を壕と柵と杭でぐるりと完全に包囲した。
そして高台を設置し、常に敵を監視。
等間隔で騎兵を配備し、敵が突破を試みた段階で対処できる。
まさに完璧な包囲である。
これで海賊たちは要塞から一歩も出ることは叶わない。
またオスカルが島中の港に兵を置き、しっかりと守りを固め……
加えてクリストスの率いる艦隊が島の周囲を見張り続けているため、援軍の余地はない。
そして何より……
「さすがカロリナ。俺の命令通り、ちゃんと農村の住民を
「はあ……気は進みませんでしたけどね。陛下の御命令とあらば。……降伏してくれると良いですね」
「そうだな。死人は少ないに越した事は無い。味方も敵もな。もっとも、それは連中次第だけどな」
心の優しいエルキュールは、何と農村の住民や降伏した砦の兵士たちを武装解除した上で、逃がして上げたのである。
無論、彼らが再び敵に回る可能性も考慮した上で。
しかしそれでもエルキュールは彼らに生きていて欲しかったのである。
例え彼らがレムリア帝国の商船を襲い、時に沿岸部の漁村を襲い、財産を略奪し、罪なき人々を殺し、攫い、奴隷として売り捌き、時には強姦を繰り返した海賊紛いの集団やそれに協力していた者達でも。
例え彼らが西方派メシア教徒、つまり異端者であっても。
同じ人。
メシア教徒。
地球の兄弟である。
ならば生きて欲しいというのは、当然の願い。
「できるだけ味方も敵も死なないように戦う。できれば誰一人も死なないで欲しいという、叶わぬ願いを胸に抱いて……うーん、俺ってばまさに戦記モノの主人公だな」
「たまに陛下の白々しさが羨ましくなります。私はそこまで開き直れませんよ」
エルキュールに対して、カロリナは苦笑いを浮かべた。
もっとも、それでも愛した男。カロリナはこの程度ではエルキュールから離れない。
それに……
「別にお前も、さほど気に病んでないだろ?」
「そうですね。正直、彼らが殺してきた正統派メシア教徒やアレクティア派、その他六星教徒などの異教徒を含む無実の民間人たちのことを思えば、むしろ選択肢を与えているだけ恩情があると言えます。それに……これからの統治で必要なんですよね?」
「ああ、その通り。ここは物流の要所だからな。反乱を起こされたら困るのさ……だが、何度も言うが俺はできるだけ平和的な解決を望んでいる。誰も死なないような、平和的な解決をね。これは本当だぞ?」
斯くして……
メシア教世界を恐怖で震撼させることになる、
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