幕間

第1話 ニアの前夜祭

 十二月二十四日。


 今日は何の日?

 と言われ、答えられない者はメシア教徒ではない。


 今日は……

 前夜祭。


 二十五日の降臨祭の……前日である。

 そして……ニアの誕生日でもあった。



 「ニア、誕生日おめでとう」

 「こ、これは……皇帝陛下。ありがとうございます!」


 毎日の日課として、エルキュールと共に走った後……

 エルキュールに誕生日を祝われたニアは、恐縮しながら礼を言った。


 「そう言えば、お前を拾ったのもこの日だったな」

 「は、はい! このご恩は……」

 「あー、別にそれについてはどうでも良いんだけど……」


 自分が如何にエルキュールに感謝しているか。

 について語ろうとしたニアの言葉をエルキュールは強引に遮る。


 エルキュールからすれば、どうでも良い事だ。

 言葉を尽くされなくとも、そんなことは今更のこと。


 「それにしても十三歳か……」


 エルキュールは出会ったばかりのニアを思い返した。

 鶏がらのように痩せこけていたが、今はしっかりと肉もつき、血色も良い。


 (……胸も膨らんできたな)


 エルキュールはニアの胸部をチラッと確認する。

 この調子なら、カロリナと同じ程度かそれより少し大きい程度にはなるだろう。


 ルナリエクラスに行くかどうかは分からないが。


 もっとも、成長期の成長速度は恐ろしい。

 もしかしたらシェヘラザードクラスになる可能性もある。


 エルキュールはほんの少し、ニアの将来を期待した。


 「水浴びして汗を流してから、俺の部屋に来い」 

 「部屋? ですか。えっと、理由を伺っても宜しいですか?」

 「誕生日プレゼントだよ。明日の降臨祭の分も含めてだけどな」


 そう今日はニアの十三歳の誕生日である。

 尚、先日エルキュールも誕生日を迎えて十九歳となっている。








 「落ち着け、私……うん、大丈夫。汗も流した。綺麗な服も来てる。下着は一番良いやつを履いてきてる。香水も掛けてきた。歯も磨いた。うん、大丈夫、大丈夫……」


 ニアはエルキュールの前で心を落ち着かせていた。

 誕生日プレゼント……

 何なんだろうか、とニアは心を躍らせた。


 (ああ……もしかしたら、プレゼントはキスだなんて……いや、そ、それ以上かも……)

 

 ゴクリとニアは生唾を飲み込んだ。

 十四歳にならない限り、手は出さない。

 というエルキュールの言葉をすっかりと忘れているニアであった。


 ニアは深呼吸してから、エルキュールのドアをノックした。


 「ニア・ルカリオスです! 皇帝陛下。入室しても宜しいでしょうか!」

 「ああ、入れ」


 ニアはエルキュールの部屋に入る。

 エルキュールはソファーに腰を掛けていた。


 その傍には召使のシファニーが控えていた。


 「まあ、座れ」

 「は、はい!!」


 ニアは促されるままに、エルキュールの向かい側のソファーに腰を掛けた。


 

 ニアが座るのを見計らい、淡々とシファニーがお茶と茶請けの準備をした。

 惚れ惚れする手つきで、エルキュールとニアの分の紅茶を注ぎ、お菓子を用意した。


 (シファニーさん、紅茶入れるの上手だなぁ……そう言えば、普段から陛下に紅茶を注いでるけど、陛下とはどんな関係なんだろうか?)


 ニアはシファニーを見上げる。


 髪は美しい黒。

 瞳は少し茶色っぽい。

 メイド服に身を包んだ、美しい人族ヒューマンの女性だ。


 (胸も大きいし……私もあれくらいは欲しいなあ……)


 シファニーの胸はルナリエと同じ程度か、またはそれ以上。

 一般的にも十分大きい水準だ。


 (……陛下って胸の大きい人が好きなのかな?)


 だけど、カロリナ様はそんなに大きくはないなぁ……

 と、そこまで考えて、ニアはその考えをすぐさま頭から消し去る。


 もし何かの間違いでカロリナの前でそんなことを口走れば、殺されるのは間違いない。


 ※一応補足していますが、カロリナは貧乳ではありません。大きくないだけです。それに長耳族エルフ基準では巨乳です。


 「シファニー、ありがとう」

 「はい、皇帝陛下」


 シファニーはエルキュールから二歩ほど後ろの、右側に立つ。

 

 シファニーが下がったのを確認してから、エルキュールはカップを手に取って香りを嗅ぐ。

 そしてゆっくりと味わうように、カップを傾けた。


 「うん、相変わらずお前は上手だな」

 「お褒めに預かり、光栄でございます」


 エルキュールは菓子をつまみながら、紅茶を飲む。

 ニアはその優雅な仕草に思わず見とれてしまう。


 「ニア」 

 「は、はい!!」

 「早く飲め。冷めるぞ」

 「は、はい!!」


 ニアはエルキュールに促されるままに、紅茶を飲んだ。

 独特の風味と香りが口一杯に広がる。


 「これ……お酒が入ってます?」

 「ああ、そうだ。悪くないだろ?」

 「はい、美味しいです」


 ニアは湯気の立つ紅茶を火傷しないように、ゆっくりと飲む。

 体のうちから、ぽかぽかと暖かくなってきた。


 「さて、本題に入るが……誕生日プレゼントだ」

 「はい! ちゃんと体は洗ってきました!!」

 「ん?」


 エルキュールは首を傾げた。

 その様子を見て……ニアは自分がとんでもない勘違いをしていたことに気が付き、顔を真っ赤に染めた。


 その様子を見て、察しの良いエルキュールは苦笑いを浮かべる。

 ニアはますます顔を赤くさせた。


 「ま、まあ……俺も勘違いさせるようなことを言ったからな。……汗を流せってのは、身だしなみを整えて来いという意味以外に、特に意味はない」 

 「も、申し訳ありません……」


 ニアは体を縮こまらせてしまう。

 その様子を見て、エルキュールは愉快そうに笑みを浮かべた。


 「皇帝陛下、そのように女性を揶揄うのはあまり褒められる行為ではないと具申させていただきます。……わざとですよね?」

 「まさか、シファニー。お前は俺がそんな酷い人間に見るのか?」

 「はい」


 シファニーに咎められ、エルキュールは肩を竦めた。

 そのやり取りを見て、ニアは二人が男女の関係にあることを確信した。


 「さて、プレゼントはこいつだ。シファニー」

 「はい、陛下」


 エルキュールはシファニーから手渡された箱を、そのままニアに渡した。

 

 (中身は何だろう?)


 箱の厚さは十センチほど。

 縦横は一メートル以上はある。


 綺麗な包み紙で包まれ、エルキュールの自筆だろうか? 『ニアちゃん、誕生日とついでに降臨祭おめでとう』と書かれていた。


 「開けても宜しいですか?」

 「ああ、いいぞ。あ、包み紙は破っても構わん。俺が包んだわけじゃないしな」


 ニアはエルキュールの言葉に逆らって、慎重に包み紙を外しにかかる。

 いくら主君に破っていいと言われても、主君から手渡しされた代物を粗末に扱って良いわけがない。


 まあ、エルキュールは気にしないだろうが。


 破かないように包み紙を開き、中から現れた箱に手を伸ばす。

 中を開けてみると……


 「これは……服? ですか。……コート?」


 そう、中に入っていたのは灰色の生地のコートだった。

 落ち着いた色合いで、あまり目利きとは言えないニアでも一目で高級品と分かった。


 「ああ、そうだ。まだ寒い時期は続くしな。それに丈夫だから、来年も使える」

 「あ、ありがとうございます! 大切に着ます!! ……その、今着ても?」

 「ああ、良いぞ。見せてくれ」


 ニアはコートに袖を通した。

 

 まず驚いたのは、その軽さだ。

 ニアが普段着ているコートは決して安物ではないが、それでも生地は分厚い。

 しかしエルキュールからプレゼントされたコートはとても薄く、軽い。


 では、その分防寒性は低いのではないか? 

 と思うと、そんなことはない。


 むしろ普段着ているコートよりも、ずっと暖かい。


 (というか、これいくらだろう?)


 ニアは値段が気になったが、聞くのが怖かったのでやめた。


 ちなみに……

 このコートはクロテンの毛皮が使用されている。


 北方諸国との交易で仕入れられた最高級品質のクロテンの毛皮を使って、皇室御用達の職人たちが制作した、最高級品質のコートだ。


 値段は日本人の感覚で言うと、1500万くらいの価格になる。

 

 知らない方が幸せだ。


 「うん、似合ってるよ。これで俺とお揃いだな」

 「……陛下と同じコートなのですか?」

 「カロリナやルナリエにも前に同じのをプレゼントしたな」


 皇帝やその正室、側室と同じコートってやっぱりヤバいんじゃないか?

 ニアはやはり値段が気になったが、怖くなってきたのですぐに考えるのをやめた。


 知らぬが花だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る