第29話 結婚式 ルナリエ編 あふたー
「なるほどね……まあ、悪い手じゃないな。ハヤスタンの貴族共も、中々考える」
夕食会が終わった後、エルキュールはルナリエと共に礼服を着たままで自室でくつろぎつつ、酒を飲み、肴を摘みながらフラーテス三世がくれた計画書を読み込んでいた。
エルキュールを暗殺する。
一見短絡的で何の工夫も無さそうだが……
単純明快な効力がある。
もっとも、成功すればの話ではあるが。
普通ならあまりにもリスクが高いので、こんな計画は立てないし、立てたところで実行に移しはしない。
しかし人間、追い込まれると……
生きるか死ぬか、二択の選択を迫られることがある。
ハヤスタン貴族たちは今まで持っていた利権や土地を失うか失わないかの瀬戸際。
なるほど、確かに悪くない賭けではある。
「……こんなことをすれば、ハヤスタンは信用を完全に失うし、ファールス王国には全く逆らえなくなる。……今より酷い属国状態に置かれ、搾取されるのは目に見えているのに、どうして分からないのかな?」
「搾取されるのは貴族じゃなくて、平民だからじゃないか?」
彼らにとっては、王が誰だろうと、支配者が誰であろうとどうでもいいのだ。
自分たちの利権さえ、守れれば他はどうでも良いのだろう。
酷い話のようだが、そもそもこの世界には『国民国家』という概念が存在しない。
全員が全員、自分と自分の周りのコミュニティーのために動いているのである。
貴族にとって大切なのは自分たちが先祖代々受け継いできた利権や、貴族同士のコミュニティー、文化である。
彼ら貴族に対し、「同じ国民なんだから、平民のために身を削れ!!」というのは、現代日本の感覚で言えば、「同じアジアの兄弟なんだから、○○人のために身を削れ」と言っているに等しい。
そもそも根本から価値観がズレているのだ。
比較的他国と比べ、貴族平民の『愛国心』が強いハヤスタンでもそれは同じだ。
もっとも、レムリアの場合はもっと酷いのだが。
「まあ、俺も国民が飢えようが死のうが、割とどうでも良いし」
「……やっぱりあなたはクズ」
ルナリエはエルキュールの発言にドン引きする。
もっとも、いつものことではあるのだが。
全く、なぜこのような男が巷では名君扱いされているのやら……
ルナリエには全く理解できなかった。
いや、正確に言えば理解したくなかった。
……理解はできるのである。
動機が不純なだけで、行動は名君そのものなのだから。
「まあ、そんなことは良いとして。ほら、お前も飲め」
「私、あまりお酒は……」
「いいから、いいから」
エルキュールは問答無用でルナリエのグラスに葡萄酒を注ぐ。
注がれてしまった以上、律儀なルナリエは飲むしかない。
チビチビとルナリエは葡萄酒を飲む。
エルキュールはそんなルナリエを見て……
ニヤリと笑みを浮かべた。
葡萄酒を口に含み……
自分の唇をルナリエの唇に重ね合わせる。
「ん!!!」
エルキュールは舌でルナリエの唇を舐め、強引にこじ開ける。
そして唇の隙間から、葡萄酒を流し込む。
「ん、ぐぅ、ぷはぁ……な、何を……」
「お代わりだ、ルナ」
「んぐぅ!!!」
再びエルキュールは口移しでルナリエに葡萄酒を飲ませる。
気付けばルナリエはエルキュールに押し倒され、ひたすら葡萄酒を飲まされていた。
(うう……クラクラする……)
ルナリエはあまり酒が強くない。
が、しかし嫌いではないので、少し強引に飲むように促されるとついつい飲んでしまうのである。
そして酔う。
「ルナ、口を開けろ。もっとキスしてやる」
「い、いやぁ……お、お酒は……」
「キスしてやらんぞ?」
エルキュールはそう言って、再び口に葡萄酒を含み唇を近づける。
反射的にルナリエは口を開けてしまい……
再び葡萄酒が口内に注がれる。
同時にエルキュールの舌が中に入りこみ、ルナリエの口内を蹂躙する。
舌を舐め上げ、歯茎の内側をなぞり、あらゆる粘膜を刺激する。
どの部分をどのくらいの強さで舐めれば、一番感じるのか……
ルナリエ以上にルナリエの体を知り尽くしているエルキュールにとって、それを舌の感触だけで探り当て、適切に攻めるのは造作もないことだった。
一通り味わい終わってから、唇を話す。
エルキュールとルナリエの間に唾液の橋が架かった。
「へいか……」
ルナリエが切なげな声でエルキュールを求める。
エルキュールはそれに答えて、再び唇を重ねる。
今度は互いに啄むように、唇と唇を何度も重ね合う。
そして互いの唇を互いの舌で舐め合い、それはいつしか舌と舌の絡み合いに移行し、再び深い接吻へと移り変わる。
「あぁ……へ、へいかぁ……そ、そこは……」
「ここ、好きだよな。ルナは」
エルキュールが次の標的にしたのは、ルナリエの耳だった。
大概の長耳族エルフは耳が弱い。
といっても、エルキュールが抱いたことがある長耳族エルフはカロリナとルナリエの二人だけなのだが。
少なくとも二人の共通項として、非常に耳の感度が良い事が上げられる。
「ルナ、可愛いな……」
「ひゃん! ら、らめぇ……な、舐めながら囁かないで……」
ルナリエは半泣きでエルキュールに抗議する。
しかし接吻と耳舐め、そして酔いで力が全く入らず……
エルキュールのされるがままになってしまう。
「ルナ、俺のことは好きか?」
「うぅ……好きじゃない……」
「じゃあ、嫌いか? 嫌いならやめるぞ?」
「き、嫌いじゃないけど……」
ビクリと体を震わせながら、ルナリエはエルキュールの問いに答える。
荒々しく息を吐き、よがり、悶えながらルナリエはエルキュールを上目遣いで見上げる。
「俺のことは好きか?」
「す、好きじゃない……わ、私が好きなのはハヤスタン王国とお父様で……」
「じゃあ、その次くらいに俺のことは好きか?」
「うぅ、そ、それは……」
ルナリアは口をつぐむ。
顔を赤くし、懇願するようにエルキュールを見上げる。
「へ、へいかぁ……い、意地悪しないで……」
「じゃあ、質問だ。俺のことは好きか?」
「す、好きじゃない……」
相変わらず強情な娘だ。
エルキュールは苦笑いを浮かべた。
しかし一言囁くたびにルナリエの体がビクビク震えるのは、なかなか楽しい。
実に虐めがいがある。
「俺は好きか、嫌いかの二択で聞いてるんだ。ほら、どっちだ? 早く答えろ。好きじゃないってことは、嫌いと捉えて良いか?」
「ち、ちがう……」
「じゃあ、何だ? ほら、言ってみろ」
エルキュールに促される。
アルコールと性欲で判断力を失ったルナリエはついに口走る。
「す、好き……です」
「もう一度だ。大きな声で」
「へ、へいかのことがしゅきです……」
「もう一度だ。聞き取れないぞ?」
「好き、すき、しゅき、すきなの……」
甘えるようにルナリエはエルキュールに『好き』と連呼する。
エルキュールはニヤリと笑う。
「次は『愛してる』だ。ほら、言ってごらん」
「あ、あいしてる……愛してます……へ、へいか……だ、だから……その……」
「よし、いい子だぞ、ルナ」
エルキュールは唇を耳から、首筋に移す。
ビクリとルナリエの体が動く。
「ふふ、しかし……随分と色っぽいぞ。今のルナは」
「ふぅ、はぁ……あ、あなたの兄の趣味が、へ、へんたいだからで……」
「バカを言え。確かに露出は多かったが、清楚なウェディングドレスだったじゃないか。エロいのは中身だよ、中身」
エルキュールとルナリエはまだ礼服を脱いでいなかった。
つまりルナリエはウェディングドレスのままだった。
胸元が零れた葡萄酒で赤く塗れ、服が張り付き、ルナリエの元々大きい胸をより強調することになってしまっている。
帯や裾ははだけて、白い肌が見え隠れしている。
何より唇から熱い吐息を漏らし、何かを求めるように赤く腫れた目でこちらを見つめてくるルナリエの表情。
「可愛いぞ、ルナ」
「あぁ……や、やめて……へいか……」
エルキュールの手がウェディングドレスに掛かる。
ゆっくりと、ドレスがルナリエの体から離れていく。
「安心しろ、ルナ。お前が俺の可愛い子羊であるうちは、ちゃんと守ってやるよ。お前の親も、国も、民もな。だからちゃんと、俺に庇護されていろ」
「は、はぁい……」
男が女に言う「守ってやる」という言葉の裏には、「支配してやる」という意味が見え隠れしている。
ルナリエもそれくらいは分かっている。
だが……
今は頭が回らなかった。
(……今は、良いか)
ルナリエは目の前の快楽に身を任せることにした。
そして……
「へいか……く、ください……」
「ああ、ルナ。たくさん愛して上げよう」
その夜、二人は互いに強く求めあった。
それから約三週間後。
ハヤスタン王国ではエルキュールとルナリエの結婚を祝うパレードが催された。
そしてパレードが終わった後の夕食会で……
ハヤスタン貴族、百名余りが謀反の疑いで虐殺された。
そして虐殺された貴族と親戚関係にあった貴族たちはその領地を強制的に召し上げられることとなった。
虐殺された貴族たちの首は、その日に首都エルシュタットでその罪状と共に晒されることとなった。
またハヤスタン王国国王フラーテス三世は、エルキュール帝暗殺計画が計画されたことに責任を取り、退位。
ルナリエが女王として即位することになり……
エルキュールが共同統治者として、ルナリエに指名された。
斯くして、レムリア帝国とハヤスタン王国は同君連合の関係になったのである。
後のこの事件は、『エルシュタットの虐殺』と呼ばれることになる。
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