第27話 結婚式 カロリナ編
かれこれ時が流れて……
十二月二十一日となった。
レムリア帝国の首都、ノヴァ・レムリアはお祭りムードに包まれていた。
ノヴァ・レムリアだけではない。
アレクティア、オロンティアなどの大都市でも祭りの準備が始まり、小さな町や農村でも教会を中心に、お祝いムードが形成されていた。
何の祝いか?
言うまでもない。
レムリア帝国皇帝、エルキュール・ユリアノス・カイサリアとカロリナ・ガレアノスの結婚式が今日、執り行われるからである。
「招待客は何人なの? 陛下」
「大聖堂での結婚式に二千人、昼食会に六百人、夕食会に三百人だな。お前との、明日の結婚式も同じ人数だ。招かれた客は違うけどな」
エルキュールはルナリエの問いに答えた。
エルキュールは普段より、少し豪勢な軍服を着て、紫色のマントを羽織っていた。
何分普段から着ている服が豪勢なので、あまり変わり映えが無い。
ルナリエはカロリナが主役、ということを考慮してか控えめなドレスを着ている。
それでも、普段着ている服よりはずっと派手なのは間違いないが。
「同じ人数なんだね」
「まあな……本当は差異を付けるべきだが。どう付けるべきか……と悩んだ結果、式の長さや音楽の数で差をつけるようにした」
仮にルナリエの結婚式で人数を絞ると、招待客の平均身分が上がってしまい……
何故か側室であるルナリエの方が希少価値が高い式になってしまう。
かといって人数を増やせば、逆にルナリエの方が豪勢に見えてしまう。
まあ、逆も言えることなのだが。
いろいろ考えられた結果、人数は同じで中身を少し変えることになったのだった。
「なんか、複雑……」
「こればかりは我慢して貰うしかないがな。まあ、でも大して変わらないし……所詮、結婚式なんぞ政治の儀式だ。俺とルナとの愛は変わらない。そうだろう?」
エルキュールはそう言って、ルナリエに詰め寄る。
そしてルナリエの唇に、自分の唇を近づける。
ルナリエは頬を朱色に染めて、エルキュールの為すがままに任せようとするが……
我に返って、手でエルキュールの唇を遮った。
「何だ、照れてるのか?」
「バカ、後ろ」
ルナリエはエルキュールの胸を軽く押して距離を取り、そして後ろを指さした。
エルキュールが後ろを振り向くと……
「……あのですね、陛下。今日は私の結婚式なのですが、何で違う女とイチャイチャしているんですかね?」
「おお!! カロリナ、綺麗じゃないか。そのドレス、良く似合ってる。まるで天から舞い降りた天使のようだ!!」
「……話の逸らし方があからさま過ぎませんか?」
などと言いながらも、カロリナは顔を真っ赤にさせて俯いた。
そんなカロリナを見て、ルナリエは呟く。
「チョロ過ぎる女」
「何か言いました?」
「カロリナ、そのドレス似合ってる。天使みたい」
「……殴りますよ?」
などとは言うものの、やはり機嫌が良いのだろう。
顔がにやけているため、あまり迫力がない。
「天使云々は別として、似合ってるのは本当。綺麗だと思う」
「あなたに褒められても嬉しくありませんよ」
((すごく嬉しそうだな……))
ルナリエからの褒め言葉に対し、非常に嬉しそうな顔で「嬉しくない」などというカロリナ。
口と顔の表情が一致していない。
「いや、しかし……ティトゥスの奴め、良い仕事したな」
エルキュールは改めて、感嘆の声を上げる。
それほどまでに、ウェディングドレスを着たカロリナは美しかった。
美しい赤色の髪は軽くカールがつけられ、結い上げられていた。
真っ白いベールに透けて見える、ルビーのような赤色はとても神秘的で美しい。
そんな美しい髪の毛を、黄金のティアラが飾り立てる。
純白色のドレスはカロリナの美しい赤色を引き立て、肩の露出は健康的な素肌と綺麗な鎖骨を露わにし、大人の色気を醸し出していた。
化粧は薄めだが、元が良いので十分だろう。
「しかし斬新なデザインだな」
「私も完成したのを見てビックリしましたが……ティトゥス殿下にお任せして良かったです」
カロリナのドレスはこの世界のウェディングドレスと比べると、非常に斬新なデザインだった。
まず、第一に斬新なところは真っ白い生地が使われているという点だ。
白いウェディングドレス。
まあ、現代日本人からすれば当たり前かもしれない。
しかしこの世界では非常に珍しい。
というのも、この世界でのウェディングドレスは大概赤や黄色などカラフルで派手な色をしているのが普通だからだ。
染料はこの世界では非常に高価だ。
より高価な染料でドレスを染め上げ、派手に仕上げることで家の富や権力を誇示する。
というのが通例。
しかしカロリナのウェディングドレスは染料を使用しない。純白だ。
普通は派手な色にするところを、敢えて白。
というのは、この世界では初めての発想だろう。
しかし白というのは、メシア教では無垢な、神聖な色でもある。
文化的・宗教的に考えると、結婚式ではもってこいの色だろう。
ただ、普通の白では地味になると考えたのだろう。
無数の真っ白いレースに、花の刺繍があしらわれている。
そのため、従来のウェディングドレスと比べても見劣りすることはなく、むしろより豪勢に作られていた。
第二に斬新なところは、肌が露出するようなデザインだ。
メシア教ではあまり女性の肌の露出は好まれない。
結婚式では猶更だ。
そのためウェディングドレスは長袖が多い。
しかしカロリナのウェディングドレスは肌の露出が多い。
肩は大胆に露出し、脇や二の腕、鎖骨まで素肌を晒していて、背中は大胆に大きく開かれている。
フィンガーレスグローブで肘までは一応隠れているが……生地が薄いので実質腕全体の素肌を晒しているも同然だった。
これは「女性の衣服はより女性らしさを」「できるだけ活動的に、開放的に」というティトゥスの衣服へのこだわりが現れていた。
カロリナ自身も、活発な女性であることも大きい。
まあ
むしろ、これを機会に肌の露出が増えることになりそうだ。
(しかし……貴族や外交官、目利きの商人はこれを見て度肝を抜くだろうな……)
カロリナのウェディングドレスは主に絹で出来ている。
絹はファールス王国よりも、遥か東方の絹の国でのみ算出される希少な繊維。
そのためとんでもなく高価だ。
加えて、あしらわれた無数のレースに刺繍……
一目で、とんでもなく高価なモノであることが分かる。
(……これ一着でデカい庭付きの屋敷が二軒立てられるということは伏せておこう)
まあ、エルキュールがレムリア帝国の国民から絞っている税金は多額なので、これくらいは全く問題にならなかった。
(結婚式での経済効果もあるし、税収も増えるだろう)
などと、人間としてどうかと思うことをエルキュールは考えていた。
「ところで、陛下。一つ、疑問がある」
「どうした? ルナ」
「……ベールって、どうなの?」
要するに、ルナリアはこう言いたいのだ。
処女しか、ベールって付けちゃいけないんじゃなかったっけ? と。
ご存じの通り、エルキュールとカロリナは一夜を共にした中である。
カロリナの純潔はエルキュールに散らされているのだ。
「カロリナが最近、ノヴァ・レムリア宮殿で寝泊まりしているのは確かに周知のこと。だが俺とカロリナがベッドで同衾していると知っているのは召使くらいだ。まあ、つまり社会的には処女だ。問題ない」
「ちなみに私は?」
「お前も処女で良いんじゃないか? まあ、俺がお前と同衾したのは割と知られちゃってるけど……同衾したとは言ったが、処女膜の有無は言及したことはなかったはず」
つまり推定処女である。
ならそれは処女だ。間違いない。
「まあ、世の中には処女懐妊した女性もいるわけだし……」
大切なのは本人の供述である。
本人が処女というならば、妊婦だって、経産婦だって処女だ。
「っと、そんなことはどうでも良い事だったな。そろそろ時間だ。じゃあ、カロリナ。……いや、お姫様。そろそろ時間だ。行こうじゃないか」
「はい……陛下。よろしくお願いします」
カロリナは差し出されたエルキュールの手に、そっと自分の手を添えた。
皇帝と、花嫁を乗せた馬車がノヴァ・レムリアの街を走る。
四頭の白馬に引かれた、金銀宝石で彩られた美しい馬車は見るモノの目を惹きつけた。
しかし何より、人の目を惹きつけたのは……
馬車に乗っていた、純白の花嫁だ。
美しい、真っ白い絹で出来たドレスを着た美少女に老若男女問わず、感嘆の声を漏らした。
「なーんか、俺よりもお前が目立ってる気がするな」
「普段は陛下の方が目立ってるし、良いじゃないですか。たまには」
「まあ、それもそうだけどな」
皇帝と花嫁―エルキュールとカロリナ―は自分たちを出迎える市民たちに、手を振りながら会話をする。
「「「皇帝陛下、万歳!!!」」」
「「「皇后殿下、万歳!!!」」」
「「「レムリア帝国、万歳!!!」」」
「「「神が我らに与え
「「「新たなる皇后に神の祝福を!!!」」」
「「「皇帝と皇后に、神の御加護を!!!」」」
「「「レムリア帝国に永遠の繁栄を!!!」」」
エルキュールとカロリナが手を振るたびに、市民たちが大歓声を上げる。
「皇后って……まだ結婚式の途中ですよ。気が早いですね……」
「良かったじゃないか。それほど歓迎されている、ということさ。まあ、市民が歓迎しようが、しなかろうが俺にとってはどうだって良いけどね」
そんな二人を乗せた馬車の前後を、白馬に乗った騎兵が警護する。
後ろから随伴していた楽師隊が、音楽をかき鳴らす。
頭上からは花弁が雪のように降り注ぐ。
平民たちは一生に一度、あるかどうかすら分からない、レムリア皇帝の結婚式を見ることが出来て、己の運の良さを神に感謝した。
貴族たちは自分たちでは絶対に行うことができない規模の結婚式に、感嘆の声を上げた。
海外からやって来た密偵や、使者は改めてレムリア帝国という国の国力を確認することになった。
ノヴァ・レムリア宮殿から始まったパレードは、ノヴァ・レムリア大聖堂で終着した。
「カロリナ、手を」
「……はい、陛下」
エルキュールから差し出された手に、カロリナは自分の手を添える。
エルキュールに支えられて、カロリナは馬車からゆっくりと降りた。
カロリナの丈の長いスカートが地面に引きずられないように、小姓がカロリナの裾を持ち、支えた。
「じゃあ、行こうか」
「はい!!」
その後、レムリア帝国と正統派メシア教の伝統と仕来りに従い、式は順調に進んだ。
大聖堂に招かれたのは、まず皇族でエルキュールの
そして花嫁カロリナの家族である、ガルフィス・ガレアノスとその妻のメアリ・ガレノアス。
その他、レムリア帝国の重臣や格式の高い貴族、総主教や各国からやって来た国王や、国王代理の者たち。
彼らの見守る中……
わざわざノヴァ・レムリアまで足を運んできてくれた、
二人はそれを、定例通りに答える。
「神に誓う」「神に誓います」
二人の誓いの言葉を聞き、満足そうに
そして
それが終わると、エルキュールはカロリナのベールを上げて、後ろに垂らした。
カロリナは顎を上げて、軽く目をつぶった。
そして……
二人の唇が触れ合う。
「……陛下、愛しています」
「俺もだよ、カロリナ」
(良いですね……若いって……)
「では、指輪の交換を」
カロリナも、エルキュールの指輪にお揃いの指輪を嵌める。
(……陛下とお揃い、……ふふ)
(面倒だな……早く終わらないだろうか? まあ、カロリナは楽しそうだし、別に良いけど……)
二人の内心にはかなりの温度差が見られたが……
傍目から見れば、幸せそうな新郎と新婦だった。
そんなこんなで、晴れて二人は夫婦になった。
「あー、終わった……はあ……明日はルナか……面倒だな」
「あの……それはルナリエが可哀想ですよ、陛下」
晩餐会が終わった後、エルキュールは軍服のまま、カロリナはウェディングドレスのままで寛いでいた。
二人の顔には、濃い疲労の色が見える。
二人とも、ソファーに凭れ掛かりぐったりとした様子だ。
エルキュールはカロリナと話しながら、鈴を鳴らした。
すると、一分もしないうちにシファニーがやってきた。
「お呼びでしょうか? 皇帝陛下」
「シファニー。葡萄酒とつまめるモノを何か、持ってきてくれ」
「はい。えっと……葡萄酒は……」
「酒精の強い、赤を持ってきてくれ。選択はお前に任せるよ」
エルキュールはシファニーを呼び、葡萄酒と肴を持ってくるように指示した。
それから、カロリナに再び話しかける。
「しかしだな……お前は今日で終わりでも、俺は明日も主役なんだぞ? ……いっそ、二人一緒にやってしまった方が良かったな……」
「……正直、それは嫌ですけど」
「分かってるって。だから、分けたんだろ」
エルキュールが皇帝である以上、側室は無論、妾も認めなくてはならない。
だが、結婚式は二人っきりが良い。
と、思うのは自然のことだし、エルキュールも当然その意を汲んだ。
……というより、二人同時にやるとガレアノス家とアルシャーク家から、「うちのカロリナ(ルナリエ)を蔑ろにする気か!!」と苦情が来るのは目に見えているので、当然二人同時にやってしまうという選択肢はあり得ないのだが。
「あの……ところで、陛下。その……初夜のことなんですけど……」
「……初夜? ……ああ、セックスか」
「初夜って言ってください」
「……分かった、分かった。初夜な」
カロリナに睨まれ、エルキュールは自分の発言を修正した。
そうこうしているうちに、シファニーが葡萄酒と肴を持ってきた。
エルキュールはシファニーを下がらせて、ワイングラスに葡萄酒を注ぐ。
二つのワイングラスのうち、片方をカロリナに渡す。
「では、皇后殿下。乾杯しましょうか?」
「はい、陛下」
軽く、グラスが触れ合う。
「で、初夜が何だって?」
「えっと……その、私から陛下にお願いしたいことがあるんですけど……」
「何だ? 言ってみろ。俺に叶えられることなら、最大限努力するぞ」
カロリナは顔を赤くしながら、小声で言った。
「その……このままの恰好で……できないですかね?」
「いや、別に構わないけど……」
あのドレス、屋敷二軒は立つぞ?
という言葉を、エルキュールはなんとか飲み込んだ。
「まあ、汚さず、破かないようにやれば問題ないだろう」
もっとも、破けても、汚れても、次に着る必要性はあまり無いのだが。
「お前から頼むなんて、珍しいな」
「……良いじゃないですか。私はいつも、陛下の……その、いろんなアレやコレやを受け入れてますよ」
「いや、別に文句を言っているわけじゃないさ」
エルキュールはそう言って、カロリナの唇に自分の唇を重ねる。
二人の舌が絡み合う。
「俺は嬉しいよ、カロリナ」
「皇帝陛下……いえ、え、エルキュール様……」
カロリナはうっとりとした顔で、エルキュールに体を預ける。
エルキュールはカロリナの赤い、美しい髪を優しく撫でる。
ふと、そこで何かを思いついたのか……
エルキュールはワイングラスに残っていた葡萄酒を、口に含んだ。
そして……
「んぐ……エルキュール様……」
カロリナに、口移しで葡萄酒を飲ませた。
カロリナは喉を鳴らして、葡萄酒を飲む。
そして自らも葡萄酒を口に含み、エルキュールに飲ませる。
「カロリナ、愛してる」
カロリナからの葡萄酒を飲み終た、エルキュールはカロリナを押し倒した。
「え、エルキュール様、ここは……」
「良いじゃないか、誰も見ていない」
そう言いながら、エルキュールはカロリナの首筋に唇を這わせる。
カロリナはビクリと体を震わせた。
「エルキュール様……私も……愛してます」
そんな二人の様子を、遠めから見ていたシファニーはぼそりと呟いた。
「……せめて、ベッドでやってくださいよ。誰が処理すると思っているのやら」
そんな召使の溜息は、愛し合う二人の耳には入ってこなかった。
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