第22話 西方外交 急 前

 「ようやく見つけた、チェルダ王。避けられていると勘違いしてしまった。まあ、あなたのように、幾度も戦場で勝利してきた武人が、私のような若造を避けるわけがありませんな。はははは」

 

 「まさか、私もお会いしたいと思っていましたよ、レムリア皇帝。ご活躍、聞き及んでいる」


 ピキピキとグラスが悲鳴を上げ…… 

 そしてチェルダ王の全身の筋肉が軽く痙攣するが……彼は何とか社交儀礼程度の言葉を返した。


 「最近、宗教や民族関係で荒れていると聞いている。我が国としては、チェルダ王国が荒れて海賊が海に溢れだすような事態は避けたい。もし、あなたが望むのであれば私も御支援しよう」


 「……我が国の内政だ。あなたには無関係のこと。我がチェルダ王国は、独立国。あなたに口を出す権利はない」


 家臣たちがハラハラと見守ている中、何とかチェルダ王は無難な返しをする。

 

 (※当たり前ですが、人様の内政問題に口を出すほど失礼なことはありません。さらに言うのであれば、助けて欲しいっていうなら助けてやるよ? という自国の属国に対する態度を、仮にも独立国に言うのは、とんでもない侮辱です)


 「おや、失礼。つい(自国の属国と)勘違いしてしまった」


 バキバキとグラスが絶叫を上げ始める。

 チェルダ王は顔を真っ赤にさせ、口をパクパクとさせた。


 しかしチェルダ王が怒鳴り声を上げる寸前で、エルキュールは踵を返す。

  

 「では、私は退散します。チェルダ王。貴国とは友好関係を築けると、私は確信していますよ」


 エルキュールはそう言って、数歩歩いてから…… 

 後ろを振り向いた。


 「我が国の葡萄酒を、随分と楽しんで頂けているようだしね」


 バリーン!!!!

 ついにグラスが絶命した。

 







 「な、何なんだ!! あのクソガキは!! ふざけやがって、ぶっ殺してやる!!!!!」

 「お、落ち着いてください。こ、国王陛下!!」

 「これが落ち着いていられるか!!!!」


 チェルダ王は葡萄酒をラッパ飲みする。

 そしてこの葡萄酒がレムリア産であるという事実と、先程のエルキュールの発言を思い出して、これを叩きつけた。


 バリーンと音を立てて、血のように赤い葡萄酒が地面に飛び散る。


 ここはエデルナ宮殿の中庭。

 何とか、チェルダ王国の家臣たちがチェルダ王を引っ張って、外に連れ出したのである。


 あのままではエルキュールに殴りかかるのは明白だからだ。


 「我らも悔しいです、陛下。しかしここは祝いの席。もし陛下があの若造に殴りかかれば……あの男の思う壺です。……戦で片を付けましょう、陛下」

 「……お前の言う通りだな。あの若造め……多少、異教徒相手に勝ったからと言って良い気に成りおって。私と我が国を侮辱したこと、後悔させてやる」


 そう、あの男の父親と同じように……

 チェルダ王はニヤリと、笑みを浮かべた。





 その後、チェルダ王は会場に戻った。

 時間にして十五分ほどか、これといって変化は見られなかった。


 「酒を持ってこい。……レムリア産以外だ」

 「こ、国王陛下。もうお酒は……」

 「飲まずにやっていられるか!!」


 チェルダ王は部下を怒鳴りつけ、酒を取りに行かせる。

 その間に、何か肴になるものでも食べようと物色し始める。


 晩餐会では、メインとなるのは各国の国王、外交官との話し合いであり……

 食事や酒は後回しである。


 しかしこの精神状態では、まともに話し合いなど出来ない。

 そう考えたチェルダ王は割り切って、酒と食事に集中しようと考えたのだ。


 テーブルを見回すと、オリーブの実とチーズと生ハムが串に刺さった、シンプルな料理を見つける。

 単品で食べると少々くどい味だが、葡萄酒の肴にするのであれば中々美味な料理だ。


 彼は元々、贅を凝らした料理や、装飾過多な芸術品よりも……

 このような簡単でシンプルな料理や、実用重視な家具を好むのだ。


 (この辺り、エルキュールと致命的に趣味が合わなそうなのが何となく察することが出来る。エルキュールは贅沢大好き人間だ)


 早速料理を取りに向かうが……

 しかしチェルダ王よりも早く、先に二人の子供がテーブルに到着し、料理に手を伸ばし始めていた。

 一人は桃色の髪の少女で、もう一人は銀色の髪の少女。


 どちらも楽しそうに笑顔を浮かべている。

 友達同士、ということなのだろう。


 可愛らしい容姿の少女が並んで話をしているのは、中々良い絵になった。


 (子供が食べるような料理でもないだろうに……)


 とは思いながらも、チェルダ王は先に譲る。

 子供を押しのけて料理を奪うほど、チェルダ王は粗暴な人間ではない。


 仮にも国王である。


 (うん? 待てよ?)


 そこで、チェルダ王は違和感に気付く。

 子供のうち、一人の頭に黒い角が生えていたのだ。


 黒い角が生えた種族など、チェルダ王の知る中には一つしか存在しない。

 

 魔族ナイトメアだ。


 胸にムカムカとしたモノが這い上がってくる。

 チェルダ王は元々、獣人族ワービースト至上主義者であり、特に犬型獣人族ワービーストを世界で最も優秀な種族であると信じていた。


 故に長耳族エルフ人族ヒューマンの信者が多い、正統派メシア教は嫌いだった。

 

 そんな彼にとって……

 魔族ナイトメアなど、世界で最も劣った、汚らわしい種族である。


 それが晩餐会の会場にいる。

 チェルダ王からすれば、それは会場に大きなドブネズミが走り回っているのに等しい。


 そんなドブネズミが自分がこれから食べようとしている料理に手を伸ばそうとしているのだ。


 酒に酔っぱらっており、正常な判断力を欠いたチェルダ王は大股で料理のテーブルに近づく。

 そして料理に手を伸ばしている、魔族ナイトメアの少女に吐き捨てるように言った。


 「料理に触れるな、魔族ナイトメア。穢れるだろう。とっとと、出ていけ」


 ビクリと体を震わせて、少女が後ろを振り返った。

 怯えた表情で、チェルダ王を見上げる。


 「え、えっと……」

 「何度も言わなければ分からないか? ドブネズミ! 早く私の前から失せろ!」


 チェルダ王は少女を怒鳴りつけた。

 

 ……もし、チェルダ王が酒に酔っていなければ。

 ……もし、フラーリング王に出会い、イライラしなければ。

 ……もし、あのエルキュールがチェルダ王を煽らなければ。


 ……もし、彼が正常な判断力を有していれば。


 少女に怒鳴りつける前に、「そもそもなぜ魔族ナイトメアがこの場にいるのか」と考えることが出来たはずだ。

 そうすれば、この魔族ナイトメアの少女が何者かに招待された、もしくは何者かと一緒に来たと判断出来たはずであり……

 その人物は魔族ナイトメアを会場に入れることが出来るほどの、発言力を持った人間であると考えることも出来たはずだ。


 そしてそれほどの人物となれば、それこそ各国の国王や……

 各総主教座の総主教、もしくは姫巫女メディウム、またはそれに連なる血筋の高位聖職者であると考えること出来ただろう。

 

 そこまで考えが至れば、チェルダ王は一先ず少女に怒鳴るのを踏みとどまることが出来たはずだ。


 そして…… 

 後から確認し、その魔族ナイトメアの少女が『レムリア皇帝エルキュール一世と共に来た、ノヴァ・レムリア総主教ルーカノス・ルカリオスの養子である』と分かり、怒鳴らなくて良かったと胸を撫で下ろすことも出来た。


 加えて…… 

 その少女の隣にいた、銀色の髪の少女が『次期姫巫女メディウム有力候補である』と分かれば、尚更安堵しただろう。


 が……

 しかし現実としてそれはあり得ない。


 歴史にIFは無いのだ。


 チェルダ王が酒を飲み過ぎてしまうのは、必然。

 フラーリング王が挨拶しに来るのも必然。

 そして……そもそもこの状況を狙っていたエルキュールがチェルダ王を煽るのも、必然。


 必然が無数に積み重なり……

 結果として、チェルダ王にとっては大変不幸な偶然が産まれてしまったのである。


 「あ、あの……す、すみません……」


 魔族ナイトメアの少女―ニア―は泣きそうな顔でチェルダ王に頭を下げて逃げるようにその場を去ろうとする。

 しかし、その手を銀色の髪の少女―セシリア―が掴んだ。


 「逃げる必要はありません」


 セシリアはニアを引き留めてから……

 チェルダ王を睨みつける。

 

 「謝ってください」

 「はあ? 何を?」

 「ニアに謝ってください。彼女は正統派のメシア教徒です。全てのメシア教徒は神の下で平等。種族に優劣など、ありません!! 例えあなたがどのような身分であり、どのようなご職業であろうとも……メシア教徒であるならば、平等です。あなたの発言はニアへの侮辱であり、神の子メシアへの侮辱です! 謝罪してください!!」

 「……何を言っているんだか。大人を舐めるなよ? 小娘」


 チェルダ王は不愉快そうに眉を顰める。


 (聖職者関係者か。偶にいるんだよなあ……こういう理想主義に酔った馬鹿が。全く……神の前の平等だというのであれば、まずは貴様らが階層性組織ヒエラルキーを解体してみろ。お前らの言う通りなら、俺と姫巫女メディウムと同等なんだろう? 全く、これだから坊主共はムカつくんだ。大人しく神に祈っていろ。政治に口を挟むな)

 

 もしここが国内であり、そして相手が少女じゃなければ……

 チェルダ王は思った通りの言葉を口に出していた。


 が、しかしここは祝いの席であり……

 相手は十二歳前後ほどの少女である。


 その少女を相手に、論争をするというのはあまりにも大人げない。

 チェルダ王は大人であり、国王だ。


 「ふん……まあ、いいだろう」


 チェルダ王は踵を返し、その場から去ろうとする。

 無難な選択だ。


 ……が、しかしそれは相手がセシリアでなければの話である。

 仮にもレムリア皇帝に対して、本人に直接政策の非難をするような少女が、この程度で引き下がるわけがない。


 「謝罪してください!!!」


 セシリアの澄んだ美しい声は……

 不思議と会場に響いた。


 何だ、何だ?

 と周囲の貴族、聖職者たちの視線があつまる。


 チェルダ王は困ったことになったと、頭を掻いた。


 「落ち着け。人目を集めているだろう」

 「ならば謝罪してください」


 チェルダ王が宥めようとするが、しかし少女はチェルダ王を気丈に睨みつけたまま動かない。

 チェルダ王は頭に血が上っていくのを感じた。


 なぜ、自分はこんなガキに怒鳴られているんだ。

 そもそも、一国の国王になんて失礼な言い草だ。

 しかも見た目は人族ヒューマン……魔族ナイトメアほどではないが、劣等種であることは変わらない。


 その劣等種が自分に向かって、偉そうな口を聞いている。


 チェルダ王の中で煮えたぎっていた様々な怒り―フラーリング王、レムリア皇帝へのイライラ―が、ついにセシリアによって、爆発した。


 「調子に乗った口を聞くな!! 劣等種が!!」


 チェルダ王はセシリアに向かって、その腕を振り下ろした。


 セシリアは自分の頬に与えられるであろう衝撃を覚悟し、目を閉じる。

 ……しかしその衝撃は一向に来なかった。


 セシリアは目を開ける。

 するとそこには……


 「チェルダ王。我が国の貴族の娘と、ペテロ家の娘さんに何をしようとした? それと……今、聞き捨てならない言葉を聞いたような気がするが。先程の騒動と合わせて、ご説明願おうか?」


 振り上げたチェルダ王の手を、エルキュールががっしりと掴んでいた。


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